第三章 ドM美少女に求められる
創部届は俺たちの担任である大府先生の顧問印を持って成立した。
一週間後には部室として家庭科資料室が与えられ、五月には部費も出るらしい。
絶対どこかで躓くだろうと思っていた俺は、このとんとん拍子に唖然としてしまった。
部室が与えられたその日に、えめるによって放課後の招集がなされた。
まあ、俺も部員として署名してしまった以上、仕方がなく家庭科資料室へ赴いた。
そこはまあ、資料室と言うだけあって、壁一面本棚に埋め尽くされており、また、実習で使うであろう人形やら模造紙大の資料やらがそこかしこに置かれていた。
長机が二つと椅子がいくつかあったので、とりあえず談話できる状態にしよう、と俺が言い、指示に反抗的な紗歌恵、テンション高すぎて邪魔にしかならない三人、そして、積極的に手伝ってくれるが、力があまりないから進まない奈那をほぼスルーして、ほとんど俺一人で会議が出来そうな机椅子配置にする。
「ふう、やっと体裁が整いましたね」
「それは体裁を整えた奴が言う言葉だ」
「そんな事より、これより会議を始めますっ!」
「ていうか、お前が仕切んのかよ。部長って紗歌恵じゃなかったのか?」
「あたしはそれを認めた覚えはないわよ。この子が部長ならあたしはそれで別に構わないわ」
ふん、とそっぽを向きながら紗歌恵が言う。
「私は書記長です」
「なんか行くところ行ったら部長より偉そうだなそれ!」
「それは冗談として」
「だろうな!」
「痛い痛い! これでは話が進みませんっ!」
俺はもう手馴れてきた感のある、えめるへのこめかみぐりぐりを繰り出す。
「とにかく。部長以外の役職を決めましょう」
「何で部長は確定なのよ!」
「部長ですから」
「答えになってないっ!」
「まあまあ、落ち着けって部長」
「落ち着いて、ね、部長?」
「あ、部長さんは決まってるんですね」
俺以外の、奈那を含めた全員が、紗歌恵を部長に確定している。
「では多数決を取りますか?」
勝利を確信したえめるが、紗歌恵に聞く。
「……わかったわよ。でもあたし、活動内容すら知らないから何も出来ないわよ?」
勝ち目なしと諦めた紗歌恵はやけくそ気味にそう言った。
「私にも分かりません」
「誰が分かるのよ!?」
「さあ……?」
「由大っ! こいつにこめかみ圧縮を!」
何だか知らんが、俺に回ってきた。
なんだよこめかみ圧縮って。
「あ、これ、こめぐりって名づけたから」
「ぎゃぁぁぁっ! 権力と暴力反対! 名づけるくらい虐待しないでくださいっ!」
俺は紗歌恵の意思を汲み取って、えめるのこめかみをぐりぐり、名付けてこめぐりをしてやった。
「よっしーは誰の味方ですかっ!」
「何で自分の味方だと思ってんだ?」
「あんなにパンツも見せてあげたのにっ!」
「俺が望んだみたいに言うなっ! お前ら全員にパンツ見せられたから、紗歌恵の時に切れてあんなことになったんだろ!」
「どういう事?」
俺はかいつまんで入学二日目の朝の事を話した。
「ふうん、あの時はなんでこいついきなり逆切れしてるんだって思ったけど。そういう事情があったのね……思い出したぁぁぁぁっ!」
ぶすぅ
「ぎゃぁぁぁっ! 目がっ! 目がぁぁぁぁっ!」
それまで落ち着いて納得していた紗歌恵がいきなり俺に目突きを繰り出してきやがった!
何も見えねえええっ!
「事情があったからって、あんな失礼な言い方許せるかっ! このっこのっ!」
視界を失った俺に紗歌恵は容赦なく殴りかかってくる。
紗歌恵の腕力は女の子のものだし、目が見えるなら何の問題もないが、いつどこから攻撃されるしかわからないって事は、何の防御も出来ず、結構きつい。
「いてっいててっ!」
俺は必死に紗歌恵の手を掴んで止めようとするが、視界がないのでなかなか捕まえられない。
「くそぉぉぉぉっ!」
最後の手段、クリンチだ! 身体に密着して力点を外す。
これなら拳を探すより楽だ!
