表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blue scent  作者: uka
21/27

21

 彼女が退院してから時間は慌しく流れ始めた。冬に向けて徐々に色を失っていく町並みとは裏腹にあたしの世界は日々色付き、カラフルになっていく。四人で紅葉を眺めにいったり、写真を撮ったり、彼女の描く秋の絵を観賞し、期末試験の勉強に頭を悩ませ、そんな風に過ごすうちに秋は終わってしまった。

 彼女がいなかった、たかだか一週間の間はとても長く感じられたのに、気付けばもう十二月も半ばにさしかかって、気温も見る見るうちに下がり、景色もすっかり冬の様相を呈している。

 とてもじゃないけれど屋上は使うことは出来ず、最近は以前より美術室に通うことが多くなった。暖房の力は偉大だと痛感する。

 冬休みを間近に控えたその日も、あたしは暖を求めて放課後の美術室を訪れた。いつもの席、いつもの様にスケッチブックを手に、彼女はお茶を用意して待っている。そんな光景がなぜだかとても嬉しい。

 たぶん、彼女があたしを待っていてくれることが嬉しいのだろう。そんな些細な事でさえ嬉しく思う程に、あたしは彼女に魅了されている。


「いらっしゃい」

「今日は何してるの?」

「冬らしい絵を描きたいなって思ったんだけど、筆がのらないの」


 退院してから彼女の絵を描くスピードは元のとおりに戻った。もしかしたらまた無茶なペースで絵を描くんじゃないかとなんとなく不安に思っていたのだけれどそれは杞憂に終わった。文化祭の時の様に急ぐ理由もなくなったからそれが当然なのだけれど。


「寒くなったけどまだ秋の延長って感じだしね、雪でも降ったらいい写真が撮れそうなんだけど」


 彼女の絵を描くペースが落ちたのとは逆に、あたしの写真を撮るペースは再び上がり始めていた。目に映る全てのものの一瞬一瞬を繋ぎ止めるかのように、際限なくシャッターを押す。そのことが素直に楽しく、日々を充実させる。


「雪かぁ……もう冬休みも近いんだね、そう言えば」

「夏休みみたいにまた四人で計画でも立てる?」


 つい先日のように思い出せる今年の夏。

 彼女の発案で色んな場所にいって色んな思い出を作って、自らの目標を定めてほんの少しだけ頑張ったり。

 今年の夏は今までの夏で一番楽しかった。彼女と一緒なら冬休みもまた楽しく過ごせるだろうとそう思っていたのだけれど。


「冬はどうだろう、ちょっとわからないかな。年末年始は家族と過ごすだろうし。皆もそういう感じでしょ?」

「ああ、かもね、流石に正月くらいは父も帰ってくるだろうけど。幸助と一心は家族と過ごすと思う」

「じゃあちょっと難しいかな」


 紅茶に口を付ける彼女の表情は少し残念そうだ。夏のあのはしゃぎ様と彼女の性格からして本当は皆で騒ぎたいんだろう。あたしも出来ることならそうしたい。

 しかし、彼女の家は両親が厳しいと聞いているし、それでも諦めきれずに少しだけ食い下がってみる。


「年末前のクリスマスとか正月終わってからなら大丈夫じゃない?」

「クリスマスなら問題なさそうかな。折角だから黒尾君に頼んで料理とか作ってもらってパーティーしたいね」

「後で本人に頼んでみないとね」

「美少女二人のお願いだし聞いてくれないわけがないと思うけど」


 彼女が美少女なのは間違いないけれど、二人ってことはあたしも入っているんだろうか。あたしは別に可愛くもなければ綺麗でもないんだけど。

 女の子同士の可愛いはあてにならないってよく言うけれど、まぁ彼女に褒められて悪い気はしない。お世辞だとわかっていても。なんとも能天気な自分の思考回路に感謝だ。


「クリスマスパーティーってことならプレゼント交換とかもしたいね」

「プレゼントのないクリスマスなんて砂糖の入ってないケーキ以下だし、この間の退院祝いのお返しもかねて私は人数分用意しようかな」

「それ聞いたらあたしも人数分買わないと、なんだか申し訳ない気分になるわ」


 この間の彼女への退院祝いで貯金を結構使ってしまったから三人分は地味に辛い気もする。特に、彼女に送る物と値段的な差があるといろいろとあれなので、三人分そこそこ値の張るものを買わなければいけないわけで、まぁ、お年玉に期待しよう。他に特によさそうなお金の使い道もなさそうだし。


