第一章 活発な美少女に追われる
俺は、必死に走っていた。
自分でもこんなに長い距離を全力疾走できるとは思っていなかった。
火事場のなんとかってやつで、誰でも死ぬ気になれば出来るものなんだろう、などともう一人の自分が冷静に考えていた。
買ったばかりの真新しい制服が乱れるのも気にせず、朝からセットした髪形が崩れるのも関係なしに、俺は全力で走っていた。
この速度ならついては来れまい。
あいつらも女の子だ、手も足も俺より短いし、この体格差で俺の全力疾走について来ようとすると、俺よりもかなりの運動量が必要なはずだ。
更に、男の俺でさえ制服の乱れを気にしてないこの速度だ。
女の子であるあいつらは服や髪の乱れを気にするだろう。
それに、あの短いスカートでなりふり構わず全力疾走したら、思いっきりパンツが見えるだろうから、万一運動量的にあいつらの中に運動神経のいい奴がいたとしても、羞恥心から出来ないだろう。
ええ、そう思っていた時期が、俺にもありました。
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
奴は、化け物だった。
小柄なくせに、俺どころか、そこらの女の子よりも小柄なくせに、もの凄い勢いで俺に迫ってくる影。
「あはははははっ! あははははははっ!」
しかも、風でデコ全開ショートカットヘアの表情は、満面の笑顔だった。
俺は恐怖で半笑いだ。
怖いよ! マジで怖いよあれ!
しかも、パンツが見える事を怖がらないあの動き。
あれ、後ろから見たらパンツ見えてるよ絶対!
しかも美少女なのが始末に負えない。
「な、何なんだよあいつらっ!」
俺は再び全力で逃げる。
とっくに体力は限界だ。
徐々にスピードは落ちる。
だが、あの追跡者は全く速度を落とすことがなく、徐々に俺に追いついてくる。
なんて体力だよ!
まずい、このままでは……!
その場しのぎだがこれしかないっ!
俺は咄嗟に急停止し、逆方向、つまり、そいつが走って来ている方向に走る。
「んなっ!?」
美少女はすぐには止まれない。
いや、美少女じゃなくても止まれないものは止まれない。
全力で走っていた奴が急停止している脇をすり抜け、再びダッシュで逃げる。
「ま、待てぇぇぇぇっ!」
さっきまで余裕だった奴が少し慌てて再び追いかけてくる。
くそっ、しつこい奴だな!
俺の体力は限界、さっきのリターンで少しだけ離すことが出来たが、時間の問題だろう。
しかも、よく考えたら、この先は元の道。
奴らと遭遇したその場では、他の奴らがまだいるはずだ。
しかもこっちは二人。
どうすればいい? どうすれば……!
俺は必死に考える。
ていうか、何でこんなことになってんだ?
俺はただ、うん、本当に何の過失もなく、ただ、登校していただけなのに。
■
高校生活にはそれほど期待はしていない。
入学二日目にしてこんなこと言うのはおかしいのかも知れない、だけどこれは当たり前の事だ、夢から覚めるなら早い方がいい。
普通に考えてみれば分かるだろう、高校なんて中学の延長だし、単に通学先が変わって、勉強が難しくなったりするだけだ。
義務教育じゃないとは言っても、まあ、そこは重要じゃない、留年とか退学とか、余程の事がなけりゃない事だしな。
まあ、高校に入ったら部活に入って頑張ろう、なんて思っても、そもそも、そんな奴は中学時代から頑張ってる。
中学時代頑張ってない奴が、高校入っただけで頑張れるわけがない。
心機一転、なんてことがないとは言わないが、心根から変わるわけじゃない。
心機一転で頑張っても、そんな奴は続かない。
すぐに音を上げて諦めるくらいなら最初からやらない方が誰にも迷惑をかけない。
恋愛? ああ、うん、それこそ期待もしていない。
そりゃあ俺だって男である以上、女の子は意識するさ。
女の子の方も中学より成長していることだろうし、向こうも中学時代よりは男を意識してるだろうし、そういうチャンスがないってわけじゃない。
だけど、何度も言うけど人間ってのは簡単には変わらないだろ?
