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今日から学校と仕事、始まります。①莞

彼は良い捕手

作者: 孤独

バットを握ったのは野球をするよりも別のことであった。


「おい、これで思いっきり殴られてぇか!?」


悪ガキの時代に肩がぶつかった野球をする中学生達を相手に、バットを持ってカツアゲする巨漢小学生。その風貌、その顔、そのガタイ。明らかに小学生ではなかった。


「俺は人の頭を、バットでぶっ叩く練習をしてぇんだ。その練習台になりたくなきゃ、金を持って来い!」


河合正幸。当時、小学4年生。180センチ。78キロ。顔は強面。

彼が後にプロ野球界で1,2を争う捕手となることはまだ分からない時。そもそも、河合はまだ野球とは出会っていなかった。



「さ、さーせん!許してください!」

「たった3万ぽっちか?あぁぁ?よそ見して、ぶつかってきてそれだけか!?ああぁ?」

「そーだそーだ!河合さんにぶつかって、3万で済ますんじゃ!」

「親からもっと金をもらってこい!」


悪ガキ。ガキ大将。元々は一匹狼を好んでいたが、彼に怯えるようにエセの仲間達はついてきた。虎の威を借る狐の集団。それに対して、河合もまた特別に意識はしない。ただいるだけの存在だと思っていた。

恵まれたガタイがあるからこそ、多くのスポーツに対して順応するのは早い。高校生並のパワーを持つ河合にとって、小学生の練習なんて無きこと。同時に彼が悪ガキそのものであり、河合の機嫌を良くしようと周りは河合を活かし、褒めることばかり。なんでも才能で上手くいったのだった。


「野球をしろ」


警察に補導されること8回。バットで恐喝、さらには傷害も起こした河合。

知り合いとなった警察の方からの紹介で、リトルリーグに入れられるという稀有なルートで野球と本格的に出会う。河合は運動をやることに気が乗らなかったが、悪ガキと野球少年も扱われ方に大差はなかった。すんなりと、周りを力で掌握。それだけの力がすでにあったということ。



バキーーーーーーーンッ



「河合!ホームラン!」

「すげーー!また打ったーー!」

「河合さんすげー!」



前述のように河合は才能に満ち溢れていた。入部してわずか1週間でレギュラーの座を掴み、練習試合の3試合目には4番を任されるほどの逸材。

ガンガンかっ飛ばす打撃は野球のスカウト達にも早く注目される。


「この打撃に加えて、ポジションは捕手か」

「これは10年に1人の逸材なのは間違いない」


ピッチャーではなく、キャッチャーになった理由。投手経験をしたものの、ボークやら牽制やら、ノーコンやら、結構疲れるとかで、河合は早々と投手を辞めていた。入ったリトルリーグのチームのキャッチャーがそこまで上手くなく、河合の性格と支配欲を満たすにはキャッチャーが一番合っていたのは確かだった。良いキャッチャーがいるというだけで周りが信頼したくなるのも当然だ。

そのため、一度もコンバートすることなく、中学、高校、そしてプロでも捕手としてあり続けていた。



「おらーー!もっとしっかり腕を振れーー!」

「は、はい!」


肩は強い。盗塁を刺せるだけの肩があるのは、キャッチャー向きの資質がある。


「ストレート!ストレート!真向勝負でいくぞ!俺を信じろや!」

「へ、変化球は!?」


ただし、それ以外の部分は明らかに欠落していた。


「どこ投げてやがる!ワイルドピッチをしやがって!」

「わ、悪い……(でも、あれくらいせめて止めてくれ)」


ポジションが単純にキャッチャーなだけ。投手をリードするという能力はほぼ欠けていた。

運動はかなりの素質があるものの、素行の悪さも含めて頭はかなり悪い。身体能力任せであり、技術面ではそこまで突出した物がない。特に守備面では捕球技術と送球のコントロールなども未熟過ぎた。自分より上手い仲間と出会わなかったことで、基本的に周囲を見下す習慣がついてしまった。キャッチャーのポジションは重労働だが、選手達を支配できる。その感覚を河合は好んでいた。



