終
街はすっかり春に色付き、桜のにおいがあたりを覆っていた。
日曜日のお昼を少し過ぎた頃、あたしと幸助と一心は三人で駅前の住宅街を歩いていた。街いく人達の明るさとは反対にあたし達は一言も発することなくただ黙々と目的地へと向けて歩いていった。
やがて、先頭を歩く一心の足が止まる。
何処にでもある小さな一軒家。表札には小日向の文字。
何度か訪れた事のある彼女の家。
インターフォンを一心が鳴らす。
中からでてきたのは一心と同じくらいの身長の、若い彼女のお父さんだった。
一心が暫く会話したあと二人とも頭を下げる。
「上がっていいって」
そう言って先に進む一心の後に幸助と続いてあたし達はその家の敷居をまたぐ。
『お邪魔します』
玄関で靴を脱いで暫く歩いて左手の襖を開けるとそこは和風の応接室になっていて、入り口のすぐそばには真新しい綺麗な仏壇が置いてあった。
「線香をあげさせてもらっても?」
一心の問いに彼女のお父さんはゆっくりと頷いて見せた。
それを確認してから最初に一心が線香をあげる。
りんの澄んだ音が応接室に長く響き渡る。
一心は一体何を思って合掌しているのだろう。その心の内は彼の気丈な表情からは読み取れない。ただ、あたし以上に思うことがあるのはきっと間違いないだろう。
長い時間が経って一心はようやく目を開いた。
次に幸助が仏壇の前に座した。
線香に火を灯し、再びりんが鳴る。
幸助の合掌は一心と比べるとずいぶん短く、ただその瞳の端には涙が溜まっていた。
最後にあたしが仏壇の前に正座する。
真っ直ぐと見据えた先には彼女の写真。楽しそうに笑うその写真は、背景がなくたってあたしが撮ったものだって一目で分かった。まだ彼女の秘密を知らなかった頃、夏の日の向日葵畑での一枚。
ろうそくから線香に火を貰う。あまり嗅ぎ慣れない線香のにおい。細くたなびく煙を増やし、りんの音を耳に、手を合わせて黙祷する。
何と祈ればいいのだろう。何に祈ればいいのだろう。
彼女は死んでしまえばそれまでだと言っていた。その通りだとあたしも思っている。神はいないし、霊だっていない。この仏壇はただここにあるだけで、お墓にだって彼女の骨があるだけで、もう彼女はどこにもいない。
ただ故人を想うだけの儀式にすぎない。彼女が生きていたら時間の無駄だと笑うかもしれない。こんな仮定も無駄でしかないのだけれど。
目を開いてみても写真の彼女の表情は揺るがない。あたりまえだ。彼女はただずっとここで微笑み続けるのだろう。
彼女が死んだと聞いた時から、いや、あの日、彼女と別れを告げた日からずっと、ただすとんと胸の中に、もう彼女とは会えないのだという事実がずっとあった。それはどこか嘘臭くて、夢のようで、まるで終わらないと感じる日常のようだった。
だけどこうして、仏壇の前で黙祷を捧げてみると、ああ、もう彼女とは絶対に会えないのだと、そう、強く感じる。葬式やお墓や仏壇には、もしかしたらそういう区切りの意味もあるのかもしれないとなんとなく思った。
それから暫くして、ぽつりぽつりと彼女のお父さんが彼女の事を懐かしむ様に語りだした。
あたし達はただ黙ってそれを聞いていた。
いつの間にかお父さんの隣には彼女のお母さんも座って、ただ静かに相槌を打ちながら一緒に話を聞いた。二人とも酷く疲れた顔をしていた。話の途中でついにお母さんは泣き出してお父さんはそんなお母さんの背中をさすりながら話を続けた。
あたし達の知らない彼女の話を沢山聞いた。子供の頃からずっと病気を患っていたとか、小学校には殆ど通えなかったこととか、絵を始めたきっかけ、高校入試での反発、この一年間の為に色んな物を犠牲にしたこと。
話が終わって誰もが悲しみにくれていた。彼女が死んだ事を嘆いていた。それでどうなるわけでもないけれど。
