4話 初陣
ゴツゴツとした岩山に囲まれた狭い道を4機の戦機が走り抜けていく。
その機体はアジーレというアラシア共和国で10年近く主力戦機として使われている機種であった。
全体的に四角い箱を組み合わせて作られたデザインであり、四角い頭部の真ん中に一つ目のカメラアイがあるのが特徴の機体だ。
そのどれもが周りの背景に合わせたグレーの迷彩をしていた。
武装も練習機と違い、右腕には戦機用にサイズアップされた実弾の入りの短機関銃に、左腕には防御だけでなく先端を刺突攻撃に使える形状となっている装甲板、つまりは盾を装備している。
これはアラシア共和国の戦機分隊ではよくある部隊編成であり、トール率いる第4分隊もこれに倣い戦場に向かっていた。
戦場までの距離はおよそ40分、地図の上ではそうなっている。
「現実はそうはならないか」
戦場はすでに移動しており、戦機を走らせて15分もしない距離になっていたのだ。
目の前に味方の戦機が4機待機状態で鎮座していたのである。
そこは高さの違う岩を幾重にも積み重ねた様な丘に囲まれ、唯一正面にのみ狭い道があるという場所であった。
待機している戦機の周りには土嚢代わりに破壊された戦機や車両の部品が積まれていることから、そこがとりあえずの前線であることが伺える。
「こちら第5小隊第4戦機分隊、トール・ミュラー上級伍長です」
トールが通信を入れる。
《新兵か……。まぁ、何でも構わん。俺達は前進して敵を叩く。貴様らはこの場所で待機。司令部との中継と俺達の取り逃がした敵の殲滅だ》
通信先の相手は名乗りもしないで命令だけを簡潔に伝えた。
間もなく目の前にいた同機種であるアジーレが前進したことから、それが通信先の機体だったのだろう。
「お留守番という訳か……」
不満げな声を出したのはアレクであった。
しかし、初陣で新兵というのであればそれも致し方ないと思う。
「上級伍長なんて階級を名乗らなければ良かったのにな。そうりゃ新兵だって相手は分からなかったから戦闘に出られたかもしれないのによ」
アレクはからかうように言った。
「いきなり敵と戦えって? さっきも言ったが冗談じゃない」
それに対しトールがやや震えた声で答える。緊張していたのだ。
そもそも上級伍長というのは正式な階級では無い。
部隊編成の都合上、新兵ばかりの部隊になってしまった時に隊員全員が同じ階級になってしまった場合、隊長となった者に与えられる名前だけの階級なのだ。
この階級を与えられた者は1回でも戦闘を終えて生き残れば昇進をして、正式に隊長としての階級を得るのである。
無論、戦果によっては部下の方が隊長としての階級を得ることも珍しくは無い。
「とにかく、私達はここで待機。それぞれセンサーに注意しておくように」
仕切る様にサマンサが言う。本来は隊長であるトールの台詞であるが、トール本人は気にすることも無く「ノックス伍長の言う通りに」と言うだけであった。
コックピット内で、4人全員が頭を覆うように展開された三面モニターに映し出される情報に注目する。
しばらくの間は何も変化が無かった。
しかし、10分も経った頃だろう。
「レーダーに反応!」
茂助の叫び声と同時に全員のレーダーに敵の反応が見えたのだ。
「識別反応?戦機か!」
レーダーに映った反応はルーラシア帝国の識別信号であった。
「右翼より接近!数は6!」
「こっちより多いです!」
サマンサと茂助が声をあげる。
何時もより上ずった声であり、感情が昂ぶっていることが伺えた。
初の実戦、しかもほとんど奇襲を受けたような状態であれば当然である。
本来、1番冷静でなければならない隊長のトールも突然の事と緊張から思考が灼熱して、理性を保つことが困難になっていた。
「とにかく、全員戦闘態勢に!」
