第七章 第二節
北方丘陵は観光ガイドにも載る景勝地だが、ローガンの目的地はその数キロ手前の、平野部に一か所だけ突然隆起した「離れ山」と呼ばれる小山だった。山の頂上付近に古代から伝わるとされる小さな祠があって、それが何故かローガンの神殿の管轄となっているのだ。
麓からつづら折りに伸びた登山道を上り、三十分ほどで、レンガ造りの小屋といった感じの祠に到着する。
初めて来たときは、ここもメレノイの教区神殿と同様に荒れ放題だった。林の中で雑草に埋もれ、登山道から見えず、在るのかどうかも判らない。ローガンはこれを見て、周辺の整備と、祠の修復に取り掛かった。メレノイでの仕事の合間に数回訪れ、木こりか大工のように働いた。
そのおかげで、今では山の守り神を祀る祠は存在感を取り戻していた。登山道から脇に延びた参道を渡り、楽に出入りして参拝もできる。ローガンは二、三か月に一度手入れをすることにして、今日、訪れた。
冬の始まりの空気は冷たく澄んで、空は晴れ渡り、鳥の声と自分の呼吸と、落ち葉を踏む音だけが聞こえていた。都会の喧騒を離れた、こうした自然がローガンは大好きだった。気分よく祠の掃除をし、礼拝を済ませると、ローガンは山の頂上まで足を延ばすことにした。頂上の一部は林がなく開けていて平らな土地もあり、そこから地上の南側一帯を見下ろすことが出来た。
今日の本当の目的はこっちかもしれない。メレノイの平野を眼下に一望して、ローガンはそう思った。登山の清々しい疲れと興奮で、知らず笑顔になる。
はるか遠方に浮かぶメレノイの街を思う存分眺め、満足した気分になり、近くに目を移した。林の切れ目に今しがた登ってきた登山道が見える。そこを、人が一人歩いていた。
ローガンは枯草の茂みの中で、その場に腰を下ろした。美しい世界を一人で楽しんでいたのに、現実に引き戻される感覚がした。地元の農民が、柴刈りに山に入ってくるのは何の不思議もない。しかし、少し見ただけで不確かだが、先ほどの人は農民には見えなかった。
いずれにせよ、頂上の平地はそれほど広くないので、先ほどの人がここまで登ってくれば、挨拶しないわけにはいかない。そんなことを考えながら、ローガンは引き続き景色や風を楽しんでいた。
暫くすると、果たして人の気配がする。ローガンは立ち上がり、振り返った。直射日光を受けて枯草が金色に輝いている。それを杖でかき分けながら、こちらへ向かってくるのは魔術師のサイモン・ハートだった。彼はローガンの姿を認め、さらに近づいて来てこう言った。
「こりゃ驚いた」
ローガンは目を丸くし、サイモンは呆れたような笑いを浮かべた。
「私も驚きました。どうしてここに?」
「近所に住んでいるんだよ。君は?」
「ここのすぐ下に祠があって。ご存知ですか? あれがうちの神殿の管轄なのです」
「へえ、あそこはメレノイの神殿が管理してるの? 最近きれいになったと思ってたよ」
「この山へはよく来られるのですか?」
「僕はよく来るよ。時々お参りもする」
ローガンは祠が荒れ果てている時でさえ、参拝されている形跡があったことを思い出した。
「そうなのですね。ありがとうございます」
なぜ礼を言うのだろうと、言ってしまってから思った。サイモンが少し笑った気がした。
「僕だけじゃなくて、村の人は山によく来るし、お参りしていると思うよ」
サイモンは、ローガンの脇を抜けて奥に進み、南側の急斜面近くまで行って立ち止ると、そこで杖を振り上げて大きく伸びをした。
「今日はいい天気だね。寒いけど」
サイモンは振り返らずに、そう言った。ローガンとしては、もう少し大袈裟に偶然の再会を喜び合いたいという気持ちがあったが、彼はそれきり何も言わなくなり、振り向きもしなかった。
ローガンはなんとなく話し掛けづらく、黙って彼の様子をうかがった。サイモンは杖を地面に突いて、前に乗りかかるようにして立ったり、また伸びをしたり、空を見上げたりしていた。




