第七章 第五節
食事を終えて会計を済まし、ローガンが次の予定を尋ねると、サイモンは用事があるから行かなければならない、との返事だった。
「君はどうするの?」
そう訊かれて、ローガンは「メレノイに戻ります」と答えた。帰りの馬車賃を昼食代に使ってしまったので、メレノイには歩いて帰らなければならなかった。まだ正午過ぎなので、夕方までには帰れるだろう。
「じゃあ急ごう。もうすぐ馬車が出るよ」
サイモンがそう言って、足早にホテルのロビーから外へ出て行った。ローガンはしまったと思い、後を追った。
「ハートさん! 急がなくて大丈夫です。次の便にしますから」
「なんで? まだ間に合うよ」
サイモンは小走りになりながら駅へと向かう。道の先には幌付きの大型馬車が停車しているのが見えた。サイモンが手を上げて叫んだ。
「おーい! あと二人乗るー! あと二人乗るよー!」
すると、馬車の傍らに立っていた御者が片腕を大きく振り上げて、早く来いというような動作をした。
「あの、用事ってメレノイなのですか?」
サイモンの隣で早歩きしながら、ローガンはいかにして彼に不審に思われずにこの危機を乗り切ればよいかと考えを巡らせた。
「そうだよ。この便に乗れてよかった」
近くまで来ると、馬車はまだ交代の馬が繋ぎ終わっておらず、乗客も乗り込んでいる途中だということが分かった。
「まだ大丈夫だったね」
サイモンは乗客の列の最後尾に立ち、そう言ってローガンを見た。ローガンは乗車を断る時間ができたことにほっとした。
「あの、本当に申し訳ないのですが、この馬車には乗れないのです」
「え、そうなの? どうして?」
ローガンは一瞬、口ごもった。お金がないと、言う勇気がなかった。
「急に用事を思い出して。それを済ませてからメレノイに戻ります」
「そっか。じゃあ残念だけど、ここでお別れだね」
残念と言ってもらえたことが、少し胸に痛かった。
「私も、残念です。一緒に乗れたら良かったのですが……。タイミング悪く用事を思い出してしまって……」
ローガンは自分も物足りなく思っていることを伝えようとしたが、嘘を繰り返す後ろめたさでしどろもどろになってしまった。サイモンは不審に思ったのか、大きな目を見開いて、何かあったのかと問うような表情をした。ローガンは何でもないと言う替わりに、首を横に振った。サイモンは微笑んで、右手を差し出した。二人は握手した。
「また時間があったらメレノイの事務所に遊びに来てください。シェイラの様子も知りたいので」
「ぜひ伺います。今日は色々とお話をありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
やがてサイモンは馬車に乗り込み、ローガンはその場に残った。そして馬車が出発して見えなくなるまで見送ってから、自分も歩いて出発した。目の前に続く北方街道の単調な道のりと、うんざりするような平野は、考え事をするためにたっぷりと与えられた時間そのもののようだった。
ローガンはサイモンのことを考え、自分のことを考えた。彼の言動を思い出して性格上の欠点を探したり、頭が良いかどうかを評価した。
組合職員の給料というのは、多分雇われ神官と大差ないだろう。魔術師というものは、儲かるのか。これは全く見当もつかなかった。
あの容姿はどうなのだろう。今度は外見について考えた。
身長はたぶん平均より低いが、頭が小さく均整のとれた体型をしている。くりっとした大きな目と丸い輪郭で顔は幼く見えるけれど、実は身体の方は完全に成人で、服の上からではあるが、骨太そうな骨格にしっかりと筋肉がついているのが見て取れた。黒髪は緩い巻き毛で少し伸びた感じになっていて、澄んだ黒い瞳の上にときどき被さっていた。黒い髪と黒い瞳はギャザランドでは珍しくないのに、ローガンはなぜか彼のその特徴が印象的に思えた。
一通り考えたところ、サイモンの容姿に目立った欠点はないようだった。けれど、普通の域を出ない。そう判定した瞬間、ローガンは自分の顔に嫌な笑みが浮かんだのを感じた。世間一般の基準からすると、どう辛口に評価してもローガンの容姿は普通より上に違いなかった。美少年だと騒がれたり、女店主に微笑みかけたら値引きしてくれた、などという経験は、サイモンの人生にはなかったことだろう。
圧勝だ。ローガンは胸のすくような気持ちになって、くすくすと笑いだした。それはやがて、自嘲の苦笑いに変わる。普段は容姿を褒められたって嬉しくもなんともないのに、今は見てくれで勝ったと思って笑っているのだから。
考えることが嫌になってきて、ローガンは歩くことと景色に集中しようとした。普段なら、郊外から都心へと徐々に移り変わる光景を楽しんだかもしれない。それが今日は、全く見る価値のないものに感じられた。それよりも、次から次へと頭に浮かぶ考えごとの方に興味があった。ローガンの意識は再び頭の中に引き戻された。そして考えごとへの対処に忙しくしているうちに、メレノイまでの数時間は意外とあっけなく過ぎ去った。