「きゃぁぁぁぁっ!」
俺は耳のそばでそんな悲鳴を聞く。
何だよ、なんで紗歌恵が悲鳴上げるんだよ?
ん? ちょっと待て、よく考えたらこれ、クリンチっていうか、普通に抱きしめてるだけじゃないか!
「離せっ! 離しなさいよっ!」
離さないと誤解されるし、紗歌恵も怒る。
だが、視界のない状態で離せば、紗歌恵にボッコボコにされる。
俺は暴れる紗歌恵を腕で押さえながら、ずっとクリンチで耐えた。
紗歌恵の匂いとか、身体の柔らかさとか、そんなことはなるべく考えないようにした。
「はあっ! はあっ! あんたも……しつこいわね……!」
やっと徐々に視界が晴れて来た頃、紗歌恵の息が切れて来ていた。
俺はもう大丈夫だと、手を離した。
「ふう……」
紗歌恵は俺を睨みつけるが、もう攻撃する体力はないようだ。
「そう言えば、まだあれからあの話をしたことはなかったな。気が立っていたし、俺が悪いわけでもなかったが、あの言い方はなかった。ごめん」
俺は、深々と頭を下げた。
「……もうその件はどうでもいいわよ。今はさっきされたひどいことの方に怒ってるから!」
紗歌恵はなけなしの体力で、俺の腕を叩いた。
「見ましたか、部長の高等テクニック! 攻撃を加えることで逆に抱きしめることを促す。中々出来るものではありませんよ……!」
『おおおっ!』
なんか、関係ないところで感嘆してるえめる達。
「ともかく、部長に異存はありませんね? という事で、他の役職を決めましょう」
「他って何がいるんだ。副部長か?」
「書記長、委員長、総裁、幹事長」
「必要ない! お前らどこの政治屋だよ!」
「その程度の組織でなくて、日本を動かすことが出来ますか?」
「お前は一体この部に何をさせたいんだ?」
「我々の魅力をもってすれば、日本を嫉妬させることも可能です」
「させてどうするんだよ」
「えーっと……」
「考えてから喋れ!」
俺はこめぐりを繰り出した。
「もういいよ、決めるのは副部長。お前がやれ。いいな?」
「……ですが、私は書記──」
「い・い・な?」
言いながらまたこめぐりしてやった。
「ぎゃぁぁぁっ! 分かりました。私が副部長ですっ!」
「お前らも問題ないな?」
「別いいけど、だからあたしはあんたに怒っ──」
「ボクはえめるんでいいよっ!」
「私もいいわよ」
「私も笠寺さんがいいと思います」
「それじゃ、副部長はえめるに決定だ。みんな拍手」
俺が言うと、紗歌恵を除くみんなが拍手をする。
何故か紗歌恵だけ俺を睨んだままだ。
「で、どうせ活動内容もいい加減なままだろ? ここで決めてしまえ」
「ふむ、では、部長、決めてください」
「とりあえずしばらくは、由大に反省させる部!」
なんかやたら怒っておられる紗歌恵。
「あれ? 俺って何かしたっけ。あの日の事はもういいんだろ?」
「あんたさっき自分が何したか分かってないの!?」
「お前に目つぶしされて攻撃された記憶しかないが」
「それはいいのよ!」
「はいはい静かに~!」
それまで黙っていた美来が俺と紗歌恵に割って入った。
文字通り、俺と紗歌恵の座る間に入って来たので、美来の高一とは思えないボディが目の前に現れる。
俺は思わずのけぞる。
「私の見る限り、部長もよっしぃも悪いところあったわよ? お互いに分かってるわよね?」
「……でも、あれは、あの日のこいつの態度に怒って──」
「部長」
「……やりすぎたとは、思ってるわよ。ごめん」
