誰が見張りを見張るのか
日本のジャーナリストほど、胡散臭いものはない。社会の木鐸やら良心的日本人やらと自称して恥じることがない。他人に厳しく自分にあまい連中を、誰が信用したりするだろう。職業に貴賤はない。だが、日本のジャーナリストは卑しい。卑しくない日本のジャーナリストを見たためしがない。
かつて日本のマスコミは、戦争を煽って煽って煽りまくった。日清日露から第一次、日中から第二次へと世論を誘導してきた。軍部が暴走したと口を揃えて言うが、軍部が暴走した背景には世論の絶大なバックアップがあった。そうして戦争に負けて(「終戦」という言葉に、恥知らずの美学があるんじゃなかろうか)、やつらは掌を返す。「一億総火の玉」と言っていたその口で、「一億総懺悔」と言えてしまう神経。
軍人や政治家は東京裁判という暗黒法廷で裁かれたわけだが、戦争に荷担したマスコミは裁かれていない。なんの罰も受けずにのうのうと、戦後は180°ちがうことを喧伝する。なんとも後味のわるい話ではないか。主旨のちがうことを言ってはいるが、その悪しき体質は戦前からまるで変わっていない。反省など、まるでしていないのだ。
たとえば。企業や有名人が不祥事を起こすと、謝罪会見がおこなわれる。情報を捏造したマスコミ関係者が謝罪会見をひらくことはない。顔すら出さない。とんでもない優遇措置だ。
政治家が電波停止を口にしたら、きゃんきゃん吠えている狗ども(ほんとうに、侮蔑的な意味をこめて)がいる。曰く「権力が」「権力の暴走を食いとめるのが、われらの使命」「政権批判をするのがジャーナリズム」。
もちろん、彼らの言いたいことはわかる。でも、論点がずれている。彼らの偏向報道が眼にあまるからこそ、電波停止という話が出てくるわけだ。事実をねじまげたものを真実と称して報道するのだから、詐欺行為にあたるわけだ。牢屋にぶちこまれてもおかしくない行為であるにもかかわらず、会社は電波停止で済まされる。ずいぶんな優遇措置だと思うのは、私だけだろうか。詐欺行為への自省も再発防止策もなく、ただただ脊髄反射的に吠えるのだ。「権力が」「権力が」と。あの姿は、教育上よくないんじゃないか?
なにがみっともないかと言えば、彼ら自身に「権力者である」という自覚がない点である。裁かれることのない彼らは特権階級である。消費税増税でも軽減税率適用される新聞を、特権階級と言わずしてなんと言うのか。『ワンピース』でいうなら、天竜人を体現した存在なのだ。その自覚がないから、『ワンピース』も大々的に宣伝する。天竜人とちがうのは、特権階級の自覚もなく「権力が」と連呼する。だから、フィクションの悪役よりも数段醜い。
Who waches the Watchmen?
誰が見張りを見張るのか? インターネットの普及により、マスコミの悪行が検証されるようになったことは喜ばしい。だが、まだ足らない。特権階級を打破し、不条理がなくならないことには。下がらない、溜飲は。