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5話 任務

 トール率いる第4分隊は初陣で敵の奇襲部隊を全滅させるという戦果を挙げたことから、それなりに名前が知れ渡ることになる。

 その後の出撃も3回に1回は何かしらの戦果を挙げていることから、彼らの実力は新兵の中では高く評価される事となった。


 そうして初陣から約4ヶ月が過ぎた、真歴1080年の8月15日。


 軍服をキッチリ着こなし、夏の暑さから額に湧き上がる汗を止めることが出来ずにいるジーン・ランドルフ少尉が戦機用の整備テントに向かっていた。


 やがて目的地の前で脚を止める。

 トールの部下であり、かつての婚約者であるサマンサ・ノックスと目があったのだ。

 足元には男の隊員が数名倒れていた。大方、数少ない女性隊員であるサマンサにちょっかいを掛けて返り討ちにでもあったのだろう。


「……何をしているのかね?」

 ランドルフは鼻にかかったような声で尋ねる。

「格闘訓練です」

 対するサマンサも冷たい声で答えた。


 ランドルフはそれを聞いて、彼女の言うところの格闘訓練に対して何か嫌がらせでもしてやろうかと思う。

 しかし、これから彼らに与える任務を考えると、そんな嫌がらせは無意味だろうと思い直す。


「まぁ良い。それよりもミュラー軍曹はいるかね?」

 倒れている兵士を無視してランドルフはテント内に入る。

「軍曹なら中にいますよ」

 サマンサが答えた。


 トールは初陣の後に軍曹に昇進したのである。

 本人はアレク達が活躍して勝利したのだから、昇進するなら彼らであるとランドルフに報告したのだが、それは無視された。


「むぅ……」

 テント内に入ったランドルフは機械油の臭いに思わず顔をしかめる。

 そして並んでいる戦機の中に胸部のコックピットブロックが開放されている機体を見付けた。


「ミュラー軍曹?」

 トールはコックピット内で昼寝をしていた。

 呼びかけても起きなかったので思い切り頬を張る。テント内に乾いた音が響いた。


「ん! ……あ?これは、少尉殿?」

 トールは寝ぼけ眼で答える。

「成る程。休息は充分に取れているようで何よりだ」

 嫌味を込めてランドルフが言った。


「出撃ですか?」

 トールはランドルフの嫌味を無視して用件を尋ねる。


「その通りだ。君達にはポイントNのレアメタル精製工場に偵察に出てもらう」

 嫌味を無視された事に苛立ちを覚えながらも淡々とランドルフは用件を告げる。


 それを聞いたトールは怪訝そうな顔をした。

「そこは3日前に制圧したはずですが……?」

 ランドルフの提示した場所は既に自分達の制圧下にあるはずなのだ。

 そもそも、そこの制圧には自分達も関わっており、勘違いのしようも無い。


「ああ、その通りだ。しかし、昨晩からそこにいる駐留部隊からの定時連絡が途絶えている。もしかしたら敵の攻撃を受けたのかもしれんのだ」

「だから我々ですか……」

「君も知っての通り、あそこの制圧作戦にはヒノクニも関わっている。動向は早めに知っておきたいのだ」


 ランドルフの指したレアメタル精製工場の制圧作戦には同盟国であるヒノクニの支援があった事をトールは思い出す。


「制圧して3日で奪還されたとあればヒノクニに笑われるだろうな」

 ランドルフは冷たい声で言う。

「笑われるだけで済めば良いんですがね……」

 トールは苦々し気な顔でランドルフに答える。


 もし、この事がヒノクニに知られれば、今後において支援を受け辛くなるだけでなく、共同作戦を行う時のイニシアチブをヒノクニに握られる可能性もあるのだ。

 トールがそこまで頭が回ったことにランドルフは多少の驚きを交えながら口を開く。


「そういう事だ。まぁ、敵がいたとして、それを全滅しろとは言わん。ただ、敵がいるかどうかを確認してくれれば良いのだ」

「了解です。ポイントNに向かい敵の存在を確認。敵が存在した場合はその戦力の確認、完了次第帰還します」

