第四章 第六節
メアリーは、「意外と遠くまで見えますね」とか「ここまで来て正解ですね」などと一通り感想を述べ、ローガンもそれに同意して応えながら、海の方角である西を向いてメレノイの街を見下ろしていた。その方面は街の中心部があり、大きな建物がギッシリと並んでいたが、街路樹や公園の木々に自然が感じられた。メレノイが大都会でありながら、自然を取り入れ、美しく整備されているということが、上から見るとよく分かる。木々は色づき、空は透明になり、街は晩秋を迎えていた。
ローガンの隣で、シェイラは冷たい秋風が吹き抜けるままに、茶色の髪をなぶらせながら、じっと景色に見入っていたが、不意にこう言った。
「街が、黄色くなっているわ」
それを聞いて、ローガンは思わず微笑んだ。
「本当に、黄色いですね。メレノイはイチョウが多いのです」
シェイラは黄色く染まった街を見下ろしたまま、少しだけ高揚した調子で続けた。
「これは、まさに、あれだわ。『青と緑に メレノイの女神が飽きて 風に命じて塗り替える 黄色と朱色の絵筆を振るい……』」
それは、百年ほど昔にメレノイの詩人が書いた有名な詩であった。シェイラは眼下の風景にぴったりなこの詩を思い出し、途中まで諳んじたがそこで詰まってしまった。
「母が、秋になるといつもこの詩を詠んだの。毎年、紅葉の時期になると同じことを言ったわ。本人は気づいてなかったかもしれないけど、毎年同じ時期に同じことを言うのよ。この詩を詠んで、『自然の美しさは世界中のどんな絵画より素晴らしいね。絵を買う余裕はないけど、自然の絵はタダで見られるからお得だね』って言うの。毎年、同じことを同じ時期に必ず言うのよ。おかしいでしょ」
そう言って、シェイラは少し笑ったようだった。
ローガンは、彼女が笑ったのも多弁になったのも初めて見たが、それは待ち望んだような嬉しい瞬間とはならなかった。彼女が語った母との思い出話はなんとなく物悲しい感じがして、彼女の胸中を占めているだろう寂しさと悲しみが、秋の情景と共に自分の胸にも入り込んで広がった気がした。
「『黄色と朱色の絵筆を振るい……』の次はなんだったかしら……。まだ続きがあるのだけど、思い出せないわ」
「その続きは『始めは薄く丁寧に 徐々に染めよと思ったが 女神の根気は続かない ある夜絵具をぶちまけた』です」
ローガンが答えると、シェイラはぱっと振り向いて彼を見た。
「そうよ、それだわ。母もそう言っていました。秋の紅葉がある日急に進むのは、女神に根気がないからだって」
「そうですか。ほんとにその通りですね」
ローガンはここぞとばかりに、とびきり優しく微笑み返した。シェイラはすぐに視線を戻し、また真剣に街を見下ろし始めた。
メアリーはもう飽きてしまったようで、屋上をぶらぶらと歩いていた。しかしシェイラは、胸壁から身を乗り出すようにして、まるで巨大な地図を読むように、目を凝らして遠くを見たり、近くを見たりを繰り返していた。その横顔を眺めながら、ローガンは先ほど交わした彼女との会話を思い返していた。
今日は詩だったけれど、シェイラは時々、十四歳が普通は言わないような難しい言葉を使うことがあった。けれど、彼女が初等学校の低学年程度の読み書きしか出来ないことも、また事実なのだ。つまり、彼女は難しい言葉を音だけで覚えている。
そんな現象があり得るのだなと、ローガンは興味深く思い、原因は母親の言葉だろうかと目星をつけていたのだが、先ほどの話でその推測が裏付けられた気がした。エミリア・フォースターという名のシェイラの母親は、ローガンの中で印象が定まらない。国王の愛人だと聞いて、いわゆる高級娼婦というやつだなと最初は思ったのだが、その印象と、今までに仕入れた彼女の情報とが一致しないのである。




