78話 再会、藤原千代
真暦1083年12月2日。
テノタイ市ではアラシア軍と、そこへ侵入してきたルーラシア軍との戦闘が続いていた。
お互いに増援を送り、一進一退の攻防が繰り広げられている。
それは源明が率いる第3小連隊も例外では無く、以前の戦闘を終えてから様々な地域に呼び出されては戦闘を行っていた。
「黒鉄丸?」
そんな中で破壊された源明の新しい機体が届いたのは、昼食の最中である12時を過ぎた頃である。
「珍しいものが出てきましたな」
ウルシャコフ少尉が紙パックのコーヒーを啜りながら言う。
「懐かしいな。自分が曹長だった頃に乗った事があるよ」
トールは握り飯を片手に答えた。
黒鉄丸。
それは戦機の中では珍しい複座型の機体である。
鋼丸と同じ鎧武者の様な外見であったが胴体が後方に延長されていた。
鋼丸よりも高性能なセンサーや通信機器、戦況分析用のコンピューターが搭載され、移動と戦闘が可能な簡易指揮所として運用出来る様に開発された機体である。
つまり搭乗員の片方がパイロットで、もう片方が指揮官として乗り込むのだ。
「曹長の頃に? これが配備されるのは尉官以上ですよ」
訝しむようにウルシャコフが言う。
この機体に乗って指揮を執るのは小隊長クラスの指揮官である。
「他に機体が無かったんだよ。それに、訳あってその時は准尉待遇だったからね」
ジョッシュ要塞にいた頃の話である。
懐かしいものだと源明は目を細めた。
その後、ウルシャコフの訝しむ視線を見止めると喋り過ぎたかと思う。
「しかし、こいつは2人乗りだ。パイロットはどうしよう?」
源明は話題を切り替える。
この機体はパイロット席、指揮官席のどちらからでも操縦が出来るが、指揮を執りながら操縦するのは流石に無理であった。
「あぁ……、それなら新しいパイロットが」
ウルシャコフが口を開く。
それと同時に源明は背後から来る足音に気付く。
「お久し振りです。小山源明中尉」
その声に振り返ると、そこには卵をひっくり返したような形の頭に整った目鼻立ち、豊かな黒髪を後ろで引っ詰めた美人が立っていた。
「藤原千代少尉、本日から第3小連隊にパイロットとして着任します」
藤原千代。
彼女は源明がトールと名乗っていた時に、ジョッシュ要塞で一時的な部下として指揮下に配属されていた人物であった。
その意外な人物の登場に源明は目を丸くして驚く。
「アベル・タチバナ少佐から話は伺っております。また、よろしくお願いしますね」
しかし、かつて見知った顔である彼女が来たことに安堵感を覚える。
しかも、彼女は有能だ。
「そうか……。貴女が……」
彼女はアベルにかなり近い距離の部下であった事を思えば、今回の事も全て知っての事だろう。
「お目付け役……、ですかな?」
ウルシャコフは胡散臭い物でも見た様な言い方をする。
彼女を知っているかの様な言い回しであった。
「知っているのか?」
源明が尋ねる。
「アベル少佐の部下には色々と訳アリの人物も多いですからね」
それは事実なのだろうが、彼女を知っているかという質問の答えにはなっていなかった。
「彼女は少佐の腹心ですよ」
源明の視線に気付いたウルシャコフは言葉を続ける。
「彼女は信頼出来るし優秀だよ。……お目付け役というのは否定しないが」
お目付け役というのはおそらく事実だろう。
ウルシャコフの態度を見るに、彼もまた目を付けられる心当たりがあるようだが、今回は自分の監視である事は間違いない。
「……中尉にも思い当たる節が?」
ウルシャコフの言葉に源明は再び喋り過ぎたかと顔を強張らせる。
「源明中尉とは昔からの仲なんです」
千代はククっと笑いながら言う。
それは彼女のフォローなのかもしれないが、それよりもからかわれた様な気がして源明は少しムッとする。
「昔からの仲、ねぇ……」
ウルシャコフは目を細めて2人を見比べた。
そういう風には見えないがと思う。
「中尉、小林小隊が敵と接触して交戦状態です」
ややあってから通信兵が駆け付けてきた。
「小林小隊……」
「Fブロックですな」
亜里沙の率いる部隊は敵の防衛陣手前まで接近させている。
そこは、かつて市街地だった場所であり、攻撃拠点とするのには都合が良かったのだ。
本来はここで一度様子を見て攻撃をする予定だったのだが、敵に動きが知られてしまったのである。
「行きましょう」
藤原千代が黒鉄丸の準備は出来ていると言う。
「性懲りも無く、また出るんですか?」
前回、源明の乗る機体は撃墜寸前まで追い詰められていたのだ。
