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80話 初めての艦内勤務

 真暦1084年3月15日。

 ヒノクニ南部の軍港に源明と千代の2人はいた。

 目の前には“うずしお”と描かれた巡洋艦が停泊している。


「その制服、似合いませんね」

 千代は面白そうに言う。

 名目上は2人とも海軍の指揮下に加わっているので、海軍の制服を着ていたのだ。


 海軍の制服は白を基調とした物に金の縁取りがされているものであった。


「私もそう思う」

 ムスッとした様子で源明が答える。

 丸顔の彼が白い制服を着ると、本来は肥満体型で無いにも関わらず太っている様に見えたのだ。


「君達が陸軍が寄越した士官かな?」

 同じ様に白い制服に身を包んだ壮年が現れる。

 この艦の艦長であった。


「は、小山源明中尉であります」

「藤原千代少尉です」


 源明と千代の2人は敬礼をしながら返答する。


「……まさか、陸軍の人間を預かるとはな」

 そういう艦長の表情は、奇妙な状況に困惑しているようである。

 しかし、困惑しつつも陸軍の事を嫌っている事は間違いない。


「陸軍は我々が海で遊んでいると勘違いしているようだがそんな事は無い。我々は我々で常に命懸けなのだ」


 艦に乗って一通りの説明が終わってから艦長が言った。

 ヒノクニでは、海軍がルーラシア帝国の部隊と戦闘になる事はほとんど無いという風説が流れている。

 そして陸軍の一部はそれを本気にしている者さえいた。


 その理由は、ルーラシア帝国が大陸の内陸部に位置している事にある。

 つまり、帝国は海に面している場所が極端に少ないのだ。

 その為に、帝国の海軍はお世辞にも精強とは言えなかった。

 噂では海兵隊の数が足りないので、陸軍の部隊を借りてくる事すらあるという。


 それらの話が紆余曲折した結果、海で帝国軍と戦闘になる事は稀であるという風説が流れているのだ。


「それはどうかな」

 元アラシア軍の源明はそう思っていなかった。

 確かに帝国海軍は精強では無いが、それでも物資を海上輸送する程度の戦力は持ち合わせている。 

 現に北方戦線などは、冬になると雪で補給路が塞がれてしまう為に海上輸送される事の方が多い。


「しかし当面の敵は……」

 ヒノクニ海軍の一番の敵はルーラシア帝国では無かった。


「海賊だ」

 艦長が忌々しそうに言う。

 源明と千代の2人は艦に乗り込み、出港して早々その海賊船に遭遇していた。


「海賊ですか」

 その割にしっかりとした武装をしていると、海に浮かぶ海賊船を見て源明は呟く。

 その船には機関銃だけで無く、どういう訳か対空砲まで搭載していたからだ。


「大概は脱走兵とかですよ」

 物知り顔で千代が言った。


 早くからルーラシア帝国から独立宣言を行ったヒノクニと、それを容認しないルーラシア帝国との戦争は既に200年以上は続いている。

 比較的、新しく帝国から独立したアラシア共和国でさえ50年以上は戦時下にあるのだ。


 当然、各国の軍の中には数多くの脱走兵も現れる。

 それらは個人単位だけでなく、部隊単位で脱走するという事も珍しくない。


 そういった者達が海に逃走して集まった結果、海賊となったのである。


「陸でもある話だけどね」

 腕を組んで源明が答えた。

 窓の外では海賊船との銃撃戦が繰り広げられている。


 こうした話は大陸内でも聞かれた。

 大陸にある各国の境界線の中には中立地点や、何処の国にも属さない、あるいは統治出来ずに無法地帯となっている場所もいくつか存在する。


 そういった場所には現地に住んでいた者達だけでなく、軍からの脱走者や国を追われた者達が集まっていた。


 しかし、それ故に何処の勢力にも属さない為、国を超えて様々な情報や物資が渡ってくる。

 そうした場所は各国の内情をやり取りされることも多く、意図的に統治されていない地域もあった。


「さて、これより敵船の制圧に入る訳だが……」

 艦長が言う。

 気付けば敵船からの銃撃は止んでいた。

 いよいよ、船に直接乗り込んで制圧しようという訳だ。 


「君が制圧部隊の指揮を執ってみるか?」

 艦長は意地悪い笑みを浮かべて源明に尋ねる。

 突拍子も無い話であった。

 本気で言っているのかと源明は艦長の顔をマジマジと見る。