あたしは上着のポケットから借りっぱなしだったカメラを取り出して、彼女の両親の前へと差し出した。今まで撮ってきた彼女の写真の入ったメモリスティックも一緒に。
「彼女から預かっていたデジカメです。メモリスティックにはデータがまとめてあります。生前返す機会がなかったのでここで返させていただきます」
「今、中を見させてもらっても?」
「どうぞ」
そう言うと彼女のお母さんはデジカメをスライドモードにして卓上に置き、横に並ぶお父さんと眺め始めた。中には馬鹿みたいな私達のじゃれ合いや、彼女に頼まれた資料としての写真、それに私が撮った何の関係もない風景写真なども混じっている。そんなものたちも二人は飛ばすことなくずっと、スライドが一周するまでゆっくりと眺めていた。
「ありがとう。柚森千歳さん、でいいのよね」
「はい」
「あの子、わがままでそばに居て疲れなかった?」
たしかに媛はわがままで、強引で、散々へとへとになるまで振り回されることもあったけど。
「それがとても楽しかったんです」
「そう」
お母さんはそういうと、隣のお父さんに視線を投げる。それを受けてお父さんは大きく頷く。
そうして、卓上のデジカメを私の方へとすっと押し出した。
「そのカメラは貰って下さい」
「でも」
「娘に口をすっぱくして何度も言われたんです。カメラを返す子がきたら絶対に受け取らないでと。どうか貰ってもらえませんか?」
そう言う彼女のお母さんの顔には疲れの中にもどこか喜びが見え、あたしは断る術もなく、ただ頷いて再びそのカメラを手に取ることしかできなかった。
「メモリスティックの方は暫く預かっても?」
「出来れば貰ってください、パソコンの方にデータは移してあるので」
「ではお言葉に甘えて」
そうしてあたしの手には再びそのカメラが戻ってきた。
小さな銀のデジタルカメラ。
あたしの物になった、彼女のカメラ。
それから今度はあたし達が学校での彼女の事を話す番になった。
二人の話からもあたしの知らない彼女の姿が垣間見え、あたしも彼女の事を話した。ただ、彼女が秘密を話してくれたあの日のことや、あたしの恋心については黙っておいた。話す必要はないと思ったから。
話は長引いてあたし達が帰る頃にはもうすっかり辺りは暗くなっていた。
彼女の両親に見送られあたし達は帰路につく。
住宅街を離れ駅前までくると辺りは随分と明るくなる。こんな田舎でも夜のこない場所がある。街の喧騒を聞きながら黙ってただ歩き続けた。
あたし達の住む住宅街の方まで戻ってきて、いつもの別れ道で一心と別れる。
言葉はなく、軽く手をあげて彼の背中を見送る。
そうしてあたしと幸助もまた歩き始める。
薄暗い電灯の少ない道。
ずっと二人で並んで歩いてきた道のはずなのに、なぜだか違った景色に見えた。
白い光と、闇の黒。
色のない世界。
気付いたらもう家の前で、二人で黙って立ち止まる。
何かを言わないといけない気がする。
だけど言葉は出てこない。
どんな言葉も相応しくない気がして。
一心の時と同じように手をあげて、別れを告げた。
二人で別々のドアをくぐる。
そうして一人になった。
家の中は真っ暗で、相変わらず父は仕事に忙しく、我が家には生活感が希薄だ。
それが酷く不安を煽る。久しぶりに首を擡げたそれは胸を冷たく強く締め付ける。気を紛らわしたい、でも彼女の事を思い出すとそれはセットであたしの心の中に浮かび上がってくる。
決して切り離すことはできない。
幸助や一心を頼ろうにも、今彼等といる事は結局彼女へと結びついてしまう。
消えない、消えない、眼を逸らしても、耳を塞いでも、それは消えない。
彼女のそばに居た時は殆どその影に怯える事もなかったのに、今はとにかくそれが怖かった。叫びだしたい、走り出したい、ああ、だけど、そんなことをしたってこれからは逃れられない。彼女だってそうだったはずなのに。
どうして貴方は笑えていたの?
