第九章 第五節
お茶の途中で、シェイラは不意に目を覚ました。
自分が居眠りをしていたと知った時のシェイラはほとんどパニック状態となった。真っ赤になって何度も謝り、全く無意識でいつの間に眠ったのか分からないし、なぜ眠ってしまったのかも分からないという趣旨を、半狂乱になりながら語って、涙を浮かべた。
ローガンは彼女をなだめ、落ち着かせたところで王宮の様子を聞き出そうと試みた。
「昨日はお戻りになるのが随分遅かったようですね。そこから宿題をしていたので眠る時間がなかったということなのでしょう?」
「ええ、そうなのですけど、違うのです。本当は三時には寝るつもりだったのです。なのに途中で間違えていることに気がついて……問題が途中から割り算になっているのに、私、気づかずに全部掛け算でしてしまったのです! それでやり直していたら遅くなってしまって……それから例の文章問題に取り掛かったのですけど全然わからなくて、とにかく式を書いて計算したら、なんか変になって、いくら計算しても全然答えが出なくて……」
シェイラはそこで唐突にへらへらと笑った。
「答えがマイナスになっちゃって……、これって式が間違ってるということなのですよね~」
散々悩んだが結局解けず、夜が明けてしまったとのことだった。なお、この問題が解けなかったことについては、授業の初めにシェイラがこの世の終わりのような顔をして謝ったのでローガンは知っていたが、まさかそこまで時間をかけていたとは知らなかった。
「宿題の問題はある程度考えて分からなかったら、そのままにしておいて下さい。教えますから。あんまり悩み過ぎても時間がもったいない」
「そんなに何時間も悩んでいたわけでは……。計算に時間がかかったのですわ。それに、途中まで考えたらなんとかして最後まで解きたいって思うものじゃありません?」
ローガンは少しイライラした。
「わかりました。今後は考えて分からなかったら回答を見ることにしましょう」
「え、答えを見るのですか?」
「そうです。時間がもったいないので。……それはともかく、問題は宿題よりも、帰りが遅いということだと思います」
シェイラは答えなかった。
「おそらく、遅かったのは昨日だけじゃありませんね? このところ疲れているのは、そのせいなのでしょう?」
なるべく優しく問いかけたつもりだったが、シェイラは顔を背けた。その細い肩が、少し震えているように見えた。
「……確かに、帰ってくるのも遅いですし、そのせいで勉強が疎かになってしまっていることは認めます。先生は宿題を減らしてくださったのに、私はそれすらちゃんと出来なくて、先生が怒るのも当然です」
「別に怒っちゃいませんよ」
ローガンは苦笑いしながら否定した。
「わたしも分かってはいるのです。こんな風に先生を付けてもらって勉強させてもらえるなんて、本当に贅沢で有難いことだし、ライアン侍従長様のご厚意に応えるためにも、しっかりしなければいけないって。ナイトリー先生も本当は神官のお仕事があるのに、時間を取ってせっかく教えてくださっているのに、生徒の出来が悪かったら腹が立ちますよね」
「私のことはいいのですよ」
「今日のことは本当に反省しています。宿題のことも、居眠りのことも申し訳ありませんでした。これからは絶対に同じことがないように頑張ります」
シェイラはむしろ清々しい顔になって、そう謝った。
「完全に話を逸らしましたね……そうはいきませんよ。一体どういう理由で、王宮から戻るのが夜中の十二時になったりするのですか? 普通に考えて、遅すぎるでしょう? 毎日十二時だったとしたら、もう宿題なんか一問も出せなくなる。完全に勉強に支障をきたしています」
なのに、一度ライアン侍従長に訴えているので二度目は言いにくい、と思ったが、それは口に出さないでおいた。
「毎日十二時というわけでは……」
「十一時だって同じことです。そんな時間まで何をしているのですか? 刺繍ですか?」
「最近は刺繍です」
「ずっと王妃と刺繍を?」
「ずっとしているわけではありません。王妃様はたくさんの趣味をお持ちなのです。刺繍もお上手ですし、キルトやレース編みや、織物までなさいます。それから絵もとても上手なのですよ。ご自身のドレスを、ご自分でデザインすることもあるのです」
「どうもよく分からないのですけど、王妃も夕食を取ったり、お風呂に入ったりするわけですよね。あなたはそこまで付き合っているのですか?」
「まさか……! もちろん王妃様がいつもいるわけではありません。王妃様は夜は晩餐会だったり、昼でも大事な公務がおありだったりしますから。けれどお部屋には大抵誰かがいらっしゃいます。ご友人の誰かが。そのお相手をさせていただくことも多いのです。もちろん私ではお相手には役不足なのですけど、それでもゲームの人数が足りない時とか、ただお話を聞いているだけなら私にも出来ますので」
ローガンはそこまで聞いて、シェイラの帰りが遅い理由を思い付いた。
「もしかして! あなたは誰も帰れと言わないから、帰れなくて深夜まで王宮にいるのですか? そういうことなのですか?」
大発見だという思いから、自然と声が大きくなる。シェイラは驚いて目を丸くする。そして困惑した表情を浮かべた。
「でも、勝手に帰るわけにはいかないでしょう?」
ローガンは唸ってしまった。おそらく王妃はシェイラのことなど意識しておらず、招きはするが、後は忘れているのだろう。




