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49話 ミュラー夫妻

 真歴1082年12月20日。

 久々の故郷は雪こそ降っていなかったが、空気は体を震えさせる程度には冷たかった。

 アレクは久々に故郷であるストーンリバーへ帰郷したのだ。


「前に戻ったのは何時くらいだ?」

 電車から降りて、駅のホームに漂う空気の冷たさを感じながら呟く。

 周りには同じ様に休暇で戻った者や、兵役を終えた者達が家族や友人と再会を喜ぶ姿で溢れている。


 その中にアレクは見覚えのある人相を見つけた。

 自身の父親である。

 アレクと同じ様にややつり上がったエメラルドグリーンの瞳と彫りの深い顔立ちの男だ。

 ただアレクと違い、髪の毛は白髪であり、顎がアレクよりも横に広い。


「よう。大分老けたな」

 アレクは父親の顔を見るなりその白髪を笑う。

「戻ってきて最初の一言がそれか」

 父親も笑いながら答える。

 その父親の隣であるが、母親はいない。

 アレクの母親は、彼が10歳の時に流行り病で死亡しているのだ。


「お帰りなさい」

 しかし、母親代わりはいる。

 ミュラー夫人。

 つまりはトールの母親であった。

 

 アレクの父親の隣にはトールの父親と母親がならんでいる。

 トールの父親は息子に似て丸顔で黒髪であり、母親はその反対に細長い面立ちであった。

 

「ただいま戻りました」

 アレクはややバツの悪そうな顔で答える。

 彼らの本当の息子は戦死しており、自分だけが休暇として戻ってきたのだから当然である。


「トールの事は気にしないで良いよ」

 トールの父親がアレクの表情を察したのか口を開く。夫人も横で弱々しく笑う。


「軍に取られれば息子は死んだものと同じ様なものだからね。……それは私も兵役で戦闘に参加していたからよく分かるよ」

 その話はアレクも聞いたことがある。

 自分の父親とトールの父親は兵役時に同じ部隊に所属し、同じ歩兵戦闘車に乗っていたという話であった。


「懐かしいな。お前が射撃手で俺が運転手。車長の元で何台も敵の車両を撃破したものだ」

 アレクの父親が言う。

 本当に敵を何台も撃破したとは思えないが、少なくとも戦闘に参加していたのは事実であろう。


「良かったら一緒に食事でもどうだい? あの親不孝者の話を聞かせてはくれないか?」

 トールの父親が言う。

 死んだ息子の話を聞くのは辛くはないだろうかとアレクは躊躇ったが「分かりました」と了承した。


 そしてミュラー宅で夫妻にトールの話を聞かせる事になったのだが、いざ話そうと思うと何処から話せば良いのかが難しい。とりあえずは順を追って振り返る様に話し始める事にした。


 ミュラー夫妻はアレクが思ったよりも立ち直りが早いのか、物語でも楽しむようにトールの逸話を聞いていた。


 全てを話し終えたのと、食卓に並んだ物が全てアレクの胃袋に収まったののはほぼ同時である。


「まぁ、部隊を助ける為に戦死したんだ。あの息子にしては立派な事だよ」

 トールの父親はため息混じりに言う。

 結果としてはその通りであった。


「……」

 しかし、あの時にトールでは無く自分が遺跡内部に向かえば誰も死ななかったのでは無いか?

 埒も無いことだが、アレクはそう思う。


「アレク……。君は大丈夫だと思うが、トールの後を追う様な事は無いようにしてくれよ」

 トール父親が言う。

 それにアレクは曖昧に頷く。


 その後、ミュラー宅を後にして夜の街道を自分の父親と並んで歩いて帰った。


「実際のところ、お前はこれから先どうするんだ?」

 父親が尋ねる。

「どうするって?」

 アレクの生返事に父親の顔が苦々しいものに変わった。


「一応、あと少しで退役が可能なんたろう? お前が望むなら何処かの民間企業にでも就けるだろうに」

「まぁな」


 父親の言う事はもっともだ。

 それは理解している。

 実際、アレクは退役をしようという気分になっていた。

 ただ、それを面と向かって言われるのは少々不愉快ではある。


「年が明けたら考えるさ」

「作戦参加中は除隊届を出しても、中々受理されんぞ」

「知ってるよ。こちとら職業軍人だ」


 作戦中、除隊届に限らず転属願や有休申請の様な、部隊の人間が移動するような届が認められる事はほとんど無い。

 こうしたものを人事に提出して、受理されるのは部隊が作戦から外されている場合や、後方勤務にあたっている時など、作戦に影響が少ない状況の時だけである。


「今回はたまたまだな。第9小隊が後方の検問所にあたっていたのもあるが」

 その検問所も、アグネア爆発事件の調査部隊が駐留している事もあり、敵に襲われる可能性が低いのだ。


「何にせよだ。将来についてもう少し考えた方が良い」

 父親の言葉にアレクは「フッ」と鼻で笑って答える。

 柄にも無く父親らしい事を言うものだと思ったのだ。

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