6話 偵察
一方その頃。
目標地点である工場に向かう道の途中、合わせて16機の戦機が散らばって鎮座していた。
それらは全てアラシア共和国の四角い箱を組み合わせたようなデザインが特徴の戦機、アジーレである。
その中にはトール率いる第4分隊の機体も含まれていた。
集まっている機体の幾つかは背中に、冷蔵庫の頭からアンテナを何本も生やした様な形のバックパックを背負っていた。
それは電子戦装備と言われ、索敵や通信、更に電波撹乱装置を搭載したものである。
その電子戦装備型アジーレの1機がバックパックの下部から細いコードを1本垂らしていた。
コードの先には受話器が着いており、それに向かって声を荒げている者がいる。
サマンサであった。
「どうしてそういう事を早く言わないんですか!」
その声に答える側は一本調子の口調で答えている。
しかし、言葉の端々にはサマンサと同じ様に苛立ちも含まれていた。
《知っていたら私も君達だけを向かわせなかった》
相手はランドルフである。
「でしょうね……。でも上に確認を取ってからでも遅くは無かったんじゃなくて?」
《中隊長が来たのは君達が出撃してから1時間後だ》
「敵がこちらに気付けば戦闘になるわ。工場を制圧した部隊と私達がマトモに戦ったら全滅は間違い無いわよ?」
感情が抑えられなかったのか無意識の内にサマンサの言葉から敬意が消える。
しかし、ランドルフもそれには気付かなかった。彼もまたそれだけの苛立ちを募らせていたのだろう。
《これを機に上は奪還作戦を行うつもりでいるらしい。正式な通達はまだ来ていないが、あと1時間もすれば作戦の指令が届く。その為に先行して第2、第3、第5分隊を送ったのだ》
「奇襲をかけるつもりでしょうけど、ロクに準備もしていない部隊編成よ?」
《……第4小隊が応援に来る予定だ》
そのやり取りを見ていた他の分隊の兵士達は目を丸くしたり、苦笑を浮かべたりと、それぞれの反応をしながらサマンサとランドルフのやり取りを見守っている。
「トールとかいうガキ。よくあんな女を従えていられるな」
兵士の1人が呟いた。
「まさか、あのノックスとかいう女が実質の指揮官で少年軍曹はお飾りだろう」
それを聞いたもう1人の兵士が嘲笑を交えて答える。
それはあながち間違いでは無かった。
実際に第4分隊の行動はサマンサの案によることが大きい。
トールは大まかな方針を決めて、それに対する行動を考えて部隊を動かすのはサマンサなのだ。
「まったく……!」
サマンサは吐き捨てるように言って通信を切った。
兵士2人が顔を見合わせて肩をすくめる。
「で? どうするつもりなんだ?」
第2分隊の隊長が尋ねる。
「……隊長達を迎えに行きます。私以外の機体はリモートで動かせますから」
ややあって、苦虫を噛み潰した様な顔を貼り付かせながらサマンサが答えた。
「お前の隊長は徒歩で森の中を抜けて行ったんだろう? 戦機で行けるのか?」
「障害物は壊して進みます」
「敵にバレるぞ?」
「私が隊長と合流する頃にはそちらに奇襲作戦の指令が来ますから同じ事ですよ。隊長も敵の様子を見ればすぐに帰って来ると思いますし、移動時間を考えれば警戒網の外で合流出来るかもしれません」
剛気なのか無鉄砲なのか、どちらにせよ部下にしたくない女だと第2分隊の隊長は思い、フンと鼻息を鳴らす。
「なら、俺達は先行して様子を見て来ようかね? 丁度、索敵に良い装備で来ているしな」
「ご自由に」
第2分隊隊長の言葉に無関心な声でサマンサは答える。
「それと、敵は青い壊し屋だそうですよ」
自機のハッチを開けながらサマンサは思い出したように言った。
「青い壊し屋? たった1機で一度に20機の戦機を撃破したって噂の奴か……?」
それはアラシア共和国でも恐れられているパイロットの異名であった。
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「タイプβだ。4機はいるんじゃないか?」
フェンス越しに見える敵の主力量産機を確認してトールが呟く。
今、彼らはレアメタル精製工場の東側に位置する森林の草むらに身を隠している。
その側には工場の周りを覆うフェンスがあり、それ越しに工場内を覗き見ていた。
