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50話 休暇中に起きた事

 次の日、アレクは軍服を着てクリスマスの空気が漂う街の中を歩いていた。

 グレーを基調としたカラーのジャケットとズボン、アイボリーのスカーフにダークグリーンのベレー帽。

 その上にオリーブグリーンの軍用コートを羽織っている。


「何だって買い物へ行くのにそんな格好なんだ?」

 出かける前、アレクが玄関でブーツの紐を結んでいると父親が呆れた顔で尋ねた。


「他に着れるものがジャージくらいしか無いからだよ」

 軍隊というのは形はどうあれ、衣食住を用意してくれる。

 アレクは1年以上家に戻らなかった事もあり、軍で支給された以外の衣料品をほとんど持っていなかったのだ。

 ちなみに軍に入るまでに使っていた物はサイズが合わなくなっていた。


「昔、お前が来ていた黒いジャケットは? あの銀のジャラジャラが付いていたやつ」

 父親がアレクのお気に入りのジャケットを思い出しながら尋ねた。


「カビが生えていた」

 忌々しそうに答える。

 1年以上クローゼットの中に放置していたのだから当然であった。

 背後で父親が何やらブツブツ言っているのを聞きながら玄関から足を踏み出し、そして現在に至る。


 しばらく歩いて市街地へ向かう途中、何度も通行人の視線が突き刺さった。

 街中を昼間からフラフラしている軍人などいないからである。

 しかも彼は下士官だ。

 通行人の中には襟首の階級章を見て、明らさまに舌打ちをする者もいた。

 おそらく、兵役の時にでも下士官にひどい目にあわされたのだろう。


 背後から車の音がする。セダンタイプの一般車であった。

 ガソリンはほとんど軍に徴用されており、価格が高騰している現在ではこういう大衆車が走っているのは珍しいのだ。


「もしかしてレンタカーかな……」


 一般市民が個人で自動車を使う場合、ほとんどがそれであった。購入するよりも遥かに手軽な価格である。

 そんな事を思いながら、ふと今の時間が気になり私費で買った軍用の腕時計に目を落とす。


 13時21分。

 昼食時であった。

 時計から視線を上げて自分がアラシア鉄道の駅前に出ていた事に気付く。

 周りには昼休みに入っているのであろう者達で賑わっていた。

 駅前の広場ではフィッシュアンドチップスを販売する露店が出ており、周りにはそれを買い求める者達が並んでいた。


「アレは……、食いたくないな……」

 露店に出ているフィッシュアンドチップスの不味さは軍用レーション以上かもしれないとアレクは常日頃から思っている。

 もっとも、それを好む人間もいる事を考えると好みの問題なのかもしれないが。


「俺も何か食うか……」

 アレクはたまたま目に付いたカフェに入ると、ホットドッグとコーヒーを頼み、窓際の席で通りを眺めながらそれを口の中に放り込む。


 そしてホットドッグを全て胃の中に収めて、軍で支給された物よりも遥かに上質なコーヒーを飲んでいた時だ。


 一瞬、「ワッ」という声が聞こえ、間髪入れずに「ドン!」という爆発音がカフェの窓を揺らした。


「……?」

 アレクは顔を上げて窓の外に視線を向ける。

 慌てて走っている人々の姿が見えた。


「何だ……?」

「爆発?」


 店内にざわめきの声が広がる。

 アレクはコーヒーを一気に飲み干すとレジへ向かい会計を済ませる。

 と、同時に店員に尋ねた。


「ガス爆発か?」

「さぁ……、どうでしょう……」

「俺は最近地元に戻っていないから分からないんだが……、こういう事はよくあるのか?」

「まさか……」


 店員は含み笑いを交えて答える。

 アレクも「そりゃあ、そうだよな」と同じ様に言う。

 警察が走って行く姿が見えた。


「少し見てみるかな……」

 店の外へ出て、建物の隙間から上がる黒煙を見上げて呟く。

 だが、実際の現場へ向かい、そこで起こった出来事を知るとアレクは流石に憮然となった。


 爆発の原因は自爆テロであった。


 話を聞くと、昼時に人々が集まった駅前の広場で男達が数人現れ、政府の 悪口を大声で並べ立てたらしい。

