8話 戦闘開始
《アレク、少し良い?》
工場に向けて移動する戦機の中。サマンサ機からのプライベート回線に気付き、アレクはそれに繋ぐ。
本来なら軍規違反だが、隊長であるトールはそこまで気の回る人物では無く、例え気付いても気に留めるようなことも無い。
「何だ?」
「トールは私達が工場を手早く奪還すれば、味方の部隊は助かるって言ってたけど……。多分、それは無いわ」
「……どういうことだ?」
「私達の後を追ってきたのは第2分隊を中心にした部隊。あの部隊……、確かに私達よりも経験はあるけど士気も低いし、お世辞にも腕が良いとは言えないわ」
アレクは冷静に思い返す。
サマンサの言う通りに第2分隊や、それに連なる分隊の士気は低い。パイロットとしての技量は低いという訳では無いが高いとも言えない。
例え数が同じでも敵のエースパイロットを中心とした部隊と正面から戦闘になった場合、果たしてどれだけ持ち堪えることが出来るのか。
「トールはその事に気付いているのか?」
「彼の口振りから気付いている……。というより、最初から期待していないでしょうね」
「気に入らないな」
「でも、そうしなければ私達が各個撃破されるのは間違い無いわ」
アレクは小さく舌打ちをする。
「トールは私達が思っているよりもリアリストなのかもね」
確かにサマンサの言う通りであるとアレクは思う。
考えてみれば、トールが軍に志願した理由だって後に徴兵されて自分に向いていない部署に配置されて戦死してしまうのが嫌だったからだ。
結果はともかく、現実的な考えのもとで彼は行動している。
「しかし、何故そんな事を俺に?」
「理解出来ても納得出来ない事ってあるでしょ?」
「……まぁな」
アレクはコントロールパネルに視線を落として目標地点に近付いた事を確認してプライベート回線を切る。
「ま、茂助が聞けばアイツはトールに従わないだろうけどな」
誰に言うでも無く呟くと、オープン回線から声が聞こえた。先行したヒノクニ軍の兵士のものである。
《奴らはこっちの動きに気付きつつある。準備が整わないうちに仕掛けろ》
李・トマス・シーケンシー率いるルーラシア帝国軍が制圧したレアメタル精製工場を奪還する為にヒノクニと合流する事になったのたが、その作戦は大雑把なものであった。
まず、トール率いる第4戦機分隊が一番槍として工場に突撃。
アベル率いる歩兵部隊がその背後から援護と撹乱。敵がそれらに気を取られているところを、後方からアベルが待機させている部隊が奇襲を仕掛けるという算段である。
「多分、ヒノクニは少数の工作兵で発掘兵器のみを奪うつもりだったんでしょうね」
サマンサが自分の考えを言う。
「ところが、俺達が現れてそうもいかなくなった訳だ」
ざまあみろと言うようにアレクが嘲笑を交えながら答えた。
森の木々を抜けた先にフェンスが見えてくる。
トール達の乗った戦機、アジーレは右腕に持たせたアサルトライフルを構えた。
4機の戦機がフェンスに当たり、それを引き千切って進む。
先頭にいたアレク機が左腕を払い、引っ掛かっていたフェンスを剥がすと同時に目の前にいた敵軍の装甲トラックに向けてアサルトライフルを撃つ。
爆発と同時にそれまで消えていたサーチライトや照明が工場の広場や駐車場などを照らし、何人もの兵士が慌てた様子で姿を見せた。
そこへ2機のアジーレがアサルトライフルを放ち、生身の兵士を四散させる。
サマンサ機とトール機であった。
「生身の相手によく撃てますね」
茂助が憮然として言う。
戦機の持つアサルトライフルの弾は歩兵の持つそれの倍以上の口径があるのだ。
生身で直撃しようものなら、それこそ身体が爆発四散するだろう。
「アジーレの装甲も当たり所によっては歩兵の銃火器でもやられるくらいに薄いんだ」
トールは冷静に答えるが、その声は震えていた。
「それは分かってますよ」
過去に茂助は敵の軽機関銃の射撃をコックピット部に受けた事がある。
弾丸は装甲を貫通してそのまま左モニターを破壊した。
もし、弾丸がモニターで止まらなければ茂助の頭を貫いていただろう。
戦機の装甲というのはそれ程に薄いのだ。
茂助が過去を思い出した瞬間、10メートル程先にある土嚢を積んで作られたバリケードが見えた。その上には中機関銃が設置されており、小気味良い銃声を連続させて4機のアジーレに射撃を開始する。
ガツンという音がアレク機のコックピット内に響く。