「よろしい。では準備が出来次第向かいたまえ」


 ランドルフは命令書をトールに渡す。

 それを受け取り、トールは近くにいたサマンサに声をかけ、アレクと茂助を呼び出す様に指示を出す。





/*/





 その30分後、トール率いる第4戦機分隊はアジーレに乗り出撃した。


「隊長も怪しい任務を受けるものですね」

 戦機に揺られながら茂助が言った。

「やりたくてやってる訳じゃない」

 うんざりした声でトールが答える。

 彼は元々やりたくて軍人をやっている訳では無い。ここ最近は軍人としての生活に慣れつつあるが、それを良く思っていなかった。


「まぁ、私達の部隊はランドルフ少尉からよく思われてないものね」

 その1番の原因であるサマンサが何てことも無いというように言う。

「お前が原因だろう」

 すかさずにアレクが言い、隊員全員が陽気に笑った。


 そんな会話を時折交えながら2時間程進む。

 いよいよ目的地のNポイントが近付き、トールはそこで隊を停止させて簡単な昼食を取らせた。


 昼食は支給された携帯糧食である。

 紙のパックに入ったバーベキュー味のコンビーフのようなペーストであり、炭水化物からタンパク質、ビタミン、カルシウムなどが全て賄えるように作られた合成食品であった。

 それに、これもまた紙パックに入ったコーヒーと申し訳程度にウェハースチョコがセットになったものである。


「軍の食事っていうのは、どうしてこう味気無いのかね?」

 紙のパックにプラスチックのスプーンを突っ込みながらドールがぼやいた。

「俺は好きだけどな。美味くは無いが、簡単ですぐに終わらせることが出来る」

 支給された携帯糧食に入っているのはペーストとコーヒーとウェハースの3つしか入っていない。確かにアレクの言う通りにすぐに済ませることが出来る。


「お前はそうだろうね」

 アレクはかなり無精なところがあり、それに対してトールは呆れていた。


「私も隊長の意見に賛成です」

 茂助はトールに同意する。

「そうね。軍務の中の楽しみといえば食事くらいだものね」

 パックのコーヒーの不味さに顔をしかめながらサマンサも同意した。


「そうか?楽しみは色々あるだろ」

 アレクは懐から携帯ゲーム機を取り出して電源を入れる。

 作戦中にこういった私物を持ち込むのは軍規違反であった。

「……この分隊がランドルフ少尉に嫌われてるのは、ノックス伍長だけが原因じゃない気がしてきました」

 眉をしかめながら茂助が言う。


 トールは苦笑しながら辺りを見回した。

 自分達は現在、目標のレアメタル精製工場へ続く道にいる。

 周りは針葉樹林となっており、見通しは効かない。

 土地そのものも山岳地域にしては珍しく、平地が続いていた。

 目標地点である工場は針葉樹林に囲まれ、その東には河が流れており、侵入経路は限られている。


「目標地点までどれくらいかかる?」

「はい?」


 トールが突然尋ねたのでサマンサは思わず聞き返す。


「いや、だからここから工場までどれくらい時間がかかる?」

「あぁ……、多分1時間といったところでしょうね。……途中で妨害が入らなければだけど」


 サマンサの答えを聞いてトールは思案顔を見せる。

 それを3人は珍しい事もあるものだと思い、トールが次に何を言い出すか注目した。


「あぁ、ここで戦機を降りて徒歩で工場の偵察に行こうかと思ってね」


 それに気付いたトールが言う。言った後にそれが正しいのかどうか、教師に解答を伺う生徒のような顔と気分で3人を見た。


「何でまたそんな事を?」

 そう尋ねたのは茂助である。


「敵がもし長距離用のレーダーなんかを持っていた場合、戦機で近付けばすぐに見つかってしまうからね。そうなれば間違い無く戦闘になるだろうけど、敵の数がこちらよりも少ないって事は無いだろうから勝ち目は無い。……そもそも俺達は偵察が任務で戦闘は命令されてない」


