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84話 連弩進軍

 真暦1084年7月5日。

 オクエイ市制圧の為に出撃した 第9独立部隊は敵部隊を撃破しながら進軍していく。

 一見すれば敵は新型兵器である陸戦艇に対処出来ていないようであった。


「簡単すぎる」


 しかし、アベルはそう思っている。


「市内に引き込むつもりでしょう。そこなら要塞砲の射程圏内ですし、この図体では思う様に動けないですしね」


 そう答えたのはタックルベリーという、チョコレート色の肌を持つ軍曹であった。

 所謂、小隊付き軍曹と呼ばれるベテランであり、昔からアベルに付き従っていた男である。


「まぁ、市内に入る前に脚を止めて一度補給を受けようか」

 第9独立部隊には連弩とは別に、“木牛”、“流馬”という2つの陸戦艇が所属している。

 しかし、この2隻は連弩の様な連装砲や収束型メーサー砲は搭載されておらず、代わりに物資の積載量や移動速度を重視した設計となっていた。


 今回、この2隻は補給艇として運用しており、戦闘には参加させていない。

 おそらく、今頃は本国から物資を受け取って補給の為にこちらへ向かっている頃だろう。


 結局、アベルは進軍の脚を止めて兵達に休息を与えた。

 そして、7月6日に補給物資を積んだ、陸戦艇“木牛”と合流。

 補給と修理が完了した7月8日に再び進軍を開始した。


 更に3日後の14時41分、艇内のブリッジにて。

「敵の拠点を制圧しました」

 それはソンハ少尉からの報告である。


 数十分の戦闘を終えて、敵の防御拠点の1つを制圧。

 敵部隊は初めから拠点を守るつもりが無かったかのような、呆気ない戦闘であった。


「それだけ?」

 制圧部隊を率いていたソンハ少尉に直属の指揮官である源明が尋ねる。

 部下の報告に疑問を差し挟まない彼にしては珍しい事であった。


「艇長が言っていたトラップはありませんでしたよ」

 源明は、敵のあまりにも速い撤退振りを見て、放棄した基地内に罠が仕掛けられていると勘ぐっていたのである。


 それは源明も撤退戦を行う際によく使う手であった。

 敵の進行を少しでも遅らせて撤退の時間を稼ぐ為である。


「妙だね」

 敵としてはこちらを市内へ誘い込む算段なのだろうが、それにしたって少しでも時間を稼いで迎撃の準備を整えたいはずなのだ。


「もう既に準備は整ったということでしょうか?」

 副官としての役割を与えられた藤原千代が言う。

 彼女から見ても敵の動きは不審に見えたのだ。


「そんなに上手くいくかな?」

 源明は首を捻る。

 敵は見慣れない兵器と戦闘を行いながら後退しているのだ。 

 そこまで早く迎撃準備が整えられるとは思えない。


 もし、自分が敵の指揮官ならどうするだろう。

 市内と要塞化した山を陣地として、敵が陸戦艇を持ち出してきたら?

