37話 第9小隊
真歴1082年11月2日。
第438独立部隊は隊長であるトール・ミュラーが少尉に昇進したことにより第439小隊。
つまりは第4大隊所属、第3中隊所属、第9小隊として編成される事になった。
分隊の数も新たに6個分隊が与えられ、12個の分隊で構成された小隊となる。
この新たに加わった分隊は、元々第7小隊に所属していたのだが、先の戦闘で小隊がほぼ壊滅状態に陥り、小隊としての運営が難しくなった為にトールの部隊に急遽編入されたのだ。
その為か、この新分隊はトール率いる第9小隊を快く思っていなかった。
「偶然が重なって小隊長になっただけたろう」
新たに加わった分隊長の1人が言う。
トールもこの事は理解していた。
「当然だろう。向こうは俺達よりも経験のある連中だからね。自分達の小隊が壊滅したからって、それまでオマケで存在していた様な部隊に編入されるなんて良い気分じゃないさ」
それでも軍隊である以上は命令に従ってもらう。それさえ守ってくれれば自分達をどう思おうが構わない。
トールはそう思っていた。
「だが、俺達みたいな例もある。果たして従ってくれるかな?」
上官を殴って転属した経験を持つアレクが言う。
「だったらどうする?」
新しい分隊が命令に従わない可能性がある事はトールも承知している。
その場合は無理に従ってもらわずに、使い捨ての駒にでもなってもらおうなどと考えていた。
「決まっている。実力行使だ」
アレクは不敵な笑みで答えた。
やれやれとトールは頭を振る。
そういう訳もあり、新たに加わった第7から第12分隊と、それまでトールの指揮下でいた第1から第6分隊とで演習が行われたのだ。
しかし、機体や兵員の補充が終わっていなかったので、実戦では無く操縦訓練用のシミュレーターを使ったものであったが。
「糞っ! 分かったよ。俺達はアンタに従う。それで良いだろう?」
第7から第12分隊の実質的なリーダーであるロバート・ベッケンバウアー曹長が演習後に言った。
演習は3回行われ、その全てが第1から第6分隊の勝利で終わったのだ。
「フム……。それでは小隊の運営には問題無いということかね?」
後日、演習の結果報告を受けたランドルフ大尉が言う。
「兵員と機体の補充が完了すれば、ですが……」
トールが答える。
この男と話す時、彼が持っている冷たい雰囲気に緊張したものだが、ここ数日の間にすっかり慣れてしまった。
だからといって、彼を好意的に見ることは出来ないままではある。
「人員は何とかなりそうだが機体は難しいな。鹵獲したタイプβも空いていない」
ランドルフが答える。
彼もまたトールの持つ緊張感の無い雰囲気に慣れたのか、普通に受け答えをしていた。
「まぁ、そうですよね」
メイには悪いが第5と第6分隊は戦機随伴兵として編成するかなどと考えながらトールは答える。
「一応、上には掛け合ってみるさ。君達には新しい任務に就いて貰わねばならんのでね」
ランドルフはそう言うと新しい命令書を取り出してトールに渡す。
受け取った本人はやや不本意そうな顔であった。そのままパラパラと命令書を捲る。
「また、ヒノクニへ出向ですか……」
それはヒノクニの部隊に加われという内容の命令であった。
「今回は部隊の指定は無かったのだが、他に適任な部隊も見当たらないのでね」
ランドルフは皮肉そうに笑う。
「……了解しました」
やれやれとトールは敬礼をして、命令を受ける事を了解した。
真歴1082年。11月13日。
第9小隊は、人員の補充こそあれど機体の補充はされないままヒノクニへ出向することになる。
そしてメイ・マイヤー曹長が指揮する第5、第6分隊は戦機の随伴歩兵分隊として編成されることになった。
「ひどい話ですね」
戦機を取り上げられた第6分隊の隊長であるターニャが言う。
「まぁ、ウチの主力である第1第2分隊からは戦機を取り上げられないし、第3第4分隊は新型のテスト部隊でもあるからね」
同じく戦機を取り上げられた第7分隊の隊長であるジェシーが答えた。
「かといって、新しく加わった分隊から取り上げようものなら大変な事になるからねー」
彼女らのリーダーであるメイが苦笑する。
「曹長はそれで良いんですか?」
「まぁ、前回の戦闘で使った武器も余っているからねー。その辺りについてはマシだと思ってるよ」
先の戦闘にてトールの部隊は戦機を降りての白兵戦を行った。
その時の兵装はそのまま第9小隊の物として取り扱われている。
本来であれば他所の歩兵部隊へ回す為に、返送しなければならなかったらしいのだが、トールはその手続きを忘れていた事もあり、今回のヒノクニへ出向するドサクサに紛れてそのまま持ってきたのであった。
「小隊長のいい加減な性格もたまには役に立ちますね」
ジェシーが言う。
彼女は軍の経理課に所属していた為に、トールのいい加減な事務処理に内心で苛立っていたのだ。
それでも強く言わなかったのは、副長であるサマンサが修正をかけていたので問題にならなかった事と、ジェシー自身が軍の予算を横領して逮捕された経験がある後ろめたさがあるからである。
15時45分。
第9小隊はヒノクニが所有するメーリャン基地へ到着した。