中学の時に女の子とあまり話をしなかった奴が、高校に入って突然喋ったりするだろうか?
背伸びして喋りかけて女子に引かれるってのがオチだ。
期待していい奴は中学時代から努力して、中学時代からそこそこ女の子と喋ってる奴らだ。
ま、要するに、俺みたいに何の努力もしていない奴は中学の時に出来なかったことが、高校に入っていきなり出来るようになるわけはないのだ。
「行ってきます」
俺は家の中に呟くように言って、家を出る。
大声で言ってもどうせ返事は返ってこない。
うち、共働きで朝早いからな。
妹はさっき出て行ったし、家に誰もいないのは分かってる。
俺は玄関にカギをかけて出発する。
俺は、徒歩では少し遠い新しい学校までの道のりを歩き始める。
そりゃあ俺だってさ、夢や希望や期待くらい持ちたいよ、て言うか昨日は持ってたよ。
だけどさ、俺の高校生活は多分中学の延長だと、昨日、つまり入学式の日に思い知らされたわけだ。
あー、うん、そうだよ、最初から期待してなかったのは嘘だ、昨日は期待してたよ、悪かったよ。
期待して入学式に臨んだんだよ。
俺、金山由大は結構頑張って、進学校であるこの県立名子北高校に入学した。
ここはここらでも有数の進学校でレベルもかなり高かったんだよ。
同じ中学の友達はみんな揃ってここを目標にして、「一緒に名子北に行こう」と切磋琢磨してきた。
だが、俺以外の全員が不合格となってしまった。
俺が唯一の勝ち組のはずなんだが、俺以外の全員が仲良く滑り止めの私立に通う中、俺だけが意中の高校に一人さびしく通うわけだ。
だから、俺はこの名子北に友達はいない。
ゼロからの友達探しになるわけだが、俺が割り当てられたクラスにはそもそも同中の奴らがいない。
だから結構大変なんだよ、分かるか? 友達なんてさ、まず同中の奴らが固まって、そこから趣味の合う者同士に別れていくと思うんだよ。
最初っから孤独だったら「あいつは孤独を愛する奴だ」と思われて誰も寄ってこないんじゃないか?
などと考えていたら、夢も希望もどこかへ消えてしまった。
中学時代何もやってなかった俺は、部活に入ろうなんて思わないし、男友達でさえ、これから作らなきゃならないなのに女の友達とか恋人なんてその先の事を考えている場合じゃない。
結局俺は中学と同じように何も変わらず、やっと見つけた男友達の過ごしていくんだろう。
ああ、ここは中学の延長線上にあるんだ。
俺は中学時代の友達だけ失った状態でここにいるんだ。
……泣いちゃだめだ、泣かないって決めたんだ。
俺が涙をこらえて上を向いて一人ぼっちの朝を迎えてたその時。
気配を感じる。
誰かに、見られている?
周囲を見回すと、早めに出てきたつもりだったが、結構俺と同じ制服を着た生徒が歩いている。
だが、誰も俺に注目してる奴はいなかった。
気のせいか?
そう思い、また考え事に耽ろうとした瞬間。
「遅刻遅刻ぅーっ!
そんな叫び声とともに、女の子が前から走ってきた。
え? 何?
声の方向を見ると、トーストをくわえた女の子がこっちに向かって走って来た。
白いブラウスに身を包むほっそりとした身体。
その上にネイビーのベストと赤いリボンを飾る胸元は細い身体の割にはそれなりに膨らんでいる。
その魅力的な女の子の身体を、藍色のブレザーに同色のスカートが身を包む。
俺と同じ高校の制服を着た女の子が、俺をめがけて走ってきた。
そう、俺をめがけて。
「うわぁっ!」
俺は咄嗟に避ける。
「ふがんっ!」
俺にぶつかることを前提として走っていた女の子は、そのまま前のめりにすっころぶ。
「お、おい、大丈夫か……?」
先輩かとも思ったが、制服が真新しかったし、昨日入学式で見たことあった気がしたので同級生だと踏んでタメ口で声をかけた。
「んっ! んっ!」
その子は、手を地面に着け、跪いた状態で尻を空に振り上げていた。
……何してんだ? いや、そんな事すると、パンツが見えそうなんだけど。
と思ったら、そいつは俺の予想と期待の斜め上を行く行動を取る。
ぺろん
「ちょ……っ!」
なんとこの子は自分からスカートを捲りあげたのだ。
制服のスカートの下には彼女の白地に英文字がプリントされたパンツが見えた。
形のいい尻に見えるその文字は「You are Lukky Boy!」。
え? 何これ?