睨んでもいない、ただ呼ばれただけで、紗歌恵はしゅんとなって縮こまった。
「よっしぃも、分かるわよね?」
「え? あ、ああ……」
俺はまだよく分かっていなかったが、ここで分からないというと面倒なことになりそうなので、分かったことにした。
「悪かったよ、紗歌恵」
「うん……こっちも。ごめんね?」
よく分からないままに、俺と紗歌恵は仲直りをした。
「さて、部長の高等テクニックを見たところで、活動内容を決めましょう」
「えっと、この部活は、何のために結成されたのですか?」
奈那が聞く。
それ知らずに入ったのかよ。
「よくぞ聞いてくれました! この素人会は、素敵な出会いを求める人々のために結成されたのです。」
えへん、と胸を張るえめる。
いや、威張ることでもないだろ。
「それは、具体的には何をするのですか?」
「それをこれから考えるのです!」
やっぱり無意味に胸を張るえめる。
そこは威張っちゃ駄目だろ。
「ていうか、出会いを求める活動って具体的にいうと、合コンとか?」
紗歌恵が率直に聞く。
「合コン! これだからピンク脳は!」
「なんか、肉食女子丸出しだなあ部長って」
「さすがの私も引いちゃったわ」
「な、何よ? 出会いの活動ってそんなもんでしょ? 何が間違ってるのよ!」
「我々草食系ハングリー女子が合コンなんかに出たら、肉食系男子の餌食ですよ! もう骨しか残りませんよ!」
「なんだその草食系ハングリー女子って」
「出会いをハングリーに求めているものの、積極的に男を狩れないピュアな女の子です」
「色々矛盾が発生しているがどうする?」
「どうもしませんが?」
えめるが不思議そうに俺を見て首を傾げる。
「いや、まあ、どうでもいいが、じゃあお前らのいう活動ってどんな感じなんだよ?」
「もちろん、素敵な出会いのきっかけを考え、実践することです」
「……それは、あの朝みたいなあれをやるって事か?」
「さすがよっしー、話が早い」
「よし、座れ」
「もう座ってますが」
「間違えた、黙って話を聞け」
俺はそう言って立ち上がった。
「えー、特にえめる、美来、双美に言っておく。パンツを見せても何のきっかけにもならないってことを覚えておけ」
『ええっ!?』
三人が青天の霹靂のような表情で驚く。
「……あんたたち」
「でも、部長だって丸見せしてましたよ?」
「丸見せって言うな!」
紗歌恵が顔を赤くしてスカートの裾を押さえる。
「いや、ハプニングならいいんだ、むしろそれは望むところ……いや、うん」
「望むところってどういう意味ですか? よっしーぃ?」
えめるが、ぐい、と顔を寄せて来るので、そのままこめかみぐりぐり、略してこめぐりをしてやった。
「まあ、その通りだよ! 男ってのは狩猟の喜びってのがあるんだよ! 見せられるものを見ても何の興味もないけど、うっかり見せてしまったものは嬉しいんだよ!」
「痛い痛い! ギブですっ! 息をするように私を虐待しないでください」
「見せる場合が全部駄目ってわけでもない。女の子を振り向かせた結果自分だけに見せてくれるなら、それほど嬉しい事はない」
「む、それなら私はよっしーにしか見せてませんよ? 嬉しいですか?」
「いや、だからさ、こっちが必死に落とした結果の褒章としてだな……」
「なあ、さっきからゆーだいは何パンツに熱くなってるんだ?」
