75話 接敵、第3小連隊
真暦1083年11月24日11時24分。
いよいよ冬に差し掛かり、冷たく乾燥した風が吹く中である。
小山源明中尉率いる第3小連隊。
その指揮下に所属する戦機のみで構成された第3小隊は敵部隊の接近を確認。
何時も通りにルーラシア帝国の主力機として使われているタイプβかと思われたが、センサーで機種を確認したら機種名“閃光”の表示が映ったのである。
いつもと違う機体が現れた事を訝しく思った、小林亜理沙は自ら自機の鋼丸に搭乗して確認に向かう。
「斥候を出してみたら出来損ないみたいな2脚型なので驚きましたよ」
初めて見た2脚型の戦機に亜理沙はやや興奮気味で言う。
《何時ぞやの新型だな》
対する源明は通信を受けて冷静に答えた。
「知っているのですか?」
《一度だけ見た事がある。見た目通り、装甲は薄いけど運動性は高い。なるべく接近戦は避けて交戦してくれ》
「了解」
そう答えた時、小林小隊は既にルーラシア帝国の閃光が複数機で構成されている部隊と交戦状態になっていた。
「運動性が良いと言っても鋼丸だって負けないけどね」
自機の鋼丸に乗り込んだ亜理沙は呟いて目の前の新型へ向かう。
「嘘! いつの間に?」
しかし、次の瞬間には正面から左側面に回り込まれてしまう。
源明の言う通り馬鹿に出来ない運動性であった。
「くっ!」
閃光の持つサブマシンガンが火を吹き、同時に亜理沙機は左下腕に装備された盾を構えてこれを防ぐ。
「ちょこまかと!」
亜理沙機は右腕に装備させたアサルトライフルを構える。
しかし、接近戦だと重量のあるアサルトライフルでは取り回しが遅く、構えた時には既に敵機は射角外へ出てしまっていた。
「各機、敵機から距離を取れ! 近接戦闘に持ち込まれると厄介だ!」
亜理沙は部隊へ向けて通信を入れながら自らも敵の閃光から距離を取ろうと後退させる。
/✽/
同じ頃、源明は自機の鋼丸を起動させて小林小隊の所へ向かおうとしていた。
それを見たウルシャコフは驚きながら口を開く。彼も亜里沙と同じように、源明自ら出るとは思っていなかったのだ。
「中尉自ら出るのですか?」
「そうだ。実際に見てみないと状況が分からないし、少尉の言う通りに何であんな物が出て来たのかが気になるんだ」
閃光が現れたと報告を受けた時に、源明とウルシャコフの2人は「はて?」と首を傾けた。
ルーラシア軍が使っている戦機は通常であればタイプβなのだ。
だが、今回は違った。
勿論、ルーラシア帝国はタイプβ以外の戦機も何種類かはある。
しかし、それは全てタイプβから派生した機体であり、どれも旧式である。
しかし、今回現れたのは最新鋭機とされている閃光であった。
現状、この機体が確認されているのはソーズ地域の一部のみであり、使用されているのも攻勢作戦などの先鋒部隊である。
ただの偵察で使用されるはずの無い機体なのだ。
「これは何かありますな」
ウルシャコフは無精髭の生えた顎を擦りながら言う。
「そうだね」
当然ながら源明も同意した。
それが何を意味するのか、源明はまず実際に戦線に赴いてそれを確認しようと思い、自ら出撃する事に決めたのである。
実際に自分で前線に立とうする辺りは、パイロット上がりという性質からくるものなのだろう。
腕前に関してはあまり良いとは言えないが。
それでも源明の行動はウルシャコフにとっては好意的に映った。
士官の中には前線に立とうとせずに、後方から指揮を執る者は珍しくない。
全体的な戦局を見るという点においては正しい事なのだが、それに拘り過ぎて現場の状況が見えなくなり、実際に戦う兵士との意識が剥離してしまうという事がよくあるのだ。
「とりあえず司令部へ連絡。……それと他の中隊にも警戒する様に連絡しておいてくれ」