「外に向かって行きましたね」
移動するタイプβを目で追いながら茂助が言う。
その後ろでアレクが携帯ゲーム機を持ち電子音を鳴らす。
「何をしている」
不真面目でやる気の無いトールも流石に声を鋭くして言った。
「知らないのか? 最近の携帯ゲーム機にはカメラが付いているんだぜ?」
そう言ってアレクは携帯ゲーム機の画面を見せる。
鮮明とはいえないが、基地から出ていくタイプβの写真が映し出されていた。
「青い機体がある?」
トールが呟く。
画面の端に青いカラーのタイプβが映っていたのだ。
「あ、本当だな」
アレクも画面を見て答えた。
「青いタイプβ……。青い壊し屋じゃないだろうな?」
アラシア共和国でも悪名高いパイロットの異名をトールは呟く。
「李・なんとかって奴か? 確か、1人で何機もこちらのアジーレを撃墜したっていう噂の?」
李・トマス・シーケンシー。
別名、青い壊し屋の異名を持つパイロット。
たった1人で20機の戦機を相手にして全滅させたという噂のパイロットである。
「案外、そうかも知れませんよ?」
茂助が目を細めながら言う。
彼は細い指をフェンスの中に向けた。
「トレーラー? 荷台の上に載っているのは……?」
茂助の指先には1台のトレーラーがあった。その荷台の上には土の塊に塗れた細長い筒状の物が何本も載せられている。
「なるほど……。発掘兵器か」
トールが呟く。その後ろでアレクがトレーラーの写真を撮った。
発掘兵器。
それは古代に起きた崩壊戦争前に作られた兵器である。
失われた技術で作られたそれは、現在の兵器を遥かに上回る威力を持っているのだ。
本来であれば、古代兵器とでも言うべきものであろう。
しかし、崩壊戦争後の大災害時に起きた地殻変動によりそれらのほとんどが地下深くに埋まってしまった。
しかし、時折それが掘り出されて発見される事が多いので、発掘兵器などと言われているのである。
「ああいった物が持ち込まれたから青い壊し屋が現れた訳か……」
トールは小さく舌打ちをした。
「どうします?」
茂助が尋ねる。
「どうもこうも、発掘兵器があるのなら俺達の手に追える話じゃ無い。さっさと帰還するさ」
答えながらトールは立ち上がる。
「あれを奪えたら面白いんだがな」
アレクはゲーム機を腰のポケットにしまいがら言う。
「歴史的資料を戦争に使うつもりか? 馬鹿な話だ」
トールは忌々し気な声でアレクに言った。
それに対し、アレクはそうだろうかと内心で疑問符を浮かべる。
確かに、発掘兵器は歴史的な物である事には変わり無い。しかしその本質が兵器である以上、使わないで博物館に置いておくのは勿体無いのではないかと思う。
データを解析すれば、同じ物を複製する事も可能であろうし、それならば使ってしまった方が戦局も有利なる可能性も高いのではないか。
無論、これはその兵器を確保してからの話になるが。
もっとも、今その事をトールと論じても意味は無いのでアレクは何も答えず立ち上がった。
「とにかく一旦戻るか」
自分達の仕事はここまでだと3人はその場から離れようとした。
その瞬間である。
「動くな」
振り向いた先にカモフラージュ用のギリースーツを身に纏った兵士が何人も立っており、ショットガンを向けていたのだ。
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《森の中に敵兵は見当たらず、ただセンサーは人為的に破壊されていました》
狭いコックピットの中で部下の声が通信機越しに聞こえた。
シーケンシーは「そうか」と短く応える。
「警戒態勢のままで待機。私は部隊を率いて周りの様子を見て回ることにする」
《了解です》
通信兵の声を聞いて、厄介なことになったとシーケンシーは頭を抱える。
彼の直感はセンサーを破壊したのは偵察兵であり、近くに攻撃部隊がいることを告げていた。
「全く……! どうしてそう戦いたがるのだ?」
シーケンシーはそう呟くと自機を操作して前進させる。
後に8機の戦機、タイプβか続く。
この時の時刻は18時15分。
約1時間後、彼らはアラシア共和国の戦機部隊を発見。これをほぼ全滅させることになる。