9話 青い壊し屋
李・トマス・シーケンシーが工場奇襲の報せを受けたのは敵の部隊と戦闘の最中であった。
彼は部隊を率いて工場へ繋がる道の偵察を行っていたところ、敵であるアラシア共和国の部隊を発見したのである。
この部隊はランドルフがトールが率いる第4分隊の後詰めとして向かわせた部隊であり、時間的には丁度サマンサ機がトール達を探しに向かった後の接触であった。
「いないと思ったらこれか……!」
シーケンシーはそろそろ帰還しようと考えていたところの遭遇であり舌打ちをする。
「援護しろ! 敵を蹴散らす!」
シーケンシーは戦闘における死の恐怖を腹の中に抱えるが、それを無視して敵陣に飛び込んだ。
戦闘を行えば、この恐怖を一時的にとはいえ忘れることが出来るからである。
シーケンシーの乗った青い戦機、タイプβがアラシア軍主力戦機であるアジーレに突っ込む。
青いタイプβが目の前にいるアジーレに左腕を薙ぎ払うと、アジーレの胴体が赤熱して動きを止めた。
シーケンシーの乗るタイプβの左腕には光学式の白兵武器、所謂レーザーカッターが装備されているのだ。
それに続くように他のタイプβもアジーレに突撃をする。
タイプβは頭部が無く、胴体先端にセンサー類が付いており、その胴体から生える両腕と虫のような4つ脚は細い。
戦機の中でも特に装甲が薄いが、機動性や運動性は非常に高いのだ。
それに対してアラシア共和国のアジーレは、全体的に四角い箱を組み合わせたようなスタイルであり、頭部はひっくり返したバケツに1つ目を付けた様であった。
タイプβよりも装甲が厚く、脚部の安定性もある事から火力の高い重火器も装備出来るが、タイプβよりも動きが全体的に遅くて硬いので、接近戦に持ち込まれたら不利な一面もあるのだ。
シーケンシーはそれらの特徴をよく理解した上で戦闘動作を行い、次々と敵機を撃破していく。
遭遇から10分もした頃だろう。
敵のアジーレを半数以上撃破、残敵も近くの森林や撃破された戦機を盾にしながら何とか抵抗をしている状況である。
シーケンシーは後方から味方の識別信号を出している物がレーダーに映っている事に気付く。
《工場が敵の奇襲を受けています!》
それは味方の装甲車であり、シーケンシー達にすぐに帰還するように要請に来たのである。
「しまった!前に出過ぎた!」
迂闊だったとシーケンシーは苦虫を噛み潰したような声を上げると味方に後退の指示を出す。
《こいつらは囮だったという事ですか?》
味方の野太い声が聞こえた。
「私としたことが、戦闘に夢中になり過ぎたな……」
落ち着き払った声でシーケンシーは答える。もっとも内心では焦っており、全身から冷や汗が流れていた。
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「流石に……!」
アレク達が発掘兵器を載せたトレーラーを見付けた時、目標の周りには装甲車や歩兵戦闘車で防御が固まった後であった。
急遽作られたであろうバリケードの中にはアラシア軍で使っている機関銃も見受けられる。
敵はトール達に気付いて弾幕を張った。
対するトール達は近くの倉庫の中に隠れてこれを避ける。
おそらく敵の兵器の一部はこの倉庫から出たきたのだろう。
「敵もアレを渡すつもりは無いみたいだね」
トールが困ったなと思いながら呟く。
「どうする? あいつらはあの場から動かないぜ?」
アレクが言った。
先程から何度か挑発めいた動きをして敵を引き付けようとしているのだが、敵は弾幕で応じるだけで動く気配は無い。
「良いとは言えないけど、私に考えがあるわ」
ため息交じりにサマンサが言った。
「話してくれ」
良い考えでなくても、何か策があるのなら是非聞いておきたいとトールが答える。
「要点だけ言うと、戦機を自爆モードにしてあそこに突っ込ませるというものなんだけど……」
サマンサはやや遠慮がちに言う。
「自爆モードか……」
トールは苦い声を出す。
戦機の自爆モード。
戦機に搭載されている動力炉を暴走させてプラズマによる熱反応を起こす機能である。
一度作動させれば半径3メートル四方にある物は消し炭になる程度の威力はあった。
「そんな事をしたら発掘兵器も消し飛びますね」
茂助が指摘する。
発掘兵器の周りにいる敵に対して戦機の自爆攻撃を試みれば、当然発掘兵器も無事では済まない。
「敵やヒノクニに渡すよりかはマシじゃないのか?」
