99話 アレクと新型戦機
真暦1087年7月末。
この時にはグリーノッツェ地域の戦況はアラシア側に傾きつつあった。
特に100独立部隊の活躍は凄まじく、敵の防衛ラインでも特に分厚い場所に穴を開ける事に成功。
そこから他の部隊が切り崩していったのである。
更に、ルーラシア帝国側でも例の熱病が流行り始めたらしく、それに伴う士気の低下も大きかった。
そして8月7日。
オリガの率いる部隊は転戦する事が決定。
アレク達は準備の為、アラシア共和国首都であるセントラルリバーの駐屯地へやってきたのだ。
「新型機の受領ですか?」
そこでアレクはオリガから100独立部隊に新型の戦機が配備される事を知らされた。
「ええ。次の作戦はかなり厳しいものになるから機体だけでもね」
オリガは淡々と言う。
「新型機は嬉しいですが、補給や整備、機種転換の訓練期間は大丈夫なんですか?」
アレクはグリーノッツェのVポイントでの事を思い出しながら言う。
どんな兵器も補給が無ければ整備や修理も出来ずに動けなくなる。
特に戦機は最前線で使用される兵器であり、後方支援が整っていない中で運用するのは難しい。
今までアレク達が使っていたアジーレは整備性はそれなりに良く、パーツに関しても一部はタイプβと同規格の物が使用されている。
それ故に撃破したタイプβの部品を使ってアジーレを補修する事は珍しくなかった。
果たして新型機とやらは、それが出来るのか?
「一度しか運用出来ない新型機よりも、ニコイチでも何でもやって、長期間使えるタイプβのがありがたいんですが……」
ニコイチとはまた珍しい言葉を使うとオリガは内心で苦笑する。
アレクの言う事は最もだが、オリガは戦闘指揮官であり開発部では無い。
流石にそこまでは分からないと視線だけを向けて応答した。
「……ま、やるだけやりますよ」
アレクは肩を竦めて答えた。
/✽/
「で、これが例の新型機か」
アレクは腕を組みながら新型の戦機を見上げる。
それは基地内の整備ハンガー内で、天井からのスポットライトに照らされていた。
本当に新型らしく、当たった光が装甲に反射して周りの景色を映している。
「“ザンライ”。それがこの機体の名前よ」
自慢気に言ったのは、この機体の開発主任の女性である。
その姿を見た時、一番に驚いたのは源茂助であった。
「姉さん!」
開発主任は茂助の姉である源友紀であった。
「何?」
彼女と一度だけ会った事のあるアレクとサマンサも同じ様に驚いた。
確かにその人物は茂助の姉である、源友紀である。
歳のせいか、以前に見た時よりも体型がふくよかに見えた。
「お久しぶり。2人共、立派なパイロットになったみたいね? 初めて会った時は新品の軍曹さんだったのに」
友紀は朗らかに微笑んで言う。
「これは……、お久しぶりです」
アレクとサマンサはそれ以上の言葉が出なかった。
「私なんて、今年で34歳よ? 結婚もして子供もいるんだから、いい加減に退職したいんだけどねぇ」
そう言って友紀は苦笑する。
それを知らなかったアレクは彼女は結婚していたのかと茂助に視線を向けた。
教えてくれれば、僅かばかりかもしれないが、ご祝儀も出したのだがと思う。
茂助はそれに気付かずに新型の戦機を見上げている。
「ま、あの人とは一度会っただけだもんな」
茂助との付き合いは長いが、その姉である友紀とは一度会話をした程度の仲である。
わざわざ、結婚した事を知らせる程では無いという事だ。
「しかし、デザインが気に入らんな」
結婚という単語を聞いて友紀に質問攻めをしているサマンサとメイを横目にアレクが呟く。
その機体“ザンライ”であるが、戦機の顔と言える頭部がつんつるの豆電球というような形状だったのだ。
それまでのアジーレは1つ目のアイカメラがあったが、ザンライにはそれすら無い。
文字通りに顔はのっぺらぼうであり、その頭部を挟み込むように両側にはエアインテークが申し訳程度に取り付けられている。
そして人間でいう額のやや上、前頭部に当たる場所にブレードアンテナが配置されていた。
それはあまりにも無表情な頭部なので、とりあえず角でも付けておこうという様な印象である。
また、腕部に関しては、角張った箱の組み合わせをイメージさせるアジーレと反対に曲線的なデザインとなっていた。
そして胴体は胸部コックピットの下、人間でいう所の腹部は蛇腹になりながら股関節に続いており、可動性の広さが見て取れる。
下半身は相変わらずの4脚で、ここも曲線的なデザインとなっていた。
ただ、それ以外は標準的な戦機のそれであり特に面白味は感じられない。
「デザインはともかく性能は良いみたいですよ?」
茂助がザンライの仕様書を読みながら言う。
「へぇ」
性能が良いとは何を指して言っているのか。
機体の戦闘能力か、整備性か、製造コストか?
