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68話 1つの区切り

 年が開けて真暦1086年1月12日。

 アレク率いる第3小隊は、北部戦線後退の影響を受けて解散。

 ロッドの様に退役する者や兵役期間を終えた者達は故郷へ帰り、ジョニーやザザの様に軍に残る者は違う戦線へ送られた。


 隊長であるアレクは軍に残る事になり、故郷のストーンリバーにある駐屯地へ配属される。

 しかし、これは正規の着任では無かった。

 士官教育の為である。


 本来、下士官から士官に昇進する場合はその為の教育期間があるのだが、アレクは戦時特例という形で士官教育を受けずに士官になっていたのだ。


 それ自体は前線において珍しい話では無い。

 かつてのトールやその後を引き継いだサマンサ等も戦時特例という形で士官教育を受けずに昇進している。

 しかし、アラシア軍の軍規において、そういった場合は必ず何処かのタイミングで、後からでも士官教育を受ける事になっていたのだ。


 アレクの場合、それが今だったという事である。

 部隊が解散して作戦から外され、次の配属先が決まっていなかったのだ。


「いかん……。全く分からん……」

 基地内の士官食堂。

 アレクは食事をとりながら教本と睨めっこをしていた。

 学生の頃は教科書の内容など、一度読んだ後で要点をノートにでも書き出せば大体頭に入ったのだが、ここにきてそれが全く出来なくなっているのだ。


「全く覚えられん……」

 そもそも教本に書いてある事の要点が理解出来ない。

 つい最近まで頭より身体ばかり使っていた事を思い、書かれている文字に視線を走らせる。


「ここ、いいかしら?」

 横から女の声がかかる。

「空いてますよ」

 アレクはそのままの状態で返答した。

 ややあって、それが聞き覚えのある声である事に気付いて顔を上げる。


「サマンサか……!」

 横にいたのは栗色の髪の毛とグレーの瞳を持つ女性士官。サマンサ・ノックス少尉であった。


「久しぶりね」

 サマンサは柔らかい笑みで答える。


「ここへ配属されていたのか?」

「ええ、131小隊。ここの守備隊ね」

「羨ましい限りだ……。俺なんてここへ来て士官教育を受けろって言うんだ」

「私だって受けたわよ」

「お前は頭使うの得意だろう? 俺は勘で動くタイプなんだ。こういうのは向いていない」


 訓練生の時、アレクは座学でも優秀だった事をサマンサは思い出して「はて?」という表情をする。


「戦闘のし過ぎで頭の回転が遅くなったのかしら?」

 サマンサはからかう様に言った。

「かもな……。そういえば、他の連中はどうなったか知っているか?」

 かつての第9小隊にいた面々だ。

 源茂助にメイ・マイヤー、ベッケンバウアーなどである。


「茂助は少尉になって、西部戦線で新型の実戦テスト部隊にいるらしいわ。メイはまだソーズ地域の前線にいるみたい。ベッケンバウアー曹長は南部のブルーコースト基地へ転属になったという話よ」

