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第六章 第二節

「え、わたしですか? ええと……」

 メアリーが言い淀んだとき、ローガンは彼女が例の嫌がらせの件を話すのではないかと思った。メアリーが、ローガンを見た。彼はとっさのことに判断がつかず、言えとも言うなとも目線で伝えることが出来なかった。メアリーは次に、シェイラを見た。シェイラはこちらを見ておらず、表情も変えなかった。メアリーは答えた。

「わたしの口からは何も言うことはありませんわ。シェイラ様が先ほどご自身で仰られた通りです」

 わざと含みのある言い方をしたとしか思えなかった。ローガンは、サイモンが気づいただろうかと興味を持ち、自分は表情を変えないように気を付けながら、彼の反応を待った。

「それは何も問題はないという意味なの?」

 サイモンが尋ねた。メアリーは答えずに、またローガンを見た。ローガンはメアリーに対して微かに苛立ちを覚えた。

 もともとローガンはサイモン・ハートという人物に嫌がらせの件を話す気はなかったのだが、メアリーは話したがっている。そして、メアリーの挙動のせいで、サイモンはもう何かあることに気づいたに違いなかった。

 ローガンはメアリーに任せるよりは自分が話した方が良いと思い、シェイラの気持ちに配慮して控えめにこう言った。

「バラノフさんが心配しているのは、ライアン夫人とご息女様たちが、フォースター様の滞在をあまり歓迎していないらしいことだと思います」

 メアリーが渋い顔で頷いた。シェイラの表情が曇ったような気がした。

「そうなの? なんで?」

 サイモンは驚いたような声を上げた。

 ローガンは細かい事情を説明するのは面倒くさく思え、また、その問いに正確に答えることは難しく思えたので、こう言った。

「彼女たちにとっては色々なことが気に入らないのでしょう」

「そうかあ、まあ仕方がないね。気にしないことだよ」

 サイモンの反応は意外にあっさりしていた。彼は上着から懐中時計を取り出して見た。

 この話題を続けることはシェイラを傷つける気がしたので、ローガンはその様子を見てほっとした。案の定、サイモンはこの後ライアン侍従長と面会の約束があると言った。そして彼は、ライアン侍従長に夫人と子供たちの様子を訊いてくると約束した。シェイラがすかさず、その必要はないと止めたが、サイモンは、ただ様子を訊くだけだからと言って取り合わなかった。

 サイモンは立ち上がり、お茶の御礼と、授業を中断させたことのお詫びと、別れの挨拶を続けざまに述べた。メアリーはまだ何か話したそうにも見えたが、彼が急いでいたので諦めるしかなかった。丁度良く使用人が迎えにやってきて、サイモンはライアン侍従長のもとへと案内されて行った。

「なんだかあっという間に行ってしまわれましたね。彼はライアン殿に面会した後、また戻って来るでしょうか」

 初めはシェイラたちと親密に見えたサイモン・ハートだったが、立ち去る時のあっけなさは意外なほどだった。ローガンは名残惜しい感じがして、すぐに彼の話をした。

「それはないわ。ハートさんは魔術師協同組合の職員として組合員の面倒を見ているだけなの。忙しい人だから、すぐに次の仕事に行くはずよ。また会えるのは、早くても一か月以上は先だと思うわ」

 シェイラが答えて、それきり二人の女性からサイモンの話題は出なかった。ローガンはそれが物足りないような気もしたし、逆に満足なような気もした。

 そして、次に会えるのは一か月以上先という。それはローガンにとって、彼への興味の強さからすると長すぎる待ち時間だった。彼はシェイラを最初に引き取った人であり、彼女の過去を知っている人だ。サイモンへの興味はシェイラへの興味と同じなのだろう。けれど、それだけではない。魔術師と聞いて、ローガンは子供のように気持ちが弾んだ。未知の物への好奇心は誰しも同じだろうと、自分に言い訳しながら、それが本人の前で丸出しにならないように気を付けていた。その結果、無粋な発言をしたくなくて、何も質問できなかった。

 サイモンの訪問があった翌朝、メアリーはローガンに会うなり、最新情報を伝えた。ライアン夫人と子供たちが、フォルセット州の領地にある屋敷に帰ることになった。三日後に出発予定なので、使用人たちは大急ぎで準備を始めた、とのことだった。

「それって、ライアン侍従長が妻子を追い払ったということでしょうか、シェイラ様のために」

 いつもの廊下の突き当りで、ローガンは周囲に注意しながら尋ねた。追い払う、とは行き過ぎた表現だと、言ってから気が付いた。

「ライアン殿が帰れと言ったのか、ライアン夫人が自分から出て行くと言ったのか、どちらなのかは分かりません。けれど、女中のリディアの話では、昨晩二人はひどい喧嘩をなさっていたようです。シェイラ様のことで、口論になっていたようですわ」

「私たちの訴えが効いたのでしょうか」

 そう言いながら、ローガンは別のことを考えていた。サイモンは昨日、ライアン侍従長にどんな話をしたのだろうか。

「さあ。そうかもしれませんが、ライアン夫妻の夫婦喧嘩は今に始まったことではありませんわ」

 メアリーはそう言って肩をすくめた。

 二人は話し合い、シェイラには実際に彼女たちが出発するまではこのことを黙っていることにした。予定を切り上げてメレノイを去るというのは喧嘩の勢いで出た話かもしれない。本当に三日後に出発するかどうかは疑わしいというのが、二人の見解だった。

 週末が過ぎ、三日目にあたる月曜日になった。ローガンがライアン邸を訪れると、正面玄関の馬車寄せには、荷物を積んだ箱型の四頭立て四輪馬車が停まっていた。そして、授業をしている間に、ライアン夫人と子供たちは馬車に乗り込み、出発したらしい。正午過ぎに同じ場所を通った時、馬車はいなくなっていた。


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