いつもは飄々としているトールもこの時ばかりは声に焦りが見られ、何時もより早口でまくし立てるように言う。
そして、その焦りはアレクにもあった。
操縦技術そのものには自信があったが、突然の奇襲にどう動くべきか迷っていたのである。
「トール、俺達はどうすればいい?」
アレクは焦りを抑えようと声を低く抑えながら尋ねた。
昔から彼は暇になった休日や、学級会などで意見が割れた時、どうすれば良いのか分からなくなった時は何時もトールに尋ねていたのだ。
そもそもアレクが軍に入った事も、根幹はそこにある。
「アレク……」
尋ねられたトールは灼熱する理性を落ち着ける。
アレクに尋ねられた時、トールは常に自分はこうしたいという意見を返す。
そして、アレクは必ずそれを叶えた。彼にはそれだけの能力があることをトールは誰よりも知っていたのである。
自分の元にはもっとも信頼出来る親友がいることを思い出し、トールは思案した。
自分がどうしたいか答えれば、このアレクという人物はそれに対して最大限の結果を出すだろう。
「奴等は何でここに来たんだ? 戦闘は正面だったはずだ」
先程、友軍は正面に向かっていった。つまりは正面方向に敵がいるはずなのだが、実際は右翼側から接近されている。
「多分、挟撃するつもりだったのでは?」
答えたのはサマンサだ。
先程よりも口調が落ち着いている。
「多分、敵は味方を正面と後方から挟み撃ちにしようとしたんじゃないかしら? ……で、右翼から回り込んで後方を突こうとしたら私達に会ってしまったのかと」
サマンサの回答を聞いてトールは「そうか」と呟く。
「こちらのが数は少ないけど後退したりするのは……」
「止めた方が良いでしょう。ここで退いたら奇襲部隊を足止め出来ずに味方が本当に挟撃されますよ」
トールの後退したいという意見に反対したのは茂助であった。
それを聞いてトールももっともなことだと思う。
味方から通信が来ないことから、この奇襲には気付いていないはずだ。
「でも全滅してる可能性も……」
「だったら正面からも敵が来てますよ」
味方全滅の可能性も茂助が無いと拒否をする。
ならば結論は1つであった。
「なら、やるしか無いけどいけるか?」
トールは先行した味方に奇襲を受けた旨を知らせる信号を送ろうと手元のコントロールパネルを操作しながら尋ねた。
「やる事が分かれば簡単さ。何時だってそうやってきただろう?」
アレクが答える。
敵を倒す。その方針が決まれば後はいくらでもやりようがあると不敵に笑った。
「そうだね。その通りだ。で、何か方法は?一度後退して正面から敵の攻撃を受けようと思うが……」
トールはアレクの言葉を頼もしく思いながら、自身の考えを口にした。
「いえ、前進して先行した部隊と合流するように移動しましょう」
そう返したのはサマンサである。
「何故?」
トールが聞き返す。
「私達がいかにも奇襲を受けたように逃げれば敵もそれを追ってくるはず、その為にはここの丘陵地を急いで降りなければならないわ」
「成る程。敵は俺達を追うために足場の悪い道を降りてくる訳だ。そこを撃つと」
サマンサの説明を聞き、アレクが面白そうに言う。
「つまり、敵の戦機が接近した時に足元を狙って足場を崩す作戦ですね」
ややあって茂助が言い、トールもそういう事かと理解する。
この辺りは丁度ゴツゴツ岩を重ね合わせた様な地形になっており、敵はそこを降ってくる。
それは車両では移動できない道であったが、4本の脚を持つ戦機であれば移動可能であった。
しかし、それでも足場自体は不安定であることには変わりない。
奇襲を受けたトール達が味方に合流しようといち早く動けば、敵は足場の悪い中を急いで降りようとするだろう。
敵の脚をその不安定な足場ごと攻撃する事で敵を撃退しようという魂胆である。
「タイミングが難しいけど……、アレク、茂助、頼めるかな?」