俺がこいつらにパンツを見せるなという事を語っているというのに、双美は少し冷たい目でそんなことを言いやがった。
「うん、そうだな、ちょっと熱くなったな。双美、ちょっと来い」
俺は双美を呼ぶ。
「? 何だよ?」
双美は、何の疑いもなく、のこのこと俺のところに来る。
俺はそのショートカットにえめるでおなじみのこめぐりをしてやった。
「ふんぎゃぁっ! 痛い痛いっ! 痛いって!」
双美は俺の腕をタップして止める。
「俺はな? お前らに教えてやってんだよ、易々(やすやす)とパンツを見せるなって!」
俺は双美を離し、怒り気味のまま言う。
「つまりよっしーは、私たちのパンツを大切に思ってくれているんですね?」
「どうしてそうなった!?」
「彼女を大切に思う男性は大抵、みだりに肌を見せるなと言います。それは彼女の事を大切に思っているからです」
「いや、そうじゃなくって! こっちが気恥ずかしいんだよ!」
「ならば問題はないですね」
「なんで!?」
「男の人を気恥ずかしくさせるのも一つの出会いだからです」
えめるは堂々とそう言ってのけた。
心の底からムカついたが、こんなんでも女の子だし殴る蹴るは出来ないので、ちょっと強めのこめぐりをするだけだ。
「さて、それでは活動内容を決めましょう」
涙目でこめかみを押さえながらえめるが言う。
「前によっしいが言ったように、雑誌見てみんなで実践すればいいんじゃないかな~?」
「他の活動はおいおい決めてくとして、まずそうするのがいいんじゃないか?」
「よく分かりませんがそれがいいと思います」
「もう、どうでもいいわ。楽だからそれでいいわ」
「では、それにしましょう」
揉めに揉めたように思えた活動内容は、あっさり決まった。
ていうか、議題に入る前が長すぎた。
「では、何の雑誌を参考にするかを決めましょう」
「ちょっと待て」
なんかまた揉めそうというかボケとツッコミに時間を浪費しそうな議題になったのでとりあえず止めた。
「ここは紗歌恵とか奈那の意見を聞こう、な?」
とりあえず、前に聞いただけで却下した三人の話を聞く時間を省略して、常識がありそうな二人に絞らせるよう提案した。
「ですが、私のハレンチ書院──」
「異論は認めない。反論は痛みを覚悟しろ」
「ぐぐぅ。よっしーが独裁化した!」
慌てるえめるをよそに、俺は紗歌恵と奈那に呼びかけた。
「二人が普段読んでる本のこれと言った特集記事ってどんなのだ?」
「それ、言わなきゃならないの?」
紗歌恵が言いたくなさそうな表情で言う。
まあ、自分の読んでる雑誌の、恋愛に関する記事を言えってのは人にもよるが紗歌恵には厳しいだろうな。
「別に絶対ってわけじゃない。ただ活動に協力してくれないかって事なだけでさ」
「……分かったわよ、言うわよ。これはあくまで読んでる雑誌の特集であって、あたしが読んでるわけじゃないから」
「もちろんです、部長の読んでる雑誌を知りたいだけなのです」
えめるがぐい、と前のめりに言う。
「じゃ、言うけど……『草食系のカレシをセックスに導く十三の方法』『やらしくない! 愛されるための女子からのセックス』『セックスで綺麗になるは嘘!? 精液の豆知識』」
「…………」
「…………」
「…………」
俺は、とっさに何も言えなかった。
紗歌恵の可愛い口から、何度もセックスと言う単語を聞いて、戸惑ってしまったからだ。
……女の子って、そんなの読んでるのかよ……!
