第十章 第四節
今度はライアン邸から来た面々の方が、衣装について聞かれた。これには主にメアリーが答えた。彼女はそれについて、ライアン侍従長や使用人たちとの間でどのようなやり取りがあり、今日はどのように準備をしたかを、冗談交じりに語った。すると次はサイモンが、急に思い出したようにこう尋ねた。
「そうだ、シェイラとメアリーは、まだ王妃の所に通っているの?」
「それは……」
メアリーは言葉を切り、シェイラの顔色を確認してから、こう答えた。
「それが、一昨日からお誘いが掛からなくなったのです。それまでは毎日招待されていたのですが」
「そうなんだ。ところで、シェイラはレイチェル・ドノヴァン嬢を覚えているかな? 十一年前に宮廷魔術師で、王宮に住んでいたのだけど」
シェイラは無表情にその名前を口の中で復唱した。
「いいえ、まったく思い出せません。王宮でお世話になった方なのですか?」
「そうか、やっぱり三歳じゃ覚えていないよね。彼女は君のお母さんと接点があったようなんだ」
シェイラは神妙な様子で頷いた。ローガンはさっと一同を見回して反応を窺った。魔術師の二人はこの話題を予想していたのか驚いた感はなく、クリスはさも理解している風に頷いている。メアリーは話に付いて行かなければと身を乗り出した。当のサイモンはもう話し終わったとばかりに、ワインを口に運んでいる。ローガンは待ち切れずに声を上げた。
「今日はその方がお見えになるのですか?」
「ええ、来るはずです」
答えたのはクリスだった。
「では、その方に話を聞くことが出来れば、十一年前に何があったか分かるということですね」
ローガンはそう言って、シェイラを見た。今度はサイモンが答えた。
「多分ね。だからドノヴァン嬢を見つけたら、ここに連れて来ようと思うのだけど、構わないかな?」
これはシェイラに向けた質問だと皆が分かったが、シェイラは他人事のように暫く沈黙した後で、やっと気が付いたという風に「あ、わたしは別に構いません」と答えた。
サイモンは心配そうにシェイラを見つめた。
「もしかして、何も知りたくなかったりする?」
シェイラは恐縮したように体を小さくした。
「いいえ、そんなことはないです。知りたいです。……けれど、なんだか知るのが怖いという気もして……。あの、その方は母と親しかったのでしょうか?」
「それはまだ分からない。……どうしよう? シェイラが嫌なら止めにするけど」
シェイラはすぐには答えなかった。初めに訊かれた時よりも質問を重く感じているのだと、隣にいるローガンにはありありと見て取れた。表情も身体も硬直して、ただ半開きの口だけが、何かを答えようとして震えるけれど、声にならない。その場の全員が、音も立てずに彼女の決断を待った。沈黙がさらに少女を圧迫する。
ローガンは見ているのが辛くなり、とにかく何でもいいから助け船を出そうと口を開きかけた。その時、シェイラは決意した。
「いいえ、やっぱり知りたいです。ハートさん、予定通りにその方を呼んでください」
サイモンはただ「わかった」と答えた。
会場は人で一杯になりつつあった。見える限りテーブルは埋まっているし、入り口の方を見渡して人を捜そうとしても、まるで見通せない。クリスが元宮廷魔術師のドノヴァン嬢を捜しに出かけて行った。彼女に会ったことがあるのがクリスだけなのだそうだ。彼が立つ前に三人の魔術師は頭を寄せ合ってちょっとした作戦会議のように、女性魔術師をどのように言って連れてくるかを話し合っていた。小声であまり聞こえなかったが、ダンスが始まる前に捕まえた方が良いとか、シェイラのことは言わないなどと話していた。
十分ほど経って、クリスは女性と一緒に戻ってきた。女性は淡いピンク色でふわふわした生地の、スカートが大きく膨らんだドレスを着ている。クリスの腕を取りエスコートされて、いやに楽しげに何か話しては笑いながらやって来た。ローガンは彼女を遠目で見て十代か二十代の女性なのだと思った。ドレスのデザインや、小柄で細い体型や、軽やかな動き方や頻繁な笑いが、まさに若い女性の特徴を表わしていると感じられたからだ。しかし近づいてみると、元宮廷魔術師のレイチェル・ドノヴァンは弾けるような笑顔に細かい皺が刻みこまれた、四十代と思われる中年女性だった。ローガンたちは立ち上がって彼女を迎えた。
ドノヴァン嬢は満面の笑顔で優雅に小腰をかがめた。そして次に、彼女は何かを見つけて息を呑んだかと思うと、笑顔がみるみるうちに変化して、驚愕に固まったお面のような顔になったのだった。