「そうなのか……。よく知っているな?」

「人事部に知り合いがいるの。そのツテで聞いた話よ」


 当時の第9小隊は前線を転々としている者達が集まっていた部隊だ。

 能力は高い者が多い。

 おそらく上手くやっているのだろう。


「そちらはどうなの? ジョニー軍曹やロッド軍曹は?」

 アレクの指揮下にいたジョニーやロッド、ザザといった面々はサマンサもよく知っていた。

 離れてからしばらく見ていないので、気になるところではある。


「知らないのか?」

「最近の動向はね」


 アレクの率いていた部隊がワース地域へ配属された事まではサマンサも知っていた。

 しかし、そこから先の事は分からなかったのだ。


「ジョニーは西部戦線行きで、ザザはギソウ地域の守備隊へ転属になった。……ロッドは驚く事に結婚して退役したよ」

「結婚?」


 サマンサは驚いて言う。

 アレクの部下達といえば血の気が多く、結婚するより先に戦死してしまいそうな者達が集まっていた。

 その中から結婚する者が現れるというのは驚きである。


「ああ。先週に結婚式があった。俺は基地に缶詰で出れなかったからメッセージを送るだけだったがな」

「……ロッド軍曹も人間だったのね」

「人の部下を人外みたいに言うな」

「あなた達の部隊は、たまに人間やめてる様な動きをしてるじゃない」


 その代表がアレクであるが、ジョニーやロッドも負けてはいなかった。


「人間やめてる……ね。俺はこの士官教育をやめたいんだが……」

「退役すれば? 作戦からは外されてるんでしょ?」


 今なら除隊届を出せばすぐに受理されるだろう。

 サマンサは身も蓋もない事を言ってみる。


「俺がまだ下士官で曹長だったらそうしてるな」

 しかしアレクは既に少尉であった。

 アラシアでは尉官以上になると退役後も10年間は軍属の扱いであり、再招集がかかれば応じなければならない。

 つまり、ここで退役したところで再招集で軍に戻る羽目になるのだ。


「エースパイロットは大変ね」

 サマンサは皮肉っぽく笑う。

「ひどい話だ。もっと上官を殴っておくべきだった」

 そうすれば、素行に問題有りとして降格や昇進見送りで士官になどなっていなかったかもしれない。


「そういえば……」

 サマンサは何かを思い出した様に口をひらく。

 そして左右に視線を向けた。

 周囲の士官達を気にしているようだ。


「どうした?」

 その様子をアレクは不思議に思う。

「ええ……。トールの事なんだけど……」

 その名前を聞いてアレクのペンを握る手の動きが止まった。


「妙な噂を聞いたの」

「妙な噂?」

「ヒノクニの士官にトール・ミュラーそっくりの人がいるって……」

「奴は死んだはずだ」


 忘れもしない。

 真暦1083年の12月1日。

 アグネアの暴発事故の時に、被害を少しでも抑えようと最後まで残り、その爆発に巻き込まれて死んだのである。


「だから妙なのよ」

「アイツのところはヒノクニの家系だ。似たような顔の奴がいてもおかしくないと思うが……」

「私もそう思うのだけど……、少し気になるのよね」

「生きているならヒノクニの軍にいる理由は何だ?」


 もし、死んでなかったとしたらアラシアに戻らない理由があるのだろうか?


「さぁ……。でも、あのアグネア暴発事件……。今考えると色々と怪しいのよね」

「まぁ……、な」


 崩壊戦争前の大量破壊兵器であるアグネア。

 本来は重要機密事項に当たるはずなのに、ルーラシア帝国が嗅ぎつけて襲ってきたのだ。


「あの時、守備に当たっていた部隊はあまりにも少な過ぎたと思うの」

「確かにな。アレだけの兵器を掘り出していたのなら1個大隊はいてもおかしくなさそうなんだが……」


 実際にいたのは1個小隊もいるかどうかというレベルで、装甲戦力どころか戦機すらいなかったのだ。


「トールがあそこで何かを見付けてしまって戻れない……、という事も考えられるんじゃないかしら?」

「しかし、それなら何故ヒノクニの士官なんだ? アイツは軍にいるくせに軍を嫌っていたぞ」

「それは……、分からないけど」


 サマンサが言い淀む。

 それと同時に食堂の壁にかけられたスピーカーからチャイムが流れた。

 誰かを呼び出す際に流れるものである。

 その場にいた兵士達はそれを聞くために口を閉じた。


《131小隊のサマンサ・ノックス少尉。131小隊のサマンサ・ノックス少尉。14時までに人事課へ来るように。……繰り返す》


 アレクはサマンサに視線を向けた。


「何かやらかしたか?」

「まさか」


 そう言うとサマンサは何時の間にか食べ終えた昼食のトレイを持って立ち上がる。


「あぁ、そうだ」

 思い付いた様にアレクが言う。


「今晩、暇なら食事でも一緒にどうだ?」

 それを聞いてサマンサの動きが止まる。

 そのままアレクに視線を向けた。少し顔を赤らめて驚いた様子であった。


「それって、夜のお誘い?」

「何……?」


 返された言葉の意味を考え、ややあってをからアレクは慌てた様子で口を開く。


「いや……、別に変な意味じゃない。他の連中の話も聞きたいし……、この教本で分からんところが幾つかあってだな……!」

 自然と早口になる。

「冗談よ」

 そう言うサマンサは何時も通りの落ち着いた表情に戻っていた。

 からかわれたのかと、アレクの言葉が止まる。


「せっかくだけど、今晩は部下の女の子に色々と教えないといけない事があるの」

「あぁ、そうか……。それは仕方ないな……」


 残念だと思う。

 久しぶりに会ったので、もう少し話していたかった。

 それはアレクの本心である。


「それじゃあ。また誘ってね」

「それまでここにいればな」


 そう答えるとアレクは立ち去っていくサマンサの姿を見送った。


「……しかし、俺も男だからな。そういう事を気にするのも無理ないか」


 昔に見たアニメだかドラマだかで、主人公の男が似たような事を言って女を誘うシーンを思い出しながら呟く。

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