源明は通信士に声をかける。
「……? 他の中隊にもですか?」
通信士は首をかしげて尋ねた。
少し大袈裟ではないかと思ったのだ。
「念の為だよ。他の部隊にも何かあるかもしれないからね。まぁ、何もないならそれに越した事は無いけど」
もっとも、どこから降って沸いたかも分からない中尉の言う事をマトモに聞く者がいるとも思えない。
源明はそんな事を考えながら答えた。
「ウルシャコフ少尉にも来てもらうよ。第1歩兵小隊は全て出撃」
「全てですか? 指揮所の守りが無くなりますが……」
ここの守備を担当している第1歩兵小隊がいなくなれば、指揮所に残っているのは通信部隊や整備班などの非戦闘部隊だけである。
「どうせ敵は鉄橋からしか来ないんだ。構わないよ」
「もし、ここに敵が来たら?」
「全員撤退。……というより撤退の準備をさせておいてくれ。で、危ないと思ったら各自判断で撤退」
随分思い切りのいい事だが、良策とは思えない。
この若い士官に何か適当なアドバイスをしてやろうかと口を開きかける。
しかし、こういった思い切った命令を出された事は初めてであり、その結果がどうなるのかという底意地の悪い興味も同時に沸き上がった。
「よろしいので?」
ウルシャコフはあえて何も言わない事に決めた。
「良いよ」
その一言で決定する。
「……ただ、ウルシャコフ少尉の部隊は2つに分けて、片方はレーン少尉の所へ向かって欲しい」
「……了解です」
源明はリリー少尉の防衛拠点にも敵部隊が来ると予想していた。
当然ながらその可能性は高く、ウルシャコフは是非も無く命令に従う。
思い切った事をしているが、全く周りが見えていないという事も無さそうだ。
/✽/
こうして11時48分。
源明達は亜理沙少尉の守備する防衛拠点へやってきたのである。
やる気の無い士官は前線に出て来ないで、後ろで眠そうにしているだけだ。
日頃からそう思っている亜理沙は源明が戦機に乗ってやって来た時にはかなり驚いていた。
本物かと思い、源明の姿を確認しようと自機の鋼丸からスルリと降りる。
「既に第1波は退けましたが、斥候を出したところ第2波が進軍してくるのを確認しています」
パイロット用のヘルメットを外しながら亜理沙が言う。
「ま、そうだろうね」
源明は予想していた事だという風に答えた。
「中尉」
背後から声がかかる。
ウルシャコフ少尉だ。白兵戦用の防弾ジャケットとヘルメット、ヒノクニ製のアサルトライフルを担いでいた。
「リリー少尉の所にも敵が現れました。こちらと同じ閃光ですな」
これも予想範囲内。
源明は頷く。
また、後から分かった事であるがリリー・レーン少尉率いる戦機小隊は敵の攻撃を受けたのでは無く、逆に攻撃を仕掛けていた。
源明から警戒態勢の連絡があった時、リリー少尉は「待つのは性に合わない」などと言い出し、自ら4個分隊を率いて出撃。
敵がいるであろうポイントを的確に当てると、そこに対して奇襲を仕掛けたのである。
これには敵も予想外であった為に一時的な混乱が起きた。
同時に増援として送った歩兵部隊が拠点へ到着。
残してきた戦機分隊を全て出撃させて敵部隊を追い払ったのである。
そして12時52分。
敵の第2波の接近を確認。
その数は第1波の2倍以上の戦力であった。
同時にリリーの守備する拠点にも敵の再襲撃が行われる。
「駄目だこりゃ。第3連小隊、全ての部隊は鉄橋まで後退。チェ少尉の部隊は迫撃砲と機関銃をC態勢で展開」
源明の決断は速い。
敵の戦力が上回ると見るや、戦闘に入る前に撤退の命令を降す。
その命令はすぐにリリー少尉やソンハ少尉にも伝わった。
