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第五章 第四節

「フォースター様の様子はどうですか? 昨日の晩にそんなことがあった後では、眠れなかったかもしれませんね」

「わたしも眠れなかったですわ! シェイラ様は、居候している自分が悪いからお嬢様たちが怒るのは仕方がないって、その一点張りです。わたしは腹が立つやら怖いやらで、眠れなかったですわ!」

 メアリーはあくまでローガンに一緒に腹を立てて欲しい様子だったが、ローガンはシェイラの気持ちを思って胸を痛めていたので怒る気になれなかった。そこで、メアリーをなだめようと、こう言った。

「多分、ライアン嬢は自分が何をしているのか理解していないのでしょう。寝泊まりする家がない状況なんて、想像できないでしょうから」

 言ってはみたものの、ライアン嬢を擁護する発言は、二人の間に何となく空々しく響いた。メアリーは不満そうだったが、話を先に進めようと、こう言った。

「それで、問題はこの件を誰かに相談するべきかどうかです。放っておいたらあの子たち、また私がいない夜にシェイラ様に何をするか分かりません。そう思いませんか?」

「もちろん。もちろん相談するべきです。ライアン侍従長に話しましょう」

 ローガンは決心していた。今度こそ、動くべき時だ。

「やっぱりライアン侍従長に話しますか?」

 メアリーは不安げに眉をひそめた。

「話しますよ。他に誰に相談するって言うのですか?」

「そうですよね。でも言いにくくないですか? ご息女を非難することになってしまうし、ますますライアン様とお嬢様たちの仲を裂いてしまうことになりますわ。それに、言ったところでライアン様はシャーロット様たちを叱るぐらいしか出来ませんよね。それでは今の状況と何も変わらないような気がします」

「確かにその通りですが、ライアン侍従長以外に訴える相手はいませんよ。フォースター様のお父様に、国王陛下に相談できるなら話は別ですが」

 メアリーは腕組みをし、難しい顔をして暫く考えた。

「わかりました。ライアン様に相談しましょう。ナイトリー先生、その時は一緒に来てもらえますか?」

「もちろんですよ。二人でフォースター様の窮状を訴えましょう」

 話は決まった。しかし、ライアン侍従長は朝早くに出掛けていて、すでに屋敷にいなかった。ローガンは話をする前に試したいことがあったので、その計画をメアリーに説明した。そして、二人は急いで階段を上り、シェイラが待つ部屋に入った。

「何かあったのですか?」

 二人があまりにも遅いので、シェイラは扉の前で待ち構えていた。

「遅くなってしまって申し訳ありません。フォースター様、突然なのですが、今日は図書室の方で授業をすることにします。大きな地球儀があるので、それを見ながら説明したいのです。もう許可は取っています」

 シェイラは目を丸くしたが、ローガンは一気に畳みかけた。机にあった文房具を自ら手にして、有無を言わせず連れ出した。三人は図書室に移動し、ローガンは授業を始めたが、間もなくメアリーは静かに抜け出した。

 一時間ぐらいが過ぎ、メアリーは何食わぬ顔で戻ってきた。それを見て、ローガンは休憩を取ることにし、三人は部屋へ戻った。そこからは普段と同じように過ぎ、正午となって授業は終わった。

 ローガンはいつものように、シェイラに別れの挨拶をし、メアリーと一緒に部屋を出た。そして、二人はいつものように玄関へは向かわずに、隣のメアリーの部屋へ、密かに滑り込んだ。

 入り口近くで待つローガンのもとに、メアリーが奥から持ってきたのは両手に一杯の紙の束だった。紙束に目を落とし、ローガンは言った。

「一通ではなかったのですか?」

 メアリーは無言のまま、重々しく頷いた。それは、シェイラの寝室に隠されていた、ライアン家の子女たちからの手紙だった。昨夜の出来事をライアン侍従長に話すに当たり、ローガンはメアリーに、今もシェイラの部屋のどこかにあるだろうシャーロットからの手紙を探すよう依頼した。メアリーは首尾よく手紙を探し出したが、それは、二人が想像していた以上の物だった。手紙はざっと見たところ三十通ぐらいあり、その中で、きちんとした手紙の体裁をとっているのは一通のみだった。上質の便箋と封筒を用いて、宛名はシェイラ・フォースター嬢、差出人はライアン家一同となっている。内容は、昨夜シャーロットが話した通りである。そして、その他のはどうかというと、便箋や帳面の切れ端、ビラや古新聞などに、「娼婦は出て行け!」とか「貧民街に帰れ!」などなどの罵詈雑言が書かれて、丸めたり紙飛行機にしたりと色々な形に折り畳まれた手紙なのだった。中には五歳の弟ジョージが書いたらしい拙い文字も混ざっていて、ローガンの気持ちをいっそう暗澹とさせた。シェイラは簡単な言葉なら読めるので、何が書かれているのかが解らないはずはなかった。

「とにかく、ライアン殿に話しましょう、これらも渡して」

「ええ、そうしましょう」

 メアリーは何度も頷いた。

 二人は言葉少なに、打ち合わせた。メアリーはすでに執事のゴードン氏と会って、ライアン侍従長との面会を申し込んでいた。ライアン侍従長は夕方に戻る予定なので、その時に会えばよいとのことだった。

 ローガンは一旦帰り、夕方再びライアン邸を訪れた。ゴードン氏は応接室に通してくれて、メアリーと一緒にそこで待っていると、ライアン侍従長が現れた。家庭教師を始めてから、近いうちに進行状況を報告しなければと思いつつそのままになっていたので、ローガンが彼と会うのは最初の日以来のことだった。

 ライアン侍従長は相変わらず精力みなぎる様子で、機嫌よく二人に応対してくれた。恐縮しながら代わる代わる、二人は昨夜の出来事と、見つけた手紙の件を報告した。まるで教師に級友の悪行を告げ口する生徒のようだと、ローガンは思った。そして、機嫌よく輝いていたライアン侍従長の表情が、話が進むにつれて曇ってゆく様を見るのは、恐怖以外の何物でもなかった。

 言うべきことは全て語り終えて、ローガンとメアリーは固唾をのんで判決を待った。ライアン侍従長は、ソファーの前のテーブルに置かれた手紙を、一つ二つ確かめたが、もう充分と思ったのか、それ以上は見ようとせずに、手でざっとそれらを脇へ押しやった。

「なるほど、分かったよ。君たちの話は理解した」

 そう言った時、ライアン侍従長の表情は話を聞く前に戻っていて、何事もなかったかのようだった。


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