「まぁ……、3個分隊ほど貸して貰えるなら」

 源明は元々戦機のパイロットであるが、歩兵の指揮を執った経験も無い訳ではない。やってやれなくはないだろう。

 幸いな事に藤原千代という優秀な部下も付いている。

 何よりも、こちらから断るのも癪であった。


「……冗談だ。既に部隊は編成済みだ」

「それは残念」


 艦長はそういう源明の態度が気に食わなかった。

 その後、15分程で海賊は鎮圧された。







/✽/







 艦に乗り込んで数日。

 この間、2人はウンザリする密度の座学と実地訓練を行っていた。

 

「やはり、私達は嫌われているようだね」

 源明は千代に連れられて甲板上にいた。

 目の前には青空と青黒い海が広がっている。

 座学が苦手な彼は千代のフォローが無ければ、今頃この海に向かって投げ込まれていたかもしれない。


「……そうかもしれませんね」

 源明の横で千代はしゃがみ込んでいる。

 顔色が悪い。


「医務室へ行く?」

「いえ……、大丈夫です。ちょっと失礼します……」


 千代はよろよろと立ち上がり甲板の縁に捕まると上体を海へ乗り出す。

 そして吐いた。

 船酔いである。


「分からないな……。戦機で酔わない人間がどうして船酔い出来るんだ?」

「あれは自分で動かすものですから……!」


 何となく口にした源明の疑問に千代は律儀に答えると、再び海に向けて嘔吐する。


「済みません……。こんな所を……」


 他人に見せる様なものでは無いし、見られたくなかったと千代は思う。

 しかし、艦のクルーに見られたら、情けない陸軍士官だと嘲笑されるだろう。

 そうなれば千代だけで無く、源明も同じレッテルを貼られるかもしれない。

 それに比べれば源明に見られた方がマシである。


「構わないよ」

 そう答える源明は、その内に自分達が乗るであろう陸上戦艦は船酔い等は大丈夫なのだろうかと考えていた。


「あとどれくらい……」

 この艦に乗ってれば良いのだろう。

 千代は座学よりもそちらの方が問題であった。

 物事に集中している時は酔わないのだが、気を緩めるとこれである。


「すぐ慣れるさ」

 源明は能天気に言う。

「そうですか……」

 この時ばかりは他人事の様に振る舞っている源明を恨めしく思った。

 今日の教練内容を後でみっちり叩き込んでやろうと考える。


「……今日の夕食はなんだろうね?」

「ウェッ……! よく食べる気になりますね……」


 人が吐いている横で何故夕食の話を持ち出すのだと千代は源明に視線を向けた。

 一度殴ってやろうか。


「海軍の飯は本当に美味いからね」


 教練の厳しさは源明にとって最悪だったが、食事に関しては来て良かったと思っている。

 ヒノクニ海軍の食事が良いことは噂で聞いていたが、事実は噂以上だったのだ。

 味、量、質、バリエーション。

 どれも満足のいくものであった。


「アラシア陸軍の携帯糧食はコンソメかビーフ味のペーストだったからなぁ……」

 あれは美味くなかったし、食事の楽しみが全く無かったと源明はしみじみと思う。

 懐かしくはあったが、もう一度食べたいとは思わない。


「……!」

 その横で千代は胃の中の物を海に向けて吐き続けていた。

「後で私の酔い止めを渡そうか?」

 それは艦に乗る前にウルシャコフ少尉から貰っておくようにアドバイスされた物である。


「はい……、いいえ。中尉の分が無くなりますので」

「私には必要無いよ」


 源明は、海が荒れて波風が激しい日も「揺れるな」などと面白がって笑っていたのだ。

 船酔いとは縁の無い人物なのだろう。


「中尉は海軍の方が向いているのかもしれませんね……。あぁ……、やっぱり酔い止めは頂きます」

「どうかな……? 技術的な事は苦手でね」


 陸軍に比べると海軍は技術屋な一面が強い。

 それは船という1つの物を動かす為に、陸軍よりも明確な役割とそれを行うための技術が求められるからだろう。


「私は早く陸に戻りたいです」

 千代が立ち上がって言う。

 ようやく落ち着いてきたようだ。


「それは私も同じだよ。いい加減にこの景色と教練にも飽きてきた」

 しかし、2人が全ての教練を終えて艦から降りたのは6月22日であった。

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