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駅前にできた新しい雑貨屋とやらはなんとも不思議な店だった。雑居ビルの一室に居を構えたそこは、窓は全て塞がれ、薄暗いぼんやりとした照明が照らすだけの不思議な空間だった。
置いてあるものはその名に恥じず雑多で、食器や人形、キャンドルといった小物から駄菓子やスーパーボールといった玩具、それらを飾るテーブルにも値札がついていてそれ以外にも家具なんかもちらほらと。
少し古いものが多いようだったが、ボロや中古といった具合ではなくレトロとかアンティークという言葉が似合うようなものが多かった。値段はピンきりで安いものは駄菓子の五円から上は振り子時計の二百万まで、本当に何でもありな店だ。
カウンターに座る店長らしき人物もまた一風変わった格好で、フードのついた真っ黒なローブのような服を着ている。まるでゲームに出てくる悪い魔法使いのようだ。
店内にはあたしと彼女と店長の姿があるだけで他に人の姿はない。
静かな店内にはあたし達の足音と時折手に取る品物の立てる音、そして時計の奏でる規則的な振り子の音が響いている。
変わった店ではあるけれど、嫌いではない。
彼女もそれ同じなのか、瞳を輝かせながら適当に置かれた商品を一つ一つ手に取っては興味深そうに眺めている。
「変わった店ですね」
店の雰囲気を壊さないように小声で囁く。
「うん、そしてとてもいい店」
彼女も声を抑えて大きく頷いた。
あたしも頷いて返す。
思った以上に面白い店であたし達はそのまま一時間程の長居をしてしまった。それでもカウンターに座った店長は嫌な顔一つせずただずっと黙ってそこにいた。そもそも顔は見えないのだけれど、少なくともそういった態度は見せなかった。
不思議と居心地のいい場所だった。
結局あたしはシンプルな陶器のマグカップを、彼女は木で装丁を作られたデジタルフォトフレームを、それぞれ購入して店を出た。
暗い店内から一歩踏み出すと外の明るさが眼に痛い。
「また来たいなぁ」
呟く彼女はとても満足げで、ニコニコと笑っている。
「今度は一心と来れるといいですね」
「そうだね」
同年代の同性の子とこうして放課後の街を歩くのは初めての事で、なんだか少し不思議な気分になる。
幸助や一心といる時なら何もしなくても言葉が口をついて出るのに、今は何を喋ればいいのか分からない。店の中にいる間は余り喋る空気でもなかったからよかったけど、こうして会話がないとなんとも気まずい。
そんな沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「そうそう、敬語やめにしない? 無理に使ってるでしょ?」
そういうのってわかるものなんだと、少し驚く。
何より気付いたとしてわざわざ指摘するなんて、変わっているなと思う。まぁ、この喋り方はあまりしっくりこないし、いいというなら普通に喋らせて貰うけど。
「わかった」
「うん、人間素直が一番だよ」
歯を見せて笑う彼女の陽気っぷりは一心と本当に気が合いそうだ。一心のそういうところに彼女は惹かれたのだろうか?
素直が一番、などと言われた事だし、聞いてみようか。どうせ話題もないことだし、人の恋路なんてこっぽちも興味はないんだけど。
「一心のどこがいいと思ったの?」
「そういうこと聞いちゃう?」
「気になったからさ。知的好奇心に素直になってみたんだけど」
「それが君の素? 性格悪そうだなぁ」
ほっといて、知ってるから。でもそんな憎まれ口すら彼女にいわれるのなら不快ではない。
「そうだなぁ」
苦笑しながら彼女は言葉を一度切る。そして何かを思い出すかのように瞳を閉じて、一呼吸。
「真っ直ぐで我武者羅で自分のやりたい事に嘘をつかない、何かに夢中になってる人って素敵だと思わない?」
照れ臭そうに笑う彼女の頬はほんのりと赤く。その表情は昨日見た幸助のあの表情とよく似ていた。その微笑みはあまりりにも美しくて、彼女を中心に目に映るもの全てが背景となったかのような錯覚を受ける。
あたしも恋をすればこんな風に笑えるのだろうか。
何かに夢中になれればこのつまらない景色も変わっていくのだろうか。
そんな無駄な仮定を語ってもなんの意味もないけれど。
彼女の見る世界のほんの欠片でもいいから、美しく色付く街を眺めてみたい。恋に焦がれるクラスメイト達の気持ちがほんの少しだけ分かった気がする。
「そうだね、夢中になれることがあるのはいいことだと思う」
「君は何かあるの?」
「あたしは……」
あたしには何もない。夢中になれるものも、恋する相手も。
「何もないよ、つまらない人間だからさ」
