76話 敵の侵入を防げ
「やはり、その程度だったか……」
源明が撤退するという連絡を聞いたチェ・ソンハ少尉は思った。
所詮はコネで中尉になった人物だと源明を評価する。
わざわざ撤退しないでも、周りの中隊に援軍を要請して持ち堪えれば良いと考えたからだ。
「しかし、命令である以上はやらなくては」
源明が撤退時に与えた命令通りに、機銃や迫撃砲を川岸へ1列になるように配置させる。
対岸から橋を渡ろうとする敵を攻撃する為であった。
「少尉!」
自身の部下が慌てた様子で走ってくる。
「何か?」
それに対してソンハは落ち着いた口調で答えた。
指揮官たる者、常に冷静でいなければならない。
「玉堂中隊から増援要請です!」
それはすぐ隣のエリアに配備された部隊であった。
他のエリアにも敵部隊が現れた事にソンハは内心で驚きつつも、それを見せまいも一度嘆息する。
「こちらも敵と交戦中、増援は出せないと伝えろ」
「了解」
しかし、そう答えた部下は何か言おうとするのを躊躇っているようであった。
「まだ何か?」
「……どうもこの辺り全域に敵襲があったみたいで」
部下が言い淀みながら答えた。
「ああ……」
それは何処に増援要請をしても駄目だろうなとソンハは思う。
そうなると、我らが隊長はそれを読んで撤退を指示したのだろうか?
だとしたら大したものだとソンハら評価を改める。
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「いや、敵の進軍ルートを絞った方が防衛しやすいと思ったからだよ。他のエリアに対する攻撃なんて読める訳無いって」
ソンハ少尉の元へ辿り着いた源明はそう語り、評価し直した当人の顔を曇らせる。
「敵部隊接近してます。射程内まであと1分」
ウルシャコフ少尉が告げる。
こうしてはいられない、部下達が動き始めた。
「しかし、他のエリアも攻撃を受けているなら増援は期待出来ないか……」
源明は呟く。
地の利はあるかもしれないが、敵の数が上回っているので期待は出来ない。
そんな事を考えていると敵の姿が対岸に影となって見えてきた。
「射撃用意!」
ソンハ少尉が命令する。
「よし。敵が橋の半分に来たと同時に、橋を爆破してしまおう」
名案だと言わんばかりの顔で源明は宣言する。
その言葉に、ウルシャコフやソンハは目を丸くして源明を見た。
「我々は鉄橋の防衛が任務ですよ?」
気でも触れたかとソンハが言う。
「それは違うね。正確には敵の侵入を阻止することさ。橋はそんなに重要じゃない」
「この橋は我々が帝国に攻め入るのにも使います」
「この橋だけが我々の侵入ルートという訳でも無いだろう?」
源明は大した事は無いという風に堂々と言った。
同時に銃声と砲音で作られた戦場音が鳴り響く。
戦闘が再び開始されたのだ。
「小山中尉の言う通りだな」
腕を組みながらウルシャコフが言った。
不敵な笑みを浮かべている。
「現在、敵は各地から侵攻してきている。こちらへ入ってくる敵の数は少しでも減らしたい」
今までの通信などを分析すると敵は本気でこの地域を占領しようと考えているのだろう。
「それならばここの橋を破壊して敵の侵入を防ぎ、その間に他のエリアへ支援に行く方が良いかもしれん」
何もここだけがお互いの侵入ルートでも無いのだとウルシャコフは言う。
「了解しました」
やや不満に思いながらソンハ少尉が言う。
自分に与えられた橋の防衛という仕事は達成出来ないが、大局的に見ればウルシャコフの言う事は正しいだろうと判断する。
「敵部隊、橋に侵入しました!」
その声を聞き、こうしてはいられないとソンハ達は戦線へ向かう。
「半分に差し掛かったら橋を爆破しろ!」
源明が指揮官らしく叫ぶ。
「このスイッチです」
ソンハはすぐに爆破用のリモコンを源明に渡した。
河を挟んで敵味方が射撃戦を繰り広げ、橋には2脚型の戦機である閃光が進みつつある。
それを防ごうと鋼丸が盾を構えながら射撃を行っていた。
「そこの戦機は下がれ!」
源明は通信用のヘッドセットに向けて叫ぶ。
それが聞こえたのか橋の先にいた鋼丸は射撃を続けながら後退、敵の閃光は前進して、その後ろをタイプβが付いて行く。
「今だな」
それらの敵部隊が橋の半分程に差し掛かったと同時に源明はリモコンのスイッチを入れた。
同時に橋桁に仕掛けていた爆薬が爆発、敵を巻き込みながら橋は崩れ落ちていく。
その高さはおよそ10メートル。
落下した敵の戦機は、その衝撃と瓦礫と化した橋に押し潰されて爆発四散した。
対岸の残敵も橋を破壊されるのは予想外だったのか動きが鈍くなる。
「撃て」
ソンハはそれを見逃さず、残敵に集中砲火を浴びせるよう命令する。
各機関銃や迫撃砲、戦機などは河を挟んだ敵に向けて攻撃を行った。
「敵部隊撤退していきます」
橋を破壊されては仕方がないのだろう。
敵部隊は順次後退していき、5分もしない内にその姿を消していた。
「さて、問題はここからだ」
源明は各部隊へ兵装の修理と弾薬の補給を命じると、破壊された橋から500メートル程後方の小隊指揮所へ向かう。
そこは簡単なプレハブ小屋であったが、大隊本部があるインハイ駐屯地へ通信が可能な通信機が置いてあるのだ。
《そりゃ、橋を破壊すれば敵の侵入は防げるけどね》
報告を受けたアベルは通信機越しに呆れた声で答えた。
「他に方法はありませんでしたよ」
敵の数は多い。増援は期待出来ない。
それなら致し方ないと源明は言う。
「何にせよ他のエリアにも敵部隊はいるのでしょう?」
《そうだね。君が周りに通信したおかげで一部の部隊は事前に対応出来たみたいだけど》
源明は片眉を上げる。
新入りの中尉が言う事をマトモに取り合う中隊長がいたことに驚いたのだ。
《とりあえず、君たちは紫宮中隊の援護へ向かってくれ》
「救援要請があったのは玉堂中隊ですが……」
それは要請があった中隊とは反対側のエリアの部隊である。
《あそこは大口中隊が救援に向かったよ》
それは大口翔というアベルの部下であるエースパイロットが率いる部隊である。
源明もトールと名乗っていた頃に何度か会ったことがある人物だ。
「了解。なら紫宮中隊の援護に向かいます。……と言っても出せるのは2個戦機小隊ですけど」
敵がいなくなったとはいえ、全ての部隊を出す訳にはいかない。
まだ戦闘が続いている以上、この場所も前線であり、万が一の事も考えなければならないのだ。
《それで充分と思いたいね》
敵の規模は未だによく分からない。
そんな考えが通信機越しの声から感じられる。
「小林少尉、レーン少尉に10分後に出撃と伝えてくれ」
源明は側を通りかかった部下にそう命じると通信機のスイッチを切る。
そして、自機が破壊された事を思い出して予備の機体を用意する為に整備班の詰め所へ向かった。




