42話 厄介事の影
「まずはこれを見てくれ」
ゼイ大尉は長机の上に1枚の地図を広げた。
それはこの遺跡の内部のものであった。
「これがどうしたっていうんです?」
尋ねたのはアレクだ。
その横で部下の1人がマジマジと地図を眺めている。
「これは……、民間用のシェルターにしては随分規模が大きいですね」
地図を眺めていた部下が呟く。
彼はジョニーの部下であるザザという男である。
かつて、トール達がこの遺跡へ物資を届けた時に付いてきた隊員の1人である。
「そうなのか?」
ジョニーが尋ねる。
「ええ、かなり深いですよ」
訳知り顔でザザか答えた。
「このマス目みたいのは何だい?」
地図の丁度中央辺りにマス目の様に区分けされている箇所を指差しながらトールが尋ねる。
「そこがシェルターだよ。一応、核兵器の直撃に耐えられるくらいには頑丈だ」
答えたのはゼイ大尉だ。
「これくらいなら、戦機でも入れそうですね」
ザザは地図の寸法から各区域の面積を計算する。
「しかし、何でそんな巨大なシェルターが?」
「ああ、それが問題なんだ……」
ゼイ大尉は言い淀む。
あまり話したくないというのが、その態度から見て取れる。
「実はここが民間用のシェルターというのは偽装で、本当は大量破壊兵器の貯蔵庫だったんだ……」
ボソボソとゼイ大尉は語り出す。
「大量破壊兵器?」
隊員の1人が呟く。
それを聞いたゼイ大尉は頷く。
「そう……。ここには先史文明を滅ぼしたアグネアの火矢が保管されている」
周りの空気が止まる。
その場にいた全員が何を言っているかを理解するのに数秒かかった。
「アグネアの火矢……」
それは崩壊戦争時に使用された大量破壊兵器である。
都市1つどころか、島や大陸すら焼き尽くす程の威力があると言われており、この時代の文明を滅ぼした原因ともされていた。
「珍しい話ですけど……、今までにもそれは見付かっていたでしょう?」
冷静さを取り戻したザザが言う。
アグネアの火矢そのものはこれまでにも何度か見付かっている。
しかし、そのどれもが1000年という年月の中で経年劣化してしまい、かつてはそういった物であった事が何となく分かる程度の鉄屑となっていたのだ。
その為、アグネアの火矢そのものはロストテクノロジーとなっており、どの様な類の兵器であったのか、そもそも本当に大陸を滅ぼす程の威力があったのか、正確には分かっていなかったのである。
「今まではね。しかし、これは生きている……。機動可能な状態なんだ」
沈痛な面持ちでゼイ大尉は言う。冗談や嘘を言っている様には見えない。
隊員達はどよめく。
「世界を崩壊させた兵器だぞ……」
「使えるってことか……?」
それぞれ思い思いの言葉を呟く中、トールは自分が非常に厄介な事に関わってしまった事を理解する。
「ルーラシアが狙う訳だ」
アレクが納得しながら言う。
伝承が真実であれぼ世界のパワーバランスを変えてしまう様な兵器である。
ルーラシア帝国やヒノクニだけでなくアラシア共和国、モスク連邦なども喉から手が出る程に欲しがるだろう。
そこでアレクはある事に気付く。
「大尉。それが見付かったのは10月の中旬から末頃じゃないですか?」
その質問にゼイ大尉は僅かな驚きを持って顔を上げる。
「その通りだ。10月の25日だったな」
嘆息しながらゼイ大尉が答える。
それを彼の部下であろう女性隊員が咎めた。
「……何で分かったんだい?」
咎められて気付く。
何故、アレクはアグネアの火矢が発掘された時期が分かったのだろう。
「なるほど。師団長閣下が視察に来る訳だ……」
アレクは何かを理解したかのように呟くと苦々しい顔になる。
「そういう事か……」
それを見たトールも同じ様な表情で言う。
「どうやら師団長が視察に来た理由は、アグネアを確保する為だな。まぁ、発掘したその物では無くてデータだったり一緒に発見された関連した物だろうがね」
「政略的な何かに使おうという訳だ。おかしいと思ったよ。この時期に何で師団長自らが出張ってくるのか」
アレクとトールは言い合ってアラシアの発掘スタッフのいる方向へ冷たい視線を向けた。
「どういう事だい?」
師団長やら視察やらという単語が出てきた事を理解出来ずにゼイ大尉が尋ねる。
「11月に入って、ウチの師団長が急に視察としてメーリャン基地に入ったんですよ」
トールが答える。
師団長と呼ばれる様な人物が前線に視察に来るというのは確かに珍しい話であった。
「しかし、前線上がりの将官ならそういう事もあるだろう? 特に今は戦線は膠着状態だというみたいだし……」
「普通ならそうでしょうね。しかし、何故メーリャン基地に? しかもアグネアが発見されたタイミングで?」
トールの言葉にゼイ大尉は黙り込む。
ここにはアラシア共和国のスタッフもおり、アグネアの火矢を発見するのに一役買っている。
この超兵器を今後どうするのかについては高度な政治的判断が必要になるだろう。