 間違い無く陣地内に引き込んで身動きが取れなくなるようにするだろうが、その後はどうするか。


「爆撃かなぁ……」

 源明はそう呟く。

 敵の航空戦力がどれだけか分からないが、爆撃機ならヘリよりも遠距離かつ高度から攻撃が出来るはずなのだ。


「爆撃ですか?」

 千代が尋ねる。

 あまり合点がいかないようだ。


「空軍に協力をしてもらってね。私ならそうする。……ヒノクニは陸海空軍の間で、横の繋がりが薄いからピンと来ないかもしれないけど」


 ヒノクニの軍は陸海空軍でお互いの任務に線引きを行っている。

 極端な話、三軍がそれぞれ独自に動いているようなものなのだ。

 故に陸軍が空軍に、空軍が海軍に協力を依頼する事など、極稀にしか無かった。


 それに対してルーラシア帝国は、上層部のほとんどが皇族ということもあり、三軍よりも皇族に近しいかどうか、極端な話だが血統による繋がりが強いのだ。

 その為に、ヒノクニよりかは三軍間で柔軟な動きが可能であった。

 代わりに派閥問題などが大きかったりするが。


「といっても、ここはあくまで地方での戦闘だからね。来るにしても戦闘爆撃機が多くて3機といったところだろうさ」

「小規模ですね」

「それくらいならCIWSとフレアやチャフなんかで防げるかな。しかし、そこに要塞からの砲撃と、地上部隊の攻撃が加わると……」


 源明がその先を言う前に千代は可笑しそうにクスリと笑う。


「流石に無理ですね」

「だから敵としては我々を射程内に引き込む為に、何も仕掛けなかったと見るけど」


 言いかけると艦橋後方の扉が開く。

 そこに姿を現したのはアベルであった。


「とりあえず、我々はここで一旦進軍を止める事に決めたよ」

 その理由は兵士を休ませる時間を作りたかった事に加えて、源明の予想していた爆撃機による攻撃への対抗手段を用意するであった。










/✽/









 同刻、オクエイ市の防衛拠点ではニック・ダンチェッカー大尉とビーン・ハント大尉が、制圧した廃ビルの1室で状況確認をしていた。


「敵が動きを止めるとマズいことになる」

 ダンチェッカー渋い顔で言う。

「空軍は爆撃機を寄越すのか?」

 紙パックのコーヒー片手にハントが答えた。


「そうだ。戦闘爆撃機が3機こちらへ向かう手はずになっている。だからこそマズい」

 ルーラシア帝国の持つ戦闘爆撃機は、当然ながら戦闘ヘリなどよりも長距離かつ高度から対地ミサイルで

攻撃が可能である。


 しかし、戦闘爆撃機を運用出来る施設、つまり航空基地や滑走路などの類がオクエイ市内には存在しないのだ。

 したがって内地の帝国占領下にある空軍基地から出撃するのだが、その航続距離が問題であった。


 基地から陸上戦艦がいる場所まで遠すぎるのである。

 爆撃が出来てもその時点で燃料を消費してしまい、基地まで帰還するのもギリギリだというのだ。


 つまり連続した爆撃が出来ず、1回爆撃する度に基地へ帰還して補給を受ける必要がある。

 失敗した場合のデメリットは大きい。


「そもそも爆撃機だけで攻撃しても、大した効果はあげられないだろうな」

「何とか射程内に来てもらわないと」


 市街地へ敵を引き込めば、爆撃と同時に要塞からの砲撃、さらに地上部隊と連携して同時に攻撃が可能だ。

 しかし、敵の陸上戦艦は動きを止めている。

 ハントとダンチェッカーは嘆息した。


「頼めるか? ハント」

 ダンチェッカーはこのままだと、同時攻撃は不可能だと考える。

 それならば、こちらから敵に向かうしかない。


 つまり、爆撃と同時にハントの率いる中隊で敵の戦艦に攻撃を行うという事だ。

 地上部隊も一緒に攻撃させれば、あるいは敵を撃退出来るかもしれない。


「状況的にやるしかないだろう」

 ハントもそれに同意した。









/✽/








 7月12日。

 ハントの率いる地上部隊と、帝国から飛び立った戦闘爆撃機が攻撃を開始したのは12時3分のことであった。


「予想済だよ」

 源明はブリッジで1人呟いた。

 地上部隊には大口翔大尉が率いる戦機中隊が迎撃準備を整えていたのだ。


「それじゃ、行くとしますか」

 まるで近所に買い物にでも行くかの様な軽い口調で大口が言う。


 搭乗機は“白鉄丸”。

 鋼丸の改良型で、エース専用機とでもいうような機体である。

 見た目はほとんど鋼丸と変わらない鎧武者にも似た上半身と四脚だが、頭部にはカブト虫の角を思わせる様な通信用アンテナが取り付けられていた。


「さぁ、お出迎えだ!」

 名前こそ白鉄丸だが、ヒノクニ伝統の深緑色に塗装されたその機体は左腕に装備された大型のレーザーカッターを振るって敵のタイプβを撃破していく。


「流石、大口大尉だね」

 ブリッジに上がってきたアベルが大口の活躍ぶりを見て呟く。

「敵部隊は後退しませんね」

 ブリッジ中央の戦況モニターを見ながら源明が言う。


「となると、我々を射程内に引き込むのが目的……、では無いと見ていいね」

 敵部隊はむしろ前進している。

 積極的な攻撃といって良いだろう。

「となると、いよいよ……」


 敵の空爆が行われる。

 アベル達の予想通りであった。


《こちら、チェ・ソンハです。敵の砲撃部隊と接触しました》

《こちらウルシャコフ。同じくだ》


 敵は連弩を攻撃する為に戦機部隊とは別に砲撃部隊も展開してくる。

 先に攻めてきた部隊は囮としての役割もあるのだろう。

 しかし、それはこちらも予想済の事であった。その為に、アベルは源明に指揮下の歩兵部隊を敵の出現予想位置に伏せておくように命令していたのだ。