彼女は俺の反応を確認したあと、スカートを下ろさずにパンツを両手で隠す。
「きゃぁぁぁっ! どこ見てんのよ、スケベっ!」
「ご、ごめ……え? なに?」
女の子にそう叫ばれて反射的に謝ろうと思ったが、よく考えたらこいつ、自分から見せてたよな?
謝る理由はないというかその前に怒られる理由がない。
そいつはぱっと立ち上がり、スカートを押さえながら俺を睨む。
「……!」
俺は、息を呑む
この一連のアホな行動をした変人女。
まだ遅刻の時間でもないのに遅刻遅刻と叫びながら走っていた、わけの分からない女。
その子は、その一切の行為を忘れてもいいと思うほどの美少女だった。
肩で切り揃えた黒髪。
それを押さえる赤のカチューシャがとてもよく似合っていた。
少し大きめの瞳が俺を見上げている。
高校生活に何の期待もしていなかった俺でも、何らかの期待をしてしまうような、そんな女の子だ。
「あ、あの──」
「ちっ」
俺が何か言おうとしたら、その可愛い口から舌打ちが漏れた。
「プランC失敗! プランDへ移行っ!」
彼女がそう言うと、道の左右から女の子が出てきた。
その口には目の前の女の子と同じようにトーストがくわえられていて、しかも確実に俺をロックオンしてる。
右から来るのはウェーブがかった髪と大きな胸を揺らして走ってくる、色っぽい女の子。
左からは、ショートカットで小柄な、いかにもスポーツやってそうな女の子。
ぶつかるなら右!
いや、そうじゃないだろ俺!
「うわっ!」
次の行動と気が迷っていた俺の隙をついて、目の前の女の子の両腕が、俺の胴に回る。
おそらく避けられないように固定してるんだろうが、普通に抱き付いているようにも見えるっていうか抱き付いてる!
女の子の身体って柔らかいしいい匂いするし。美少女だしシャンプーの匂いするし!
あれ? 今、何が起こってんだ?
『遅刻遅刻ぅーっ!』
左右からの声。
「ふんぬっ!」
「あっ!」
俺は咄嗟に胸の女の子を振りほどき、右に向かって走る。
ぶつかるためじゃない、こっちの方が運動神経がないと踏んだからだ。
「え? あっ!」
予想通り、胸の大きなその子は俺の動きについて来れず、俺はその脇をすり抜け、逃げた。
「タミー追って!」
「っしゃあ!」
すると、ショートカットの女の子がそのまま俺を追いかけてきた。
何だ、何なんだよこいつら!
俺は逃げながら考える。
みんなうちの制服を着てるからうちの女子だ。
連携立ってるから、どこかの部活で先輩かも知れないが、少なくとも最初の子は俺と同学年だっただろう。
で、あいつが他の奴らを指揮してたから、みんな新入生だと思う。
俺、女子と接点ないから恨まれる筋合いないし、昨日の入学式にも何のいざこざもなかったはずだ。
しかも、知り合いでも何でもない、初めて見る女子だ。
「くそぉぉっ!」
俺はターンしてタミーとか呼ばれてたショートカットの女の子をやり過ごし、また走る。
ヤバいな、これじゃ挟み撃ちだ。
だが、いかにも運動能力のありそうな追ってきた奴とは違い、前の二人は戦闘能力はないだろう。
勢いで振り切って逃げ延びよう。
状況は分からないが、今は逃げることが先決だ。
前方にさっきの二人が見えてくる。
油断してるのか、構えてもいない。
よし、かわしてそのまま振る切──。
「いやぁぁぁぁん!」
俺が二人の脇をすり抜けようとした時、カチューシャの子が、もう一人の子のスカートをめくり、その子が色っぽく声を上げ、モンローのような仕草をした。
パンツがちらりと見えたが、それはフリル付の黒だった。
けしからん! けしからんぞっ!