アレクはそんな事を思う。
「一応、カタログスペックだとアジーレよりも運動性は高いですね。関節部が一新されて、可動範囲が広くなってます。特に胴体は前屈、後屈、側屈が出来るようになったおかげで、柔軟な動きが出来そうです」
茂助が仕様書の内容をかい摘んで説明する。
「特に、前屈、後屈なんかは今まで股関節や膝の動きで誤魔化していましたから、これは凄い進歩ですよ」
茂助はやや興奮気味だ。
自分の姉が設計した戦機だからだろう。
それを聞きながらアレクは「そうか」と返答した。
「当然、動作の速度も格段に上がっていますね」
「敵に素早く照準を定められる訳だ」
「移動速度も上がっています」
それはありがたいと思う。
アジーレは帝国のタイプβに比べて装甲が厚いが、その弊害で動作や移動の速度が遅いのだ。
このザンライはそれを解決しているという事である。
「装甲材質が変更されて、アジーレよりも軽くて薄くなっていますが対弾性能は上がっているとの事です」
「対弾性能は上がっているが、装甲は軽くて薄い?」
「みたいですよ?」
これに関してはアレクと茂助は全く信用していなかった。
装甲が厚いアジーレでさえ当たりどころが悪ければ、歩兵のアサルトライフルにさえ撃ち抜かれる事があるのだ。
それよりも薄い装甲など全くアテにならない。
これは気休め程度の話なのだろう。
「ま、当たらなければ良いのさ」
アレクは言う。
「それは運の良さも入ってきますね」
敵の攻撃に当たらない為には技術も必要だが、それ以上に運が良いか悪いかというのが大きいと茂助は思っていた。
「基本的には運動性を重視した機体よ。以前、殴り合いが出来る機体が良いって言ってたでしょ?」
2人の合間に友紀が割り込みながら言う。
「あれから考え方も変わりました。今はとにかく修理と整備が簡単でバッテリー持ちの良い機体が欲しいですね」
以前、Vポイントで補給も受けられずに戦った事を思い出しながらアレクが答えた。
それは100独立部隊にとってトラウマといっても良い出来事なのだ。
「まだ生産ラインが小規模だから特殊部隊やエースパイロットに優先配備されているけど、いずれはアジーレと並行して生産していく予定よ」
友紀が言うにはザンライの整備性は決して悪くない。
これから将来、生産数が多くなれば調達も容易になり、補給や整備に関しての問題は解決するということらしい。
「とにかく、一度動かしてみましょうよ」
茂助が言う。
このザンライは彼の姉である友紀がメインとなって開発を進めた機体なのだ。
早く動かしてみたいというのが見て取れた。
/✽/
100分隊は演習場に向かうと、2つのチームに別れて模擬戦を始めた。
当然、アレクも新型機ザンライで先頭に立つ。
「なるほど、アジーレよりも動きが軽いな」
コックピット内で操縦桿を握りながらアレクが呟く。
頭を覆う形状のVRモニターに敵機の表示が映る。
対戦相手のアジーレである。
このザンライは、100独立部隊全員分の機数が用意された訳では無いのだ。
したがって、この機体を使うのは分隊長以上か、部隊の中でも腕利きのパイロットのみであった。
「そこだ!」
アレクのザンライが右腕に装備したアサルトライフルを撃つ。
しかしアジーレはそれをすんでのところで避ける。
「流石だな」
乗機がアジーレとはいえ、100独立部隊の面々は腕の立つ者ばかりである。
そう簡単に撃破出来るものでは無い。
「しかし……!」
アレクはアジーレの避ける進路を予想して再度射撃を行う。
「うわっ!」
これは相手の声である。
アジーレはアレクの予想通りの場所へ向かい、自ら弾丸に当たりにいった形となった。
その模擬弾は見事に命中して撃墜の表示が映る。
「次は左右からか。上手いやり方だ」
更にアレク機を畳み掛けるように2機のアジーレが左右から攻撃を仕掛けてくる。
「2番、3番!」
アレクは僚機に援護するように指示を出す。
「了解!」
部下のアジーレはそれに答えて、アレク機を守ろうと射撃を開始した。
「予想済だよっ!」
通信機から聞き慣れた女の声が聞こえた。
メイ・マイヤーである。
彼女の乗ったザンライはアレク機の目の前に立ちはだかりアサルトライフルを構えた。
「……!」
同時に敵機からロックオンされたという警報がなる。
アレク機の後方にはサマンサの乗るザンライが位置したのだ。
「囲まれたか」
前方にはメイ機、後方にはサマンサ機。どちらも新型のザンライだ。
