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第十章 第一節 魔術師の舞踏会

「まあ! すごいわ!」

 使用人のリディアは応接室を開けるなり、ローガンを見てそう叫んだ。

「ねえメアリー、言った通りでしょ? 絶対似合うって! でも凄いわ、わたし、紫のテールコートが本気で似合う人なんて初めて見ちゃった」

 本人がそこにいないかのように、仲が良いメアリーとだけ会話をしながら入ってくる。ローガンはリディアに話しかけた。

「わたしもこんな派手なテールコートは初めて見ました、舞台衣装以外ではね」

 そして目が合って微笑みかけると、リディアは急に動きが止まった後に、返事もせず俯いてしまった。

「リディア! あんた、恥ずかしがるくらいなら最初から失礼なことを言うんじゃないよ! ……すみません、先生、バカな娘でしょう? あなたのファンなんですの」

 代わりに応えたのは女中頭のカプラン夫人だが、彼女はリディアの母親である。ライアン邸の応接室に家庭教師用の正装一式を準備してくれたのは、この小太りな中年女性だった。シルクが程よく光る青紫色のテールコートは、襟に銀糸の刺繍飾りが入った、高級そうな品である。それを着終えたローガンを見るや、カプラン夫人は「良く似合う」と興奮状態になりながら彼を褒め称え、同時に、ライアン侍従長の古いワードローブの中から思い切ってこれを選んだ自らの選択を褒め称えた。

 シェイラとメアリーは、大胆にもライアン夫人の部屋で着替えているという。そちらの世話を担当していたリディアが、二人を連れて応接室にやって来たところ、いつも遠くから眺めていた憧れの人に思いがけず話し掛けられてしまったのだ。

 リディアは助けを求めるように母親の隣へすり寄っていき、その後ろからメアリーとシェイラが、大きく広がったドレスの裾を気にしながら入ってきた。

 メアリーは紺色の地味なドレスを着て、髪は普段と変わらずきっちりと纏めて後頭部で丸くしている。シェイラは胸元の開いた淡い橙色のドレスだった。髪は三つ編みにして結い上げ、ビーズの髪飾りで彩っている。

 彼女たちが入ってきて、応接室は華やぎ、甘く浮かれた気分がローガンの胸に広がった。その心地よさに浸りながらも、彼は女性をじろじろと見つめ過ぎてはいけないと考えて、わざと目を逸らすようにしていた。

 カプラン夫人が大きな声で、二人の顔立ちと肌の美しさを褒め上げ、とにかく若いからライアン夫人の昔のドレスが良く似合うと言った。リディアは母親に、自分が結ったシェイラの髪の出来栄えを自慢した。

 一人で突っ立って飾り棚の方を見ていたローガンに、メアリーが話しかけた。

「ナイトリー先生、どうかされまして? 何を見ているのですか?」

 ローガンはやむを得ず、メアリーとシェイラに視線を移した。

「いいえ、なんでもありません。……あの、とても良くお似合いです、二人とも」

 メアリーは少し笑った。シェイラは緊張しているのか、肩をすくめて顔を強張らせていた。

「ありがとうございます。ライアン夫人のドレスを拝借するなんて恐ろしいけど、侍従長殿のご厚意だから断ることも出来なくて。ライアン夫人に知れた時のお怒りが少しでも小さいように、リディアと三人で衣裳部屋の奥にあったなるべく古いものを選んだのです。だからアクセサリーも最小限で、こんな感じですわ」

 と言って、メアリーはローガンに向かって両手を広げた。

「古いとか、全然そんな風に見えないですよ。とても素敵です。……シェイラ様も!」

 ローガンは思い切って、メアリーの後ろにいたシェイラを覗き込み、声をかけた。シェイラは驚いた眼をして「ありがとうございます」と言った。メアリーがまた口を開いた。

「ナイトリー先生も、凄くさまになっていますわ! 今日の舞踏会はあなたが一番目立つのではないかしら?」

「この派手な衣装はわたしが選んだわけではありませんよ」

 ローガンが苦笑いして応えると、カプラン夫人が割り込んできた。

「これは私が選んだの! ライアン侍従長殿の十年前の服だよ!」

「さすがライアン殿ね。派手さも驚いたけど、痩せていたってことにはもっとビックリだわ!」

 メアリーがこう言うと、その場の全員が笑った。

 三人を会場に送るために、ライアン家の馬車の中から四輪の箱馬車が用意されていた。カプラン夫人とリディア、それにゴードン氏に見送られて出発すると、すっかり上流階級になったような気分だ。ローガンの向かいの席でシェイラとメアリーはダンスについて話し始めた。シェイラはメアリーにダンスを教えてもらったが、上手く踊る自信がないので出来れば踊りたくないと言っている。メアリーは、上手くなくても楽しいから踊ればよいのに、と言う。シェイラは、どっちみち相手がいないと言う。メアリーが、ナイトリー先生と踊ればよい、と言う。ローガンが話す番である。

「よろこんでお誘いしますよ」

 と、悠然として答える。

 本当はいきなりダンスなどと言われても踊れるわけがない。今日に備えて学生時代の僅かな経験を掘り起こし、毎晩、狭い下宿の部屋で一人、ぐるぐる回って練習したのである。

 シェイラは、「はい」と言ったが、その言い方は「誘うな」と言っている調子であった。ローガンはメアリーに話を振った。

「バラノフさんも踊りますか? もし宜しければ、お誘いしても?」

「あら、わたしは結構ですわ。それよりシェイラ様を誘ってください」

 ダンスの練習は無駄に終わりそうだな、とローガンは思った。


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