アレクの声である。
直後にアレク機のすぐ側を敵の弾が掠め、それに対して舌打ちをするのが聞こえた。
「確かに、その通りだけど……。そんな事をしたら処罰は免れないだろうな」
やれやれとトールはコックピット内で頭を振る。
「戦闘中の事だからどうとでも誤魔化せるわよ」
「他に方法が無いなら致し方ない」
トールはそう言ってサマンサの提案を受け入れた。
「しかし、自爆させる機体は?」
自爆モードを起動させるにはパスコードが必要になる。
少なくとも自軍の機体でなけばならない。
トールの質問に対して、3人の機体はカメラアイの視線をトール機に向けた。
「……オッケー。そういう事ね」
ため息交じりにトールは答えると、コントロールパネルを弄り、自分の機体をリモートコントロールモードに切り替えて、更にそのコントロール権をサマンサ機に渡した。
「アイハブコントロール」
サマンサの淡々とした声を確認してトールは機体から滑り降りた。
「サマンサめ、先程の憂さ晴らしも兼ねているな」
アレクはその様子を見ながらククっと笑う。
その後、サマンサによる簡単な作戦説明があり、それの通りに全員が動き出した。
アレクと茂助は敵の正面に出ると左右に別れて、後方に回り込もうと動き出す。
敵の弾幕はその2機を追うことで左右に別れ、密度が薄くなる。
残ったサマンサ機は弾幕に追われる2機を援護する為に射撃を開始した。リモート操作されたトール機も続く。
その足下でトールも9ミリ拳銃を抜いてみるが、撃ったところで自分の腕では当たらないと思い、目の前の光景を眺めることにした。
「サマンサ伍長も無茶を言う……!これじゃあ機体がやられるのも時間の問題ですよ!」
茂助が叫ぶように言った。
彼の機体は左腕に装備している盾で胴体を守りながら、右腕に持たせたアサルトライフルで射撃を行いながら敵の弾幕の中を早馬の如く走っていく。
「それが最善の策っていうんだろ。トールだって自機と発掘兵器を壊すんだ。処罰だって考えられるのに決行したなら俺達もやるしか無い」
アレクも茂助と反対側でほぼ同じ機動を自機にとらせながら言う。
時折、敵の弾が当たり小気味良い金属音がコックピット内に響く。
ややあって、弾幕を張る敵の中央部にリモート操作のトール機が突っ込んだ。
敵の弾がコックピットに当たるが、全く動じる事無く手に持っているライフルを撃ちながら暴れ回る。
「離れて!」
サマンサの声が通信機から聞こえる。
同時にアレク機と茂助機は全速力で後退した。
暴れ回るトール機が一瞬ではあるが赤熱する。
そして膨れ上がった瞬間、内部から白熱光の塊が姿を現して周囲の物全てを焼き払った。
急激な温度差は熱風を巻き起こす。
「うわっちぃ!」
生身であるトールは熱風を浴びて思わず叫ぶ。
すぐにサマンサ機がトールの前に立ち、彼の盾になった。
その時、トールは光の中から空に向かって打ち上げられる何かを見た。
それは夜空の中を真っ直ぐに上がっていく途中で爆発する。
「ロケット? あんな物を敵は持っていたのか?」
そんな疑問を思っている内に光と熱風は収まって辺りに暗がりが戻ってきていた。
「画面がホワイトアウトした……。あぁ、戻った」
雑音交じりにアレクの声がサマンサ機の通信機から聞こえる。茂助機にも聞こえているだろう。
「私達の機体にはここまで強力な自爆装置が付いているんですか?」
今度は茂助の驚いた声が聞こえる。先程よりも鮮明であった。
「敵の確認」
サマンサが各種センサーを使い、敵を殲滅出来たかを確認する。
辺りに反応は無い。足下でトールが腕を組んでいるのがモニターに映っていた。
「反応無し……。いや、後ろから来る機体がある!」
アレクが声を上げた。
サマンサと茂助もその反応を確認する。機種はタイプβ、ルーラシア帝国軍主力戦機であった。
「いや、でも識別反応はヒノクニですよ?」
「ヒノクニの誰かが鹵獲した?」
戦機から発せられる識別信号は各パイロットが持っているIDカードによって決まる。
それは戦機を動かす為の起動キーにもなっており、特殊な場合を除いて、どの国の機体でも起動出来るようになっていた。
敵の国でも簡単に戦機を奪えるというのは不用心な話かもしれないが、IDカードさえあれば誰でも、どの機体でも手早く起動出来るという利便性から問題にされた事はあまり無い。
ついでに言ってしまえば、もし鹵獲されたとしても外部から自爆させる事が出来るように仕掛けられている機体がほとんどなのも、このシステムが普及している理由の1つになっている。