「流石は部長。我々の三歩先を進んでいますね」
「うるさいっ! だから読んでる雑誌にたまたま載ってた特集ってだけで、別に読んでるわけじゃないわよっ!」
真っ赤になって怒鳴る紗歌恵。
「そうですか。載っているだけなら、仕方がありませんね」
「そうよっ」
「ところで、精液の豆知識って何ですか?」
「それは精液にはタンパク質を溶かす酵素が入ってて角質層を溶かすから肌がすべすべになるけど、それはやりすぎると必要なたんぱく質まで溶かすから、逆に荒れる──」
精液の説明をしていて、はっと我に返る紗歌恵。
俺はもはや突っ込むことも出来ない、いや、したくない。
えめるはじーっと紗歌恵の顔を覗き込み、紗歌恵はそこから目を反らす。
時間にすると、三秒もない程度の沈黙。
それは、俺には長く感じられた。
紗歌恵は、もっと長く感じていただろう。
「熟読じゃないですか」
「うわーーーんっ!」
紗歌恵はえめるにこめぐりを繰り出した。
錯乱した紗歌恵をえめる達には止められず、俺が止めた。
「で、奈那は?」
俺は紗歌恵をなだめつつ、奈那に振った。
「あ、はい、私の読んでいる雑誌ですか?」
「そうだな。雑誌名の前に雑誌を買うための特集記事をいくつか思い出してくれ」
「分かりました。『優しく残忍なご主人様の見極め方』『よい雌豚になるために──ご主人様のキモチ』『卑しいあなたのおねだり術』ですね」
「…………」
「…………」
「……奈那ぁ……信じてたんだぞ……?」
奈那は、俺の中の最後の拠り所だった。
話しやすくて可愛くて、おとなしい分常識があって。
そんな俺のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れて行った。
何その雑誌? 普通のティーン誌じゃないよね? 結構マニアックな雑誌だよね?
そっか、奈那ってそう言う子なんだ……。
「特集内容も言った方がいいですか? まず優しく残忍なご主人様がどうしていいのかと言いますと──」
「もういい! もういいんだ、奈那……!」
俺は両手を強く握りしめ、うつむいた。
ゆるふわで穏やかそうな女の子の秘密を、それ以上知りたくはなかった。
女の子って……女の子って……!
俺はしばらく立ち直れずに項垂れていた。
「さて、ここにいる全員が俺に女性恐怖症のトラウマを植え付ける人材であることが分かった」
「メンタル弱いなー、ゆーだいは」
「ちょっと、なんであたしも含まれてんのよ!」
「え? なんで含まれてないと思ったんだ?」
「別にあたしはあんたにトラウマなんて与えてないでしょうがっ!」
紗歌恵が主張するが、さっきのタイトルを聞いた後でその抗議は認められない。
「ふう……」
だが、それを説明するにもまた、そのトラウマに触れなきゃならないので何も言わず、ただ溜息だけ着いた。
紗歌恵は色々弁解したかったようだが、俺が何も言わなかったので何も言えなかった。
「とりあえず、雑誌は後々決めるとして、よっしーもいる事ですし、男の子の気になる仕草や出会い方を我々で出し合って評価してもらいましょう」
えめるがそんなことを言い出すが、嫌な予感しかしない。
「お前ら大喜利するつもりじゃないだろうな?」
俺がツッコミ担当だと分かって、一人一人ボケてツッコませるんじゃないか?
「お、お、ぎり……? 何ですかそれは?」
「知らないわけないだろ! さてはボケる気満々だな!? 許さん! この話はなしだっ!」
「待ってください、それでは活動が出来ません。私は楽しく部活をするためにボケているだけです。知ってる人がきちんとやれば部活になりますから!」
「ボケる気を否定してないのな!」
「ではやりましょう! 最初はマミから!」
「はぁい♪」
美来が嬉しそうに立ち上がると、俺のそばまでやって来る。
椅子に座っている俺の目の前に、その高一とは思えない成熟したボディが目の前にやって来て、俺は目を反らす。
「ふふふ」
美来はその様子を楽しげに見ていた。
こいつ、楽しんでやがるな。
俺が何か文句を付けようと言葉を選んでいると、目の前から、突き出たそのバストが消え、ウェーブがかった髪の毛が現れた。
あれ? ああ、後ろ向いたのか、などと状況を把握していると、その髪が徐々に俺に近づいて来て、俺の眼前にやってきた。
「ノォォォォォォォッ!」
美来が、俺の膝に座った。
彼女の柔らかな尻の肉が、俺の太ももに密着して、髪と言うかシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐるというか、鼻を直接髪がくすぐっているというかなんて言うかもう、あああっ! もたれかかってくんなっ!
