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第十章 第六節

「陛下は母を捜したのですか?」

 突然、シェイラが声を上げた。その声は上ずっていて、興奮しているのだと分かった。

「そうね、捜したと思うわよ。でもよく知らないわ。わたしは行方を知らないかって、尋ねられただけだから」

「でも、少ししか捜していないと思うわ。国王陛下が本気で捜したら、見つけられないわけないもの」

 ドノヴァン嬢が答え終わるや否や、シェイラは強い調子で言った。

 そのことについてなら、ローガンは何度も考えたことがある。国王陛下がエミリアと娘を本気で捜そうとしなかったために見つからず、何の援助もしなかったのだとしたら、国王陛下は冷酷すぎるというのが彼の結論だった。シェイラがこの質問をしたことが哀しくて、ローガンは思わず尋ねた。

「あなたは見つけて欲しかったのですね?」

「いいえ、まさか!」

 シェイラは弾かれるように、はっきりと否定した。

「母とわたしは見つからないように隠れて暮らしていたのですよ。見つけて欲しいわけがないじゃないですか!」

 目を見開き、憤然として、そんなことを言ったローガンに対して抗議するように言い放った。それから彼女は少し考え、やや冷静になってこう付け足した。

「もっとも私は、父親は金持ちだけど暴力を振るう最低な男だと教えられて育ったのです。暴力がひどくて私が殺されそうだったから、私の命を守るために逃げたのだとも言われました。……結局、その話は嘘だったのでしょうけど。母が隠れていたのは事実ですし……見つけて欲しいなんて思ったことがなくて……」

 強く否定したことを謝り、言い訳するような調子だった。ローガンも言ったことを後悔した。

「そうですよね、そのことを忘れていました」

 しばらく沈黙があってから、サイモンが口を開いた。

「エミリアが王室から逃げていたのは確かだよ。上流階級と繋がりそうな場所は避けていたからね」

 シェイラは頷いたが、返事をするものはなかった。ジェイクがワインと軽食を持って戻ってきたのだ。彼はそれらをドノヴァン嬢の前に並べると、話題について尋ねることもせずに、明日の仕事が早いのでと言って、皆に挨拶を済ませると帰ってしまった。

 顔ぶれが四人になると、サイモンは早速再開した。

「実は、もう元会長に手紙で教えてもらったんだ。彼は姪っ子のレイチェルが連れて来た女性が、暴力夫から逃げて来たのだと信じていたそうだよ。だから、そのことはもう隠しても無駄だし、ドノヴァンさんはここでエミリアが何故王宮を出たのかを話してほしい。彼女の娘であるシェイラにね」

 サイモンは安心させるように、ドノヴァン嬢に向かって微笑んだ。女魔術師は口を結んで唸るように言った。

「もーう、最初から知ってたのね! 意地の悪いこと! ああ、わたしがエミリアを逃がしたってこと、国王陛下はもう知っているのかしら?」

「そんなの、彼女の死を知らせてシェイラを連れて来たのが魔術師だったって時点で、察しはついていると思うよ」

「あああ、よく考えたらそうよね。ということは、今まで何もなかったということはお咎めなしなのかしら?」

「嘘をついたぐらいじゃあ犯罪とは言えないし、大丈夫でしょ。まあ、個人的に怒っているかもしれないけど……」

「やだあ、怖いわ! でもね、私は悪くないのよ。あの時はそうするしかなかったし、それが一番良い方法だったの。国王陛下だって、本当のことを知れば私を責めたりしないはずよ。もしあの時、陛下がエミリアを連れ戻したりしていたら、取り返しのつかない悲劇が起こっていたわ。本当よ!」

 ドノヴァン嬢はそこで一息つくと、ワインを口に流し込んだ。そして続きを話すかと思いきや冷肉を食べ始めたので、ローガンは焦れてしまい、サイモンが対処してくれるのも待てずに自ら先を促そうと試みた。

「よほどのことがないと、幼い娘を連れて王宮を出ようなんて考えないはずだと、ずっと思っていました。彼女は王宮で良い暮らしをしていたのではないのですか?」

「うふふ、良い暮らしって言っても、正妻が仕切っている王宮だからね」

 女魔術師はローガンに含みのある笑みを投げかけた。

「ねえ、ここで話すことは他では言わないでね。私ももう宮廷魔術師は辞めたし、なるべく王宮には近づかないようにしているけど、やっぱりフランシス妃が怖いから」

「王妃に何かされたの?」

 今度はサイモンが尋ねると、ドノヴァン嬢は、舐めるようにローガンを見ていた視線を一気に反対側へ移した。

「そうなのよ! だから本当にこの話はここだけにしてね。あの方はね、本当に怖いのよ。最初に会った時は、まだ二十歳そこそこのお姫様で、まだ皇太子だった陛下と結婚するのだけど政略結婚でさ、外国から連れて来られてさ、可哀相だなって、私、フランシス様に同情していたのよ。しかもメレノイに来てみたら、王宮にはエミリアがいたの。当の皇太子は勝手なことを言って、その女と結婚するって騒いでる。フランシス様の茫然とした顔、今でも覚えているわ。本当にかわいそうだった」

 ドノヴァン嬢は、またワインを口にした後に続けた。

「ま、結局はフランシス妃と結婚するのだけどね。当然よね。でも、皇太子の婚姻の後も、エミリアは追い出されることはなかったわ。王宮に住むことを許されて、フランシス妃の部屋と同じ棟で暮らし続けたの。皇太子は正妻と愛人を手に入れたってわけ。身分が高い男は、ほんと得よね」

 そう言って、女魔術師は意味ありげな笑みを浮かべながら、両隣の青年を交互に見た。ローガンは不快感と怒りを抑えて、少しでもシェイラの慰めになればと、こう口を挟んだ。

「エミリアさんの身分はともかく、さっきのお話では、国王陛下は本当はエミリアさんと結婚したかったのですよね? けれど反対されて、出来なかったということですよね?」

「まあ……、そうね」

 ドノヴァン嬢は肯定したが、含みを持たせた言い方だった。そこへ、サイモンが口を開いた。

「多分勘違いしていると思うから言っておくと、エミリアはいわゆる夜の女ではなかったんだよ。陛下が皇太子時代に留学していたオトイックシティで出会って、前国王の体調が悪いからと呼び戻された時に、結婚する約束で連れて来られた……らしい」

「そうそう、留学先でロマンスがあったのよね。エミリアは娼婦じゃないわ、普通の娘さんよ」

 ドノヴァン嬢が付け足した。

「では、彼女の身分というのは?」

「父親は商売人だったということだよ」と、サイモンが言い、ドノヴァン嬢が「確かそう言っていたと思うわ。でもメレノイに来た時には、両親とも亡くしていたわ」と続けた。

 サイモンはこれらのことを魔術師協同組合の先輩職員から聞いたとのことだった。十五年前の皇太子のロマンスは、当時の大衆紙に載り国民の知るところとなった。けれど王室が抑え込んだのか、この話題はすぐに紙面から消え、やがて人々の記憶からも消えた。


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