高校生が黒など早すぎぶごぉっ!
パンツを凝視したま全力疾走していた俺は、そのまま電柱に思いっきりぶつかった。
目がスパークして、一瞬意識が飛びかけたが、何とか持ち直す。
が、バランスを崩した俺はそのまま仰向けに転倒した。
「ててて……」
鉄筋コンクリートとぶつかった衝撃はかなり強く、骨が折れてないか心配だ。
「だ、大丈夫かっ!?」
後ろから追いついてきたショートカットが心配して駆け寄ってくれる。
何がしたかったのかいまだ謎だが、こいつもこんな事態になるとは思ってなかったんだろうな。
腕は……大丈夫そうだな。
「ああ、何とか大丈ぶっ!?」
ショートカットを見上げると、俺を覗き込んでるその子のパンツが思いっきり見えた。
白地に水色のチェックのコットンが可愛い。
「いやっ! 大丈夫だからっ!」
俺は慌てて目を反らして立ち上がろうとしたが、眩暈でまた倒れそうになる。
「危ないっ!」
ショートカットと、カチューシャが俺を支えてくれたので何とか踏み止まる。
「ありがわっ!」
俺の片腕ずつを二人でつかんでくれたのがが、二人とも思いっきり俺に胸を押し付けてるんだが!
慌てた俺は、振りほどこうとするが、一人ならともかく二人が全力でそれを阻止したため、逃げることが出来なかった。
息も整ってない俺の呼吸器に、女の子二人の香りが吸い込まれる。
しかもショートカットの方は動いたので汗かいてるし!
「ちょっと待て! 色々待て!」
カチューシャに最初に会って以来混乱が収まってない俺は、とりあえず落ち着いて、後状況を聞きたかった。
「どうかしましたか、よっしー?」
カチューシャが不思議そうに聞く。
そう、まずは状況の確認を──。
「って、なんで俺の名前知ってる上に、俺の事を呼ばれたこともないあだ名で呼んでるんだよ!」
聞きたいことは山ほどあったが俺はそれ以上に聞きたいことをまず聞いた。
「クラスメートの名前は全暗記して全員にあだ名をつけるのは常識ですが?」
「お前は小学校のちょっと変わった先生かっ! そのうち『○○君のいいところ探そう!』とか一人一人みんなで褒めてく羞恥プレイやり出すだろ!」
「そんな事はしません」
「するわねないよな」
「しないよねえ」
何だか俺のツッコミを三人がかりで否定してきた。
「……まあいい、全員の素性とどうしてこんなことをしたのか聞いてやる」
「何ですかその上から目線。こっちは言わなくてもいいのですよ?」
「お前らをな! 許すかどうかな! 決めてやるからな! いいわけしてみろって言ってんだ!」
俺はカチューシャのこめかみに拳をぐりぐり当てながら必死に怒りを抑えながら言う。
「痛いっ! 初めてだから痛いっ! そのうちこれが快感にっ!」
「快感になるまでやってやろうか!」
「ぎゃぁぁぁっ! ギブギブ! ギブミーチョコレート!」
何だかイライラしたが、とりあえず解いてやる。
「で? お前らは何者だ?」
「ふむ、名乗るならまず自分からだというのが礼儀も知らないとは──痛い痛いっ! 笠寺えめる! 一年B組!」
カチューシャは半泣きで名乗った。
「ったく、最初から言えばいいんだよ」
「えめるんと呼んでください」
「で、えめる以外の二人は?」
「ボクは尾頭橋双美。一年A組だぜ」
ショートカットの女の子が言う。
小柄でいかにもスポーツやってますって感じの子だが、その顔はやたら可愛い。
ショートカットは髪型で顔を誤魔化せない、だから本当に可愛いんだろう。
少しつり目がちだが目が少し泳いでるあたり、まだ俺を怪我させかけたことを気にしてるみたいだ。
