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94話 苦難の持久戦

 真歴1087年5月10日17時30分。

 アラシア陸軍グリーノッツェ基地は敵の奇襲を受けた。

 ほぼ、同時刻にVポイントの防衛拠点にも敵部隊が接近。

 100独立部隊はこれと交戦して退ける事に成功。


「つまり救援は回せないと?」

《こちらも敵の半包囲を受けているの》


 交戦後、アレクはすぐに司令本部であるグリーノッツェ基地へ連絡をとる。

 この通信は、茂助の部隊に配備されたアジーレ電子戦仕様で行われたものだ。

 通信相手は上司であるオリガ・ミルスキー少佐である。

 

 Vポイントの守備隊である第3中隊の兵士は、ダイスケ伍長以外の全員が熱病に侵されていた。

 本来ならば野戦病院へ移送したいのだが、100部隊にはその為の装備が無い。

 そもそも、このVポイント自体が敵に包囲されている。

 その中を突破するのは難しい。


「自分達は戦機以外ほとんど持ってきていないんですよ?」

《それは分かってるわ》

「なら、途中までこちらから迎えを出します。それで敵の包囲が薄い場所から衛生部隊だの整備部隊を……」


 支援部隊をこちらに迎え入れる事が可能なら、この状況も好転させる事が出来るはずなのだ。

 それが可能な程度の物資は残っている。


《そちらへ繋がるルート上に敵部隊が展開しているの。それは無理ね》

「なら、こちらは完全に包囲されてるじゃないですか」

《だから暗号化していても、こうして通信する事が危険なのは分かるでしょう?》


 オリガもアレクもやや苛立った声である。

 どちらとも正論を言っているのだが、どうにもならない状況なのだ。


「……何とかして下さい。このままだと我々だって全滅しかねませんよ?」

《善処するわ。通信アウト》


 本部との通信が切れる。

 最悪の場合、病人を見捨てて撤退する事も想定しなければならない。

 それだけは避けたかった。


「どうします?」

 茂助か尋ねた。

「とにかく、これからやっていくだけの物資が必要だ。……スカベンジングだな」

 倒した敵が残した物資などを回収するという事だ。

 その中に、医療物資があれば御の字である。


「了解です」

 すぐに茂助は指揮下の部隊にそれを命令した。

 そして他の隊員達も拠点内に残った物資をかき集める。


 空が暗くなり、拠点内の灯りが焚き火程度しか無くなった頃に、スカベンジングが完了した。


「どうだ?」

 アレクはそれぞれの部隊長に尋ねる。


「戦機の武器弾薬とかは撃破した敵機や、拠点内からも回収出来たから1、2回の戦闘は可能よ。でも、医療品や食糧なんかは駄目ね」

 サマンサがため息混じりに答えた。

「これまで何を食ってきたんだ?」

 戦闘が無かったとはいえ、食糧が不足している状況で拠点を保たせるのは至難の業だ。


「その辺の木の実だったり、捕まえた蛇とか鳥とか……。たまに昆虫とか……」

 ダイスケ伍長が申し訳無さそうに答えた。

「お前、大した奴だよ」

 まるで原始人の様な食糧調達法である。

 それで、今日まで拠点を保たせたダイスケという男は凄い奴なのではないかとアレクは思う。


「今は私1人ですけど、何人かは体調が悪い中でも手伝ってくれた人もいましたし……」

 第3中隊のほとんどは熱病に罹っていたが、その中には症状が比較的軽い者もいた。

