39話 廃工場の無人機
真歴1082年11月18日13時45分。メーリャン基地、北東約2キロの小規模な廃工場。
廃工場の駐車場にてアラシアとルーラシアの戦機が戦闘を行っている。
アラシア側はアレクの乗るアジーレ現地改修型ことフェイカー、ルーラシア側は主力量産機タイプβであった。
2機がお互いに正面を向き合う。その距離は8メートル程。
お互いに射撃武器の弾薬は尽きている。
「来るか……!」
アレクが呟く。
タイプβが左腕にレーザーカッターを装備した。それに合わせるようにフェイカーは左腕の盾を正面に向ける。
タイプβがフェイカーに向かいながらレーザーカッターを振り上げる。
しかし、それを振り下ろす前にフェイカーが盾を構えたままタイプβに体当たりをした。
激しい衝撃にタイプβがバランスを崩して左腕があらぬ方向へ向かう。
フェイカーはその隙をついて二撃目。今度は左腕の盾の縁を正面に突き立てた。通常ならタイプβのセンサーと、その後に位置するコックピット部分を潰しているはずであった。
だが、タイプβは再び動き出す。
「何!」
フェイカーはバックステップをする様に距離を取った。
「トドメ、いきます」
部下であるジョニーからの通信。
同時に左側面からジョニーの乗るアジーレが射撃を行い、タイプβにトドメを刺した。
「コックピットを潰したのに動いたぞ」
動かなくなったタイプβをVRモニター正面に映しながら言う。
「無人機でしょう。動きが単調すぎます」
そんなものに手こずったのかとアレクは顔を曇らせる。
《こちらベッケンバウアー曹長だ。聞こえるか?》
別働隊の指揮官、ロバート・ベッケンバウアーの低音でよく響く声が聞こえた。
「ええ、よく聞こえますよ」
彼の声に比べるとアレクの声は若い声であった。年齢が一回り程違うので当然の事である。
《工場施設を制圧した。……といっても、もぬけの殻だったがな》
「こちらも敵機を殲滅。全部無人機でしたよ」
《してやられた、という訳か》
「逃げられましたね」
《今、周囲を索敵させているが何も見つからんだろうな》
「……源部隊と同じか。これよりそちらに合流します」
第9小隊がメーリャン基地に配属になって数日。
彼らは先の戦闘で撤退し損ねた、あるいは現地に潜伏した敵部隊との戦闘を行っていた。
要は残存部隊の掃討戦である。
2日前には茂助の率いる第3第4分隊が、残敵の野営地を制圧。
現在もそこに留まりながら周囲の警戒を行っていた。
「工場の施設は全て破壊されていた」
アレク達が工場へ着いた時、ベッケンバウアー曹長が言う。
彼は髪を短く刈り込んでおり、細い目と大きな口を持っていた。その頭が乗っている身体は日に焼けた筋肉の塊であり、いかにも軍人といった風体である。
どちらかといえば、戦機の狭いコックピットに収まるよりも、機関銃を持ちながら前線で暴れている方が似合っているだろう。
何故パイロットになったのかは彼の部隊でも最大の謎とされていた。
「臭いな」
辺りに漂うガソリンの臭いをかぎながらアレクが言う。
「破壊されのは俺達がここへ来る直前だな。無人機は逃げる為の時間稼ぎか」
工場の中からは黒煙が漂っており、中に入ると破壊された工作機械が火花をあげていた。
未だに炎を上げて、時折バチっというスパーク音を鳴らすものもある。
黒煙の中、アレクが辺りを見回して床に散乱している鉄くずを踏まないように進んでいく。
天井を見上げると、あちこちに爆風で出来た穴が空いており、今にも崩れ落ちそうであった。
「ここを再利用するのは無理か」
再びスパーク音。
「危ないですよ」
後ろから彼の部下であるロッドが声をかける。
「どうにも、最近までこの工場は稼働していたらしい」
いつの間にかアレクの隣に立っていたベッケンバウアーが言う。
「稼働していた? 何かを作っていたんですか?」
破壊された四角い機械の先にはベルトコンベアらしき物も見える。おそらくは何かを生産する施設だったのだろう。
「さぁな。まぁ、イワシの缶詰め工場で無い事は確かだ」
ベッケンバウアーは冗談めかして言った。
だが、ここが軍需物資を生産していたのは明らかである。
もし、それが戦機やそれに関係するものであれば厄介な事は間違いない。
「そうだな……。ロッド軍曹、悪いが第2分隊を連れて基地に戻って、この事を隊長へ伝えてくれ」
「報告書を書いて提出するのでは?」
「いずれは書くだろうが……、今はどうしたら良いか指示が欲しい」
「了解です」
もっとも、トールから下される命令は、その場で待機になるだろうとアレクは予測する。
少なくとも、まだ近くに敵がいることは間違いないからだ。
「しかし、無人機を時間稼ぎに使うあたり、敵の残存部隊の規模は意外と大きいみたいだな」
誰に言うでもなく呟く。
「何か組織的な動きを感じるな」
答えたのはベッケンバウアーであった。
「残存部隊を支援する組織があると?」
もし、その様な組織があるとすれば現地民が一番可能性として高いのだが、この辺りの地域に住んでいたであろう民間人は全て避難しているという話だ。
「スパイ組織かもしれんよ?」
民間人で無ければ、次の可能性は味方の中に敵を支援する者がいる事である。
「あまり笑えない冗談ですね」
かつて身内からスパイを出した経験があるアレクが言う。
「だが、民間人がここにいない以上はそう考えるのが妥当だ」