大丈夫だってあの日しっかりと告げたのに。貴方がいなくなっただけであたしはこんなにも脆くなってしまった。
胸を殴ってみたってそれは消えない。
ぎゅうと力を込めて自分の体を抱く。少しでも気が紛れるように関係のない事を考える。そうして必死に、ただ必死に眠りが訪れるのをあたしは待ち続ける。
結局眠れたのは朝方になってからで、あまり睡眠時間はとれなかった。
目覚めても体はだるくて、学校になんて行きたい気分でもなかったけれど、家で寝ているとまた不安が襲ってきそうで、仕方なく登校した。
とはいえ、まともに授業を受ける気にもならなかったので早々に屋上へと退散する。こうして屋上に登るのはいつぶりだろうか。久しぶりのコンクリートの床は相変わらず硬くて、けっして寝心地は良くない。
ただ、春の日差しは暖かくて、香る桜のにおいが心地よくて、学校の喧騒が不安を取り払ってくれる。屋上から眺める景色はもうすっかり色付いて、街のいたるところに薄桃色の桜が見て取れる。なのに、なぜだろう、世界は灰色に映る。
カメラのシャッターをいくら押しても、胸は弾まない。
夢中になることができない。
君を失って、あたしの世界はすっかりと色褪せた。
カメラを放り出してコンクリートの上に身を投げ出す。
どうして君はあたしにカメラを託したのだろう。
その事にどんな意味があるのか。
わからない他人の気持ちなんて。
自分の気持ちだってわからないのに。
目を閉じる。
暖かい春の陽気。
今なら気持ちよく寝れる気がした。
目を覚ますと頭上には空が広がっていた。
疎らな雲と、暖かな日差しの太陽。いつかもこんな光景を見た気がする。
そのいつかに戻れたらいいのに。
ため息を吐いて体を起こすと隣に幸助がいた。給水塔に背を預けて本を読んでいる。あたしが起きたのに気付くと彼は文庫本を閉じて口を開く。
「よく寝てたね」
「昨日あまり眠れなくてさ」
「僕も、あんまり」
そこで言葉が途切れる。
何かを話そうにも口を開いたら出てくるのはたぶん彼女の話題で、二人でその話をするのは辛い気がした。
携帯を開くと既に放課後になっていて、案外長く寝ていたらしい。
特にする事もないし、帰ろうかと幸助に声をかけようとしたところで、屋上の錆付いた扉が不満げな金属音を鳴らしながら開く。
誰だろうと幸助と共に下を覗きこめば、立っていたのは一心だった。
「部活はいいの一心?」
「天才だから別に少しくらい休んだってどうってことはねーよ」
言いながらわきの梯子を上ってあたし達の横までくるとそこに胡坐をかいて座りこむ。帰ろうかと言うタイミングを逃したあたしも再びそこに腰を下ろす。
「ていうか幸助と二人でサボリか?」
「そういう訳じゃないけど」
「僕は放課後になってからきたしね」
「別にいいけどよ」
一心のため息と共に再び沈黙が降りる。二人が三人になっても状況は変わらない。
昔なら三人集まれば誰かが落ち込んでいても一人が喋りだす内、自然といつも通りになれたのに。
あたし達は、どうしようもなく四人だった。
沈黙に耐えかねたのか幸助が鞄を漁って何かを取り出して広げてみせる。それは、見覚えのある薄桃色の桜のクッキーだった。
「よかったら食べてよ、ちょっと作りすぎちゃったから」
「食えっていうなら遠慮なく食うけどさ」
「どうしたのこれ」
聞きながら手を伸ばして口に放り込む。久しぶりの懐かしい味。ほんのりとした塩味が生地の甘さを引き立たせる。
「小日向さんにホワイトデイにお返しに渡そうと思って材料用意してたんだ。前に作った時喜んでたからさ。折角の材料捨てるのもなんだったし」
そうか、そういえばもう、そんな時季か。
あたしと一心のクッキーに伸ばす手が止まる。幸助は気にした様子もなくそのクッキーを口に放る。
「なぁ、千歳」
「何」
