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57話 疑問だらけの新兵器

 真暦1085年8月。

 季節は夏になり、北国であるワース地域にも深緑とやや熱を持った空気が満ちる時期となっている。

 そんな中、ある問題が立ち上がっていた。


「敵の防衛線が強固になり侵攻が困難になっている」

 深く張り巡らされた塹壕や、強固な防壁、多数配備された火砲。

 強化された防衛拠点が増え、近付くのもままならない状態となっていた。


「こうなる事は以前から分かっていた。にも関わらず攻撃をさせなかった上層部が悪い」

 アレクは切り捨てるように言う。

 約2ヶ月程、戦力不足を理由に出撃回数が極端に減っていたのだ。

「アーデルセン准尉の言う通りね。私からも何度か具申したのだけれど……」

 ため息を付きながらオリガ中尉も同意した。

 

 敵の防衛ラインの増強を重く見たワース方面司令部は試作型の兵器を使用する事を決定。

 8月12日に侵攻作戦を行う事になった。

 実行部隊は第1小隊から第4小隊までの4つの小隊である。

 しかし、この作戦に用いられる新兵器を見た時、アレクはその異形の姿に鼻白む。


「これを開発した奴は誰なんです?」 

 そう尋ねたアレクの表情は不審な物を見るようであった。

 それに答えたのは同じ感想を持ったオリガ中尉である。


「エドワード・グリーン技術中尉という紅茶好きで有名な人……、らしいわね」

「あー、その人のティーポットを調べた方が良いと思いますよ。ドラッグの類が見つかるかもしれません」

「それなら一緒に食べているスコーンも調べた方が良いかもしれないわね」


 アレクとオリガ中尉は並んで同じ表情を浮かべた。

 2人だけでは無い。

 ニコライ軍曹をはじめとしたベテラン兵やアレクの部下である新兵達でさえ、全く同じ表情をしていたのである。







/✱/







 そして、8月12日の10時丁度。

 ルーラシア帝国軍、ワース防衛拠点ポイントG。

 既に敵の侵攻作戦を察知していた帝国軍はこれに対抗する為に1個中隊を差し向けていた。

 中隊指揮官は李・トマス・シーケンシー大尉。


「センサーに反応! ……待って下さい。32分隊が接敵しました!」

 通信士が声を上げる。


「近いな……。」

 オレンジ色の髪をかき上げてシーケンシーが呟く。

「敵の規模は戦機を中心とした部隊で1個小隊程度の様です」

 思ったよりも小規模だ。

 これは囮の部隊か、それとも単なる様子見か?

 シーケンシーは無精髭が生えた顎を擦りながら考える。


「他に攻撃を受けている箇所は?」

「はい、いいえ。現在はありません」


 やはり囮か……?

 シーケンシーは再び思案する。

 ここで間違えれば、折角強固になった防衛線が崩されてしまう。

 それだけは避けたい。


「こういうプレッシャーは不愉快だな」

 拠点司令などやりたくないのだがと、内心で悪態をつく。

 しかし、なってしまった以上は仕方ない。自身の責務を果たさなければ部下が死んでしまう。それだけは避けなければ。


「私が出向いて敵の様子を見る」

 本当は嫌なのだがそうせざるを得ない。

「了解しました」

 部下の通信士はさも当たり前の様にシーケンシーが出ることを通信機に告げる。 


 数分後、シーケンシーは自身の青く塗装されたタイプγに乗り込んで、敵の攻撃を受けているポイントへ向かった。


 シーケンシーが辿り着いた時、そこでは戦機同士での射撃の応酬が繰り広げられていた。

「どうなっている?」

 砲音と煙が巻き上がる中で通信機とそれに応対する通信士、それに指示を出している小隊長の2人に尋ねた。


「見ての通りです。敵は一定の距離を保ち、近付いてきません」

「こちらの砲撃支援を恐れている?」

「いいえ、既に砲撃の射程内です。先程から迫撃砲で砲撃を行っています。敵は空中へ弾幕を張って対応していますが……」


 近すぎず遠すぎず、という事である。

 