ここは前線とヒノクニ本土の真ん中辺りに位置している。つまり、本土と前線を繋ぐルート上の基地であり、補給は全てこの基地を通して行われる事になっていた。
第9小隊はその基地の守備隊として出向したのだ。
「随分広い場所だな……」
アスファルト舗装の真っ平らな風景を見てアレクが呟く。
それは遠方まで続いており、その途中にドーム状の屋根を持つ倉庫や、平たい形の中に妙に高い塔が生えている建物が見られた。
「崩壊戦争前は空港として使われていたそうだ」
トールが物珍しそうに周りを見ながら言う。
「空港?」
アレクは聞き慣れない単語を口の中で繰り返してみる。
「昔は、飛行機を使って他の国へ旅行をしていたんだとさ」
「ふーん。今じゃ考えられんな」
現在、航空機を使用するものは限られている。
そのほとんどは軍に関するものであり、時折民間の業者が何らかの調査などに使用する程度であった。
理由としては、崩壊戦争に使われた兵器の影響である。
空中、特に対流圏から成層圏にかけては汚染物質と強力な磁場に覆われた空域が至る所に存在しており、電子機器と人体に深刻な影響を与えるのだ。
それを避ける為に、この時代の航空機は低空を飛ぶことが多い。
しかし、それならヘリでも似たような運用が出来る為に航空機自体の数も少ないのだ。
「まぁ、そこまでして他所の大陸に行くことも無いしね」
これも航空機があまり利用されない理由の1つである。
ルーラシア大陸の東側には大海を挟んでウェイストランドという大陸が、南側には地続きでアフラシア大陸が存在する。
しかし、どちらの大陸も崩壊戦争の汚染物質でほとんど人が立ち入る事が出来ず、数少ない居住可能エリアでは国家としての体裁を整えていないような勢力が幾つも存在し、争いを続けていた。
「それに比べればルーラシア大陸に存在する勢力は国家としての体裁をそれぞれ整えている事もあり、それらの大陸よりかは幾分かマシというものさ」
トールは訳知り顔で言う。
「アラシア共和国はそのウェイストランドからの移民も多いがな」
アレクが補足するように答えた。
彼の言うとおりにルーラシア大陸の東側、つまりアラシア共和国周辺なのだが、そこに居住する人々は崩壊戦争後にウェイストランドからやってきた者達の末裔が多いのだ。
現在でもウェイストランドからやってきた者達が移民してくる事もある。
「よぉ、坊や」
明るい男の声が2人の会話を遮った。
トールはその男に見覚えがあった。
「大口翔少尉」
かつて、ジョッシュ要塞守備隊で小隊長を務めていた戦機パイロットである。
ボサボサの黒髪に無精髭という見た目であるが、だらしないというよりも歴戦の猛者というべき年季を感じされる男であった。
「ん? お前さんも少尉か。出世したなぁ」
前に会った時は曹長だった事を思い出しながら言う。それは随分と早い昇進速度であった。
「悪運だけは強いみたいです」
トールは不愉快そうに言う。
「幸運だろう。部下や上司に恵まれているんじゃないか?」
「部下には恵まれてますが、上司はどうでしょうね」
ランドルフは無能では無かったが、好きになれるタイプの人間では無い。
そういった者が自分の上官になるのは果たして恵まれているというのだろうか。
「それより、少尉がここにいるということはアベル大尉も?」
アベル・タチバナ。大口翔の上官である。
大口がいるということは、その上官であるアベルもいるという事ではないかと期待を交えて尋ねた。
「いいや、奴さんはローソ地区にいる。ここよりも西側だな」
「残念です」
少なくともアベル大尉の温和な人柄はランドルフよりも好きになれた。彼が上官であれば恵まれていると言えるだろうとトールは残念に思う。
「ここの司令官は孫・清秀少佐だ」
それは聞いたことの無い名前であった。
「名前から察するに、ヒノクニでも西側の人てすね。おそらく、何時かのゼイ・ウェン大尉と同じ地域の出身でしょう」
いつの間にか後ろにいた茂助が言う。
「そうなのか?」
尋ねたのはアレクだ。
ヒノクニ出身では無いアレクには名前だけではそこまで判断出来ない。
「そうだな。名前の表記も昔の文字を使っている。崩壊戦争前からルーラシア大陸に住んでいる家系だろう」
大口が答える。
「そういえば茂助もだが、ヒノクニの連中はたまに妙な字で名前を表記する事があるな?」
「崩壊戦争前に、この大陸で使われていた文字ですよ。もっとも、真歴に入ってからは失われてしまった文字も多いので、使わない人もいますけど」
つまりは崩壊戦争によって、文明が大打撃を受けた為にその文字を伝える者が少なくなり、長い歴史の中で使われなくなった文字があるということである。
「アレク、その辺りは気にするな。1000年以上時間が過ぎればそういうこともある」
トールが言う。歴史に思いを馳せているのか、遠い目をしていた。
「そんなものか? ゼイ大尉とその孫清秀という少佐が同じ地域出身で名前表記が違うというのに違和感があるんだが……」
「茂助が言ったろう。使われなくなった文字があるんだって」
「そういうものか……?」
アレクは首を傾けながら呟く。
「何にせよ俺はその孫清秀少佐に着任の報告をしなけりゃならん。後はよろしく頼む」
トールはそう言ってアレクの疑問を打ち切る。
そして、そのまま大口に連れられて司令室に向かった。