項垂れて、赤い髪を地面に引きずる様にして一心が続ける。
「お前は知ってたんだよな」
「うん」
「媛ちゃんも知ってたんだよな」
「うん」
暫くの沈黙。
幸助がクッキーを租借する音だけがやけに煩く聞こえる。
「なんで媛ちゃんは俺と幸助には教えてくれなかったんだろうな。俺等そんなに頼りないか?」
問われてあたしは目を逸らす。
彼女の気持ちは知っている。でもそれが全て本心だとは限らない。もしかしたら他にも思っていたことがあるかもしれない。本人に確かめる事の出来ない問いに、変わりにあたしが答えるのは気が引けた。
「もういないんだよな、媛ちゃん」
一心の泣きそうなその声が重くのしかかる。
「部活なんかやらずにさ、もっと傍にいてあげたかった。知ってたら部活なんてどうでも良かったよ。いくらでも時間はあると思ってたんだ、なぁ、あんまりじゃねぇかよ」
見れば二人とも瞳に涙を貯めている。その堤防は今にも崩れそうで、あたし一人だけがただ何事もなく二人を見つめていた。
当然あたしにだって悲しいと思う気持ちはあった。
だけど彼女は特別は嫌だといった。普通でいたいと。あたしが泣いてしまったら彼女は悲劇のヒロインになってしまう気がして。
あたしの中で彼女の死は、そうして胸の中にすっぽりと納まっていた。揺るぐことなく事実としてただそこにあった。
あたしは、君の望んだあたしになれているだろうか。
「本当の幸いってなんなんだろう。媛ちゃんは幸せだったのかな? 俺にはわかんねぇよ」
「僕にだってわからないさ」
当然あたしにだってわからない。
二人の幼馴染の頭を抱き寄せて、優しく撫でる。
あたしが支えなくちゃいけない。大切な二人を、大切な人との約束の為に。
二人は声を押し殺して泣いた。
長い間ずっとずっと。
それから暫く三人とも塞ぎこんだまま春休みを迎え。短いその休みを終えてあたし達は三年へと進級した。
彼女の一つ先輩になってしまった。
そのことが寂しかった。
一心は休み明けに赤かった髪を黒くして登校して、再び学校中の度肝を抜いた。
もう受験生だからなと笑った彼の言葉を皆、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で聞いていた。ただあたしと幸助はなんとなくだけどその本当の意味をわかった気がした。確認はしていないからただの憶測にしか過ぎないけど。
幸助はあのクリスマスの夜からいつの間にか普段どおりに戻っていたのと同じように、気付けばいつものように暇さえあれば料理を作る生活に戻っていた。だけど、その行為はあたしには彼女が絵を描いている時の姿と同じように見えた。
彼もいつか、彼なりの答えを見つけるのかもしれない。
あたしは、相変わらず灰色の街を見下ろしていた。
答えは出ないまま、時折襲いくる不安に怯えながら、ただ日々を無為に過ごしていた。
時間は過ぎていく、すさまじいスピードで、焦るあたしを尻目に、ただただ、過ぎていくのだ。
桜の香りも弱くなり花はもう散りかけ、四月も終わろうとしていた。
あたしは幸助に呼び出されてカメラを片手に放課後の家庭科室へと向かっていた。
たどり着いたドアの前、甘い香りが鼻腔を擽る。
甘い紅茶の香り。
ドキリとした。
紛れもない、これは彼女のにおいだから。
ああ、だけど、彼女がもういないのは誰よりもあたしがよく知っている、
ドアを開けて中に入ると既に幸助がお茶を淹れて待っていた。
「急に頼んで悪かったね」
「別にいいけどさ、これ撮ればいいの?」
「うん、出来るだけ美味しそうに頼むよ」
「自分の携帯でとればいいじゃないこれぐらい」
文句を言いながらもあたしは、皿に乗った綺麗に切り分けられたガトーショコラと、その横に置かれた紅茶の入ったカップを綺麗にファインダーに収めようと試行錯誤する。