実際、彼のパイロットとしての技能は低い。
ウルシャコフは源明が出撃する事を快く思っていなかった。
「今回は私がパイロットです」
涼し気な顔で千代が言う。
「そうなるか。実際、どんな具合かは見ておきたいしね」
ウルシャコフの言わんとする事も分かるけどと源明は苦笑を浮かべて答える。
「準備出来ました」
いつの間にか黒鉄丸に乗り込んだ千代がコックピットハッチから頭だけ出して言う。
源明は頷いてコックピットの後側の席へ座る。
ハッチが閉まり、コックピット内が完全な暗闇になると、メインカメラからの映像を映す3面モニターと、指揮官席の戦況データが映し出される液晶ディスプレイの明かりが源明と千代の顔を照らし出した。
「気を付けて下さいね。トール・ミュラー少尉は戦死しています。今、ここにいるのは小山源明中尉なんですから」
千代が言う。
世話の焼ける人物だという口振りであった。
「分かっているけどね」
そう簡単に別の人物にはなれないと思いながら源明は答えた。
「まぁ、ウルシャコフ少尉は問題無いですけど。チェ・ソンハ少尉には気を付けた方が良いですよ?」
「チェ少尉?」
源明はチェ・ソンハの丸眼鏡を思い出す。
「彼は野心家で頭も切れます。中尉の事が明るみになれば何をするか分かりませんよ?」
「そうかな」
確かに、頭の切れる人物であると源明も見ている。
しかし、野心家というには覇気が無いとも思っていた。
むしろ重箱の隅をつつく様に、規律違反を探して指摘するタイプでは無いだろうか?
そんな事を考えながら、源明は目の前のディスプレイを見る。
そこには各部隊から送られてきた情報や小林小隊の戦闘状況が映し出されていた。
《小山中尉、聞こえますか?》
突如として通信が入る。
それは今まで話題にしていたチェ・ソンハ少尉からのものであった。
源明は通信位置を確認すると、彼は本来配置されていた場所と違う所から通信をしているようであった。
「ん? 何でそんな所にいるんだ?」
《命令違反は承知です。しかし、小林小隊と戦闘している敵部隊を倒す方法を思い付きましたので》
「へぇ」
源明は機体を操作しながらこちらへ視線を向ける千代に気付いた。
その視線はソンハの提案を断るよう告げていた。
「確実に勝てるのか?」
源明は千代を無視して尋ねる。
《このタイミングならば》
ソンハの声は一定の高さであり、そこから彼の感情は読むことは出来ない。
「こちらの損害は?」
《上手く行けば弾薬費だけで済みますよ……。出来ればシャワーを用意して欲しいですけど》
シャワー?
源明は首を傾ける。
「んー、シャワーね。分かった、やってくれ」
まるで子供に使いでも頼むような軽さで源明はソンハに言った。
《了解です》
そう言い残して通信が切れる。
源明はパイロット席を見下ろすと、千代は目の前の3面モニターに向いており、その表情を見る事は出来なかった。
しかし、彼女の無言の警告を無視したのだ。
機嫌が悪くなったのは間違いないだろう。
「信用し過ぎですよ」
呆れた声で千代が言う。
そこに不機嫌な様子が無い事に源明はホッとした。
「危ないと思う?」
野心家かもしれないが、危険な人物ではないと思う。
「彼が曹長だった時ですが」
「ん?」
「チェ少尉の当時の上官だった人物が戦死しています。……どうも彼が手引きしていたみたいで」
「その戦死した上官は優秀だった?」
「はい。いいえ、部下と揉め事を何度も起こしていたと記憶しています」
源明の言葉が止まる。
そして、数秒して口を開いた。
「その上官がどういうのか知らないが、評判通りであれば私もそうしたかもしれないね」
これまで明確に無能な上官の下に就いた事が無かった為、実行した事が無かったが、同じ状況なら自分も彼と同じ行動をしただろうと源明は言う。
「そうですか?」
しかし千代は源明がそういう人物には見えなかった。
そもそも、彼を悪く扱う者がいれば彼の部下が動くのでないだろうか?
この人物は何故か部下に好かれる人柄だと千代は評価している。
事実、彼が憲兵に拘束された時に、源明を助けようと部下の者達が動いたのを目にしていた。
「それにしても、チェ少尉がどんな方法をとるか確認くらいはするへきでは?」
ソンハは敵を倒すと言ったが、その方法までは言っていない。
源明はそんな事を全く聞かないで、許可を出したのである。
「あ」
言われてその事に気付く。
「だから部下が好き勝手するんですよ」
改めて彼の部下達を思い出して、千代はそれを可笑しく思いクスクスと笑った。