見た目と仕草からはいかにも脳筋で暴走しがちだが、後になってその暴走を後悔するタイプに思える。
「彼女は私からタミーと呼ばれています」
「で。双美ともう一人は?」
「私は大高美来。一年B組よ。よろしくね、よっしぃ」
「……お前もかよ」
もういいよ、よっしーでいいよ、そう呼べばいいよ、女子にあだ名付けられてちょっと嬉しいと思ったよちくしょう。
美来と名乗った彼女は、同じ歳とは思えないほど色っぽく、胸は思わず見てしまうくらいでかい割にウェストはきゅっと締まってる、なんていう、矯正下着つけてるか、毎週エステにでも通ってるかでない限りありえないボディの持ち主だ。
ウェーブがかった髪形と合わせて、女子大生やOLと言っても誰も疑わないような子だ。
目が合うと軽くウィンクしてきた。
俺が目を反らすとくすくす笑う。
こいつ、反応を楽しんでやがる。
「彼女は私からマミと呼ばれています」
「で、美来も分かっ……ちょっと待て、何でマミなんだよ?」
えめるの言うあだ名は徹底的に無視しようとしたが、原型を留めていないその名前に、どうしても突っ込んでしまった。
いや、双美がタミーなら分かる。
だが、美来がマミって何だよ?
その瞬間、えめるがにやりと笑ったので腹が立った。
「知りたいですか?」
「どうでもいい」
「知りたいですよね?」
「もういいって」
「知りたいというまで離しませんっ!」
「分かった! 知りたい!」
正面から思いっきり抱き付いてきたえめるを押し返しながら答えた。
いや、こいつ言動は変人そのものだが、物凄い美少女なんだよ!
抱き着かれたら変な気分になるんだよ!
「そこまで言うなら答えましょうか。本当なら誰にも言わないんですが」
「いいからさっさと言え」
「せっかちですね。せっかちな男は嫌われますよ。男性だって『早い』って言われたら嫌で──」
「早く言え!」
「痛い痛い! 暴力反対! はっ、でもこれがプレイなら……痛い痛い! 言います! ちょっぱやのけつかっちんで言います!」
しょうがないので俺はこめかみをぐりぐりしていたえめるを離してやった。
「何となくです」
「は?」
「マミを見た瞬間、あ、この子はマミって名前だと思ったのです」
「死ぬほどどうでもいい理由だな! 聞いて損したな! 時間の無駄だったな!」
「ところが! 実はそれが奇跡的に!」
「何だよ」
「マミのお母さんは来美というのですが」
「ややこしいな! 今関係ないな!」
「その来美さんはエステティシャンなのですが、彼女の勤務先がエステティック・マミだったのです!」
「だからどうした!」
ヤバい、俺、こんなに女の子を殴りたいと思ったの、初めてだ。
「まあいい、お前らの名前は分かった。それで、さっきの出来事は一体なんなんだ?」
「よく聞いてくれました。長い話となりますがいいですよね?」
「十秒で答えろ」
「我々は別中ですが、昨日出会い『素敵な出会いを求める純白な乙女の会』略して『ないをめるなの』を結成しました」
確かに十秒だけど!
「略し方がマニアックだな! なんでそれがあの行動に至ったんだよ?」
まあ、字面だけを考えると、高校に入って素敵な出会いを求めたいと思ってる女子が集まったのは分かるんだが、それでどうしてあの行動になるんだ?
少なくともあれで素敵な出会いは訪れないだろう。
天然でやってるっていうなら救いがない。
まあいい、人もいなくなってきたし、こいつらに説教してやる。
ん? 人がいなく……?
