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7話 ヒノクニとの遭遇

 トール達を捕らえたのはアラシア共和国と同盟関係にあるヒノクニの兵士達であった。

 彼らはトール達を捕らえると、そのままシーケンシーの命令で偵察にやってきたルーラシア帝国軍の兵士をあっという間に片付けたのである。

 その後、彼らは追撃を逃れる為、すくにその場から移動を開始した。

 

 それは丁度、シーケンシーが戦機を率いて工場から離れた時である。


「でも、そうなると何故ヒノクニの連中がここに?」

 そう疑問を口にしたのはアレクであった。

「彼らは現在、ギソウ地域でもここより西側の戦線にいるはずですからね」

 茂助もアレクと同じ疑問を思いながら言う。


「……」

 一方でトールは事態を飲み込めないのか、視線を泳がせていた。

 直接銃を突き付けられた時の恐怖が余韻として残っていたのである。


 いつもは戦機の中で、画面を通して自身に向けられる殺意を見てきたのだ。それは感覚としてテレビゲームをやっている感覚に近い。

 しかし、今回は直に死の恐怖に向かい合ったのである。


 程度の差はあれ、トールだけでなくアレクや茂助も自分達がやっていることは命の奪い合いであることを認識したのだ。


「ここまで来れば安全かな?」

 ギリースーツを着た指揮官らしい男が言う。

 元々、野営していた場所なのだろうか、穴を掘って作られた簡易的な竈や簡易テントが建てられいる。


 男はそう言ってヘルメットを脱ぐ。

 竈の明かりに照らされて、男の亜麻色の髪が光る。まだ若い男の顔が見えた。


「私はアベル・タチバナ中尉だ。一応、この部隊の隊長をしている」


 アベルと名乗った男は人の良さそうな笑みを浮かべて言った。


「この分隊の分隊長をやっているトール・ミュラー軍曹です」

 敬礼をしてトールが答える。

 アベルは内心で驚く。3人の中で一番垢抜けない顔をした少年が隊長を名乗ったからだ。


「そうなんだ。しかし妙な事になってきたね」

 驚きを表情に出さずに笑顔のままアベルは言う。


「全くです。……何故、ヒノクニのあなた方がいるのか聞かせて欲しいですね」

 そう言ったのはアレクであった。言葉の端に刺を込めている。


「君は?」

「アレクサンデル・フォン・アーデルセン伍長です」


 アレクのエメラルドグリーンの瞳からプレッシャーが発せられる。

 我々に危害を加えたら痛い目に合わせるぞと無言で訴えかける顔であった。

 無礼な態度であったが、隊長であるトールはそれを止めない。

 信頼しているからか、あるいは彼は名前だけの隊長で分隊を実際に動かしているのはアレクという少年だからなのか。

 アベルは3人を観察しながら口を開く。


「我々は例の工場が帝国に攻撃を受けていると聞いて救援に来た」

 アベルの答えにアレクは訝し気な視線を向ける。


「そんな話は聞いてませんが……?」

「急な話だったからね」

「それにしたって、ここはアラシアのテリトリーだ。緊急だったとして、我々に一報して許可が降りてから足を踏み入れるってのが筋ってもんでしょう?」

「それでは間に合わないよ」

「大した予想です。まるでここが占拠されるのが事前に分かっていたかのような素早さだ。それとも、単なる1エリアのはずであるここには我々に黙って奪還するだけの何かがあるんですかね?」


