44話 地下で見つけたモノ
そこは所謂コンピュータールームであった。
デスクと一体になったコンピュータが何列も並び、正面の壁には巨大なモニターが埋め込まれている。
それらのコンピューターの幾つかは電源が入っており、モニターには地図やら数列やらが映し出されていた。
そして壁の巨大モニターであるが、これも電源が入っており、巨大な金色のペンシルの様な物が映されている。
部屋の明かりはそれらモニターの光とと天井に取り付けられたレールの小さなスポットランプが幾つかあるのみで、それらが灰色の壁とグレーの床を照らしている。
しかし、光量は少なく薄暗い。
「ミサイル……。いや、アレがアグネアでしょうね」
モニターに映し出されたそれを見てザザが呟く。
「おそらく、ここが最下層だと思うが……」
自身が記憶した遺跡の地図と自分達の進んて来た道を照らし合わせながらトールが言う。
実際には、ここよりも下層階はあるのだが、そこへ辿り着く為の通路はまだ瓦礫に埋もれているのだ。
「さて、どうしたものか……」
その時であった。
コンピューターの影から複数の人影が飛び出し短機関銃を向けてきたのだ。
3人は反射的に身をかがめる。
連続する銃声が響き、背後の壁が砕かれた。
「誰だ!」
ザザが叫ぶが返答は無い。
「敵ですね」
茂助が冷静に解答する。
「驚いたなぁ……」
心臓の鼓動を感じながらトールは短機関銃のセーフティを外した。
「……!」
次の瞬間、3人の左右正面から1人ずつ短機関銃を持った敵が物陰から飛び出す。
再び響く銃声。
倒れたのは敵兵であった。
茂助とザザはこれを難なく撃ち倒したのだ。
だがトールは正面からの飛び出した敵の下敷きになりながらもみ合っていた。
「こいつ!」
茂助がトールに馬乗りになっていた敵の襟首を掴む。
驚いた敵兵が茂助の方に向き治ると同時にその身体が宙に舞い、デスクと一体になったコンピューターに叩き付けられた。
「かはっ……!」
敵の嗚咽、そして銃声。
叩き付けられた敵兵の額がザザによって撃ち抜かれたのだ。
「うっ……!」
トールが呻く。左腿に軍用ナイフが深々と突き刺さっていたのだ。
「隊長!」
茂助が駆け寄る。
「また来た!」
ザザが短機関銃を撃ちながら叫ぶ。
コンピューターの物陰を走る敵兵の姿を茂助も確認する。このまま進ませるとトールの背後から現れるだろう。
「失礼」
茂助はトールの膝に刺さっているナイフを抜く。刃渡り15センチ程はありそうなサバイバルナイフである。
「うっ……!」
ナイフを抜かれた足を抑えてトールが呻く。
その背後から敵の兵士。
茂助はそれに向かって駆けると、先程までトールに刺さっていたナイフを振るう。
一瞬の早業である。
茂助は敵の喉元を搔き切り、これの息の根を一瞬で止めたのだ。
すぐさま敵が持っていた短機関銃を回収して発砲。
何人かが倒れる音がして、茂助はコンピューターの物陰に身を隠す。
その場に静寂が訪れる。
「ザザ、茂助、左右に分かれて反対側から敵の動きを探ってくれ」
トールの手当をしようと駆け寄ったザザであったが、本人は必要無いとでも言うように指示を出す。
「了解」
何処からかロープを取り出して刺された膝を縛って止血を試みるトールを背に茂助とザザは進み出す。
2人は音をたてる事なく進み、コンピューターの影に敵が隠れていないか調べ始めた。
左右の反対側から同じ歩調で進み、デスクとデスクの列の間に視線を走らせ、手信号でお互いに合図を送る。
それを何度か繰り返した時だ。
デスクに寄りかかる人影があり、微かにそれが動いていた。
「……!」
茂助は短機関銃を構え、手信号を送る。
ザザもそれを確認して「了解」と返し、同じ様に短機関銃を構えた。
そして同時に飛び出して短機関銃による斉射。
数発の銃声と敵の呻き声。
残っていた敵を打ち倒す。
それから、ややあっての事である。
「隊長!」
茂助の凛とした声が響く。
「何か!」
トールも同じ様に声を返す。茂助としては「来てください」と言葉を続けたかったのだろうが、膝を負傷したトールにそこまで歩けというのは無理な話である。
それに気付いた茂助はすぐにザザにトールをここまで連れてくるように指示を出す。
それから間もなくザザに支えられたトールが茂助の元へやってきた。
「何だ? 出来ればこれ以上の出血はしたくないんだが……」
大腿から血を流しながらトールが顔をしかめて言う。
「ミュラー……、今は少尉か……」
弱々しい男の声がする。
「何?」
声の主は赤ら顔に八の字に髭を生やした男であり、床に血を流しながらデスクに寄りかかっていた。
「はて……?」
誰だったかとトールは自身の記憶を探る。
「カルル・コトフ大尉ですよ」
自身の元上官だろうと茂助が呆れた様に言う。
「ああ!」
その言葉で記憶が蘇る。
かつて、ヒノクニのジョッシュ要塞に出向した時である。