「おまっ! どけっ! あてっ! やわっ! ほがっ!」
俺は混乱して二文字以上口に出来なかった。
「どうしたの、よっしぃ? こういうの男の子はいいんでしょ?」
「よくっ! まてっ! ちょっ!」
「え? どういう事?」
美来が俺の話を聞こうと、身体を寄せてくる。
俺の胸に背中を密着させ、俺の口元に耳を寄せる。
全身に美来の柔らかさを感じて、全身で美来の匂いを感じて、全身で美来の女の子を感じてもう、もう……!
「うわぁぁぁっ!」
「きゃぁっ!」
思い余った俺は、美来を突き飛ばしていた。
強い力を入れた覚えはないが、美来は必要以上に吹き飛んで、そのまま膝をついて倒れた。
「あ、ごめ……て、お前っ!」
膝をついた美来は、なぜか尻を突き出して倒れていた。
突き飛ばしたことを謝ろうと思っていた俺は、思いっきり目を反らした。
「よっしぃひどーい!」
「いや! 突き飛ばしたことは悪かったけど! その体勢はおかしいだろ! お前、パンツを隠す気全くないだろ! 俺の話聞いてたか!?」
「んー、聞こえなかった。おまっ! ちょっ! とか言ってただけだしー」
「それより前! もっと前の話だっ!」
「わかんなーい!」
「少なくとも! パンツ見られたら恥ずかしがれよっ!」
「いやーん♪」
「あああああっ! もういいっ! お前は帰れっ!」
俺が怒鳴ったので、美来は席に戻って行った。
「では次はどうしますか?」
「ボクが行くっ!」
元気よく立ち上がったのは双美。
なんかもう、結果は見えているが、美来以上って事はないだろう、この子顔は美少女だが、身体はどっちかっていうと幼児体型だし。
「じゃ、陸上部に所属する二人の練習直後、怒られたゆーだいをボクが慰めるシチュエーションで!」
「コントじゃん! もはやコントじゃんこれっ!」
「さあ、ここが部室として! さんはいっ!」
「俺の言葉が届かないのかお前はっ!」
俺の抗議は無視され、なんか始めたくさいので、俺も陸上部の叱られた部員とやらを演じることにした。
「はあ……よ、双美」
「え? きゃぁぁぁっ! なんで女子の部室に入って来てんだよっ!」
制服の双美は隠れている胸を隠すように両腕で抱きしめる。
「いや、部室から始めたのお前だろっ!」
「静かにっ! 先輩たちが帰って来る! ロッカーに隠れろっ!」
「え? ちょっと待て、展開についていけない」
「いいから隠れろっ! そこ大沼先輩のロッカーだけど大丈夫だから!」
「ちょっと待てって!」
俺はなんか部室の掃除用具箱に押し入れられる。
「おーい!」
「しっ! 先輩たちが来る!」
何だかよく分からないけど、黙ってることにした。
「あ、お疲れ様っした、大沼先輩! 男子なんか来てませんよ。え? 聞いてない? ですね」
双美はなんだか一人芝居をはじめやがった。
「覗きがいたら、とっちめてやりましょう! 先生に通報じゃなくて、裸に剥いて写真撮って、それで脅して女子陸上部の奴隷にしましょう! はい! ボクがやります! あ、着替えますか? どうぞ」
「って、おい!」
俺がツッコむと同時に掃除用具箱のドアが開く。
「あっ、きゃぁぁぁっ! の、覗きですね! え? 裸に剥いて写真? 言いました! はい、実行します!」
いもしない誰かにそう言って、俺に向き直る双美。
「ごめん! 裸にするっ! 先輩命令だから!」
そう言って双美が俺のズボンのベルトに手をかける。
「待て! お前何言ってんだ!」
「上半身は私が押さえるから早く!」
えめるがいきなり参戦してきて、俺の羽交い絞めにしやがった!