「僕の携帯じゃ綺麗に撮れないしね。なによりさ、千歳にまた撮ってほしいんだ」
カメラをピタリと止める。アングルもピントも決まった、あとはシャッターを押せばきっと綺麗に美味しそうな写真が撮れるはずだ。
「なにそれ」
「カメラ最近持ち歩いてないだろ」
事実だった。だからわざわざこれは家まで取りにいったのだ。
カメラを持っていると彼女の事を思い出してしまうから。
あまり手の振れる場所に置いておきたくなかった。
「いつまでも引きずってたって仕方がないだろ。僕はまた千歳が写真を撮ってる所が見たいんだ。夢中になって真剣に写真を撮る姿を」
「自分勝手、しかもちょっと変態ちっく」
「かもね、でも僕はやっぱり明るい千歳の方が好きだよ」
「あっそ」
シャッターを押す。
切り取られた四角の中を眺める。
初めてにしてはいいサンプル写真じゃないか。
「こんな感じでいいの?」
「綺麗に撮れてるね、ありがとう、あとで送っといて」
「了解」
「お礼にそれ食べてもいいよ、自信作だからさ」
「どーも」
席に着いてまずは紅茶を手に取る、ソーサーには最初から角砂糖が二個。
なんだか苦笑してしまう。そのまま砂糖を溶かしてカップに口を付ける。
口の中に広がるのは、懐かしい甘い香り。
胸が締め付けられるような痛みと息苦しさを感じる。それは冷たいあの恐怖や不安とは違う、熱い、苛立ちにも、焦燥にもにた懐かしい感覚。
ふと目を向けた窓から散りゆく桜の花びらが舞うのが見える。
唐突に、世界が色付く。
灰色だった世界が桜の薄桃色に染まる。
席を立つ。
幸助が何かを言っている。でも今は構っていられない。
駆け出す、彼女に手を引かれたあの日のように。
靴を履き変えるのももどかしくあたしは校舎を出てもうほとんど散りかけの桜並木まで走っていく。
撮りたいと思った。その風景を残したいと思った。それは焦りを吹き飛ばす、熱い衝動だった。
あたしはカメラを手に、その眺めを四角く切り取る、何度も、何度も。
十数枚の似たり寄ったりの写真。
どれも綺麗に撮れている。
なのに、それなのに、どれも納得がいかない。
そうして、もう一度カメラを手に、ファインダー越しのその風景を見て、急に悟った。
無意識に私は彼女を探していた。
それは紅茶のにおいの中にだったり、いつも彼女がいた美術室の中にだったり、そうして再開を果たしたこの桜並木の中に。
日常に残る彼女の残り香を、あたしは探していた。
この場所に彼女がいたらどれだけ映えるだろうと、シャッターを切る。
そこに彼女の姿はない。
ただ彼女の影がある気がした。
景色が滲む。
あの日からくすぶり続けていた何かが溢れ出しそうになる。
もっと話したいことがあったんだ。
もっと聞きたいことがあったんだ。
でももう君はどこにも居ない。
世界中のどこを探しても、どんな風景を切り取っても、そこに君が写る事はない。
それでも私は、きっと写真を撮り続けるだろう。
君の行きたかった場所を、君と行きたかった場所を。
我慢できずシャッターを切る度に君を思い出して。
君を風景の中に探すのだろう。
君は沢山の事を知っていた、沢山の事を教えてくれた。
そうしてあたしは。
君の見れなかったものを、これから見に行く。
百年にも満たない短い時間を使って。
その中にあたしが探す答えはないかもしれない。
これから先、あたしの知らないものを見ていく人達の目にうつるものの中にも、それはないのかもしれない。
それでも、目に映る世界は些細な事で色を変える。
だからもしかしたら、いつか、あたしの目にもあたしが望む世界が映るかもしれない。
幸助が一心と一緒に、あたしを見つけて駆けてくる。
二人の姿をファインダーに収めてシャッターを切った。
あたしはまだ、君を、探している。




