第九章 第七節
それから数日は特に何も起きなかったが、シェイラの帰宅時間は深夜のままだった。ローガンはそれを本人にではなく、メアリーから確認した。シェイラに確認すると、どうしても責めてしまいそうだったからである。
十二月の後半になってからは、年末年始の儀式の準備で以前よりは本業が忙しくなってきていた。まったく驚くべき話だが、ローガンが赴任するまで神殿は事実上廃止の状態となっており、年末年始の祭事が復活するのは三年ぶりとのことだった。ローガンは当たり前のことをしているだけなのだが、その働きぶりを、教区民の代表たちもバストロー神殿長も随分と褒めて喜んでくれた。教区民の総代は教区で一番大きい人形問屋のご隠居だったが、この人物はローガンを気に入っており、教区民たちを上手くまとめて協力してくれるので、ローガンは楽に準備を進めることが出来た。
午後の予定は詰まっていたし帰りが深夜になる日もあったが、ローガンは家庭教師の仕事で手を抜く気は一切なかった。シェイラの集中力が落ちているので、その対策に頭を悩まし、授業の準備は一層完璧に仕上げてかかった。
やがてサイモンからの返事がライアン邸に届いた。『気楽な会なので、普段着で来ていただいて全く問題ありません』と書かれていた。なんの変哲もない手紙だったが、ローガンはそれをまじまじと眺めて、少し不愉快になった。『服装自由というドレスコードは、具体的にはどういう意味なのか教えていただけませんか?』と書いたのに、その返事がこれなのである。貧乏人だから正装を持っていないだろうと、決めつけられているのだ。
しかし、そんな考えはすぐに忘れることにした。おそらく、サイモンに悪意はない。
その翌日、ローガンがライアン邸に到着すると、玄関ホールで出迎えたのはメアリーではなく執事のゴードン氏だった。ローガンは不意の事にうろたえてしまい言葉も出なかった。しかしゴードン氏の説明は予想と違い、昨夜実家に帰ったメアリーがまだ戻ってこない、というものだった。最近母親の調子が悪いと言っていたので、そのせいかもしれないとゴードン氏は付け足した。
そして、予想もしていなかったことに、その場にチャールズ・ライアン侍従長が現れた。今日は王宮へは行かないのだろうか、胸元の開いたシャツにガウンを羽織っているだけという軽装で、朝食のコーヒーカップを持ったまま、ゆったりとローガンの方へ歩いてきた。
「やあ、毎日ご苦労だね」
そして、かしこまって挨拶するローガンに、彼は続けた。
「ここのところ、シェイラはどうなのだろう? ちゃんと勉強しとるのかな?」
以前より疎かになったという思いが頭にあるローガンは、それを正直に言うことも、咄嗟にうまい言い回しで濁すことも出来ず、思わずこう返してしまった。
「と、いいますと?」
ライアン侍従長は質問で返されたことに気を悪くする風もなく、こう言った。
「毎日王宮からの帰りが遅いので、フランシス妃に苦情を言ったのだよ。私は固いことを言う人間ではないが、若い娘の帰りが毎日深夜というのは、さすがに問題かと思ってな。フランシス妃に配慮してくれるように言ったら、向こうは向こうで、『早く帰れと言っているのに、勝手に夜遅くまでいる』と言う」
「そうなのですね……」
ローガンは頷くだけだった。
「シェイラは熱心に勉強しとると聞いていたが、最近は王妃の影響で、宮廷の享楽に毒されてしまったのかな?」
ライアン侍従長はハハハと笑った。ローガンは、早くシェイラを弁護しなければと思った。
「フォースター様は相変わらず真面目に勉強しておられます。けれど慣れない王宮で勝手が分からずに、苦労されることもあるようです。いつ、どのようにして王妃様のサロンを辞するのが礼儀に適っているのか、分からないのではないでしょうか?」
「うん、そうかもしれないな。まあ、あの女の言うことは信用せんでいいよ。実際は王妃が引き留めているのかもしれんし、どうなのかは分からん」
ローガンは反応に困ってしまい、無表情に頷くことしか出来なかった。
ライアン侍従長は、この状態が続くようなら門限を設定するかもしれないと言った。そして、学習の進捗状況を尋ねたので、ローガンは報告した。
今日はシェイラと話をしよう。そう思いながら、ローガンは彼女の部屋へ向かった。メアリーがいない今が、絶好の機会だと思われた。彼女はメアリーがいない方が本当のことを言うのではないかという気がしたのだ。
言うまでもなく、メアリーは授業中のローガンの見張り役である。メアリーがいないので、ゴードン氏は別の見張りを付けるのではないかと思ったが、部屋に行ってみると、そこにはシェイラ・フォースターが一人きりでいた。彼女は開口一番に、メアリーが心配で不安だという内容のことを言った。ローガンはメアリーのことなど頭から消えていたので、そこでゴードン氏の話を思い出して、仲の良い使用人が迎えに行ったそうなので大丈夫でしょうと言った。そしてシェイラがいつまでも立ったまま落ち着かないので、促して長椅子に座らせ、自分も腰を下ろした。




