第三章 第一節 メアリーの話
初日の後は週末で授業は休みだったため、ローガンは神殿での礼拝や説教をこなしながら、家庭教師の準備を整えた。まず、ローガンの担当する教区は小さすぎて学校がないため、隣の教区の神官に小学校の教師を紹介してもらって、メレノイの教区学校では何歳で何を教えているのかを教えてもらった。それを基に、シェイラの実際の学力を考慮して、大まかな学習計画を立てた。雇い主のライアン侍従長からは今のところ、どの程度をいつまでに、という期限は指示されていない。それに、シェイラの理解力や記憶力がどの程度なのかが分からないので、この計画には期間が含まれていない。ローガンはまた、ゴードン氏から教材を買う費用に充てるようにと、受け取るのに躊躇するくらい十分な金を貰っていたので、書店へと出かけて教科書となり得る書物を買い求めた。実際に教区学校で教科書として採用されている物語集や、解説書、年代記などに加え、より楽しんで読めるような子供向きの小説も購入した。本は高額なので、本屋で本を買うという行為は、本来ローガンのような貧乏人には決して出来ない。だから、それは本当に楽しく、心躍る仕事だった。
月曜日になり、ローガンは買い込んだ書物を全部持ってライアン邸を訪れた。使用人に案内されて前回と同じ部屋に行くと、メアリーとシェイラが待っており、メアリーは満面の笑顔で出迎えてくれたが、挨拶が済むとすぐに生徒のシェイラに引き渡された。窓際の勉強机には椅子が横並びに二つ用意され、机上には石板と石筆、それに高級そうな筆記用具も一通り準備されていた。シェイラは、小さな声で二言三言挨拶を交わすと後は何か話す気もないらしく、ローガンが「良いペンですね」などと筆記用具を褒めてもただ「はい」と返事をするだけだった。
相変わらずの暗さに、ローガンは途端にやりにくさを感じたが、最初は緊張しているのだろう、と気を取り直して、持ってきた書物を渡すことにした。
「勉強をするのに本が必要なので、一通り買ってきました」
そう言って、机の上にどっさりと積み上げると、シェイラは驚いたようで、目を丸くしてそれらを見つめた。
「これは全部あなたの物ですよ! 私は買ってきただけで、お金はライアン侍従長から出ています。あなたが本を持っていないので、揃えるように指示されたのです。学校で使っているものだから、あなたも知っている本があるかもしれませんね。最初はこれぐらいから始めて、だんだん難しい本に挑戦していきましょう」
ローガンは一冊ずつ並べて、内容や用途を説明した。その時、シェイラの顔に僅かだが明るい表情が浮かぶのを、彼は見逃さなかった。ローガンは嬉しくなり、彼女は本を読めさえすればその喜びを共有できる人なのだと勝手に解釈して、途端に親しみが増した。
しかし、この本の紹介の時が、シェイラの明るさと、ローガンが感じる彼とシェイラの親しさの最大値だった。それが終わり、授業を始めるとシェイラは真面目くさった気難しい顔になり、二度と表情も態度も弛めなかった。