 そういった者がダイスケの作業を手伝っていたのだ。


「ここを離脱出来たらウチの部隊へ来い」

 アレクは心からそう思って言う。

 それを聞いたダイスケは「はぁ」とよく分かっていない返事をした。


「食糧……、どうしよう?」

 メイが珍しく深刻そうな顔で呟く。

 茂助やサマンサもいい案は思い浮かばない。


「この近くに湖……、というか沼があるんですけど……」

 恐る恐る手を上げてダイスケが言う。

「魚でもいるのか?」

 アレクが尋ねる。


「いえ、大量のワニがいます。デカくて凶暴な奴です」

「じゃあ駄目じゃないか……」


 それでは魚どころでは無い。

 こちらが食糧になってしまうとアレクはしかめ面をする。


「……いや、戦機があります。それでワニを狩れば良いんじゃないでしょうか?」

 茂助が言った。

 いくら凶暴なワニでも戦機は破壊出来ないのだ。


「そうか。その手があったか」

 アレクは名案だと声をあげる。

「そのワニ……、食べれるの?」

 一方でサマンサはそんな物は食べられるのかと疑問を投げかけた。


「自分が調理出来ます。かなり大きいので手伝ってくれるとありがたいですが……」

 ダイスケは自信があるという風に答える。

 彼は炊事兵なのだ。

 しかも、若くて技術もあるらしい。


「とりあえずはそれでいこう」

 食糧は周りから調達する。物資は敵から奪い取る。

 しばらくはその方針で運営するしか無いのだ。












/✽/












 自分達は今までどれだけ恵まれた環境で戦争をしていたのだろう。

 Vポイントに来てから数日、アレクはそれを考え続けていた。


「よっ……、これでは死んでも死に切れないだろうけどな」

 抱えていた兵士の遺体を焚き火の中に入れながら呟く。


 アレク達が来てから、第3中隊の兵士が何人も死亡した。

 戦死では無い。

 全員病死である。

 それも1日に1人のペースで死亡していた。


 その死体を放置すれば衛生的に問題であり、新たな感染源となってしまう可能性も考えられる。

 その為、死亡した兵士は火葬されるのであった。


「もう1人お願いします」

 茂助が痩せ細った男の遺体を抱えてやって来た。

「俺は火葬屋じゃない」

 炎の中に薪を投げ込んでアレクが言う。


「分かってますよ」

 茂助は答えながら遺体を炎に入れてから合掌する。


「ダイスケ伍長は……」

 アレクが呟く。


「え……?」

「ダイスケ伍長はよくやっているな」

「あぁ……、凄いですね。今も病人の世話をしながらワニの調理をしていますよ」


 朝は病人の世話とテント内の清掃。

 昼は食糧調達。

 夕方には食事の準備。

 夜は仮眠を取りつつも病人の看護。


 それをほぼ1人でやっていたのだ。

 その苦労は余りあるものだろう。


「まぁ、同じ中隊のマイスネル曹長が手伝ってくれてましたけどね」

 その男はダイスケと同じ第3中隊であった。

 その中でも、比較的症状が軽かったので軽作業を手伝っていたのだ。


「だが、もう動けないだろ?」

「……一昨日辺りから嘔吐を繰り返してますよ」


 しかし、熱病に罹っている事には変わりない。

 無理が祟った結果、彼の症状は深刻なものとなっていた。

 もう、第3中隊で動けるのはダイスケ1人しかいない。


「誰か手を貸してくれー」

 遠くから声が聞こえた。

 また死人だろうか?