 砲撃が可能な場所というのは限られている。

 それを予想したウルシャコフとソンハは、ほぼピンポイントで的中させたのだ。


《ただ、厄介な事に護衛の戦機部隊もいます。こちらは歩兵のみですので、このままだと厳しいですよ》


 ソンハが苦々しい声で言う。

 それはウルシャコフが接触した部隊も同じであり、火力と機動性を兼ね備えた戦機を相手にするには歩兵のみでは相性が悪すぎた。


「その為のレーン小隊と、小林小隊さ」

 源明はすぐに小林亜里沙とリリー・レーンにウルシャコフとソンハの部隊救援に向かわせた。


 この2つの戦機部隊はソンハ小隊とウルシャコフ小隊のすぐ後方に控えさせており、いつでも救援が出来るように備えさせていたのだ。

 歩兵部隊と同行させなかったのは、ウルシャコフとソンハの予想が外れて別のエリアに敵が展開した場合、すぐにそちらへ向かわせる為であった。

 これは源明の案である。


「君は野戦指揮が得意みたいだね」

 関心してアベルが言う。

「どうでしょうね。手元の部隊を遊ばせておくのもどうかと思って、展開させたのが偶然上手くいっただけかもしれません」

 対する源明は気が乗らない様子であった。


「でも護衛の部隊は1つもありませんよ?」

 副官である千代が言う。

 源明の指揮下の部隊は全て出払っている。

 これらの部隊は連弩の護衛が本来の役割なのだ。

 それを全て出撃させた為に、現在の陸戦艇は裸も同然であった。


「それも今は心配する必要は無いよ」

 答える源明は余裕そうであった。

 目の前のモニターには亜里沙とリリーの戦機部隊が、それぞれソンハとウルシャコフの歩兵部隊と合流した事を映し出している。







/✽/







「クソっ! 冗談じゃあないぞ!」

 ハントが自機である閃光のコックピット内で声をあげる。

 歩兵による伏兵は予想していたが、すぐに増援で戦機部隊が来るとは思っていなかったのだ。


「砲撃用の陣地を確保したいが、これじゃあ難しいじゃないか」

 連れてきた自走砲には先程から攻撃が集中していた。

 鋼丸を相手にすれば敵の歩兵がこれ見よがしに砲撃部隊へ攻撃を仕掛け、それを防ごうとすれば鋼丸がこちらを狙ってくる。


「爆撃機の攻撃まで、もう少ししかないぞ……!」

 手持ちの部隊で敵の陸上戦艦に砲撃を行っているのは、僅か2個分隊であった。

 それも敵の攻撃を防ぎながら行っている為に砲撃間隔が長く、効果はほとんど認められない。


《こちら、151飛行隊。アルファ・リーダー、5分後に攻撃を開始するOVER》

 爆撃機から通信が入る。

 時間が足りないとハントは歯噛みした。

「こちら42中隊だ。まだ砲撃部隊の展開が完了していないんだ。10分待ってくれないか?」

 10分あれば何とか出来るかもしれないとハントは焦る感情を抑えながら尋ねる。


《出来る訳無いだろう。こっちの機体はJ-114。二線級の機体だぞ》

 パイロットが言ったJ-114とは帝国の旧型戦闘爆撃機であった。

 航続時間が短い事で有名な機種である。


「これは……、どうも参ったぞ……」

 ここまで来るとハントも諦めの感情が芽生えてくる。











/✽/









「敵の戦闘爆撃機です!」

 連弩のブリッジ内、索敵オペレーターの声が響く。

「よし、なら対応Bで」

 源明が短く答える。

 事前から源明は状況に応じて、いくつかの対応方法を考えており、それをクルー全員に徹底させていた。


 すぐにフレアやチャフ、CIWSが何時でも迎撃が出来るように起動する。

 同時に連弩は最高速度で移動を開始した。


《おいおい、アレが目標? 動いているぞ!》

 帝国側の戦闘爆撃機パイロットが連弩を確認すると驚いて言う。

 話では聞いていたが、センサーで確認すると予想より大きかったのだ。

 しかもターゲットは移動している。


「砲撃部隊! 撃てる奴は目標に向かって撃て!」

 ハントは半ば投げやりに命令をする。

 しかし、彼の命令に従って連弩に砲撃を行えた部隊はほとんど無かった。


「ミサイル接近!」

 連弩のブリッジでオペレーターが叫ぶ。

 同時に船体に備え付けられたランチャーからフレアとチャフが打ち上げられ、CIWSから弾幕が張られる。


 連弩に放たれたミサイルは12発。

 更にハントの部隊から砲撃が加えられたが、これは問題にならなかった。

 目標である連弩自体が移動している為に、無誘導の攻撃は意味を成さなかったのだ。


 そして、放たれたミサイルもCIWSの弾幕やフレアによって阻まれる。

 それでも3発が連弩の前方ブロックに直撃した。


「……っ! 被害は?」

 爆発の衝撃で指揮卓に頭を打った源明が尋ねる。


「3階右側のハンガーが全て損傷した模様です!」

 オペレーターが答える。

「それは問題だね」

 陸戦艇の主な機能は戦力の搭載とメンテナンスであると源明は考えている。

 ハンガーが破壊されるという事は、その機能が失われる事なのだ。


「戦闘爆撃機は後退していきます」

「放っておけ」


 戦闘爆撃機は役目を終えた。しかし、艇は移動を止めずにいるので効果は上がらなかったとルーラシア側は考えるだろう。


「よし、敵に攻撃するなら今だね。一転攻勢だ」

 その指示を行ったのは亜麻色の髪を持つアベルであった。

「全速前進、120ミリ砲、収束メーサー砲用意!」

 これで空爆の恐れは無くなった。

 爆撃も効果が薄かったと敵が思えば士気も下がるだろう。

 攻撃をするなら今しかない。

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