「おう、ありがとうな、えめるん!」
双美は俺のベルトを外し、ズボンを下ろそうとする。
「待てやこらぁぁぁぁぁっ!」
俺が力いっぱいズボンを持ち上げると、虚弱体質のえめるの腕は外れ、双美の腕も外させた。
「ふんぐっ!」
流石の俺もこれには腹が立ったので双美の脳天に拳骨を食らわせた。
本気で殴りかけたが、拳をくっつけてから思いっきり押しただけだ。
「お前ら何考えてんだよ!」
「いや、だから、出会いのきっかけを」
「これが何のきっかけになるんだよ! そもそも最初の設定大幅に無視かよっ!」
「そこは臨機応変にさ」
「臨機応変! 便利な言葉だな! あそこまで周到に俺を脱がそうとして、臨機応変だと?」
「いや、本当は落ち込んでる隙に乗じて脱がせるつもりだったんだけどさ……」
「何でそれが素敵な出会いだと思う!?」
「素敵じゃないか? 女の子に見られて、照れる男の子って」
「知るかっ! お前Sかよっ!」
「そんな話してないだろっ!」
「あああっ! お前終わり! 次っ! 誰か来い!」
「ふむ、次に私が来ると思ってるでしょう! だから他の人にしましょう、なななん!」
えめるがドヤ顔でイラッと来たがこめぐりは勘弁してやろう。
「え? 私ですか?」
「はいっ! 悶えるような出会いを考えるのですっ!」
「あ、はい、では、思春期の性欲を持て余したお坊ちゃんに専属のメイドとして私が赴任してきたという設定で──」
「待てっ! 思いっきり待てっ!」
「はい? どうかしましたか、坊ちゃま?」
「もう役に入ってるしっ!」
この子は思った以上に駄目な子だった!
「それではいつものように人間椅子になりますので」
そう言って奈那は俺の前で手を突き、四つん這いの姿勢になる。
長くもない奈那のスカートからはパンツが見えそうになる。
「はい、どうぞ」
すげえいい笑顔で言う奈那。
「どうぞじゃねぇぇぇぇっ!」
「ああ、いつもの理不尽なお怒りっ! 申し訳ありません! 全ての折檻はお受けしますからお許しください」
奈那はそのまま土下座の姿勢で頭を床に付けて謝る。
「いや、怒ってんじゃないから! 顔を上げろって」
「分かっております、いつものように下着は差し上げますから」
「いらないって、脱ぐなぁぁぁぁっ!」
俺はスカートの中に手を入れる奈那を止める。
この子は、ひどい。
初めて会った時の俺のときめきを返してくれないかな。
「もう、奈那もいいよ。次」
「ではここで部長がお手本を見せてください」
俺が疲れ切ってぐったり机に寝そべっていると、えめるが紗歌恵を指名した。
まあ、この中では一番常識人だし、マシなのかもな。
「え? あたし?」
「そうです、ではやってください。どんなシチュエーションですか?」
「えっと……じゃあ、初デートの時、一時間待ってる男のところに女が走ってくるところから」
「それ、もう出会いじゃなく、完璧に付き合ってるよな?」
「いいのっ! ほら、行くわよ!」
「ああ、じゃあもうなんかそれでいいや」
俺は投げやりに言う。
紗歌恵はなんだか、ちょっと向こうに歩いて行き、そこから走ってきた。
「お待たせ、待った?」
「結構な」
「そこは『俺も今来たとこ』でしょうが!」
「いや、一時間だろ? 今来たも何もないだろ」
「そこを今来たっていうのが男の度量ってもんでしょうがっ!」
「男にだけそれを求めるなよ。そんなもん一時間待ったら一時間待ったっていうのが正直者だろ」
「ほんとあんたって、ロマンってもんが分かってないわね!」
「お前のロマンを俺に押し付けるなよ! そう言うのを自己中って言うんだよ!」
「何ですって!?」
「何だよ!」
「あのー、つかぬ事をお聞きしますが、その喧嘩は、演技ですか? 本物ですか?」
「え? あ……」
俺と紗歌恵はマジ喧嘩をしてしまってたことに気づき、恥ずかしくなって、椅子に座った。
「まあ、こんなところだ」