 その言葉を聞き、このアレクサンデルという少年には誤魔化しは通じ無いなとアベルは苦笑する。


「アレク」

 トールが声をかける。

 何か言葉を続けようとしたアレクが止まった。


「我々は偵察が任務だ。それ以上の事に首を突っ込む必要は無い」

 ここにヒノクニがいる理由はおそらく発掘兵器が目的であろう。

 どうやって嗅ぎ付けたのかは分からないが、彼らはレアメタル精製工場に発掘兵器が存在することを知り、アラシア共和国よりも先にそれを確保しようと動いたのである。


 発掘兵器というのは、それだけの価値があるものなのだ。

 1つで戦況を覆すもの、歴史的資料としての価値、先史文明の技術、様々な理由が重なり、その所有権に関しては政治的な意味合いが大きい。


「事の判断は俺達だけでどうこう出来るものじゃない。ここで見た事、全てを報告するのが俺達の仕事だ」

 トールは面倒臭そうな表情で言う。ある程度落ち着きを取り戻してきていた。

「良いのか?」

 発掘兵器を確保しなくても、という意味である。アレクは不満そうな声で尋ねる。


「ヒノクニは同盟国だ。奪還の手伝いをしてくれるって言うんなら、それで良いだろう?」

「手伝いね……」


 アレクは呟いてヒノクニの兵士達を胡散臭いものでも見るような視線を投げかける。

 その中に黒髪を後ろで束ねている女が目に入った。


「美人だな」

 そんな埒も無いことを思った時である。


 地響きを足下に感じ、「何だ?」と思った瞬間、何かが裂けるような音が連続で響き、続けてから何かを叩き付けるような音が腹の辺りに伝わると目の前で土煙が上がった。


「何!」


 アベル達が驚愕する声が辺りに響く。


《隊長! アレク! 茂助!》

 聞き覚えのある女の声がスピーカーを通して響く。

 目の前には見慣れた4機の戦機が武器を構えていた。


「サマンサ伍長!」

 茂助が叫ぶ。


「アラシア共和国のアジーレ!」

 アベルはそう言うと亜麻色の髪を振ってトールを見た。


「ま、そういう事です」

 これも予想通りと言うような顔をトールはして見せた。

 実際は全くそんな事は無いのだが、そう演じた方が自分達に有利になると踏んだのである。


「……?」

 状況の分からないサマンサはコックピット内で疑問符を思い浮かべながら3面モニターに映し出された状況を眺めていた。





/*/





「奪還作戦か。このタイミングなら上も発掘兵器に気付いたということになるね」

 サマンサの報告を聞いたトールが言った。

「どうします? 戻って味方と合流しますか?」

 茂助が尋ねた。

「ヒノクニを放っておく訳にはいかないだろ」

 アレクが言って鋭い視線をヒノクニの兵士達に向ける。


「でも命令は合流して作戦に参加なんでしょう?」

 ここにいるのは命令違反になるのではと茂助が言う。

「そういえば待機している部隊は何処に?」

 合流予定の部隊は何処に集合しているのかとトールは尋ねた。

「丁度、私達が別行動をとった場所です」

 サマンサの答えを聞き「しまった」とアレクが声をあげた。


「どうしたよ?」

 不思議そうな顔でトールが尋ねる。


「例の青い壊し屋だったか?あいつが出ていくのを見たろ」

「青い壊し屋……。工場襲撃部隊の指揮官と聞いていたけど……、あそこにいないの?」


 アレクの答えにサマンサが言葉を返す。3人はそれに頷いて答える。


「ヒノクニの連中が帝国軍を倒した時に戦機がここから出ていくのを見たろ」

「そうか。正規のルートから行けば、我々の増援部隊は青い壊し屋に鉢合わせしますね」


 アレクと茂助は工場から戦機の部隊が出ていくところを目撃していたのだ。


「数は?」

 当然、トールもそれは知っていることであった。

 しかし、その数までは把握していない。

「3個分隊といったところですかね?……10機いるか、いないか……」

 茂助が答える。もっとも彼も正確な数は分からなかったので、声に自信は感じられない。


「参ったな……。なら早く戻らないと、俺達を追ってきた味方部隊がヤバいぞ」

 アレクが舌打ち交じりに言った。


 サマンサと合流した味方部隊と、工場を出た敵部隊の数はほぼ互角である。

 しかし、パイロットの技量は敵の方が上手であるとアレクは見ていた。敵の中にいるであろう、李・トマス・シーケンシーという男は1人で倍近い数の敵を倒したという噂なのだ。