俺は、時計を見る。
えーっと、八時四十分始業だから……。
「ヤバい! 遅刻だ!」
時計を見ると、始業まであと十分。
ここからの距離を考えると、走って間に合うかどうかというところだ。
「話は後だ! 学校行くぞ!」
一人で勝手にいけばいいのに、俺は三人に呼びかけて走り出した。
「あ、待つのです。話の途中なのです! ここからが面白いのです!」
「話は学校着いてからだ! 同じクラスだしいいだろ!」
「ボクはクラスが違うぞ!」
「だからどうした! お前と話してなかったじゃないかよ!」
「ボクのいないところで話す気かよっ!」
「別にいいじゃないかよ! ああああ、分かった分かった! じゃあ、休みなり放課後にお前もクラスに来い!」
俺の横を並走する双美が泣きそうになったので妥協してしまった。
俺も甘いな、ちくしょう! だって可愛いんだよこいつら!
そこからは俺も全力で走ることに専念した。
さっきまで全力で走って、また全力での走りだったのでかなりきつい。
速度はかなり落ちるので、運動神経よさそうな双美だけでなく、えめるや、えーっと誰だっけ、そう、美来もついて来ていた。
時計を見ると後五分。
距離的に半分は走ったから何とか間に合いそうだ。
ここから先は信号もないし車が通る大通りもない。
後は体力との勝負だ。
よし、もうひと頑張りするか!
俺は少し速度を上げようと右足を強く蹴る。
先は見通しの悪い十字路。
確かに車の気配はなかった、それは確認した。
人も影が見えなかった。
だから大丈夫だと、あまり見ずに通り抜けようとしたことは事実だ。
だが、俺は見落としていた。
その角から、走って出てくる、うちの制服を着た女の子を。
「うわぁっ!」
ツインテールが跳ねたのが目に映った。
「きゃぁぁっ!」
気付いたのは俺が先だ。
いきなり目の前に現れた女の子を避け切れないと分かった。
その直後に女の子も気付き、あっちももう避け切れない事を覚悟したように目を閉じた。
気付いた時には変えようもなかった事実。
俺は、その子と肩と胸を思いっきりぶつけ、結構な速度で走っていたこともあって、バランスを崩した。
俺よりも身体が小さい女の子の方はもっと大きくバランスを崩し、受け身を取ろうとしたのか反転して背中から地面に倒れて行った。
「たっ!」
「やっ!」
俺は膝から崩れ落ち、胸を地面に打ち付けた。
女の子は、尻もちをついて、そのまま背中を打ちつけた。
「ってぇ……」
派手に転んだ割にはそれほどのダメージはなかった。
さっき一回ぶつかったからちょっとは慣れていたんだろうか?
自分に大きなダメージがない事を判断すると、相手の方が気がかりになる。
「大丈夫か……っ!」
「いったーい、どこ見て歩いてんの……っ!」
俺が女の子に話しかけてそれに気づくのと、女の子が気づくのがほぼ同じだった。
仰向けに倒れて上半身だけ起き上がった女の子の膝の間、その延長線上に地面に、うつ伏せに寝転がっていた俺がいた。
つまり俺の視界からは、女の子のパンツが、とてもよく見えた。
それはピンク。
ややもすればベージュに見え、おばさん臭くなるピンクだが、そこに蛍光色を入れることで若い女の子っぽさを出した、可愛いパンツだった。
「み、み、見た!? 見たわねっ!?」
「あああああああ、もうっ!」
足を閉じ、スカートを押さえて俺を睨む女の子を前にして俺は、キレた。
「何なんだよ! 何なんだよお前らはっ! そんなにパンツ見せたいのかこの淫乱どもっ!」
本日四人目のパンツに、俺は嬉しさと気恥ずかしさを通り越し、腹が立った。
冷静に考えれば、この子だけが悪いんじゃない。
この子に悪気はないだろうし、この事故も全くの不幸な偶然だろう。
だが、俺は、もう女の子のパンツを見てドギマギする自分に嫌気がさしていた。
朝から四人目だぞ? もういいだろ! いい加減にしてくれ!