 アレクと茂助は顔を見合わせて声の方向へ歩き出す。


「何があった?」

 慌てた様子の部下に尋ねた。

「敵襲ですよ! 拠点から2時の方向、歩兵を中心とした部隊です! 現在、第1小隊が応戦中です」

 言われてアレク達は自分達の敵が物資不足と蔓延する熱病だけでは無い事を思い出す。


「第2小隊は白兵戦だ」

 アレクがうんざりした表情で言う。

「弾薬、足りるのでしょうか?」

 100独立部隊は戦機部隊である為に歩兵が使用する武器弾薬は少ない。

 それを思って2人は嘆息した。











/✽/










 アレク達がやって来てから10日が過ぎる。

 その日、Vポイント守備隊の隊長であるアレックス少佐が病死した。


 ダイスケ伍長が第3中隊の臨時司令として任命される。

「自分ですか?」

 本人はそんな無茶なという顔をしていた。


「他に動ける奴がいない」

 同じ部隊の軍曹が言う。

 彼も病人であり、ここ数日は嘔吐と下痢を繰り返していた。


「俺達はここについては分からないからな」

 アレクも頷いて言う。

「なるべくフォローはする。……生きている限りはな」

 軍曹は言い終えて大きく息を吐いた。


「了解です」

 納得は出来ないが、自分がやるしか無い。

 ダイスケはそう思って拠点司令代理を引き受けた。


「おーい、伍長。これはどうするんだ?」

 テントの外から声がかかる。

 100独立部隊の者だ。

「今、行きます!」

 ダイスケは声の方向に駆けて行った。


「実際、どうなのだ?」

 軍曹がアレクに声をかける。

 グリーノッツェ基地の様子だ。

 敵に囲まれているままでは、救援はいつまでもやって来ない。

 そうなれば全滅するしかないのだ。


「一昨日から基地からの通信は途絶えているな。偵察によると、戦闘が散発的に起きているとの事だから落ちてないと思うが……」


 それでも、こちらに通信出来ない状況にあるという事だ。

 おそらく戦況は悪いのだろう。

 いっそ敵に降伏した方がマシかもしれないという考えがアレクの脳内に過る。


「……そうか」

 軍曹はそれだけ呟く。


 その日の夜中に、彼は突如体調が悪化する。

 そして喝っと大量と血を口から吐き出した後に死亡した。











/✽/










 アレク達がVポイントにやって来て20日が過ぎた。

 守備隊である第3中隊に所属していた兵士の半数近くが病死している。


 100独立部隊も既に2個分隊が全滅。

 バッテリーや弾薬が不足し、修理どころか整備もままならない為、動ける戦機も少なくなってきている。


 食糧に至っては、狩ってきた動物や木の実だけではどうにもならないので、周囲から柔らかい雑草を拾ってどうにか口に入れられる様に調理している始末だ。


「大尉、大変です!」

 カミソリも無いので無精髭が伸び放題のアレクに部下の荒げた声が投げかけられた。


「何だよ」

 これ以上大変な事などあるかという表情である。


「熱病ですよ!」

「熱病だな……」

「いや、第13分隊のヤス曹長が熱病にやられました」

「何だと? 第1小隊の第3分隊か?」


 その日、遂に100独立部隊からも熱病に罹患した者が現れたのだ。


「まだ、症状は軽いです。しっかり休んで栄養を摂れば治りますよ」

 ダイスケは笑いながら言う。

 ただ、その笑顔は悲壮感を押し殺した様な笑みであった。

 彼は今までもこうして病人達を励ましてきたのである。


「……と言ってもな」

 熱病に侵されたヤス曹長は弱々しく言うと床のバケツに嘔吐した。


「とにかく今は休んで」

 彼の上司であるサマンサが言う。

 ボサボサの髪と脂ぎった肌で美人の顔も台無しだと、アレクは埒も無い事を考えた。


「衛生環境が悪いのかもね。一度大掃除をしよっか?」

 言ったのはメイである。

 彼女もサマンサと同じ様な状態になっていた。


「頼む。俺は手の空いている奴を集めて洗濯でもしよう」

 そう言うアレクは目の前で苦しむ部下に顔を曇らせている。


 これが敵部隊によって苦しんでいるのなら、その敵を撃破すれば良いだけの話であり、自分の得意分野であった。

 しかし、今回部隊を苦しめているのは熱病である。

 こればかりは戦機乗りの技量など関係無く、自分では手の施しようがない。

 その事実と何も出来ない無力さにアレクは怒りを覚える。












/✽/











 アレク達が来て25日目。

 第3中隊の隊員はダイスケを含めて24人にまで減る。

 アレク達が来た時にはそれでも50人以上が生存しており、その中には何とか動ける者もいたのだ。

 これは元々所属していた中隊の人数の1割にも満たない人数である。

 今となっては100独立部隊の人数の方が多い。


 しかし、その100独立部隊からも熱病の患者が次々と現れる。

 更に、武器弾薬の数も少ない。

 戦闘など出来る状態では無かった。


「グリーノッツェ基地から通信が来ました!」

 アジーレ電子戦仕様のコックピットから兵士が叫ぶ。