そうなれば政府と繋がりを持っている様な師団長クラスの人物が動き、この発掘現場に何らかの軍事的な介入を行う事で、アグネアの火矢をヒノクニの独断で取り扱えないように仕向けるのは明らかだ。
「……というより、大尉達は俺達と会う前からここにアグネアの火矢がある事を知っていんじゃないですか?」
アレクは疑念に満ちた視線を向けながら尋ねる。
「そんな事は無い! 我々はここが民家用シェルターと聞いて発掘に来たんだ」
慌てながらゼイ大尉が言う。
嘘では無い。
確かにこの場所を発見したのは、この地域で戦闘を行っていた部隊であり、ゼイ大尉達では無かったが、その時の簡易的な調査では民間用のシェルターとしか判断出来なかったのだ。
「有り得ない話では無いね」
アレクに同意したのはトールだ。
「少尉まで……」
いい加減にしてくれとゼイ大尉は憤りを感じはじめる。
「大尉は知らなくても、上の方が知っていた可能性はありますよ」
「どういう事だい?」
トールは再び思案顔になり、ややあってから口を開く。
「まず、この遺跡が発見されたソーズ地域という土地ですよ。ここはヒノクニとルーラシア帝国の境目です」
つい最近まで、ソーズ地域はルーラシア帝国の制圧下となっており、ここを境目にヒノクニとルーラシア帝国は睨み合いを行っていた。
「要は最前線だ。一応、この辺りはヒノクニの制圧下とはいえ、敵に襲われる可能性は充分あります。……にも関わらず、大尉達みたいな発掘部隊が来る事自体がおかしいんですよ」
ゼイ大尉率いる戦史研究科は、軍に所属しているとはいえ、その実体は民間組織に近い。
その様な部隊が戦闘地域に出向してくるというのにトールは違和感を覚えていたのだ。
「崩壊戦争前の遺跡だろ。そういう事もあるんじゃないか?」
アレクが尋ねる。
「思い出してくれ。ゼイ大尉が来た時、確かに遺跡周辺は制圧下だったが、その目と鼻の先ではまだドンパチがあった頃だったろう?」
ゼイ大尉達がやって来た時はメーリャン基地を制圧する前の事であり、トールの言うとに遺跡から十数キロも進めば最前線だった時期である。
そんな時に遺跡発掘部隊が来るというのは普通に考えれば有り得ない話だ。
「おそらく、ヒノクニ上層部は何らかの形でここにアグネアがある事を知って、大急ぎで大尉達を派遣したんじゃないですかね?」
「……我々は何も聞かされていない」
「あの時は我々みたいな他所者もいましたから迂闊に知らせる訳にもいかなかったんてしょう」
更に言えば、その時はまだ民間用のシェルターとしか判断が出来ない様な状態であった為に知らせる必要も無かったのかもしれない。
「だがその内に、俺達アラシアもここにアグネアがある事に気付いてスタッフを派遣した訳かい?」
アレクが言う。
そのエメラルドの瞳はアラシアの遺跡発掘スタッフに向いていた。
それに気付いたスタッフの1人が何を言っているのか分からないという表情を浮かべる。
「まぁ、我々が知ればルーラシア帝国が気付いてもおかしくないですね。それで帝国はこの周囲の残存勢力を集めて襲ってきたんですか?」
疑問を口にしたのはザザである。
トール、アレク、ゼイ大尉の3人は口を噤んで思案顔になった。
「可能性は高い。何時かの無人機もその為の準備だったのかもしれんな」
少し前にアレク達は敵の工場跡で無人機と戦闘を行っていた。
トールやアレク達はそれを思い出す。
「あの……、良いですか?」
凛とした女の声が会話に刺し込まれた。
それはゼイ大尉の部下である女性隊員である。
「どうかしたかい?」
ゼイ大尉が答えた。
「その……、アラシアの発掘スタッフのチーフとその周りの人がいないみたいなんですが」
発掘スタッフ達が何やら困惑している様子が見て取れた。どうやら本当にいなくなったらしい。
「死んでるんじゃないのか?」
皮肉っぽくアレクが言う。
「その死体が無いんですよ」
女性隊員が即座に言葉を返す。
「彼らは最後何処にいたんだい?」
ゼイ大尉が尋ねた。
他国のスタッフが戦闘に巻き込まれて死んだとあれば話が余計にややこしくなる。
これ以上の厄介事は抱え込みたくないと不安そうな表情であった。
「地下7階のシェルターブロックです」
女性隊員が答える。
「なら、そこに隠れているのかも……」
希望的な予想である。
そうあって欲しいという大尉の言葉が漏れた。
「なら探してきますか?」
トールが提案する。
「頼めるかい? 私はここの被害状況を調査したい」
周囲を見ながらゼイ大尉が答えた。
「了解。茂助、あとザザ上等兵も着いてきてくれ」
「中は広いからね。戦機で入ってくれて構わないよ。マップデータも渡しておく」
トールはマップデータの入ったディスクを受け取り、自機のアジーレに乗り込んだ。
データのダウンロード中、改めて自分が厄介な事に巻き込まれている事を自覚して嘆息する。