「もうパンツなんか見せるんじゃない! そんなもん誰もが見たいと思ってんじゃねえ、ただの布だろ! 布見て何が楽しいんだっ!」
俺は、嘘を吐いた。
だけど、これはいい嘘だ。
「な、何よそれ! なんでそこまで言われなきゃならないのよ!」
ツインテールは、顔を真っ赤にして怒る。
だが、俺も朝からいろいろあって理不尽に遅刻しかけていてかなりイライラしていたし、この子後ぶつかっていざこざがあれば遅刻決定してしまうという実状にキレかけていた。
「うるさいっ! 転んだだけで見えるようなスカート穿いてんなっ! 見せたいんだろこの淫乱女!」
「誰が淫乱女よっ! このスケベっ! 見たからそんなこと言うんでしょうが! このエロ男っ!」
「何だとっ!」
「何よっ!」
俺はツインテールと睨み合った。
『おおおおおおっ!』
俺の背後から歓声が上がる。
何だ?
俺は振り返ると、三人が驚嘆の表情で俺を、いや、ツインテールを見ていた。
「これですよ! これが素敵な出会いですよ! 私の求めていたのはこれですよ!」
えめるが感極まった様子で言う。
「すげえ、これはボクの領分だろうけど、ボクにはあんな真似出来ねえっ!」
「転倒から睨み合いまでの流れるような動き……素人じゃないわね」
「な、何よ、何なのよあんたたち? 知り合い?」
賞賛されたツインテールが困った挙句俺に聞く。
いや、俺に聞かれても、俺から見ても謎の有機化合物だしな。
「見知らぬ三人衆だ」
「ひどい! よっしーと私の仲ではないですか!」
「どんな仲だよ!」
「前世で許されざる恋をした仲です」
「じゃ、今世ではしなくていいな」
「今世で一緒になろうと約束したではありませんか! 男と男の約束を違えるのですか?」
「男同士だったのかよっ!」
「あの……あたしの話はどうなったの?」
放置していたツインテールが、おそるおそる尋ねる。
「かえりんからも言ってやってください!」
「何をよ! あとなんであたしの名前知ってる上に呼ばれたこともないあだ名で呼んでるのよ!」
あ、こいつ俺と同じツッコミをした。
もしかして気が合うかもな。
「む! よっしーが好意的な視線をかえりんに!」
俺の視線を見咎めたえめるがそんなことを言いやがった。
ツインテールが俺をちらりと見て、目が合ったので反らした。
「いや、そんなんじゃなくて、ツッコミ側が俺だけじゃなくてよかったと思っただけだ」
「別にあたしはしたくてツッコミをしてるわけじゃないわよ!」
「いや、俺が趣味でツッコミしてるように言うなよ」
「男性はみんなツッコむのが好きなのです」
「お前ちょっと黙っててくれないかな」
「ていうか、このままじゃ遅刻すんだけど!」
俺たちがごちゃごちゃやってると、双美が時計を見ながら焦ってた。
「まずい! 話は後だ! 行くぞ!」
今こんなところで無駄に時間を使ってる場合じゃない。
えめるが名前覚えてるって事はこのツインテールも同じクラスみたいだし、話は後でしよう。
走ろうとした俺の袖を誰かが掴む。
「すみません、朝から喋りすぎてもう体力がありません」
えめるが絶望の表情で悲しそうに俺を見ている。
「お前はなんでそこまで喋ることに命かけてんだよ! あと、体力なさすぎだ!」
おそらく喋り疲れたというよりも朝からの出来事と、さっきまでの走りでもう限界だったんだろう。
「すみません、私を置いていくことに何の罪悪感も感じないならそうしてください……」
「置いて行きづらいわっ! 他に走れない奴はいるか?」
「あたしはさっき走り始めたばかりだから」
「ボクは全然平気だぜ?」
「最近走ると胸が揺れて痛いのよねえ」
「よし、大丈夫だな! あと美来はなんか、そういう下着つけろ!」
俺はえめるの前でしゃがむ。
「ほら、乗れよ」
「え?」
えめるが少し戸惑う。
俺だって恥ずかしいが仕方がないだろ。
「さっさと乗れって、時間ないんだ」
「それは性的な意味での──」
「乗らなきゃ置いてくぞ!」
「待ってください。乗りますっ」