その指令をトールに下したのがカルル大尉だったのだ。
「スパイの次は泥棒という訳ですか」
皮肉を込めてトールが言う。
カルル大尉はルーラシアのスパイであり、それが原因で部下であるトールが疑われ、ヒノクニの憲兵に尋問をされた事があったのだ。
忌々しい事だとトールは冷たい視線をカルルに向ける。
「軍人というのはそういうものだ……。それよりも貴様が今まで生きている事の方が私には不思議でならんよ」
カルルは呻く様に言う。
スパイとはいえ、トールの上官であった事には違いない。
彼が訓練生だった時の成績の低さはよく知っていたのだ。
「部下と運は良いもんで」
そう応えながらカルルを見下ろす。その腹部から流れた血がつま先まで広がっていた。この出血量ではもう長く無いなと思う。
《トール少尉、聞こえるか?》
雑音混じりの声が通信機を内蔵したヘッドセットから聞こえきた。ゼイ大尉の声である。
「はい?」
《そちらの状況は?》
「地下のコンピュータールームにてルーラシア帝国の兵士と交戦。これを殲滅。アラシアのスタッフは……」
視線を向けた先で茂助が首を横に振る。
その足元にはアラシアのスタッフらしき人物の遺体とこの遺跡の資料と思しき書類が転がっていた。
「アラシアのスタッフは帝国兵に全員殺害された。生存者0」
そこまで言うとトールは舌打ちをする。
《……残念だ》
「果たして彼らが何を考えていたのか気になりますけど……」
《ああ。だが、今は後回しだ》
ゼイ大尉の言葉は、再び何かが起きた様な風であった。
またトラブルかと思いながらトールは近くのキャスター付き椅子に腰をかける。
手持無沙汰なザザが駆け寄ると一言「応急処置を」と声をかけた。
「何かあったんですか?」
簡易救急キットを取り出すザザを見ながらトールはヘッドセットに尋ねる。
《敵の増援だ。戦機が2機に車両……、おそらく兵員輸送車が1両》
予想外の言葉にトールは顔を歪ませる。この一帯は制圧しているはずなのに、まだ敵は戦力を持っていた事に驚きを隠せなかった。
「了解しました。茂助とザザを上げます」
それだけ言うと通信を切る。
視線を下げて、デスクの壁によりかかるカルルに顔を向けた。
「そちらの回収部隊ですね」
それを聞き、カルルはトールに顔を向けた。もはや息も絶え絶えである。
「……元上官の誼だ。警告してやる。……命が惜しければ、さっさと逃げる事だ」
口の端を歪ませながらカルルが言う。どこか嘲笑するような表情であった。
「どういう事です?」
「アラシアは……、強欲な事だ……。だから、好きになれん」
トールは目を細めた。傷の痛みからである。見ればザザがトールの履いているズボンの傷口周辺を破き、消毒スプレーをかけていた。
「死んでます」
茂助がカルルの身体を確認して言う。
敵とはいえ、顔見知りが死ぬというのは不愉快なものだ。
やれやれとトールは視線を落とす。
「まだ、増援があるんですかね?」
ザザが尋ねる。
「かもしれない。2人は戻って、ゼイ大尉が言っていた敵に当たってくれ」
増援。
そんな単純なものだろうか。トールはカルル大尉の言葉に何やらもっと大きな陰謀めいたものを感じていた。
「分かりました。……ただ傷の手当は終わらせますよ」
ザザは答えると、傷口の応急処置に使われる冷凍スプレーを取り出した。
「傷はどうなんだ?」
目眩を感じながらトールは尋ねる。
「傷の割に出血は少ないですから、変な血管とかは切れてないと思います。とりあえず傷を凍らせて塞ぎます。放っておいても死にはしないでしょうが、後で衛生兵に見せた方が良いですよ」
そう答えるとザザは手際良く傷口に冷凍スプレーを吹きかけて、止血パッドと包帯で傷の応急処置を終える。
「随分と用意と手際が良いね」
それを見ていたトールが言う。冷凍スプレーだの消毒スプレーだの、よく持ち合わせていたものだ。
「第1第2分隊じゃ、怪我なんて日常茶飯事ですからね。個人個人でこれくらいは出来ないと衛生兵か過労死しますよ」
それを聞いてトールは苦笑する。
第1第2分隊はその戦力評価から、第9小隊の中では酷使している分隊であり、ましてや分隊長が好戦的なアレクであればそうだろうと思ったのだ。
「隊長はどうするんです?」
尋ねたのは茂助だ。
「この脚じゃロクに操縦も出来ない。ここに残って、カルル大尉が何を企んでいたのか調べてみることにするよ」
そう答えて足元に落ちていたファイルを拾い上げた。何か資料らしきものか挟まれているのが見える。
「了解しました」
茂助は短く答えるとザザを引き連れて自分達の機体へ戻っていった。
一方、トールはコンピューターの画面と散らばった資料に目を通す。
「おいおい……、冗談だろ?」
いくつかの資料に目を通しながら呟く。
それはトールにとってはあまりに深くて重い陰謀が含まれた内容だった。