「逆球!ダメだ!お前のせいで打たれただろ!」



ミスは自分以外の選手として扱う。河合は心の中で収められず、口ですぐにダメ出しを続けた。河合に勝てないチームメイト達は常に萎縮し、満足なプレーができないでいた。



「打者としては素晴らしい才能があるんですけどね」

「プロじゃすぐにコンバートだろ?サードとかファーストとかさ」

「でも、キャッチャーができるってのは魅力だろー。強打のあるキャッチャーなんて浪漫があるじゃないか」


噂話が盛り上がる頃だった。

ある記者が取り上げたそうだ。


『河合、2本塁打に好リードでチームの勝利に貢献!!』


チームが負けた場合。河合のせいにはしない。しかし、チームが勝った時は河合がチームを勝たせたと誇張して報道する。2本塁打は確かであるが、9回で4失点。パスボールも3回しているのに、好リードという評価は明らかにおかしい。

だが、そんな状況。チームの中でしか起きない。それも投手陣だけという狭い範囲内。




カーーーーンッ


「打ったーーー!河合!またホームランだーー!」



パァァンッ



「最後はアウトロー一杯のストレート!河合の好リードが光ります!」



馬鹿言いやがって!俺がしっかりと投げ込んだからこそ、抑えられたんだろ!何が好リードだ!河合はまったく変化球を要求しないし、低めに投げたらパスボールしやがる。河合の捕りやすいところに投げるこっちの身にもなれ!


「おらぁっ!しっかり腕振れ!まだ7回だろ!?へばったのか!?」


へばるに決まってるだろ!お前のために投げてるんじゃねぇ!7回だからといって、もう120球以上全力で投げてるんだよ!!


河合とコンビを組む投手達にとっては悲鳴でしかなかった。確かに際立ったコントロールもない。140キロを平然と出せるわけでもない。確かに河合よりは劣るのは認める。

ただなんで。どうして。

俺達が必死に投げているのに、全ての評価が河合にいく?どうしてだ?



「河合とは絶対、組みたくねぇ」


やってられるか。打てる捕手だからって、そんなに張られるほどの器はあいつにない。少なくとも、河合は捕手じゃない。

いつか必ず、それを河合に証明する!



………………………………



それから10年近くなる。


「4番、キャッチャー、河合」


河合はプロでもバリバリで捕手として活躍していた。悔しいところもある。

確かに捕手としての能力は一流とは良い難い。



バキーーーーーーンンッ


「打ったーーー!またホームランだ!河合!止まらない!」


理想とするキャッチャー像ではない。ただ、それに目を瞑っても良いだけの打力があり、肩だけは間違いなく捕手としては超一流。高校時代ではポロポロとこぼしていたボールも、長い年月を掛けて上達していった。リード面ではまだまだ未熟さや甘さをみせるものの。それだけでも十分。

そもそも考えが間違っていた。全部をこなせる捕手なんて、プロにもそういるわけがない。


「打てる捕手なんて、プロにはそういないからな」



獲得した球団は河合の捕手としての能力の未熟さにはある程度、目を瞑った。4番ができるキャッチャーならば打線は相当厚くなる。河合で失点する点も、河合が打てば取り戻せる。それだけの資質は分かっていた。


でも、悔しいな。違うと思っていたけど、


「そっか」



河合が活躍する度に思う事がある。それは自分がプロ野球選手にはなれないことを。いつか、河合とバッテリーを組むためでなく。河合と戦って倒すというプロに入っての夢。俺は投手で河合と戦えると夢を見ている。


「夢は夢だったか」


1人の社会人野球選手が今年限りで引退を決意した。頑張り続けた。全力を尽くしたよ。


「プロは凄いな」


それでも、悔しさをどこにもぶつけられなかった。戦えないまま、一度も反抗できないまま。野球選手を終わらせた。いいのか?って、心で思っても。河合に今、ハッキリと言える。俺は絶対に河合に勝てない。ずっと心の中で思えたことを素直に心から認められた。10年以上も思い続けていた。



ああ…………。



悔しいな……。気持ちだけじゃ埋められない差があること……。



引き摺っていくだろう。これから死ぬまで、河合という逸材を知っていることが。心の中で根強く、勝てないという現実を突きつけるだろう。それでも……それでも……。


「河合に負けても、現実には負けたくない」


河合に戦いもできず尻尾を振った。そんなことを知る者すらいないだろう。自分も忘れるわけじゃない。これから辛いことが起きても、俺はそれよりも辛いことをもう知った。平気だな、ほとんどに対して。動じないな。

戦いもできなかったことの辛さが、これからに対して戦える意志を作ってくれた。


せいぜい、心の溝が平らになるくらいの、満足できる闘いをしてこれから先まで生きていこう。



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