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第十一章 第五節

「わたしが王宮で、毎日夜遅くまで何をしていたか分かりますか?」

「それがずっと不思議でした。何をしていたのですか?」

「実は、刺繍をしていたのです。それは王妃様のドレスのスカート一面に施される飾りなのですけれど、王妃様は刺繍がお好きなので、よくご自分で刺繍をしたイブニングドレスを着て舞踏会とか晩餐会に出るのだそうです。そのご自分の作品ともいえるドレスは社交界でとても好評なのだそうです。先週、王宮で晩餐会があったのですが、王妃様はそこで着る刺繍のドレスを何か月も前から制作しておられました。けれど見たところ絶対に間に合いそうにないので……、畏れ多いとは思ったのですが、わたしが是非お手伝いさせてほしいと申し出て、お許しを得て、お手伝いさせていただくことになったのです。最初は王妃様とわたしと、他に二人のご夫人がいて、四人で取り組んでいたのですが、いつの間にかわたし一人の仕事になっていて、晩餐会に間に合わせるには時間がかなり厳しかったのですが、絶対に間に合わせなければいけないと言われて、毎日必死でがんばりました」

「ちょっと待ってください、どうして途中からあなた一人の仕事になったのですか?」

「それがよく分からないのですけど、多分、刺繍って単調だから、他の方は飽きてしまわれたのかもしれません」

「そもそも王妃の趣味の刺繍なのに、押し付けられてしまったと?」

「まあ、今思えばそういうことなのでしょうけど、その時はとにかく間に合うように急いで刺繍をすることしか頭にありませんでした。押し付けられたというより、むしろ大役を任されて光栄に思ったというか……。本当にバカなんですけど、わたし、針仕事には変に自信があって、結局のところ、これをちゃんと間に合って完成させたら、みんなが凄いと言ってくれるんじゃないかとか、王妃様も喜んでくれて、わたしのことを褒めてくれるんじゃないかとか、期待していたのです」

 ローガンは唖然としたけれども、とにかく頷いた。シェイラは続けた。

「それで、毎日頑張って、ドレスの刺繍は無事に間に合いました。けれど王妃様は、晩餐会の当日にそのドレスは着なかったそうです」

「え、どうして?」

 そう尋ねた直後に、ローガンはその理由に見当がついた。しかし、シェイラは首を横に振った。

「わかりません。ドレスを完成させて以来、王妃様とは会っていないのです。晩餐会で着なかったということは王妃様のお友達のプライス夫人から聞きました。わたしは王妃様がドレスを着なかった理由を色々と考えました。最初は刺繍に何か失敗があったのだと思って、心配でたまりませんでした。最後の方は急いでいて少し雑になってしまったので、それが王妃様のお気に召さなかったのかな、とか、実際は他人が刺繍したものを全部自分でしたように嘘をついてドレスを着るのが、本当は嫌だったのかな、とか、もしかしたら刺繍とは全然関係がない理由かもしれない、とか、色々と考えました。けれどその後、王妃様からのお誘いが急になくなってしまったので、わたしはやはり自分が何か失敗をやらかしてしまって、王妃様を怒らせてしまったのだと思って、気が気ではありませんでした。けれど……、今日のお話を聞くと、本当の理由はわたしが考えていたようなものではないのかもしれませんね……」

 シェイラはそう言って、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「それは災難でしたね。でもあなたはよく頑張ったと思います。良かったではないですか? これからは王妃のことで、『わたしが悪かったのかもしれない』と思い悩まなくていい」

「それはそうですね」

 それから暫くの間、二人は黙っていた。シェイラは考え込むような顔つきで燭台の炎を見つめている。

ローガンは時計を持っていないので、マントルピースの上にある置時計を確認するために立ち上がった。

「九時三十分ですね。どうしましょうか? 会場に戻りますか?」

「あっ、待ってください」

 シェイラは羽織っていたコートのポケットから、封筒を取り出した。

「まだお願いがあるのです。これを、一緒に読んでもらえませんか?」

 ローガンはドキリとした。それは推測が間違っていなければ、エミリアの遺書であるはずだった。サイモンが渡すのを目撃した時からずっと気になっていた。一体何を渡したのか、可能性を探った結果思い出したのがそれである。シェイラは彼が知っているとは知らないので、その封書が母親から魔術師協同組合に宛てた手紙であることや、エミリアが万が一に備えて用意していたこと、彼女の死後に自分が内容も知らずにサイモンに渡したこと、ここに父親が誰であるかが書かれていたということを説明した。

「ハートさんは前にもわたしに渡そうとしてくれたのですけど、ハートさん宛の手紙なのだし、わたしが持っていても文字が読めないので、その時は断ったのです。けれどさっき、また渡してくれて……。断ろうかとも思ったのですけど、お母さんが残してくれた言葉だから……ハートさんは読んだ方が良いと思って渡してくれたのですよね。今なら読めるかもしれないし、正直ちょっと怖いけれど、お母さんが何を思っていたのか、ちゃんと知っておこうと思うんです」

 ローガンは落ち着かない様子で、また彼女の隣に座った。気持ちが昂ぶるとともに、緊張してしまう。そのような大切なものを見せてくれることが嬉しかったし、責任重大な大役とも思えた。

「あなたは一度も読んだことがないのですか?」

「それが、ハートさんは見せてくれたのですけど、わたし、その時はお母さんが亡くなった後で読もうとする気力も起きなくて……。どうせ見ても分からないだろうと思ったし。ハートさんは、わたしが文字を読めないことを知らなかったのではないかと思います」

「わかりました。どうぞ開けてください」

 シェイラは封筒から折り畳まれた紙を取り出し、それを広げようとしたが、たったそれだけの動作が、指がもたついてなかなか進まなかった。彼女もまた、緊張しているのだとローガンは思った。やがて広げた便箋を燭台の方へかざすと、二人は頭を寄せ合って覗き込んだ。

「魔術師協同組合メレノイ本部、生活課、ご担当者様……」

 シェイラは声に出して読み始めた。


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