サマンサ機はザンライと共に開発された新型のロケットランチャーを装備している。
これが直撃すれば間違いなく撃破されるだろう。
「おぉぉぉっ!」
アレク機が左に避けたのとサマンサ機がロケットランチャーを撃ったのは同時であった。
サマンサ機の放った模擬戦用ロケット弾は白線を伸ばしながら飛ぶ。
アレク機がそれを避けた様にサマンサには見えた。
「嘘!」
避けられたロケット弾はそのままアレク機正面にいたメイ機に向かう。
「ちょっ……!」
メイの声が通信機から聞こえ、同時にそれが撃破されたという警告が流れた。
完全なフレンドリファイアである。
「くっ……!」
サマンサは動揺しつつも照準をアレク機に再度向ける。
「遅い!」
アレク機はサマンサ機に向き直っており、アサルトライフルを構えていた。
それを防ぐ為にサマンサは左腕に装備させている盾を構える。
「何……?」
一瞬、盾を構えることで視界からアレク機が消えた。
同時に機体を揺るがす衝撃。
一瞬、射撃を受けたのかと思ったがそうでは無い。
アレク機が体当たりをしてきたのだ。
「反応が遅いぞ!」
「そんな事って……!」
アレクが声をあげた。
その機体の左手から光が発せられる。
レーザーカッターであった。
ザンライはそれまでの機体と違いマニピュレータ内にレーザーカッターを内蔵していたのだ。
人間でいえば手掌に当たる部位である。
それがサマンサ機に振り下ろされるのがVRモニターに映り、コックピット内は真っ暗になった。
「撃墜された……」
暗い中でサマンサが呟く。
同機体のはずなのに、アレクの動きは一体何なのだと改めて思う。
「他の奴らは?」
大物を仕留めたという余韻は無いままでアレクは次の敵機を探す。
しかし、既に味方機は残敵を掃討していた。
「……ということは」
模擬戦は終了である。
サマンサチームは全滅。アレクチームの勝利であった。
「私、後ろを取ったと同時に撃ったわよね? 何で避けられるのよ?」
コックピットから降りたサマンサは詰め寄るようにアレクに尋ねる。
「勘」
アレクは一言で答えた。
「貴方、エスパーか何か?」
あまりにもな答えにサマンサは呆れる。
「機体にあるニュータイプの警告装置が良いんだろ? ロックされた事をすぐに知らせてくれたぞ」
だから避けられた。
悪くない性能だとアレクは思う。
しかし、その割に不満気な顔をしていた。
「どうだったかしら?」
早く感想を聞かせて欲しいというように友紀がやってくる。
「扱いやすくて良い機体ですね」
サマンサが答えた。
彼女はザンライのアジーレよりも軽い操作性が気に入った。
「軽い操作性でクセも無くバランス良く纏まっている。おそらく新米パイロットなんかは、アジーレよりもザンライのが使いやすいでしょうね」
続いて言ったのはアレクだ。
彼もザンライに対して好評価である事を口にする。
しかし、やや不満があるという表情は変わらない。
「その割には不満そうね?」
アレクの表情を不思議に思い、サマンサが尋ねた。
「バランスが良すぎる。乗っていて面白くない」
面白くない。
そのあまりにもな答えに友紀とサマンサは唖然とする。
「別に悪い機体とは思ってないよ」
アレクは2人を見ながら言った。
そもそも、アレクがそれまで搭乗していたアジーレの格闘戦仕様であるが、これは現地改修機であり正規の機体では無い。
更に、それよりも前に搭乗していたフェイカーと呼ばれた機体は、アジーレに当時は試作型であったクロスアイの予備パーツを無理矢理取り付けた機体であった。
どちらも本来の仕様とは外れた機体であった為に、正規品と比べたら癖の強い機体であったのだ。
「機体制御プログラムを弄る?」
友紀はやや不満そうに尋ねた。
このザンライは彼女にとって、相当自信のある機体だったのだろう。
「いや、このままで良いですよ。使っている内に癖は付くでしょうし、前に使っていたモーションデータをコピーすれば同じ感覚で使えるでしょう」
面白くないとは言ったが、使い辛い訳では無い。
下手に弄くり回して、かえっておかしな事になるのは御免である。
「そう。でも、可動範囲がアジーレと違うから、モーションデータの修正は必要になるわよ?」
「それはこちらでやりますよ」
そう答えたアレクの横。
フェンス越しにザンライが走っていく。
それは茂助の機体であった。
後に茂助もアレクと似たような感想を洩らし、友紀を呆れさせ、その自信にケチを付けることになるのであった。