トールはアレクと茂助に反撃の先鋒を頼む。
「やるさ」
「了解です」
アレクと茂助は短く了承する。
それが戦闘開始の合図であった。
敵機が射程に入った事をセンサーが告げる。といっても射角の関係上、お互いに攻撃は出来ない。
まず動いたのはトールとサマンサの機体である。
敵を背にして逃げるように機体を走らせる。
アレクとトールの機体がそれに続く。
「良いぞ、着いて来たな」
目論見通りだとアレクは呟く。膝元にあるコントロールパネルの液晶画面に後方カメラの映像を表示させると、並び立つ岩陰に敵の機体が肩を上下させて追ってくるのが見えた。
それはタイプβというルーラシア帝国で開発され、30年以上も主力として使われているであった。
頭部が無く、胴体正面に複合センサーカメラが付いているのが特徴である。
性能よりも生産性と整備性に特化させた構造となっていることから、各地で多数が配備されており、戦機といえばまずはこの機体と言われていた。
また、帝国以外の国でも制圧した工廠から得られたデータを元に同機体が生産され、様々なバリエーションを持つ。
トール達が候補生の時に使っていた機体もこれであった。
「後はタイミングだな」
アレクが呟く。
液晶に映し出される敵の数が徐々に増えていくのが見える。
初めに撃ってきたのは敵であった。
右腕に持たせているライフルを3発、その弾道は敵機に1番近いアレク機の足元に当たって土煙をたてて地面を抉る。
それを見たアレクは背中が冷えるような思いをするが、理性そのものは失わなかった。
やがて全ての敵がこちらに向かって降りてくるのが見えた。
「よし、今だ!」
アレクが叫ぶ。
同時に、アレクをはじめとした全ての機体が上半身を180度回転させて敵に銃口を向ける。
次の瞬間にはそれぞれが持っていた短機関銃を敵の足元に向けて撃ち始めた。
敵の足元にある岩場が音と煙をあげながら崩れ落ちる。
それにより姿勢のバランスを崩した敵機が地面に叩き付けられ四散した。
しかし、全ての機体がそうなった訳では無く数機があきらめずにライフルを撃ちながら先頭のアレク機に向かってくる。
「来るか!」
アレクは言うと自機に向かってくる敵に身構えるように操作した。
敵のタイプβとアレクのアジーレが真っ直ぐお互いに向けて直進する。
それが交差したように見えた時、アレクの機体は左腕に装備したシールドの敵の胴体に突き刺していた。
それはタイプβの胴体に装備されてあるセンサーを貫いて、その先のコックピットまで届いていた。
当然、中のパイロットはシールド先の突起部分に押し潰され即死である。
アレクの機体がシールドを敵機から引き抜いた時、その先端が赤く染まっていたのが何よりの証拠だ。
これがアレクサンデル・フォン・アーデルセンの敵機初撃墜である。
それとほぼ同時にもう1機のタイプβが茂助の乗るアジーレの射撃を受けて撃破された。
何とか体勢を立て直した機体もいたが、それもサマンサの機体に撃破される。
残った敵は1機。
それは撤退も降伏もしようとせずにトールのアジーレに向かってライフルを構えた。
「やらせるか!」
敵機とアレク機が射撃を行ったのは同時である。
敵機の胴体が爆ぜ、トール機の右腕が吹き飛ばされた。
「うわっ!」
通信機越しにトールの驚いた声が聞こえた。
「トール!」
アレクが叫ぶ。
「いや、大丈夫だ。……武器がやられて戦闘続行は不可能だろうが」
その言葉を聞いてアレクは安堵する。
「敵機は、全滅したみたいね。レーダーに反応が無いわ」
サマンサであった。
「やったみたいですね……」
茂助が安堵した声で答える。
それはここにいる分隊全員の心中を代弁したようであった。
これが、アレクやトール達の初陣であった。
本人たちは長い時間に感じたが、敵を発見してからわずか15分足らずの出来事である。