 そこまで言ってトールはパック入りのコーヒーを一気に飲む。


「戦闘を避けたいということか?」

 アレクがゲーム機に視線を向けながら言う。

「徒歩でこの森を抜けていくなら敵のレーダーにも引っかからない」

 肝要なのはそこである。

 トールはパックをアレクの方へ傾けながら言った。 


「どう思う?」

 アレクが言う。相変わらず視線はゲーム機に向いていた。

「良いと思うわ。……途中で敵兵に出くわさなければね」

 答えたのはサマンサである。隊長であるトールの出した方針に対して具体的な行動案を考えるのは彼女である事が多いのだ。


「敵が工場を制圧したとして、昨日の今日だからそこまで手を回す余裕は無いと思うよ」

 ポイントNの工場から連絡が途絶えたのは昨晩である。

 制圧されたのがそれくらいの時間帯だったとして、まだそこまで時間は経っていない。

 戦闘後の事後処理を考えると、周りに兵を配置して完全な警戒網を敷くには、まだ時間がかかるはずなのだ。


「それなら、徒歩で向かったとして、目標地点までどれくらいかかる?」

 トールがサマンサに尋ねた。

「多分、3時間くらいかしら?向こうに付く頃には夕方ね」

 地図と時計を手繰り寄せながらサマンサが答えた。


「なら、丁度良い。日が落ちかけているなら、森の中で敵に見付かる可能性は少ない」

「こちらが迷子になるかもしれませんよ?」


 トールが機嫌良く言ったことに茂助が刺すように言葉を入れる。


「山の上なら仕方ない、だ」

 それに対してトールはやや苦笑を交えて答える。

 アレクと茂助は顔を見合わせて「あー」と声をあげた。

 夜道の山の中を無くし物を探して歩いた記憶を思い出したのだ。今更になってその時の経験を思い出すとは思わなかった。


「まぁ、敵に見付かった時は仕方無いと諦めるさ」

 他にやりようも無いとトールは肩をすくめる。


「なら、私は戦機を見張ってるわ」

 サマンサが言った。

「頼む」

 トールが答える。

 女性兵は男性兵と違い、夜中に叩き起こされて山中を走ったり、何故か自分のベットか有り得ない所に移動するといった事は無かったので、足腰に関しては男性兵ほど鍛えられていないのだ。


 昼食を済ませた後、トールはアレクと茂助を連れて森の中に入り、レアメタル精製工場へ向かった。


「しまったなぁ……。野戦服を着ておくべきだった」

 トールは今更になって、そのことに思い至り後悔する。


 彼らは全員、オリーブグリーンの作業服の上に戦機パイロット用のジャケットを上に装着して、同じくパイロット用ヘルメットを被っているだけであり、徒歩による偵察を行うにはあまりにも軽装過ぎた。


 装備に至っても、支給された9ミリ拳銃とそれぞれが私物として購入したサバイバルナイフくらいのものだったのである。


「ここは平地だから、そんなに問題ないだろう」

 アレクは倒木を飛び越えながら言った。

「むしろ暑いくらいですよ」

 続けて茂助も倒木を飛び越えて言う。季節としては夏真っ盛りであり、彼らの格好は軽装とはいえ、汗を流すには充分な暑さを感じさせた。


「それでも3時間歩き続ける格好じゃない」

 トールは倒木を迂回する。飛び越えられる高さじゃないと思ったのだ。

「訓練生の時にTシャツ1枚で山歩きした奴の発言とは思えんな」

 アレクが笑う。

「山の上だから仕方無い」

 ムスッとした顔でトールが答える。


 ただ、アレクのその発言は間違ってはおらず、実際に3人は軽装のまま、休みも取らずに道の無い森の中を通って目標地点まで辿り着いた。

 もっとも、途中で野生の熊を発見し、これを迂回した為に当初の3時間という見込みよりも30分多く時間をかけることになったが。





/*/





 17時20分。

 Nポイントのレアメタル精製工場は既にルーラシア帝国軍によって占拠されていた。

 工場の事務室は臨時の司令部として、戦闘の事後処理を行っている。


 その中にオレンジ色の髪が特徴的な男が窓辺に置かれた椅子に座りながら外を眺めていた。

 男の名前は、李・トマス・シーケンシー。

 名前から想像出来る通りに、彼は様々な地域の者を祖先に持つ。

 元々ルーラシア大陸に昔から住んでいる民族や、西側から移民しててきた民などである。

 