からっぽで、中身がない。それでもずっと探している。幸助や一心や彼女のように夢中になれるものを。ずっと待っていたんだ何かが変わるきっかけを。
「そっか、それじゃ見つかるといいね。君に相応しい夢が」
あたしはもしかしたらこのほんの少しだけ色付く彼女の世界に、その何かを見つけたのかもしれなかった。
いつものようにベッドに横になりながらあたしは携帯の画面を見つめていた。いつもと違うのはその画面に映るのが暇つぶしに見るどうでもいい雑談しかない掲示板ではなく、今日増えたアドレス帳の一ページということだ。
小日向媛。
一心に恋する、不思議で、綺麗で、可愛い女の子。
野球部のエースである一心とはきっとお似合いの美男美女のカップルになる。二人が並び立てば目立つことは間違いない。
二人が楽しそうに笑っている絵はまるでドラマや映画のような一シーンみたいに映ることだろう。
あたしはさしずめその背景のエキストラで、蚊帳の外。
別世界を生きる二人を傍で眺めて、物語の様に楽しむ。
それはそれできっと悪くない。
そう、思うのに。
ほんの少しだけ焦燥に似た何かを感じていた。
ため息を吐いて携帯をしまおうとしたところでちょうど、携帯が震えはじめた。
ディスプレイを見れば一心からの着信。
「はい、もしもし」
「もしもし、千歳か?」
「そりゃあたしの携帯以外であたしが出るわけないでしょう」
「普段携帯で電話ってあんましないからさ」
明るく笑う一心の声に彼女の顔を思い出す。やはり共通点の多い二人だと改めて思う。
「それで、わざわざその電話で何の用?」
「いや、どんな子だったか気になってさ。今時珍しいだろ手紙でなんて」
確かにそうかもしれない。今時人づてにアドレスを貰ったりだとか友達に頼んだりとか、耳に入ってくるのはそういうのばかりだ。といっても一心が告白を受けた時の話しか知らないからそれが一般的なのかどうかは定かではない。
「まぁ別にいいけど、可愛くて、素敵な子だったよ。一心も気に入るんじゃないないかな」
それは嘘偽りのないのあたしの本心だ。
「へぇ、千歳がそうこまで言うって事は明日が楽しみだな」
「明日会う約束したの? 部活は大丈夫?」
「メールで明日改めて会えないかって言われてさ、部活の方は今日は無失点で抑えてきたからな、明日は何があってもサボるぜ」
「そっか、まぁ、へまして愛想つかされないようにね」
「おう、じゃあな。今日はありがとな、また今度埋め合わせするぜ」
「じゃあね」
そう言って通話を切る。
そうか、早速明日か、まぁ彼女らしい即決だ。
らしい、だなんて今日初めて出会った相手に使うのも変な気がするけど、それほど彼女があたしに与えた衝撃が大きいということなのだろう。今までこんな事はなかったから自分でもこの不思議な感覚に戸惑っていた。
いったいこの不思議な気持ちはなんなのだろうと首をひねっていると、再び手元の中の携帯が震え出した。
今度は何なのかと液晶を眺めると直ぐに携帯の震えは止まり、幸助からのメールが来た事をアイコンが告げている。次から次に忙しいなと思いながら携帯を弄る。
『どうだった? 何事もなく上手くいった?』
タイトルはなく本文にそれだけがそっけなく書かれていた。幸助も一応気にしていたらしい。
うちにくいその小さなボタンを手間取りながらぽちぽちと押して返事を書く。あたしはあまりメールが好きではない。面倒くさいし、文字だけというのはニュアンスが伝わりづらいからだ。手書きの文字ならまだしも、統一されてしまったフォントではなおさらだ。
だからあたしはメールは出来るだけ飾り気無く、相手に分かりやすくなるように無駄な情報はそぎ落として返す。
『たぶん。明日一心が会うってさ』
それだけの文字をうつのにも三分はかかるあたりあたしの携帯の扱いのスキルは同年代の子達と比べると随分低いのが分かるだろう。幸助でもあたしよりはやいくらいだ。一心に関しては両手を使って器用にすごいスピードでメールをうつ。
送信して直ぐにまた返信が来る。
『そっか、お疲れ様。どんな子だったの?』
一心と同じようなその質問に思わず笑ってしまう。幼馴染だから似てしまうのだろうか。
『可愛いくて明るい子。一心とお似合いかも』
『千歳が人を褒めるなんて珍しい』
事実とはいえ、多少むっとくるその返信にもきちんとメールを返す。そうして然程の中身のないメールをやり取りしている間に時間は過ぎていく。
『それじゃあ、そろそろ幸恵がお腹すいたってうるさいからご飯作ってくるね。また明日』
もうそんな時間なのかとディスプレイの端を見つめると十九時を過ぎていた。窓の外はすっかり暗くなっている。あたしもお腹が空いたし、そろそろ外に何か買いに行こうかなとベッドから立ち上がる。
ほんの少し機嫌がいいから今日は少し贅沢をするのもいいかもしれない。