「ええい!」
舌打ちを交えてアレクが声をあげた。
敵の撃った弾丸が機体の何処かを貫通したようである。
「動けるな」
被弾したが機体が動けることを確認すると、アレクも照準を合わせて敵の中機関銃と射撃手を撃つ。
敵もこちらも持っている武器が違うだけで、お互いに相手を殺すことが出来るのならフェアだろうと思う。
その考えはアレクに容赦の無い攻撃行動をとらせた。
アレク機は分隊の先頭に出ると、縦横無尽に動き周り右腕のアサルトライフルを撃つ。
その度に敵の中機関銃や装甲トラックを破壊していった。
撃ち漏らした敵は茂助とサマンサが処理していく。
「歩兵戦闘車、邪魔な奴が来た!」
倉庫らしき建物の中から幾人かの装甲兵を連れた歩兵戦闘車がその姿を現した。
「撃たせる前に潰す!」
アレクは叫んで自機を歩兵戦闘車正面に突っ込ませる。
次の瞬間、アレク機は左腕を振り上げシールドの先端部分で歩兵戦闘車を斬り付けた。装甲は引き裂かれ、それにより生じた孔に向けてアサルトライフルが撃ち込まれる。
撃ち込まれた弾丸の衝撃で車内の弾丸が爆ぜて炎上した。
アレク機が離れた瞬間、歩兵戦闘車が周りの兵士を巻き込みながら爆発する。
「自分達が生き残るためとは言え、こうも簡単に人が死んでいくのを見るのは愉快では無いな」
アレクが敵を倒す様を見ながらトールが呟く。
おそらく、アレクが倒した者達のほとんどは徴兵によって集められた民間人であろう。
ルーラシア帝国は軍国主義的な教育と、アラシア共和国以上に厳しい徴兵制により、正規軍人よりも徴兵によって集められた民間人の方が多いという話をトールは思い出す。
「戦機!」
そんなトールの思考も通信機から聞こえたサマンサの叫び声で中断された。
3機のタイプβが分隊の後方に現れたのだ。
サマンサ機が振り返り、僅かに遅れてトール機もそれに倣う。
「後方!」
肝を冷やしながらアレクが叫ぶ。
サマンサはまだしも、トールの腕では撃墜される可能性の方が高いからだ。
「茂助! サマンサ!」
トールを守れという意味を込めて2人の名前を呼ぶ。
本来なら自分が向かいたかったのだが、彼らから1番離れていたのに加えて、自機の正面にもタイプβが1機現れたのだ。
敵のタイプβがトール機とサマンサ機を射程に捉える。
それと同時であった。
3機のタイプβをギリースーツを着た歩兵が囲い込み、それぞれがロケットランチャーを撃ち込んでこれらを撃破したのである。
《我々は捕虜の解放に向かうよ》
通信機からアベルの声が聞こえた。
「助かりました……」
ややあってトールが答える。
アベルと思われる影は左腕を振って返答した。
「……私達は発掘兵器を確保した方が良いんじゃない?」
アベル達が通り過ぎ、全機が無事である事を確認しながらサマンサが提案する。
「それもそうだな。アレク、場所は分かるか?」
「俺達が写真を撮った場所から少し離れているからな……。あの建物の位置は……。あぁ、大体の見当はつく」
トールに尋ねられて、アレクは携帯ゲーム機に撮った写真を表示させながら答えた。
「カメラなんか持ってたの?」
写真を撮るという言葉を聞いてサマンサが装備品にカメラがあったのかと思い出しながら尋ねる。
「いえ、カメラ付きの携帯ゲーム機ですよ」
それに答えたのは茂助だ。やや呆れたような口調である。
「物は使いようね」
サマンサはこんな時までゲーム機かとアレクに呆れつつも、カメラの代わりにするという使い方に感心した。
「着いてきてくれ。ヒノクニよりも先に発掘兵器を確保するんだろう?」
アレク機が走り出した。
「ここを制圧したけど、その代わりヒノクニに発掘兵器を取られたなんていうのは面白くないわ」
そう言ってサマンサ機が続く。
「政治、なんですね」
茂助が呟く。彼は元々ヒノクニからの移民者である。
自分が住んでいた国を相手にこういった事になるのは気分の良いものでは無い。
「戦争って、国同士の事だからね。政治的な事もあるだろうさ」
トールが知った風な事を言う。
彼自身はここにいる全員が生き残れれば良いのであり、発掘兵器の所有権や工場の制圧などはどうでも良かったのだ。
「それでも立場というのがあるからこんな事をしないといけない」
ただ、生き残るだけならドサクサに紛れて逃げ続ければ良いのだが、軍人である以上はそうもいられない。
逃げ続けた先にロクでも無い目に合うのは分かりきっている。