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第九章 第六節

「そういうこととは気づきませんでした。でもよく考えたら当たり前だ。王妃が毎日ずっとあなたの相手をするわけがない。王妃はいたりいなかったりするわけだけど、取り巻きの連中は常にサロンにいて、あなたは彼らと喋ったり、ゲームをしたりして過ごしているわけですね。彼らはあなたに帰れとは言わないし、王妃はそもそもいなかったり、何も言ってこないから帰るきっかけがなくて、そのまま夜までいてしまうのですね?」

「いつも王妃様がいないわけではありません。それに王妃様は出掛けられる時には私に、『ゆっくりしていらしてね』って声をかけて下さるのです。他の皆様も、私に親切にしてくださいます」

 ローガンは、シェイラにただ「はい」と言って欲しいのだが、彼女がそうしないので苛立った。

「だから夜中まで入り浸っているとでも言うのですか? はっきり言いますが、あなたは王妃がいない時でも、好きな時に帰って来ていいのですよ。もちろん黙ってではなく、誰かに声をかけて。他の人もそうしているでしょう? 王妃は自分がいない間にあなたが帰ったって、何とも思いません」

「は……い」

 シェイラは不服そうにそう言った。ローガンには彼女の態度の意味が分からなかった。

「確かに、あなたにとっては初めての経験で、どう振る舞っていいか分からないのは理解できます。いや、むしろ当然でしょう。あなたはまだ若くて、子供だと言っていい。大人の、しかも上流階級の大人の中で自分から何か言い出すのは勇気がいることです。出来ないのも無理はないでしょう。王妃がなぜあなたを毎日呼ぶのかは分からないけれど、招いた後はほったらかしというのは酷い話です。帰りが深夜になるというのは常識的にもどうかと思うし、その程度の配慮はして欲しいと思いますね」

「いいえ、ほったらかしにされているわけではありません。王妃様はわたくしのような者でも、ちゃんと気にかけて下さっています。ただお忙しくて、そこまで気が回らないのです。私が何も言わないから、私がいつ帰っているかは多分ご存じでないと思います」

「よし、では、ライアン侍従長にお願いして、あなたをもっと早く帰すよう王妃に伝えてもらうことにします」

「え、いやだ、やめてください!」

 シェイラが食い下がるような勢いでそう言った。その反応を見て、ローガンはこの違和感の正体がだんだん解ってきた。

「帰りが遅くなってしまうのは、私が悪いのです。王妃様もご友人の皆様も本当に素敵な方たちで、あそこにいると時間を忘れてしまうのです。あっという間に夜になってしまうのです。これからはなるべく早く帰るようにしますから、王妃様には何も言わないでください」

 要するに、シェイラは王宮で長時間過ごすことが、別に嫌ではないのである。ローガンはガッカリした。

「自分から帰ると言い出せますか?」

「はい」

「……勉強に支障が出ない程度に、ほどほどの時間で帰って来てくださいね」

「わかりました」

 シェイラがそうはっきりと請け負ったので、ローガンはひとまず納得して話を終えた。しかし後になって考え直すといまだ釈然としないものが残った。シェイラがその受け身の性格ゆえに、王宮に長居していたとしても、夜中の十二時までというのは遅すぎる気がする。今更だが、王妃が毎日シェイラを呼ぶのも疑問だった。

 その翌日は、ライアン邸にローガン宛の手紙が届いていた。メアリーから手渡されたそれを見ると、差出人はサイモンである。心当たりがなく「なんだろう?」と呟くと、メアリーが答えた。

「私たちにも届いたのです。多分同じものだと思いますわ」

 サイモンから届いた二つ折りのカードの表には『魔術師協同組合主催 慰労舞踏会 招待状』と印字されていた。三人で同じカードを見せ合い、なぜかみんな笑顔になった。

「慰労舞踏会……そんなものがあるのですね。年末だから、組合員の一年間の労働をねぎらう会ということでしょうか」

 ローガンは早速カードの中を見た。

「わたしたち、組合員じゃないですけど」

 メアリーが言った。

「招待されたからには行っていいのでしょう。あなたたちは行かれますか?」

 すると、メアリーは肩をすくめた。

「行きたいですけど、まだ行けるかどうかわかりません。午後六時半からと書いてあるでしょう? 王宮から帰って来られるかどうか分からないので。それに、まだ侍従長殿に話していませんから」

 昨日、シェイラの帰宅は夜の十時だったらしい。早く帰ろうと思ったが、言い出す機会がなくて、その時刻になってしまった、とのことだった。

「ライアン侍従長ならたぶん大丈夫でしょう。遅れて参加してはいかがですか」

「途中参加できるのかしら……。まあ、魔術師協同組合主催なので、格式張った会ではないと思いますけど……」

 どう思いますか、とメアリーはシェイラの顔を見たが、シェイラは全く分からないと首を横に振るばかりだった。

「まあ、折角のお誘いですから、わたしたちは遅れるかもしれないけど行ける場合は行きますと、返事を書きますわ。そんな返事で良いか分からないですけど、それも含めて書きますわ。ダメならダメとハートさんが言ってくれるでしょう。ナイトリー先生はどうしますか?」

「私は行こうと思います。……けれど、問題があります」

「なんですか?」

「服装です。正装を持っていないのです」

「ああ……」

 メアリーが、なるほどという顔をする。

「それだけなら、どうにかして入手するか、それが無理なら諦めれば良いのですが、ややこしいのは招待状に『服装自由』と書いてあることです」

 メアリーとシェイラが、それぞれ自分のカードに目を落とす。

「本当だわ。『服装自由』って書いてあるわ!」

 メアリーが少し笑いながら叫んだ。シェイラも隣で頷く。

「言葉通りに受け取るなら、普段着で行って良いということになります。けれど……」

 ローガンの言わんとすることが既に分かっていて、メアリーは笑い出していた。ローガンは続けた。

「普段着で行ってみたら、周りは全員正装だった、というパターンですかね。けれど本当に普段着で良いなら、正装をどうするか悩む必要がないから非常に助かります」

 ローガンが真剣な様子なので、メアリーは余計に可笑しいようだった。一方、シェイラはあまり意味が分からず、きょとんとしていた。

「いえいえ、ナイトリー先生、それは危険すぎます。組合の舞踏会といっても、舞踏会というからには正装じゃないかしら」

「『服装自由』ってどういう意味か分かりますか? ドレスコードが『服装自由』って、ハイマントではそういう言い方は聞いたことがありません」

「あら、メレノイでもそんな言い方は普通しませんわ」

「こういう慣習は業界によって違うから、魔術師界では言うのかもしれませんね」

 結局、『服装自由』の真意はハート氏に訊かないと分からないという結論になった。

 メアリーたちには言わなかったが、ローガン宛の招待状には日時や場所などの印字の他に、サイモンの手書きでメッセージが添えられていた。

『先日話した王宮勤めの経験がある魔術師が来るようです。王宮の話が聞けるかもしれません』

 ローガンは是非出席させていただきますという返事と、例の質問を手紙にしたためた。


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