 実際にアレクも過去に青い壊し屋の動きを撮ったビデオを見た事があったが、その動きは驚嘆すべきものであった。


「敵に青い壊し屋がいるなら、こちら側は全滅しかねないぞ」

「そう見るか?」

「少し前に奴の戦闘映像を見たが、あれは化け物だな」

「お前でもそう思うか」


 アレクのパイロットとしての腕は隊内でもトップクラスである。

 そのアレクでさえ化け物と評価する李・トマス・シーケンシーを思いトールは思案顔になった。


「どうしたんです?」

 茂助が尋ね、サマンサとアレクはトールの思案顔に珍しい動物でも見るかの様な視線を投げかけた。


「タチバナ中尉!」

 トールは立ち上がるとアベルの名前を叫ぶ。

「何かな?」

 それに対してアベルは温和な声で答えた。


「伺いたい事が」

「良いよ」

「そちらがどういうつもりでここにいるのかはどうでも良いですが、ここに来るのにあなた方の歩兵部隊のみって事は無いですよね?」


 元は軍事施設では無いとはいえ、拠点であることには変わりない。

 にも関わらず、ヒノクニの部隊がトール達を捕らえた歩兵部隊だけでここまでやって来たというのはあまりにも不自然である。


「まぁ、我々とは別に戦機1個分隊に歩兵2個分隊と……」

 肩をすくめながらアベルが答える。

「あー、具体的な数を教えて下さい。戦機が何機いて、歩兵が何人いるとかって……」

 それを聞いてアベルは苦笑する。

 1つの分隊に何人の人員がいて何機の戦機があるかという事くらい、普通の軍人なら聞かなくても大まかに分かるだろうと思ったのだ。


 しかし、それ以上にこのトールという少年はそんな事を聞いてどうするつもりなのだろうという興味がアベルの中に湧き上がる。


「藤原さん?」

 アベルは近くにいた黒髪の女性兵士を呼ぶ。先程、アレクが美人だと思った兵士である。


「……戦機が3機。歩兵は32人。歩兵戦闘車2台。装甲トレーラー1台。……戦力と言って良いかは分かりませんが、現地調達したワゴン車に通信機器を乗せて指揮車代わりにしたのが1台です。それと我々、12人ですね」

 藤原と呼ばれた女性兵士が羅列するように言った。

 アベルは満足そうに頷いてトールにもう一度視線を向けた。


「ありがとうございます。大体分かりました」

 トールの言葉に、アレク達3人は彼が言葉通りにアベル達の戦力を大体で覚えたなと思い、お互いに顔を見合わせ肩を竦めた。


「装備については……」

 藤原が言いかけるが、今度はサマンサがそれを止める。

「それ以上は結構です。ウチの隊長は多いか少ないかでしか戦力を把握出来ないので」

 その言葉にアベルは思わず吹き出した。


 ここまであからさまに部下に馬鹿にされた指揮官など見た事が無かったからである。

 言われた指揮官も部下の失礼な物言いに対して、一度顔をしかめただけで何も応えずにいるのだ。

 それだけ親しまれているのか、認められていないのか。

 どちらにせよ馬鹿にされている隊長は特に気にしている様子では無い。


「よし、俺達の部隊はヒノクニと合流してここを奪還する」

 ややあってトールは言った。

 その判断は部下達とアベルを驚かせる。


「味方を見捨てるつもりですか!」

 声を荒げたのは茂助だった。

「相手は青い壊し屋だろ。俺達が向かってもどうなるもでも無いよ」

 別に大した事でもあるまいとトールは答える。


「言いたい事は分かるが、そういうのは気に入らないな」

 アレクである。

 不快感を隠さずに言う。


「俺はやりたくて兵士をやっている訳じゃ無い。死ぬのはごめんだね」

 トールはそう言うと自身に突き刺さる視線に気付く。

 特に茂助は今にも殴りかかってきそうな顔をしていたために、これはマズイことを発言したなと思い「それにだ」と言葉を続けた。


「敵の部隊が出た時間を考えれば、俺達が辿り着いた頃には味方は全滅して各個撃破される可能性が高い。でも、例の工場を制圧すれば敵も攻撃どころじゃ無くなってこちらに戻ってくる。そこを俺達と後発の連中とで挟み撃ちにする事も出来るかもしれない」


 茂助は続けられた言葉を聞き、その内容を咀嚼するように思考を巡らせる。

 果たしてそれが正しい判断であるかを落ち着いて考える冷静さは失っていなかった。


「理由はともかく、隊長の判断は正しいわね」

 一番に賛成したのはサマンサであった。

 トールに冷たい視線を送りつつ冷ややかな声で言う。


「ここからなら工場の方が距離的に近いし、ヒノクニの人達の協力も得られる」

「協力か……」


 サマンサの言葉にアベルは呟く。


「そちらにとっても悪くない話だと思いますよ?」

 言いながらサマンサは冷たい視線をアベルに向けた。


「こちらの許可無しにヒノクニがアラシアのテリトリーに入ったとなれば一悶着あるのは確実。でも、我々が“たまたま近くにいた”ヒノクニの部隊に救援を依頼してやって来たのなら問題はないでしょう?」

「我々が君達をこの場で始末するかもよ?」


 アベルはニッと笑う。


「ここにいるアレクと茂助は白兵戦の達人です。それにサマンサが持っているリモコンで4機の戦機は即座にあなた方を撃てる様にセットさせていますからね。我々を始末出来てもそちらの作戦をパァにするくらいは出来ますよ」


 今度はトールが答える。

 リモコンの件はほぼハッタリであったが、サマンサはそれに同調してポケットに手を入れると、いかにもリモコンを握った素振りを見せた。

 アベルはそれを見て視線を落とし、やれやれと首を降る。

 どうやらハッタリは効いたようだ。


「分かったよ。そちらの言う通りにしよう。でも階級は私の方が上なのだから、指揮は私が執るよ」

「お任せしますよ」


 トールは満足そうに頷いた。

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