 彼のオレンジ色の髪の毛は移民してきた者に見られる特徴であるが、顔の彫りは薄くルーラシア大陸東部に住んでいた現地民のそれであった。

 もっとも、ルーラシア帝国の人間では珍しいということも無い。


「小隊長!」

 新人の兵士が呼びかける。

「ん?」

 シーケンシーは視線だけを動かす。

 彼はこのレアメタル精製工場を制圧した部隊の小隊長なのだ。


「東側の森に仕掛けた生体センサーが反応しなくなりました」

 新兵はやや上ずった声で報告する。

 それに対してシーケンシーは一度目を伏せて「ふむ……」と僅かに身じろぎをした。


「故障ということは?」

 シーケンシーは怪訝そうな顔で尋ねる。

「古いタイプでしたけど、一度に複数が壊れるって事はあり得ませんよ」

 仕掛けた生体センサーは複数ある。そのほとんどがほぼ同時刻に反応しなくなるということはあり得ないと新兵は言葉を付け足した。


「敵の工作員か……?」

 シーケンシーは落ち着いた声で呟く。

「どうします?」


 時間的なことを思えば、ここが制圧された事に気付いた敵が出した偵察兵である可能性は高い。

 シーケンシーはそう思って立ち上がる。


「第2分隊にセンサーの反応が無くなった所を調べさせろ。……それと私の機体を動かせるように準備させておけ」

「小隊長の機体を?」

「念の為だ」


 新兵は敬礼して走り出した。

 シーケンシーも立ち上がり、近くにいた副官に指示を出す。

 他の兵士達もそれに気付き、慌ただしい動きになった。


「まだ敵が来たと決まった訳じゃ無い。我々が緊張すれば部下も釣られて緊張する」


 シーケンシーは落ち着き払って笑みを浮かべながら言う。

 その態度に兵士たちは安心感を覚え、落ち着きを取り戻した。


「それでも万が一ということもある。私も戦機で出るから、手の空いている分隊を2つほど待機させてくれ」

 シーケンシーはそう言ってロッカー室に向かう。

 その姿は堂々としており、エースパイロットそのものといえる。


 事実、彼は百戦錬磨で撃墜数は50を下らなく、立ち振る舞いも堂々と落ち着いていることから、ルーラシア帝国では名の知れたパイロットであった。

 ただ、彼はそんなルーラシア帝国の世間には見せない顔も持ち合わせていた。


「ハァ……」


 シーケンシーはロッカー室に入り、そこに誰もいないことを確認すると大きくため息をつく。

 そして、そのまま額をロッカーに打ち付けた。乾いた音がロッカー室に響く。


「また、戦闘になるかもしれないのか……」

 そう思い、彼の気分は重く沈む。


 この李・トマス・シーケンシーという男は軍人でありエースパイロットでもあったが、戦闘を極度に嫌っていたのである。

 同じようにトール・ミュラーも戦闘を嫌っていたが、シーケンシーの場合は戦闘前になるとほとんど鬱状態になることから、彼の戦闘嫌いは群を抜いているといって良いだろう。


 もっとも、彼は人前ではそういった態度は一切見せていない為に、その事に気付く者は誰もいない。

 彼は胃薬を服用しているのだが、それを尋ねた部下に対しても「これはサプリメントだ。兵士は身体が資本なのだから栄養バランスを崩さないようにしないとな」と笑って誤魔化していた。

 兵士もそれをすっかり信じ込み、彼が薬の包装紙を素早く懐に入れるのを気付かずに関心するという話もあるくらいなのだ。


 やがて、ロッカー室に誰かが近付いてくるのを感じたシーケンシーは表情を元に戻し、目の前のロッカーに入れらているパイロット用のジャケットを手に取った。

 同時に何人かの兵士が話し声と共にロッカー室に入ってくる。


「出撃ですかな?」

 入ってきた兵士達の中で、とりわけヒゲの濃い男が口元に笑いを浮かべてシーケンシーに尋ねた。


「まだ分からんよ。センサーが故障した可能性もある」

 同じ様にシーケンシーも笑いを浮かべて答える。彼はパイロットであると同時に演者でもあった。


「厄介ですな。あんな物が見付かったばかりに、我々はいらん苦労をする訳だ」

 男はシーケンシーの余裕溢れる口調に満足しながら言う。

 それは、一度はアラシア共和国軍に制圧されたレアメタル精製工場を、再制圧した理由であった。

 ここには重要な物が運び込まれていたのである。


「本土から応援の中隊が来るまで今しばらくかかる。それまでの辛抱だ」

 シーケンシーは何という事も無いさと肩を竦める。

 だが内心では冗談じゃ無いと本気で嫌がっていた。

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