 その後、カバンから何か箱の様な物を取り出すと、「親、兄弟を返せ!」などという様な言葉を叫び、それを爆発させたという。


「それでこの有り様か」

 古めかしいコンクリート製の駅を前にた円状の広場には、怪我人や爆発で四散したモノが散らばり、爆発に巻き込まれた露店から火煙が上がっていた。


 死体などは見慣れているが、それはあくまで兵士の死体であり民間人のものでは無い。

 アレクはその事に思い至り顔をしかめる。

 本来、民間人が爆弾で死ぬなどという事が起こらないであろう場所でそれが起きたのだ。不快感を抱かずにはいられない。


「お母さん……! お母さん……!」

 血溜まりの中で倒れている女性の死体の横で、まだ学校に通っているかも定かでない年頃の少女が叫んでいる。


「……もし、俺があそこで昼飯を食わずにここへ来ていたら、テロを止められたのだろうか」

 泣きじゃくる少女の背中を見ながら思う。何やらドロドロとした不快な気分になる。


「どうも、戦死者の遺族がどうこう言っていたらしい」

 現場付近にいた野次馬の1人が言う。

「帝国軍じゃないのかよ……」

 もう1人の男がやるせないという様な声で答えた。


「……帰るか」

 戦死者の遺族がテロを起こした現場で、軍の下士官がいるのは問題だろうとアレクは足早に立ち去る事にした。


 帰り道を歩きながら、かつてトールが軍は市民を守るためにあると言っていた事を思い出す。

 しかし、先の話を聞いていると、その市民を守るはずの軍が原因で自爆テロが起きて何も関係の無い市民が死んでしまったのだ。


「何の為の軍隊なんだかな」

 アレクは自嘲する。


 それから数時間後。

 アレクは家に戻るなり、ジャージに着替えると自室に引きこもって溜まっていた据え置き型のテレビゲームに興じる。


「考えてみれば、どうせ家に戻ったら部屋でゲームするかアニメ観る以外の事はしないつもりだから私服なんて必要無いよな」


 そんな事を呟き、先刻の自爆テロを頭の片隅に置く事にしたのである。


 そして、外がすっかり暗くなってきた頃、父親が仕事から帰ってくるなり部屋に飛び込んできたのだ。


「アレク……! ミュラーが自爆テロで……、死んだ……!」

 部屋に入るなり、叫ぶように父親が言う。

 ショックを隠しきれず、全身が震えていた。

 それはアレクも同じであり、ゲームのコントローラーを取り落とした。


 昼間の自爆テロである。

 トールの両親は戦死者の遺族が起こした自爆テロによって死亡したのだ。





/*/





 真暦1082年12月29日17時24分。

 ミュラー夫妻の葬儀を終え、アレクは自爆テロが起こった駅のホームに立っていた。

 再び戦場へ戻る為である。


「軍は辞めないのか?」

 喪服姿の父親が尋ねた。


「うまく言えないが……、トールは戦争で死んだ。その両親も間接的に戦争で死んだ」

「例のテロの犯人は息子3人を戦争で亡くしたらしいな」

「俺は下士官になったから、そう思うのかもしれないが……、戦争と無関係を決め込んで日常生活に戻る事は出来ないな」


 アレクは答えてテロの現場で泣いていた少女を思い出す。

 母親を失ったあの娘はどうなったのだろうと、埒も無い疑問がよぎる。


「お前が責任を感じる事でもあるまい」

 父親は眉をひそめて言う。


「分かってはいるさ」

 ホームに電車が走って来る。

 もう、行かなければ。


「まぁ、お前の人生だ。好きにすれば良い。だが、俺は親友に続いて息子まで失くしたく無い」

 ホームに電車が止まり、ややあって扉が開く。


「善処する。……そういえば俺も軍にまだ友人がいるんだ。トールと同じ目に合わせたく無いな」

 茂助やサマンサにメイの顔を思い出して答えると、父親に背を向けて電車へ向かう。


「死ぬなよ」

「分かってるさ」


 父親に答えて電車に乗る。

 また、戦場へ戻るのだ。

 鉄と硝煙と血の臭いがして、銃声と爆発音が鳴り響く場所だ。

 そこに親友はいないが、失くしたくないモノがある。

 そして、そこ以外に戻れる場所も知らなかった。

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