第七章 第四節
二人は駅周辺の宿場街に移動し、ホテルの食堂に入った。話題はほとんどがエミリアとシェイラのフォースター母娘についてだった。
エミリア・フォースターはエリノア・フォレスト、シェイラはジェマという偽名を使い、貧民街と呼ばれる地域の一つであるウェスタグル街の長屋で人目を避けるように暮らしていた。エミリアは大変な美女だったが、美貌を人に見られることを嫌って、いつもフードや髪で顔を隠すようにしていた。暴力を振るう夫から逃げて、隠れ住んでいると彼女は言った。
魔術師協同組合は相互扶助を原則として組合員の利益を図る様々な活動を行っている。母子家庭や老人の一人暮らし、特に困窮している世帯などは「要見守り世帯」としてリストアップされ、職員が定期的に訪問することになっていた。様々な相談に応じたり、仕事の斡旋などをすることがサイモンの仕事だった。
エミリアは工場で働き、夜は内職をして家計を支えたが、収入は十分とはいえず、母娘の暮らしは貧しいものだった。娘のシェイラは母を助けようと、家事全般はもちろんのこと、収入のためにもよく働いた。縫い物の内職は、ほとんどシェイラの仕事となっているようだった。彼女はサイモンが訪問するたびにこう言った。
「わたしも働けます。何でもします。何か仕事があれば教えてください!」
けれど、子供は働くのではなく、学校へ行くべきだというのがサイモンの考えだったので、シェイラに職の紹介はしなかった。家事全般と縫い物の内職だけでも、シェイラの負担は大きすぎると思った。しかしシェイラは、そんなサイモンの気持ちをよそに、自分で日雇いの仕事を見つけては小金を稼いでいるようだった。
サイモンは母娘の貧困を救おうと、人脈を辿ってエミリアに仕事を紹介したことがあった。現職大臣でもある某子爵の屋敷が、新しい女中を探していた。エミリアは容姿端麗でそれなりの教養も備えていたから、屋敷が求める条件に合致している。サイモンは交渉して、娘も一緒に屋敷に住み込むことを了承させた。しかしエミリアはこう言った。
「上流の人たちというのは皆お仲間で、横で繋がっているのです。私がそのお屋敷に上がったら、夫に見つかってしまうかもしれません」
暴力夫が上流階級の人間だとは知らなかった。サイモンは、シェイラの成長にとっても非常に良い話であるし、これ以上良い求人は持ってこれそうになかったので、なかなか諦められずに勧めたが、エミリアは夫が怖いと言って断固応じなかった。サイモンはそれが誰なのかを尋ねはしなかったが、暴力夫は某子爵とよほど近い人物なのだろうと解釈した。
エミリアが避けていたのが誰なのかが分かったのは、彼女が亡くなった後だった。彼女は自分に万一のことがあった場合に備えて、娘に手紙を託していた。娘は母の言いつけを守って、手紙の内容は見ずに、それをサイモンに渡した。そこにはシェイラの父親が、現ギャザランド国王のルパート・ジョセフ・チェスター王であると記されていた。
始めはまさかと思い、エミリアの妄想かと疑った。しかし、サイモンが組合長を引っ張り出して一緒に王室事務省へ乗り込み、事情を説明したところ、三日後にライアン侍従長から手紙が届いたのだった。
サイモンは手紙の指示通りに、シェイラをライアン邸に連れて行った。ライアン侍従長は王宮に住んでいたころのエミリアとシェイラを知っていた。十四歳になったシェイラと対面し、彼は目に涙をいっぱい溜めながらお悔やみの言葉を述べると、彼女の前に身を屈めて微笑みかけた。
「おじちゃんのこと覚えてるかな? 大きくなったね」
そして、シェイラをすぐにライアン家に引き取るというのが国王陛下の意向であると、彼は言った。
サイモンは特に反対する理由もなく、また国王の名を持ち出されては従うほかないようにも思え、翌日にまた来ることを約束して、そのままシェイラを預けた。不安がないわけではなかったが、ライアン侍従長の人柄は信用できる気がしていた。
「その時は、裕福な引き取り手が見つかって良かったと思ったよ。ずっと僕が面倒を見るというのも、けっこう大変だからね」
サイモンが食後のお茶を啜りながらそう言った。ローガンはこの機会を逃すものかと、すかさず質問した。
「お母様が亡くなった後、あなたはシェイラ様と一緒にいたのですか?」
「そりゃそうだよ。エミリア以外に家族は誰もいないんだから、一人にするわけにはいかないだろ」
「彼女をハートさんの家に引き取ったのですか?」
「いや、僕がシェイラの家に泊まり込んでた」
「そう……なんですね」
ローガンは息苦しくなっていた。エミリアが亡くなってからライアン邸に移るまで、シェイラはこの男と二人きりで長屋の狭い住居にいたということなのか。
「シェイラ様は……とても悲しんでおられたでしょうね」
「そりゃあね、ずっとお母さんと二人でがんばってきて、それが一人きりになってしまったのだから。シェイラは茫然自失という感じだったよ。何日も食事を摂らないし、眠りもしない。僕は彼女が自殺するような気がして、ずっと見張っていた」
自殺と聞いて、ローガンは凍りついた。サイモンは続けた。
「とにかく彼女を一人きりにしないようにしたよ。僕がそばにいれない時は、人に頼むようにして。ライアン邸に行ったころには、僕ももう精神的に限界だった。二人でエミリアの最期を看取って……葬儀があって、そしてエミリアの手紙があって……、長かったよ。二、三週間の出来事とはとても思えないくらい。あの頃のことを思ったら、シェイラがまた笑うようになったのも信じられないくらいだ」
サイモンは思い出すように遠くを見る目つきをした。ローガンもまた、そのころの彼らの辛苦を思って胸を痛めた。
「お母様は病死だったと聞いていますが、最期はあなたも一緒に?」
「そうだよ。エミリアは長年働き過ぎて、たぶん身体が弱っていたんだ。最初は風邪だったみたいだけど、だんだん悪化して、最期は肺を悪くして意識を失ってしまった。僕が行った時にはもう遅かった。すぐに医者を呼んだけど、そのまま意識が戻らずに、逝ってしまったんだよ」
ローガンは胸が塞いで何も言えなかった。思い出させてしまったことを申し訳なく思った。