俺は色々を誤魔化すためにそう言った。
「なるほど、でも仲のいい恋人の痴話喧嘩みたいでよかったですね。参考にします」
「お前らは紗歌恵全肯定なのな」
「部長ですから」
「……まあいい。最後お前だろ? さっさとやって終わるぞ」
「分かりました。では行為後のピロートークから」
「素敵な出会いって目標はどこ行ったんだよ!?」
「まあまあ、ここに寝てください」
えめるはそこらにあったシートをシーツに見立てて潜り込んでいた。
「お前なあ……まあ、さっさとやってさっさと終わるぞ?」
俺は投げやりにえめるの隣のシートに潜り込んだ。
「よかった……あんな声出したの初めてです」
「いきなりかよ!」
狭いシートの下で、えめるが身を寄せてくる。
「でも、本当に私でよかったのですか?」
「いや、順番だからな」
「そうですね。貴方は私の身体を通り過ぎて、別の女の子に行ってしまうのですね……」
「一体何の話だよ」
「でも、それでも私は、貴方が初めてでよかったです」
えめるが俺の腕をぎゅっと抱きしめる。
えめるは貧乳でも巨乳でもない普通の胸をしてるが、何度も言うが美少女で、美少女スメルもするし、身体も柔らかいし、普通に女の子と添い寝してるみたいで、困る!
あと、いつも無表情のえめるが満面の笑みってのも、ああああああぁぁぁぁぁぁっ!
「うわぁぁぁぁっ!」
俺はえめるを突き飛ばした上で、シートから這い出た。
「あ、いや、悪い」
慌てて飛び出て来たものの、えめるは何も悪くない。
いや、根本的な部分でこいつが悪いんだが、それに乗ったのは俺だし、乗り切れずに突き飛ばしたのは俺の勝手だ。
「いいんです、私は貴方にとって遊びだって分かってますから……でも、私はこの日を忘れません。そして、この子も産みます……!」
「なんでもう子供がいるんだ!?」
「妊娠十五日目です」
「いや、まだ妊娠してないだろ! それに万一今日出来たならなんで既に十五日なんだよ?」
「おや、知らないのですが? 妊娠の日数は、最後の生理開始日からカウントされるのですよ」
「それがどうした!」
「私は十五日前に終わったばかりなので、妊娠十五日目というカウントで間違っていないのです」
「どこからツッコめばいいんだ?」
女の子の口から生理日とか生々しい事は聞きたくなかった。
「もうツッコんだ後ですよ?」
「お前もう黙れ!」
俺はシートの中のえめるにこめぐりをかましてやる。
「痛い痛い! 分かりましたやめましょう!」
えめるがそう言うので、俺はえめるの上のシートを片づけようと持ち上げると、その下から暴れていたえめるは、足元までスカートがまくれ上がっていて、パンツが見えていた。
俺は慌ててシートを落とす。
ちなみにえめるのパンツはパステルイエローより薄い、クリーム? いや、確かこれは、えーっと、シャーベットイエロー? そんな色だった。
他の奴らは俺が単に落としたと思っているが、えめるにだけはその意味が分かったようで、ほんの少しだけ恥ずかしそうに頬を染める。
それはとても可愛いんだが、いやお前、会ったその日に思いっきり自分からパンツ見せてたじゃねえか、と思うとそうも思えなかった。
「これで終わっただろ? じゃあ帰るぞ?」
「ふむ、では今日はこれまでにしましょうか。ところで」
「何だよ?」
「こんな事をやっていて、本当に部費がもらえるのでしょうか?」
「いや、無理だろ」
「では、本格的な活動を考えなければならないのですね」
「そう言うのはまた明日考えるでいいだろ? 今日の活動を続けるにしても何か新しい活動をするにしても、考える時間が必要だろ?」
「ふむ、そうですね。では今日は解散にしましょう」
だらだら色々やっている間にもう夕暮れになってしまっている。
俺はさっさとカバンを掴み、教室を出た。
「あ、帰りは集団下校を!」などと言っていたえめるを無視して。