第五章 第三節
「私も、出て行かなきゃとは思うんだけど……本当に行くところがないのよ。お母さんと住んでいた部屋はもう家賃を払ってないし、魔術師協同組合のハートさんには、ここに来る前に散々お世話になったのに、これ以上迷惑をかけられないわ。親戚もいないし、置いてくれるような親しい友人もいないの。いたとしてもずっと住まわせてもらうことなんてできないし……」
シェイラは、自分がシャーロットたちに言われる通りに屋敷を出て行かないことの言い訳を始めたのだった。
「本当はこんなこと言ってないで、ライアン様のご家族にこれ以上迷惑を掛けないように、すぐに出て行かなきゃいけないんだろうけど、路上生活はしたことがないし、これから冬なのに凍死するかも……なんて思ってしまって、出て行く勇気がないの。私は甘いわよね……」
メアリーは聞いているだけで力が奪われていくような感覚がした。ライアン家の子女に向けられていた苛立ちが、今度はシェイラに向かっていく。
「シェイラ様、あなたは畏れ多くも国王陛下と侍従長閣下のご意向でここにいるのです。出て行く必要なんて、全くないのですよ」
メアリーは取り敢えずそう言ったが、内心は言い聞かせるのが面倒臭かった。何を言ったところでシェイラは「でも……」と、しなくてもよい言い訳の続きをまた始めるに違いないからだ。
そして予想は的中したのだが、朝が来て、ローガンに話した内容からは、その部分は割愛した。
「本当に腹が立つと思いません? なんて性格の悪い子たちだろうって思いません?」
メアリーは、昨夜吐き出し損ねた怒りを、ここでローガンに向かって発散せんとばかりに、そう言った。
「驚きました」
ローガンは怒るというよりも驚愕した方が強く、呆然としてしまい、すぐさまこの事件について深く考えることが出来なかった。
「なぜそこまで言われるのでしょうね。仲良しになれないのは解るとしても、そもそも、そこまで嫌われるほど交流していないでしょう? 狭い家に住んでいるわけでもないのに、部屋だって余っているでしょう?」
言いながらローガンは、つまらない庶民じみた発想を披露してしまったかな、と思った。しかし意外にも、メアリーはその回答を知っていて、こう言った。
「その理由はあるのです。まだ言ってなかったかもしれませんね。ライアン様のご家族は毎年冬の間だけメレノイのお屋敷に住んで、それ以外はフォルセット州のご領地に住んでいるそうです。それで毎年メレノイに来ると、ライアン夫人のメレノイのご友人やご親戚を大勢招いて、一か月ぐらいはお泊りになって、舞踏会やら演奏会やらを盛大に催して、もてなすのが恒例なんだそうです。ライアン夫人とお嬢様たちは、それをとても楽しみにしていらして……。それが今年はシェイラ様が客室を使っているので、お客様を招待できないといって、とても怒っていらっしゃるのです」
「なるほど」
ローガンは頷いた。しかし、シェイラが邪魔だという理屈は成り立つものの、やはり上流階級の発想は理解できない、というのが正直な感想であった。メアリーはさらに続けた。
「ライアン夫人とお嬢様たちがすごく怒っていて、毎年恒例の催しが出来ないと困るといって、ライアン侍従長に迫ったことがあるのです。そしたらライアン侍従長は、シェイラ様がいても例年通りにやればよいと。客室が足りないなら招待客を減らすなり、相部屋にするなり、使っていない部屋に家具を入れて客室にしてもいいし、なんとでもできる。シェイラ様も仲間に入れて、皆で楽しんだらいい、って言ったんです。そしたらライアン夫人たちはますます怒って、ライアン夫人が言ったんです。本当は部屋の事よりも、シェイラ様のようなものが屋敷に住んでいるということ自体で、お客を招くことが出来なくなっている、って。そしたら、ライアン侍従長はすごく怒って……、もう、顔を真っ赤にして怒って、『それなら誰も招かなければいい!』って怒鳴ったのです。私たち、それをたまたま目撃してしまって、シェイラ様と二人だったのですけれど、すぐに隠れました。シェイラ様はショックだったようですわ。シャーロット様の手紙というのはその後に来たのかしら。全然気づきませんでした。シェイラ様は何も言わないんですもの!」
「そんなことがあったのですね。フォースター様とライアン家の関係は思ったよりこじれていたようですね」
ローガンは徐々にはっきりと解ってきた。自分はシェイラに「心置きなく落ち込んでもらおう」などと考えている場合ではなかったのだ。何も気づいてあげられなくて、何て間抜けなんだろう。