俺が怒鳴るように言うと、えめるは俺の背中にしがみついた。
女の子に後ろから抱き付かれるのは、たとえ相手がえめるでも嫌な気はしない。
背中に感じる胸の感触と、驚くほど軽い体重。
「よ、よし、行くぞ!」
俺はそれを振り切って走り出した、
後から三人もついて来る。
俺の体力ももう限界だったが、何だろう、女の子を乗せているというだけで少しだけ足が軽くなっている気がした。
「すみません、もう少し振動を減らしてください。酔いそうです」
「我慢しろ!」
「吐いたらどうしましょう?」
「もう少しだから耐えろ」
「もう駄目です! 酔ってきた! 自分に!」
「それは好きにしろ」
「あーっしー、むしろ可愛い系じゃね?」
「なんで酔うとギャル口調になるんだよ!」
「そこの二人! いちゃいちゃは学校ついてやりなさいよ! 遅れるわよっ」
「いちゃいちゃしてねえぇぇぇぇぇぇっ!」
俺はそう叫びながら、校門を潜り抜けた。
ほぼ同時に予鈴が鳴り、俺たちはふらつきながらも教室へたどり着いた。
本鈴前の教室はまだざわめきに包まれていた。
今朝の経緯を説明されたりしたりしたいところだが、今からだと中途半端になってしまうので、次の休憩時間にすることになり、俺は自分の席に着き、息を整えることに専念した。
こんな時、普通なら友達が寄ってきて女と登校とは何事だとか聞くんだろうが、生憎俺にはそんな奴はいない。
だから、体力回復に専念していればいいが、ある程度回復すると、今の状況に少し寂しさを感じてきた。
さっきの奴らに話しかけるのも面倒だ。
会ったばかりで別に仲良くもないしな。
しょうがないから寝たフリでもするか。
……ん?
ふと、隣を見ると、俺と同じく誰とも話してない女の子がいた。
背は高くはなく、ゆるふわの髪が肩から背へと流れている。
小柄だが出るところは出ていて、だが、太っているわけではなく、引っ込むところは引っ込んでいる。
さっきの美来ほど成熟した身体でもないが、年相応の女の子としてはスタイルがいいな、という感じが好感を持てる。
穏やかに騒がしい教室を眺めていて、何だか母親がはしゃぐ子供たちを見ているようにすら見える。
女子に話しかけるのは勇気がいるんだが、特に話しかけるなオーラも出てないし、俺が失礼な事を言っても朝のツインテールのように怒ることはないだろう。
いや、朝のツインテールは俺が悪いと思うんだが。
「なあ」
俺が声をかけると、穏やかな表情が少し驚いてこちらを向く。
「私、ですか?」
「ああ、そうだ、話しかけてよかったか?」
「はい、問題ありません。何かありましたか?」
その子は丁寧な口調でにこやかに尋ねる。
「いや、用って程じゃないけどさ、何でみんなと喋らないんだ?」
「私このクラスに知り合いがいないもので」
「あ、そうなんだ。俺も同じでさ、中学の知り合い、全員ここ受けて落ちやがったから、いないんだよ」
「そうなんですか。ではあなたは一番お勉強が出来たのですね」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……たまたまっていうか」
俺は少し照れくさそうに笑う。
いいなこの子、話しかけてよかった。
丁寧な口調に聞き上手、性格も穏やかで、しかも可愛い。
たまたま隣がこの子で、しかも偶然にも友達がいなくて。
いい出会いってこういうことなんだろうな。
朝のアレは違うさ、ああ違う。
何なんだあいつらは!
ちょっと可愛いからって、あれはないだろ。
あんなのは素敵でも何でもない、最悪の出会いだ!
まあ、今はあいつらのことはいい。
この子も今は一人だが、すぐにいくらでも友達出来そうだから、最初に仲良くなっててよかったな。
今なら話し放題だしな。
「俺は金山由大って言うんだ」
「私は共和奈那と言います。よろしくお願いします、金山さん」
奈那はにっこりと微笑んだ。
そうして俺たちの自己紹介が終わるころ、先生が入って来て、入学二日目のオリエンテーションが始まった。