83話 陸の船
真暦1084年7月1日。
ルーラシア帝国南西部の制圧地域。ヒノクニとの境界線上に点在する市街地の1つ、オクエイ市。
そこにはデルカ山という小高い山があり、市内一帯を見渡す事が出来た。
当然、ルーラシア帝国はこの山を前哨基地として要塞化している。
ここの守備隊はデルカ要塞の守備隊とオクエイ市の守備隊が存在しており、市街地の守備隊の中にはニック・ダンチェッカー大尉とビーン・ハント大尉がそれぞれ率いている2つの中隊が含まれていた。
これらの部隊は、歩兵、戦機、戦闘ヘリ、装甲車両などの部隊が雑多に混じった混成部隊である。
午前9時23分。
ダンチェッカーとハントの2人が遅めの昼食をとっている時にそれは起きた。
「何? 陸に戦艦……? まだ寝惚けているのか?」
敵の戦艦が現れたという報告を聞いてダンチェッカーが開口一番に言う。
しかし、部下はこれが冗談じゃないという必死な表情で訴えていた。
初めは大袈裟な話だと思っていたが、自らの目でそれが事実である事を確認すると馬鹿みたいに口を開けた驚きの表情に変わる。
「おいおいおいおいおい……! 冗談じゃあないぞ」
同じ報告を聞き、ダンチェッカーよりも早くそれを確認したハントも驚愕した。
戦艦の数は3隻。
それらは戦機を中心とした部隊を展開して、今にも攻撃を仕掛けようとしているのである。
ただ3隻の内、2隻の地上戦艦は途中でヒノクニ本土方面へ向けて引き返してしまう。
「トラブルか……? 何にせよ今がチャンスだ!」
10時45分、戦闘開始。
2つの中隊はすぐに連携して市外にある荒野に防衛線を築いて、敵が展開した部隊の迎撃を試みる。
そして、戦闘開始から約1時間が経過。
「敵部隊後退していきます」
その報告にダンチェッカーは追撃をするか思案した。
しかし次の瞬間、別の兵士が報告の為に駆け込んで来たのである。
「待って下さい! 敵の増援です!」
「なにっ!」
それは厄介な事態であった。
敵部隊は、ある程度時間が経つと後方の地上戦艦に後退していくのである。
それだけなら問題無いのだが、それまで戦っていた部隊が後退すると同時に地上戦艦から新たな部隊が展開されるのだ。
そして、新たな部隊も時間が経つと後退。
先に後退した部隊が補給と修理を終えて、再び戦闘を開始するのである。
「部隊をピストン輸送しているみたいだな。あの戦艦にはそういう設備があるのか……」
普段は冷静なハントもこれには歯噛みする。
この時、既に戦闘が開始されて8時間。ほとんど休む暇も無い。
「なら戦艦を叩く。戦闘ヘリを出せ!」
すぐにダンチェッカーの中隊から戦闘ヘリが出撃。
敵の攻撃を掻い潜り、戦艦へ向けて6発のミサイルを発射。
「駄目だ! 敵の迎撃システムだ!」
しかし、6発中4発のミサイルは戦艦に搭載されていたCIWSに迎撃され、残った2発は戦艦の上空で爆発しただけでダメージは与えられなかった。
「しまった!」
それどころか、戦闘ヘリが敵部隊の放った対空ミサイルで撃墜されてしまう。
「なら、戦機部隊を回すか」
ヘリの攻撃が失敗したと聞いたハントは、戦機を中心とした部隊を編成して地上戦艦へ向かわせる。
日が明けて、7月2日の午前6時30分。
ハントが向かわせた戦機部隊は地上戦艦が位置していた場所に辿り着く。
しかし、既に地上戦艦は移動しており、代わりに対戦機用の地雷が敷設され、更にミサイルを携行した歩兵による奇襲攻撃が待ち受けていた。
「やってくれるじゃあないか……!」
地雷と奇襲攻撃を受けて撤退した部隊の報告を聞いてハントは苦々しい顔で言う。
「司令塔を叩こうと思っても、これが移動するとはな……」
通常、部隊の指揮所は設営や撤収にある程度の時間が必要になる。
特に戦機などのメンテンナンスを指揮所周辺で行うなら、それらの設備を展開しなければならないので尚更だ。
しかし、今回の指揮所は地上戦艦であった。
設営や撤収にかかる時間は少なく、メンテンナンス用の設備を内部に備えているのならば移動するのも容易だ。
というよりも、それが目的で作られた兵器なのだろう。
「どうする?」
中隊指揮所の通信機の前でハントが尋ねる。
通信の相手はダンチェッカーであった。
「敵の戦機や歩兵などの部隊は市内に引きずり込んで叩くしかないだろう」
「市内の建物に隠れて奇襲をすると」
「そういう事だ。それに市内であれば要塞からの砲撃を行う事も出来る」
妥当な策だろうとハントは思う。
「しかし、戦艦はどうする? 報告によれば、アレには大砲が付いていて砲撃支援もするらしいぞ」
確かに戦機を始めとした部隊は市内で戦闘すれば問題無いだろう。
しかし、指揮所である地上戦艦そのものをどうするかだ。
後方から部隊の補給と修理、更に砲撃支援を適時移動しながら行うという厄介なものである。
「戦艦も市内に引き込んでデルカ要塞からの砲撃で沈める。……それしかないだろうな」
あの大きさである。市街地に入れてしまえば移動出来る場所はかなり限定されるだろう。
そこを砲撃すればダメージを与えられるはずだ。
「敵が射程内に入ると思うのか?」
しかし敵も馬鹿じゃない。
わざわざデルカ要塞による砲撃の射程圏内に入ってくるとも思えなかった。
