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第六章 第一節 魔術師の訪問

 約束は守られ、月曜日にローガンがライアン邸を訪れた時に、状況は何も変わっていなかった。シェイラがいなくなることはなかったが、ライアン侍従長が何か動いてくれた様子も見られない。メアリーはライアン邸の使用人たちと仲が良く、毎日のように輪に入って噂話に興じているのだが、週末の間にそれと関係するような話は聞かなかったという。

 心配するローガンに、シェイラは木曜日の一件以来、ライアン家のお嬢様たちは来ないし手紙もないから、もう大丈夫だと言い、メアリーは何か新しい情報があったらすぐに知らせると言った。ローガンの方からは、また何か嫌がらせをされた場合は決して秘密にしないですぐに話してくださいと、シェイラに念を押した。

 そして二日が経ち、三日が過ぎたが、ライアン邸に変わった動きは見られなかった。

 この間、ローガンは授業に集中するように努めたが、内心は気がかりでならなかった。屋敷の玄関からシェイラの部屋まで行き来する間に、ライアン夫人やお嬢様たちと遭遇する可能性があり、もしそうなったらさぞ気まずいだろうと想像すると、それだけで重苦しい気分になった。通いでさえそうなのだから、屋敷に住んでいるメアリーはさぞやと思う。しかし、本人に尋ねると、

「彼女たちには始めからシェイラ様と一括りで嫌われていますから、もう慣れました」

 と、あっけらかんと答えてくれた。

 木曜日になり、変化は訪れた。

 ただし、一週間前の事件とは直接関係がない変化だった。

 シェイラのもとに、魔術師のサイモン・ハートが訪ねてきたのである。

 ローガンは授業中だったが、取り次ぎに来た使用人とメアリーとの会話から「魔術師」という言葉が聞こえた時、すぐにぴんときた。母親を亡くしたシェイラを最初に引き取り、世話をして、ライアン侍従長のもとに連れて来た人物だ。

 すぐに休憩時間だったので、ハート氏も含めて四人でお茶にすることになった。ローガンは最大級の関心を持って、彼を見た。

 サイモン・ハートは見たところ二十代前半の、あまり背の高くない男だった。ローガンはもっとずっと年配の紳士を想像していたので、その若さに動揺した。

 サイモンが入ってくると、女性二人の表情が一気に華やいだ。彼らはローガンより先に知り合っているから、三人の間ではすでに親交が深まっているのだと、ローガンは思った。

 メアリーが如才なく、ローガンとハート氏を互いに紹介してくれた。ローガンは動揺を隠そうとするためか、無意識に、初対面の挨拶を完璧なものにしなければと思っていた。彼は微笑んで、眼に力を込めて相手を見つめ、右手を差し出した。

「お会いできて光栄です」

 サイモンはにっこりと微笑んで握り返した。大きな黒い瞳に、黒い前髪が懸っている。サイモンは大変な童顔で、笑うと本当に少年のようだった。

「こちらこそ。シェイラが勉強していると聞いて安心しました。彼女は良い生徒ですか?」

「はい、とても良い生徒です」

「それは何より」

 そう言って、サイモンはシェイラの方に微笑みかけた。シェイラははにかみながら、顔をくしゃくしゃにして笑った。小さな子供が親や先生に褒められた時の、照れ臭くて、誇らしい、という笑顔だ。シェイラがこれほど幼い顔をしたのを、ローガンは初めて見た。

 メアリーとライアン家の使用人によってお茶が準備され、四人はテーブルについた。

 サイモンはシェイラをまじまじと見つめた。

「前回来てから一か月ぐらいだけど、あれから何かあった? シェイラは前から細かったけど一段と痩せたように見えるよ。ちゃんと食事はできている? 大丈夫?」

 これに対するシェイラの答えは、いつも通りであった。

「大丈夫です。痩せているのは前からですし、ここでは前よりずっと良い食事をさせてもらっていますから」

「夜はちゃんと眠れてる? 前は少し眠りにくいって言ってたよね?」

「今はもう大丈夫です。ちゃんと寝ています」

「何か困っていることとか、魔術師協同組合にして欲しいこととか、僕にして欲しいこととか、何かあるかな?」

「特にありません。いつもお気遣いありがとうございます」

「何かあったらすぐに連絡してね。多分普段は、メアリーに相談していると思うけど、もしメアリーやライアン侍従長には言いにくいことがあったら、手紙でも、直接来てもらってもいいからね」

「わかりました。ありがとうございます」

 またシェイラが嘘をついている。このやり取りを見ながら、ローガンは思った。シェイラを心配するサイモンを見ていると、自分を見ているようだ。彼は大丈夫だと言うシェイラを疑っているようにも見えたが、しつこく質問することはなかった。実際、サイモンに笑いかけるシェイラはいつもより顔色がよく、元気に見えた。

「一か月前と変わったことは、何と言ってもナイトリー先生が来てくれたことです。わたしが勉強出来るように、ライアン様が先生を付けてくれたのです。こんなに有難いことはありません」

 シェイラが話題を変えて、そう言った。

「そうだね、本当に良かった。それじゃあ今は、昼間はずっと勉強なのですか?」

 サイモンがローガンの方を見たので、ローガンは答えることにした。

「授業は午前中だけです」

「午後からは宿題をやったりするのです」

 シェイラが楽しそうに付け足した。

 そこからは、シェイラの普段の生活の報告となった。夕方まで宿題をして、夜は読書をするだとか、読んでいる本の内容や、メアリーが教えたカードゲームのことなどを、シェイラとメアリーが代わる代わる話した。

 その間もローガンはサイモンを観察するのに余念がなかった。しかし、そうと悟られないように、悠然とお茶を飲み、シェイラたちの話には笑顔で相槌を打った。

 サイモンは身なりからして、ライアン侍従長の客としてこの屋敷にやってくるような上流階級の人間ではなかった。襟付きの上着とズボンは毛織で、一級品には見えないし、少々くたびれてもいる。生活のために魔術師協同組合で働いている下層の中産階級と思われた。そして、職業は魔術師というわけだが、黒ずくめでもないし、大きな指輪をしているわけでもなく、古典的な魔術師らしさはどこにも見つからない。ローガンも知っていたことであるが、この国の魔術師というものは見た目で判別できないのである。

「ところで、メアリーはライアン家で暮らしていて、何か困っていることはありませんか?」

 シェイラとメアリーのお喋りが一通り終わったところで、サイモンが不意にそう訊ねた。


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