《……これはどういう状況です?》
タイプβの外部スピーカーから落ち着いた女性の声が聞こえた。
「見ての通りですよ」
トールが両手を上げながらそれに答える。
すると、タイプβの頭部と一体化した胴体上部のハッチが開いて、中からパイロットが姿を現した。
「あの時の女か……」
ヒノクニの指揮官、アベルに藤原と呼ばれた女であった。
「……とにかく、他の敵がこちらに来ています。そこの隊長さんは私の機体に乗って下さい。生身よりかは安全です」
「……大丈夫なんですか? 外部コントロールで自爆させられたりとかは勘弁して欲しいんですが」
奪ったとはいえ敵機である。
現状では外部から自爆させられる可能性は大きい。
「整備中の機体で、他の機体によるコントロール権の登録はありません。外部コントロール用のリモコンは私が持っていますし、指令塔もアベル隊長達が制圧済みです」
「……指令塔は占拠したなら敵は降伏しないんですか?」
「残敵はいますよ。我々の攻撃を逃れたのが待機中の戦機を動かしています」
「やれやれだね……」
トールはそう呟くと藤原の乗る機体に乗り込んだ。
公衆トイレの個室より狭いと揶揄されるコックピットである。彼は必然的にコックピットの端に身体をくっ付けて縮こまるより無い。
そんな状態になりつつ、藤原に部隊で使っている無線の周波数を教えて部下の機体に連絡を付けた。
《とりあえず、俺達はさっきまで隠れていた倉庫から武器を取ってくる》
通信機を通してそう答えたのはアレクだ。
先程までの戦闘で手持ちの弾薬は使い果たしていたのだ。
「使えるのはあるか?」
《チラッとだが、アラシアで使っているのが見えた》
トールの質問にアレクは明確に答え、それを聞いたトールは「頼む」と答える。
「えーと……」
トールは言い淀む。
この機体のパイロットであるヒノクニの女性兵士の名前を覚えていなかったのだ。
「藤原千代です。階級は曹長」
それを特に気にするでも無く藤原千代は名乗った。
「ん……、藤原曹長殿、戦機の腕前に自信は?」
階級は自分より上なのでトールは恐る恐る尋ねた。
もし、彼女が正規パイロットで無いのなら自分が操縦を変わった方か良いかもしれないと考えたからだ。
「んー、新兵よりかはマシだと思います。それなりに撃墜数はあるかと思いますので」
藤原は首を傾けトールの質問に答えた。
彼女にとってトールのそれは取るに足らない質問だったようだ。
「……なら、操縦は任せます」
安堵しつつトールは機体の操縦を藤原に任せることにした。少なくとも単独での撃墜数が未だに0である自分よりも腕は良いと思ったからである。
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《味方からの反応ありません!》
狭いコックピットの中、部下の声が聞こえる。不安と焦燥を抱えた声であった。
「やはりな……。さて、どうする?」
シーケンシーは呟く。
敵の戦力はどれくらいなのか?味方は本当に全滅したのか?
様々な予想が不安と同時に浮かんでは消えていく。
「何にせよ工場には戻る。敵にこちらの発掘兵器を奪われるのはマズい」
シーケンシーは知る由もないが、すでにこの時にはトール達の手によって発掘兵器は破壊された後だったのだ。
ヒノクニの後続部隊によって工場に残した部隊は壊滅していたのである。
《見えてきました!》
工場に近付いた事を知らせる声が聞こえた。
シーケンシー率いる戦機部隊は工場に突入する。
「敵!既にここは墜ちていたか!」
突入した瞬間、アラシア共和国のものと思われる戦機の姿が見え、射撃を開始したのである。
《うわー!》
後方で数機が撃墜されシーケンシーは舌打ちをした。
「無理も無い」
シーケンシーの部隊は先程の戦闘で弾薬をほとんど使い果たしていたのだ。反撃など出来る訳も無く、逃げ惑うしか無い。
「だが、やることはやる」
視界に歩兵戦闘車が見えた。瞬間、シーケンシーは自機に持たせたアサルトライフルに込められた最後の弾を撃ち、それを撃墜した。
更に空になったライフルを戦機に投げつける。
が、その戦機は飛んで来たライフルを左腕で払い除けたのだ。
「妙に動きが良いのがいる?」
その動きを見て、シーケンシー機はその戦機に突進して右腕に仕込まれたレーザーカッターを振る。
斬った!