通常、それぞれの制圧下には各地に通信用の中継アンテナやケーブルが設置されているのだが、第3小連隊は特にその数を多く設けている。
これは小林亜理沙が提案した事であり、彼女は特に部隊同士の素早い情報伝達を重要視していたのだ。
源明は亜理沙の事をアレクの様に戦略や戦術では無く、個人の技術で戦うタイプの兵士と思っていた為に、彼女が通信用の機器を充実させて欲しいと提案した時には意外に思った。
もっとも源明自体はこの提案を受けるよりも前に、同じ事を上官であるアベルに打診している。
その為に、これはすぐに叶えられてアベル指揮下の工兵隊があちこちに通信用の中継アンテナなどが設けられた。
そのおかげかリリーの部隊も、敵の数を即座に察知する事が出来たのだ。
そして戦力差が大きい事を確認すると、源明の言うとおりに手早く撤退を開始する。
「足止めをするべきでは?」
撤退が開始されて10分程した時である。
小隊の撤退ルートを確認しながら亜理沙が提案した。
「うん?」
第3連小隊の勢力圏は障害物が少ない平原がほとんどである。
後方から撃たれた場合、小回りの効く戦機ならともかく、歩兵を乗せた車両ではこれを避ける事が出来ない。
ここで少し時間を稼いで歩兵部隊を安全に撤退させる必要があると考えたのだ。
源明もそれは理解している。
問題はそれが出来るかだ。
「時間を稼ぐだけなら」
可能なのかという疑問が拭えない源明に亜理沙は言う。
「……まぁ、やってみてくれ」
源明はやや言い淀んだが亜理沙の提案を受け入れる。
彼女の部隊がどの程度のものかという事を確かめたかったのだ。
「了解。各機聞こえるか?」
亜理沙はキビキビとした声で命令を降す。
「さて、私も手伝うかね」
自分もパイロットなのに部下にばかり働かせる訳にはいかないと、源明も自機の脚を止めて亜理沙の部隊に加わった。
数分後、比較的障害物が多い地帯に入り込んだ亜理沙の部隊は、そこで一度進軍速度を緩める。
そこへ、後方から追い付いてきた敵部隊と交戦状態に入った。
戦力差は大きく、第3小隊の陣形は敵によって崩されて部隊は散り散りになる。
しかし、それは亜理沙の思惑通りであった。
散り散りになった部隊はやがて敵部隊の左右に位置すると、そのまま側面から攻撃を始めたのである。
亜理沙は部隊が潰走した様にみ見せかけて敵部隊を包囲したのだ。
敵もそれに気付くと、被害が大きくなる前に後退する。
「今だ!」
亜理沙は敵が後退したと同時に一気に部隊を引上げさせた。
元々、数では負けている為に敵の進軍を一時的に遅めれば充分と考えていたからである。
これらの手際の良さには源明も感心した。
この小林亜理沙が率いる部隊は第一に連携を重視した部隊であったのだ。
アラシアでは連携よりも個人の操縦技術を重視する事が多かったので、源明にとってこの部隊の動きは衝撃的だったのである。
「小林亜理沙は少尉にしておくには勿体無いな……」
後退する自機の中で源明は呟く。
彼女にはもっと大きな部隊の指揮を執らせるべきだと思った。
「……小山中尉?」
隊内通信が聞こえる。
送り主はその小林亜理沙少尉だ。
「次からは前線に出ないで下さい。指揮官が戦死とかシャレにならないので」
そして辛辣な言葉が飛んでくる。
小山源明の乗る鋼丸は、戦闘中に機体の性能のおかげか2機のタイプβを撃破した。
しかし、直後に敵の射撃を受けて右腕と頭部、更にコックピットブロックを覆う胸部装甲を見事に破壊されていたのである。
当たりどころが悪ければ戦死であった。
「……眺めは良いね」
「それはそうでしょうよ」
胸部装甲が無くなり、コックピット内が剝き出しなのだ。
源明はコックピット内の3面モニターでは無く、自身の目で前方を見ながら戦機を動かしていた。