 それを聞いたアレクはすぐにコックピット内の通信機に取り付いた。

 通信を送ってきたのはオリガだ。


《状況は分かったわ。病人搬送用のヘリと、通常の兵員輸送ヘリを回すわね》

 アレクから状況を説明され、ややあってオリガから返答された。

 これで全員がここから離れる事が出来る。

 アレクはホッと胸を撫で下ろす。


「戦機はどうします?」

《放棄するしか無いわね》

「クロスアイを使っている茂助には申し訳無いな」


 あの戦機は他には無いレア物である。

 ここで捨てるのは勿体無いと思ったのだ。


「救援が来るまでどれくらいかかります」

 オリガから連絡があり、救援を寄越すとまで言ったのだ。

 そんなに時間はかからないだろう。

 アレクは軽い気持ちで尋ねた。


《……1週間後ね》

「何ですって……?」


 思わず聞き返す。

 それまでの安堵がすぐに重苦しいものへと変わった。

 事態は急を要するのだ。

 1週間も待っていられない。


「冗談じゃない! その間に全滅してしまいますよ! 自分の部隊からも熱病患者が出ているんですよ!」


 1週間もあれば、その間に更なる被害者が出るのは間違い無い。

 下手をすれば、この拠点にいた者達は全員病死してしまう可能性もあるのだ。


《……こちらも事情があるのよ。そちらへのルート上には敵部隊が未だにいるのよ? それに、こちらの守備隊司令が更迭されたりとか……》

 オリガは気まずそうに答えた。

「……病院ヘリなら戦時協定で攻撃されないでしょう? あの白と赤い十字架のやつ」

 傷病者を運ぶ為のヘリを攻撃する事は戦時協定で禁止されている。

 それを使えば安心して野戦病院へ第3中隊の面々を運べるはずなのだ。


《……勿論手配するわ。でも、色々と大変なのは分かって。こちらも急ぐから》

「でなけりゃ敵へ降伏しますよ。現状ならそちらの方がマシだ」


 グリーノッツェ基地だけでなく、アレク達も未だに敵部隊に包囲されているのだ。

 先日も戦闘が発生し、戦機が4機も使用不能になった。

 バッテリー切れである。

 交換用のバッテリーも既に無い。


「ここには3個小隊で来ましたけど、現状は6個分隊程度の戦力しかありませんよ」

《何とか持たせなさい。それ以上言える事は無いわ》


 アレクは相手に聞こえるような舌打ちをする。

 その後、二言三言の会話がなされて通信は切れた。


「何かあったんですか?」

 戦機から出るとダイスケが声をかけてきた。

 その両手には汚物が入れられたバケツを持っている。


「1週間後に救援のヘリがくる。それまで生きていれば家に帰れるだろうな」

「本当ですか! ようやく救援が来るんですね?」


 ダイスケの顔が明るくなった。

 彼は2ヶ月以上も味方と連絡が取れない中にいたのだ。

 1週間かかるとはいえ、救援が来るという報せは何よりも価値のあるものであった。

 憤りを覚えたアレクとは真逆の反応である。


「オリガ少佐は約束を守る上官だ」

 それでもアレクにとって1週間は長すぎた。

 その間に襲撃を受ければ持ち堪えるのは難しい。

 病人の体力も持つだろうか。


「1週間すれば救援が来るというのが分かれば、何としても生きようって思いますよ」

 ダイスケは子供の様にはしゃいで言う。

「そう願いたいな」

 その為には食糧の調達と、戦機を少しでも多く動かせる必要がある。

 何をすれば良いだろうかとアレクは考える。


「これを捨てたら皆に知らせて……!」

 そこでダイスケの言葉が切れた。

 同時にビチャビチャという汚い水音が発せられる。


「ダイスケ伍長?」

 見ればダイスケは自分の持っていたバケツに嘔吐していた。

 熱病の症状である。


「伍長……! しっかりしろ!」


 ダイスケ伍長は第3中隊の中で、唯1人熱病に罹っていなかったのだ。

 しかし、遂に彼も熱病に侵されてしまう。


「俺達は良い……。だが、奴だけは……」

 第3中隊の隊員が苦しんでいるダイスケを見て呟く。

 彼は絶望的な状況でも1人だけ諦めずに、中隊を励ましながら看護を続けた人物である。

 第3中隊の面々にとっては、彼は唯一の光であった。

 何としても生き残って欲しいというのが第3中隊の思いなのだ。


「分かっている。1週間だ」

 持たせてみせるとアレクは答える。

 そう答えざるを得なかった。


「メイ。動ける奴を集めて基地内の物資をかき集めてくれ。俺は外の探索へ向かう」

「大丈夫なの?」

「俺の戦機はまだ動ける」


 普段、メイは気の抜けた様な朗らかな表情であったが、この時ばかりは真剣な面持ちであった。

 彼女も疲労しているのが顔色から分かり、それが不安を掻き立てるのだろう。


「やるしないんだ」


 とにかく物資だ。

 武器、弾薬、バッテリー。

 敵の死体があるなら携帯食糧や医療品も手に入るかもしれない。

 少しでも多く集めて1週間を耐えきるのだと、アレクは自身に言い聞かせた。

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