「だったとして、そこまでやる理由が分かりませんね。ただ撤退するたけなら無人機を用意したり工場を動かす必要も無いでしょう」
2人は黙り込む。
ややあってベッケンバウアーが口を開く。
「反抗作戦……、の様なものでもあるのかもな」
言ってから、それが現実的では無いことを思う。
所詮は残存勢力だ。制圧されたこの地域をひっくり返す事など不可能である。
「どうでしょうね」
アレクは短く答えただけであった。
それからしばらくの間、アレクとベッケンバウアーの部隊は交代で周囲の警戒を行いながら時間を潰した。
トールからの返答が返ってきたのは16時40分。
空が暗くなり始めた頃であった。
「メーリャン基地から通信です!」
それを伝えたのはジョニーの分隊員であるザザという一等兵である。
「通信? 暗号コードは?」
「はい、いいえ。通常回線です」
ジョニーが顔を曇らせた。
基地からは距離が離れており、長距離の無線通信になるのだが、この方法では敵に傍受される恐れがあるからだ。
「今は戦闘中では無いですから」
ザザは呑気そうに答えた。
「だからだよ。暗号化もジャミングもされていないんだぞ」
呆れながらジョニーはアレクを呼ぶ。
「こっちが気を使って伝令を出したっていうのに」
呼ばれたアレクは言いながら通信を拾った戦機のコックピットに乗り込んだ。
その後にベッケンバウアーも基地からの通信を聞こうとコックピットに身を寄せる。
「こちらチームブラボー、ブラボーリーダー。HQ、聞こえるか?」
アレクが通信機に向かって言った。
《こちらHQ、暗号化通信に切り替えてくれ。コードは、マイク、ゴルフ、1、0、0だ》
トールの声が答える。
アレクはすぐにコントロールパネルに暗号化コードを打ち込んで、通信のチャンネルを切り替えた。
「初めからこっちで連絡をよこせ」
コントロールパネルに表示された通信チャンネルを確認しながら言う。
《通信士が新兵でね。手順が分からなかったんだ》
第9小隊に補充された兵士の中には訓練を終えたばかりの者もいる。
その中には戦闘に出すには不安が残る者も多く、そういった兵は通信兵などに回されていた。
「なら訓練を徹底させるんだな。そんなんじゃこの先生きのこれないぜ」
《分かっているさ》
トールは部下の練度の低さを苦々しく思っている。その表情が顔の見えない通信器越しにでもアレクには分かった。
「で? 俺達はどうすれば良い?」
本題はそれである。
《そこを野営地にして、しばらく近辺の警戒にあたってくれ》
それを聞いてアレクとベッケンバウアーはやれやれと嘆息する。
「アルファ・チーム……。茂助のところと同じか……」
アレクは苦々しく言う。
《悪いね。設営用の資材と整備班をそちらに送る》
「了解。……あまり意味があるとも思えんが」
しばらくの間は食事を自分達で作る事になる事を思い付き、その面倒臭さに気分が少し落ち込む。
《本来なら戻したいところなんだが、さっき第1大隊の連中がやってきたんだ》
トールの言葉を聞き、アレクは聞き間違いかと首を傾ける。
ベッケンバウアーも同じ様な反応であった。
「第1中隊の事か?」
《いや、間違いなく第1大隊だよ。グリゴリエワ少将も来ている》
「ウチの師団長だろう?」
トール達の部隊は第5師団の所属である。
その下にある第4大隊、第3中隊、第9小隊という位置づけであった。
だが、トールの口にした第1大隊は同じ第5師団内で最も精強な部隊であり、特に重要な戦線に投入される戦力であった
《おかげで基地が狭くってね。しばらくしたら俺達もここを出る事になるかもしれない》
「やれやれだな。……しかし何だって師団長まで出張ってきたんだ?」
《視察だとさ。まぁ、あのグリゴリエワ少将は実戦で将官まで昇ってきた人らしいから、実際の現場を見ておきたかったんだろう》
「そういうものか」
第5師団、師団長ベルナルド・グリゴリエワ少将。
トールの言う通りに実戦で成果を上げて少将になった人物である。
現場第一で、如何に最小限の被害で最大限の打撃を敵に与えるかという方針の元で戦略を立てていた。
「何にせよ状況は理解した。……それと、弾薬の補充も頼む」
《分かった、手配する。他に何かあるか?》
アレクはベッケンバウアーに視線を向けた。
ベッケンバウアーは無言で肩を竦めて見せる。これ以上は無いという意思表示であった。
「いいや、無いよ」
《了解。何かあれば追って連絡する。以上、交信終了》
通信の表示が切れた。
アレクはコックピットの座席に背中を沈めてため息をつく。
「視察とはまた……」
ベッケンバウアーが面白そうに言う。
「そこまで重要視される戦場なんですかね?」
「政治ってやつだな。アラシア……、というよりもグリゴリエワ少将はヒノクニに恩を売っておきたいんだろう」
「ふーん。ま、俺達下っ端は振り回されるだけなんでしょうね」
「まったくだ」
2人はモソモソと戦機のコックピットから降りる。
外には数人の部下が立っていた。
部下に対し、先の通信の内容を伝えると交代で休憩を取るように命令する。
「しかし、第1大隊か……。基地が手狭になるな。ウチの本隊も基地から出されるんじゃないか?」
ベッケンバウアーが言う。
その予想は正しく、第9小隊は4日後にメーリャン基地の南約15キロにある農村の跡地に拠点を設営し、その周囲の警戒に当たるように命じられた。




