第三章 第二節
生徒としてのシェイラは実に従順で、話は黙って聞いているし、何か指示をすると一つも違わずそれに従った。一方で、何を言っても反応が少なく、教える側としては、やり易いようでもあり、果たして伝わっているのか、と不安にもなった。シェイラは全く楽しそうではなく、文字を書いていても、音読していても、とにかくその作業が辛くて仕方がないというような様子で、時々小さな溜息を漏らすのだった。
文字の正しい書き方や読み方を教えているうちに一時間半が過ぎ、使用人が部屋にお茶を運んできた。メアリーが応対して入り口でティーセットが乗った盆を受け取り、二人がいる机まで来ると、
「失礼いたします。お茶をどうぞ。少し休憩されてはいかがですか?」
と言って、机の空いたスペースにお茶一式を丁寧に並べてくれた。
ローガンは、メアリーのその心遣いが嬉しかったが、不遜にも、出来ればテーブルの方に並べて欲しかった、と思ってしまった。部屋には勉強机のほかに小さなテーブルがあって、そちらにお茶が並べられればメアリーも含めて三人での休憩となる流れだが、勉強机では今にも死にそうな姿をした十四歳の少女と二人きりだ。
「ではお茶をいただきましょうか。お疲れではないですか?」
シェイラは俯いたまま小さく首を振ったが、頬がこけ、目の下に隈ができたその顔は、とても疲れているようにしか見えなかった。ローガンは、自分の分のお茶を持って壁際の席へと引っ込んでしまったメアリーを恨めしく思った。
「今日は少し冷えますね」などという天気の話に始まり、屋敷が美しいとか、部屋の家具が立派だとか、差し障りのないことを一通り話し終えると、案の定、ネタ切れである。シェイラはただ頷いたり、喋っても「そうですね」ぐらいしか言わないので、会話が弾むわけがなかった。
本当は、彼女について知りたいことがたくさんあった。
今までどんな暮らしをして、どんな風に育ったのか。なぜ学校に行けなかったのか。国王の愛人だったという母親はどんな女性だったのか。
エミリア・フォースターという名の、シェイラの母親。彼女はローガンには、とても謎めいて見えた。王宮で囲われていたのに、勝手に出て行き、その後、娘と二人で貧しい暮らしを続けたという。国王の愛人を生業としていた女性なら、また別の金持ちの愛人になって、豊かに暮らすことが出来たのじゃないかと思うのだ。もちろん、何らかの事情があったのだろうが、その事情というのは、何の罪もないシェイラを困窮させ教育を奪うことも止むなしとするほどのものなのだろうか。
よほどの事情でないと納得できないと、ローガンは無意味を承知でつい考えてしまう。しかし、シェイラの過去や、母親の謎を、本人に尋ねることは出来なかった。これらのことを彼女を傷つけずに聞き出せるような凄い技術を、ローガンは持ち合わせていない。事情を知る他の人から、教えてもらうしかないけれど、この先そんな機会を得られるのかどうか、期待は出来ないと思っていた。