「敵の増援を確認……! あれは……? 敵の新兵器です!」

 双眼鏡を覗いていた兵士が振り向きながら叫ぶ。

 その言葉にシーケンシーや小隊長は驚きの表情を見せた。

「どういうのだ?」

 シーケンシーはすぐに冷静な表情を取り繕うと双眼鏡の兵士に尋ねる。


「タイヤのお化け……? というか、新兵器じゃない?」

 兵士は再び双眼鏡を覗き込みながら口を開く。

 しかし、要領を得ない返答に小隊長が苛立ちの表情を見せた。

 シーケンシーはそれを手で制すると兵士から双眼鏡を受け取り覗き込む。

 こういうのは自身の目で確かめるに限る。


「ン……? 敵は一体どうしたというのだ?」

 その姿を見た時、思わずシーケンシーは呆れた声を上げた。

 すぐに双眼鏡を小隊長に渡す。

「まるで意味が分からんぞ……」

 双眼鏡を覗き込みながら小隊長が呟く。


 双眼鏡に映ったのは言葉通りにタイヤの化物であった。

 高さはおよそ8メートル、幅は3メートル程であろうか。

 その左右にはロケットと思われる筒が取り付けられており、それで推進することが予想出来る。

 そんな物が4つ確認出来た。


 それらの周りには戦機やら対空戦車などが弾幕を張っている姿が見える。

 どうやら、あの兵器を守っているらしい。


「……どう思います?」

 小隊長が尋ねる。

「前に出ている戦機を後退。迫撃砲はあのタイヤを……、いやタイヤの予測進路に攻撃させろ」

 一見ふざけている姿だが、それなりの部隊に守られている事を考えると、何かとてつもない兵器かもしれないと思いシーケンシーは指示を出した。


「見た目で判断するなよ」

 付け加えるて言う。

 意図を汲み取った小隊長は周りの部下に指示を伝達し、部隊がそれに合わせて動き出した。







/✱/







 一方同じ頃、アラシア側では。

「目標地点に到達!」

 大声で兵士が叫ぶ。

 先程から敵の砲撃と、それを防ぐ為に張られる弾幕の音で大声で叫ばないと何も聞こえないのだ。


「この距離ならチャージホイールで突破出来ます!」

 巨大なタイヤの側にいる男が言う。

 彼こそ、この兵器の開発者であるエドワード・グリーンである。

 

 新兵器の名前はチャージホイール。

 見た目は四角の箱が左右の対になる巨大なタイヤに挟まれた様な姿であり、そのタイヤの端にはロケットが取り付けられ、これで加速をするという物であった。

 用途としては、巨大なホイールを動かしロケットで加速させ、目の前の障害物を押し潰して前進。

 目標地点に達したら内部の爆薬を爆破させて、敵に損害を与えるというものである。


 その巨大なタイヤことチャージホイールの護衛にあたっていたのは第2小隊であった。

 アレク達が所属する4小隊はその後方に控えており、チャージホイールが目標地点に達したところで第2小隊と入れ替わる予定だったのだ。


「第1、第4小隊はポイント2-5に到着。交戦開始」

「了解。第2小隊は後退。第3小隊でホイールチャージを起動」


 オリガ中尉の指揮の下で部隊が動き出していく。


「敵の砲撃の中でここまで来たんだ。失敗したとか言ったら承知せんぞ」

 部隊の入れ替わり中に第2小隊の隊長が言う。不安と憤りが混じった声であった。

「それはエドワード中尉とかいう人に言って下さい」

 アレクは気持ちは分かるというニュアンスを込めて答える。


「大丈夫だ。問題無い」

 通信を聞いていたのか、エドワードの声が割り込んで聞こえた。

 彼はこの兵器の開発者であり、実地での効果を確認する為に部隊へ同行してきたのだ。


「疑わしいものだ」

 アレクが呟く。

「起動準備完了!」

 その呟きが聞こえなかったのか、エドワードはチャージホイールがいつでも動ける事を高らかに声をあげて告げた。


「さっさとやって下さい」

 素っ気ない態度で答えたのはアレクでは無くオリガ中尉である。

 彼女もこの兵器には疑念を抱いている。というよりも全く信用していなかった。


「タイヤが動くぞ。周囲を警戒しろ。第1分隊は指定したポイントへ行って待機しておけ」

 アレクが通信越しに言う。

「カウント、10秒!」

 同時に新兵器起動のカウントダウンが始まり、空気は更に張りつめたものへ変わっていった。

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