シーケンシーは確信する。
しかし、斬ったのは戦機の左腕だけであった。
あろうことか、この敵は左腕でコックピットがある胴体を守りながら後退して、シーケンシー機の斬撃をかわしたのである。
「ここは私が止める! お前達は発掘兵器を破壊しろ!」
《破壊、ですか?》
部下の言葉にシーケンシーは柄にも無く怒りを覚えた。
「敵にアレを渡すのかっ!」
思わず声を荒げる。部下は気付いた様に「了解」と返答し、機体を発掘兵器の方向に向かった。
それを敵機が追うのが見えたが、目の前の敵は自分と対峙したままである。
「この敵は!」
目の敵機、アラシア共和国のアジーレに向けて再びレーザーカッターを振り下ろす。
が、それよりも先に敵機が目の前に踊り出るのがモニターに映し出され、次の瞬間轟音と衝撃がシーケンシーを襲った。
「何だ!」
敵機は武器を捨て、拳で殴りかかってきたのだ。
何度もそれを繰り返し、その度にモニターへ映し出される映像が乱れる。
「センサーを潰す気か!」
自機のタイプβはアジーレと違い胴体先端にセンサーやカメラアイが集中している。
敵はそこを何度も殴ってきたのだ。
シーケンシー機も負けじと左腕を振るい、敵機の拳を防ぐ。
「このパイロットは!」
先程からやたらと格闘攻撃をしてくるなど何を考えているのだと驚く。
戦機は本来格闘攻撃。つまりは殴り合いなどという戦法は想定されていない。
そんな事をすれば、関節部分に負荷がかかる上に衝撃によって破損の可能性が非常に高くなるからだ。
万が一格闘による接近戦を行うにしても、シーケンシー機の様にレーザーカッターのような専用の装備を用いるのが普通である。
「だが、目の前の機体は殴りかかってくる!」
武器も持たずに殴りかかってくる機体を見てシーケンシーは狂気を感じる。
しかし、負ける訳にはいかない。
撃墜されて死ぬかもしれないという恐怖もあるが、自分はルーラシア帝国で“青い壊し屋”と異名されるパイロットなのだ。
戦闘は確かに嫌だが、自分がエースパイロットであるというプライドも持ち合わせている。
矛盾しているが、それをこんなところで傷付けられるというのはいかないのだ。
もっとも、相手の機体はそんな事を考える間も無く必死であった。
そのパイロットこそアレクサンデル・フォン・アーデルセンである。
彼らは発掘兵器を破壊し、残敵をヒノクニの部隊と合流して蹴散らした。
そこで一息つこうとした所にシーケンシー率いる部隊が戻ってきたので戦闘になったのだ。
アレクが格闘を仕掛けるのも、彼の機体に装備させたライフルにも弾が残っていなかったからである。
「これが青い壊し屋……!」
流れる様に動く青いタイプβを見ながらアレクは驚愕する。
「ほとんど化け物じゃないか!」
シーケンシー機は再びレーザーカッターを振るう。
その前にアレクは機体を前進させて敵機に絡み付く。
味方の援護射撃は受けられないが、接近する事で敵の動きを限定させる方がまだ生き残る可能性が高いと判断したのだ。
「うおおおおっ!」
アレクはコックピット内で叫び、必死で機体を操作する。
モニターにアラート表示。敵のレーザーカッターが自機に残っていた左肩を貫通したのだ。
更に何度も殴り付けたせいで右手、つまりマニピュレータが使い物にならなくなっていた。
「恐れを知らないのか!」
一方でシーケンシーも声を荒げて必死にアレク機の攻撃をかわす。
既にメインセンサーは破壊され、予備のセンサーに切り替わっていた。
「中尉! 敵は既に発掘兵器を破壊していた模様です!」
味方から通信が入る。
それは信じられない内容であった。
敵にとっても重要なはずである発掘兵器が破壊されていたのだ。
「敵は戦機で殴りかかり、発掘兵器を破壊する……!どういう連中なんだ?」
シーケンシーは舌打ちをする。
しかし、これで戦闘から離脱する理由も出来たと内心で喝采した。
「撤退する! これ以上ここにいるのは危険だ!」
そう通信機に呼びかけると自機を大きく後退させて一気に走り出す。
敵機はそれを見止めるが追ってはこなかった。
シーケンシーはそれに安堵する。
「後退する……? 流石に追うのは、無理か……」
アレクは走り去る青いタイプβを眺めながら呟いた。
そして生き残った事に安堵して大きく息を吐く。
通信機からは他の敵も撤退している事を知らせる通信が聞こえていた。