「律儀だね君は」

「貴方ほどじゃないと思うわ」

「それ程でもないけどね。折角だし今度の休みにでもプレゼント買いにいかない?」


 それは願ってもない提案だ。ここのところ彼女が入院していたこともあり、二人で出かける事は殆どなかったし、四人で騒ぐのも楽しいけれど、やはり二人でどこかにでかけるというのはデートのようで心が躍る。

 叶わないとわかっていても、彼女からすればただの友人との買い物としか思われていなくても、二人でいられる時間はあたしにとってはかけがえのない大切なものだ。


「いいいよ、時間はどうする?」

「どうせなら外でお茶もして行きたいし、ちょっと早めに十三時くらいでどう?」

「了解。あとは二人にパーティーの了承とらないとね」

「たぶんその辺は大丈夫でしょう」

「そんな気はする」


 幸助は料理できる場があればむしろ頼み込んで自分から調理を買って出るし、一心はこういうイベント事は大好きだ、そのうえ彼女の提案とあれば飲まないわけがない。まぁクリスマスなら二人で過ごしたがるかもしれないけれど、今回ばかりはちょっと我慢してもらおう。この機会を逃すと、冬休み中は彼女に会えないかもしれないし。


「クリスマスに雪が降るといいな」

「好きなの、雪?」

「うん。それにホワイトクリスマスってなんとなくワクワクするじゃない?」

「ああ、それはたしかに」


 徐々に冬休みへの期待が高まっていく。夏と同じように楽しい冬になればいい。沢山の写真を撮って、再び見返したとき、あの時も楽しかったなと思えるようなそんな冬になればいい。

 少しだけ温くなった紅茶を口に含む。

 あたしが彼女にプレゼントしたペアのティーカップ。

 彼女とお揃いのそれを手にあたしは一人冬休みへの期待を膨らませていた。




 すっかり裸になった街路樹が寂しげに立つ駅前。つい先日まではそんな風に寂しく色を失っていくばかりの町並みだったのに、彼女との待ち合わせの為にぶらりと外に出てみると、その風景はすっかりと様変わりしていた。

 失われていった色を取り戻すかのように、クリスマスに向けイルミネーションで色とりどりに飾られた駅前。広場には大きなツリーが飾られ、電飾でデコレーションされたそれは様々に光りながらその存在を主張している。

 道いく人達もそんな駅前の雰囲気に影響されたのか、心なしか明るい顔の人が多いように思える。

 吐く息は白く、やがて虚空へと消えていく。

 冬らしく冷たく身を切るような寒さに思わず身震いする。寒いのはあまり好きではない。本当ならもっと厚着をしてきても良かったのだけれど、なぜかあたしはお気に入りの紺のダッフルコートに白いチュールスカートというなんともらしくない格好をしていた。

 なぜかなんて理由はハッキリしている。少しでも彼女によく見られたいからと、寒いのを我慢してたまには少し位おしゃれをしたいと思ったのだ。わざわざこの日の為にコーディネートを延々と考え、出発する二時間前から鏡と向き合って何度も確認した。おかしいところは何もないはずだ。

 とても気分のいい、冬の昼下がり。約束の時間の十三時より五分ほど早く、あたしは待ち合わせ場所の駅前の広場に到着していた。

 夏休みに彼女が待ち合わせ前にスケッチをしていた場所。あの時はずいぶんと早くから彼女は待っていたんだっけ。

 いつも彼女は時間には敏感で待ち合わせに遅れた事がない。遅くとも五分前には絶対に待ち合わせ場所に来ているはずなのに、今日は珍しくその姿は見えない。あたしの方が待たされるなんて始めてのことだ。

 まぁこの寒さだし、いつもより街も混んでいる、そんなこともあるだろうとあたしは辺りを見回しながら彼女がくるのを待つ。早く、あの笑顔がみたい。彼女はいったいどんな姿でやってくるだろうか。あたしの服装を褒めてくれるだろうか。どんな店に行こうか。どこでお茶をしようか。何を話そう、写真も沢山撮りたい。色んな思いが浮かんでは消える。酷く寒いのに心の中は暖かい。早くこないかな。

 ただそんなあたしの思いも、三十分が経ち、一時間が経ち、それでも彼女が現れないとなると、さすがに急速に熱を失っていく。

 十分を過ぎた辺りでは、遅刻してくるなんて珍しい事もあるものだと能天気に思っていた。

 二十分を過ぎた頃から寒さが辛く、彼女が来たら愚痴の一つや二つをぶつけて暖かい飲み物で奢ってもらおうと考え、三十分が過ぎるとさすがに、おかしいと思い始めた。

 連絡もなくこちらから携帯をいくら鳴らしても反応がない。頭を過ぎるのはあの、美術室で倒れていた彼女の姿。携帯を片手に錠剤の海に倒れていた彼女。

 途端に不安が爆発的に増えていく。もしかしたらここに向かう途中でまた倒れたのかもしれない、あるいは、何か事故に巻き込まれて、連絡も取れない状況なのかもしれない。色んな悪い予測がどんどんと思考を埋め尽くしていく。

 どうしよう、彼女を探しにいくべきだろうか。

 でも、入れ違いになったら?