「なら戦闘機で空から攻撃させるさ」
戦闘機ならばヘリよりも高度かつ遠距離から攻撃が出来るはずなのだ。
地上を移動するとはいえ、相手は戦艦である。
ならば、海に浮かぶ戦艦と同じ様な方法で攻略が出来るはずだとダンチェッカーは言う。
「空軍か……」
帝国軍で戦闘機を保持しているのは空軍だけであった。
しかし、戦力の数値として見れば全軍の中で1番少なく、陸海軍の要請があった場合に出動する事が多い。
「もうすでに空軍への出動要請は出してある。確か要塞司令は空軍に知り合いがいたはずだからな」
「間に合うのか?」
「でなければ困る」
この近辺を完全制圧したのはつい最近である。
まだ、空軍用の滑走路などは整備されていないのが現状であった。
その為、空軍に支援要請を行っても、実行されるまでにはタイムラグが生じてしまうのだ。
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7月3日10時24分。
“連弩”内の作戦室。
壁に設置された液晶パネルには各部隊から送られてきたデータが映し出されている。
また、戦況に関する事が書かれたホワイトボードも並んでおり、その隙間には何やら色々書かれているメモが貼り付けられていた。
部屋の中央には同じ様に書類や煙草の吸い殻が詰め込まれた灰皿などが散らかっている長机が置かれ、その周りにアベルを始めとした士官が今回の作戦について話し合っている。
「失礼します」
扉が開き源明が現れる。
そして、作戦室内に充満しているニコチンの鼻をつくような匂いに顔をしかめた。
士官のことごとくが作戦室内で煙草を吸っていたのだ。
天井に換気扇は付いているが、これでは意味が無いだろう。
「あぁ、艇長。どうかした?」
顔をしかめている源明に気付いたアベルが尋ねた。
「大口大尉から連絡です。丸2日、働きっぱなしだから休ませろとの事です」
アベルの手にも煙草が握られている。源明はそれを睨むようにしながら言った。
「分かった。代わりの部隊を編成させるから、少し待つように伝えてくれ」
「ウチの部隊を繋ぎで出しますか?」
アベルの返答に源明が言う。
さり気なく手で鼻を塞いだ。
「どうだろう……。そうなると船の護衛部隊がいなくなるからね」
「現在、敵は後退しています。少しの間なら平気でしょう」
アベルは思案顔になる。
ややあって「分かった。そうしてくれ」と答えた。
源明は「了解」と短く返して、作戦室から出ようとする。
その時である。
ジリリリというけたたましい音がスピーカーから流れてきたのだ。
その場にいた全員が顔を上げて壁の液晶パネルを確認する。
「何だ?」
「艇長! 居住区で火事です!」
駆けつけて知らせたのは藤原千代だった。
「火事? 居住区でか?」
クルーの中にスパイでもいのかと不穏な思考が働き出す。
その場にいた士官達も同じ事を考えたのか動揺した様子であった。
「いや、ボヤ騒ぎです。解決しました。消火用のスプリンクラーが動いたみたいです」
そこへ現れたのは副艇長の城前であった。
「ボヤ騒ぎか……」
作戦室にいた士官をはじめ、源明や千代は大した事が無くて良かったと胸を撫で下ろす。
「どうも寝煙草が原因みたいですね。藤原少尉が走ってから、すぐに連絡がありましたよ」
城前は苦笑を浮かべながら言う。
全く馬鹿らしい話であった。
「だぁっ! 何なんだよ……! 消火用のスプリンクラーには水が使われるんだぞ! 貯水タンクの水の無駄使いじゃないか!」
煙草の臭いの不快さと、居住区のボヤ騒ぎという馬鹿らしい内容に、源明は思わず声をあげた。
それを見た士官たちはすぐに煙草を灰皿に押し付けて自分は関係無いという表情を浮かべて誤魔化そうとする。
「補給は3日後ですね」
千代は先程まで煙草を吸っていた士官達に冷たい視線を送りながら言う。
ここが、キチンとした基地であれば地下水を組みあげたり、近くの河川から水道を引っ張ってくるなどして水を確保するのだが、源明達は陸戦艇に搭乗している。
水は貯水タンクの中にあるだけしか利用出来ず、無駄使いは厳禁なのだ。
「貯水タンクの残りは?」
「調べさせます」
城前はそう言うと、貯水タンクのある後方ブロックへ走って行った。
「寝煙草の禁止令を出さないといけませんね」
「何て馬鹿らしい命令を出さないといけないんだ……」
源明と千代の2人はそんな会話をしながらブリッジへ戻って行く。
作戦室の喫煙者達は、お互いに気を付けようと言いながら再び煙草に火を付け始める。
その後、水の残量は問題無かったが、これまでに何度か居住区で似たような事例が起きていたという報告が届けられた。
これに怒った源明は整備ハンガーに喫煙スペースを設けさせ、他の区画での喫煙を禁止する命令を出す。
喫煙者はこれに不満を持ったが、事実としてボヤ騒ぎが起きた事に加え、陸戦艇の中に関しては艇長である源明の指揮下である為に従わざるを得なかった。
「マスコミが必要以上に喫煙者を叩くから……」
喫煙者側の士官が言う。
「一部のマナーの悪いのがいるから、正しく吸っている我々も被害を被るんだよね」
同じく喫煙者であるアベルも不満そうに答えた。