 いや、その心配はいらない、そんな風にここに来れるような状況なら連絡はちゃんととれるはずだ。だったら一刻でも早く探しにいったほうがいい。見つかる可能性が低いとしてもここでただ待っているよりはいいはずだ。この寒空の下じっとしているのも辛いし。

 あたしはそうしてあてもなく歩き始めた。

 駅前からいつも別れる帰り道の十字路へと、彼女がよく行くという画材を取り扱う店、人目に着かない路地裏や、住宅街まで、とにかく歩き回った。彼女の家にも直接訪れてみたけれど、どうやら留守らしく、いくらインターフォンを押しても反応はなかった。つまり少なくとも彼女は外に出ているはずだ。そうなると益々不安は大きくなるばかりだった。

 探し初めて二時間程がたった頃あたしは再び駅前へと戻ってきていた。待ち合わせのその場所にあたしが待つ人の姿はやはりない。

 休むことなく街中を歩き続けた体はすっかり冷えている。

 寒いな。

 一体彼女は何処へ行ってしまったのだろう。

 歩くのにも疲れて近くのベンチに腰掛ける。、スカートが汚れるかもしれないけど、別にいいか、見せる相手がみつからない。

 不安ばかりが募っていく。

 怖い、怖い、彼女は何処。会いたい、今すぐに。

 たとえ、あたしの事が嫌いになって待ち合わせをすっぽかしたのだとしても、彼女が無事なのだとわかりさえすれば、あたしはそれだけで十分だった。

 祈る様に目を瞑って、しばらくしてその目を開いても、彼女は現れない。

 変わりに、空からは雪がちらつき始めていた。

 この街の初雪。

 ゆっくりと降り注ぐ白いそれは、地面やツリー、ベンチやあたしの体に触れるその場から水へと変わり消えていく。

 帰ろう、これ以上ここにいる意味はない。

 きっと明日には学校で元気な彼女と会えるはずだから。その時にでも今日の埋め合わせをしてもらおう。

 ベンチから立ち上がって歩き出そうと一歩踏み出したその瞬間、ポケットの中の携帯が唐突に振動した。慌てて震える手で携帯を取り出す。

 着信は彼女から、電話ではなくメールのようだ。悴む手でおぼつかない操作、もたつく自分自身に苛立ちながらなんとかメールを開く。そこには短い文面が簡潔に記されているだけだった。


『ごめん』


 件名もない、それだけしか書かれていないメール。それなのにその場にへたり込んでしまう程あたしはホッとした。周囲の人の視線を集める前に立ちあがって、メールを返す。


『何かあったの?』


 本当はもっと色々聞きたいけど、まだ事態に頭がついてきていなくて、ろくな文章になりそうになかったし、携帯の操作も覚束ないし、なにより、とにかく今は彼女の返信が一刻も早くほしかったのだ。

 メールを送って雪を避けるために駅の構内へと入る。大粒の雪が空から絶え間なく降り注いでいる。もしかしたら積もるかもしれない。そんな風に空を眺めているとすぐに返信が来た。

 あたしは急いでそのメールを開いて、


『全部話すよ大事な事全部

 だから、病院まで来て欲しい

 このあいだと同じ病室』


「え?」


 頭の中が真っ白になる。

 なんで病院?

 それも同じ病室?

 ただの過労だったはずじゃ、いやでも。

 脳裏を過ぎるのはあの時美術室で倒れていた彼女の姿。握られた携帯と、散乱する錠剤、酷く白い、色のない彼女。そして次に思い浮かんだのはお見舞いにいった返り際に見た彼女の姿。白い病室の中たたずむ、淡い青色のパジャマを来た彼女。

 背筋に悪寒を感じる。

 それはこの寒さで感じたものではない。

 あたしは走り出す。病院へと向けて一目散に。周りの人達の視線がこちらへと向けられる、でもそんな事気にしていられない。

 今はただ少しでも早く彼女の元にたどり着きたい。

 雪の降る冬の街をあたしは懸命に走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