34話 新型戦機、閃光
薄い装甲に覆われた操縦席。その上部には各種センサーやカメラを搭載したポッド型のレドーム。
その左右には状況に応じて兵装を変更する事が出来るアーム。
移動には前後に2本ずつ、合計4本の脚。形だけで見れば昆虫の様にも見える。
その四脚の移動速度は車両よりも遅いが、無限軌道よりは速い。
また、走破性が高く、様々な環境で使用する事が出来た。
要は戦機というのは人型の上半身に、昆虫や甲殻類に似た脚を持つ下半身の機動兵器ということだ。
しかし、今アレク達が目にしているのは、確かに上半身は従来の戦機と同じ人型なのたが、下半身も同じ人型である兵器であった。
つまり、二足歩行の戦機である。
「敵の兵器にあんなのがあるのか?」
アレクは驚きながら言う。
「新兵器……、らしいですが」
茂助も呟く。どう対処すべきか困惑していた。
「二足歩行型の戦機も無い訳じゃ無いが……」
トールはそれを脅威というよりも、物珍しいという感想を抱きながら言う。
「知っているのかトール?」
アレクがわざとらしく驚いた声で尋ねた。
「噂で聞いたことがある……。一部の部隊で2脚型の戦機が使われているって」
同じ様にわざとらしくトールも答える。
「噂もなにも、海兵隊の特殊部隊で運用されてるじゃない」
そのやり取りを聞いて、サマンサが呆れながら言う。
サマンサの言う通り、2脚の戦機そのものは既存の兵器である。
もっとも、それを使用しているのは一部の特殊部隊のみであり、滅多に戦場で見るような兵器では無かった。
二足歩行兵器は崩壊戦争前のものであり、サルベージされたものをそのまま既存の技術で改修して使用しており、数が少ないからである。
その分、現在の技術よりも遥かに進んだものがベースとなっている為に、性能そのものは既存の戦機を遥かに上回るものであった。
「奴らはそんなものを引きずり出してきたのか?」
「まさか、この見た目じゃそんな事も無いだろう」
その新型二足歩行兵器であるが、一言で例えれば骸骨であった。
その四肢には装甲が着いておらず、フレームや動力パイプらしいものが丸見えである。
関節部も通常であれば防護用のカバーで覆われているのだが、この機体はそういったものは無く、円盤の様な形状をした古臭い可動部が見受けられる。
唯一装甲で覆われているのは胴体、それもコックピット周辺のみであった。
頭部は逆さにした鉢にカメラアイが2つ、その中央に口に似た排気口があり、どことなく人間の顔を思わせる。
「この間抜けな外観だ。崩壊戦争前のものって事は無いだろうね。おそらく、既存の技術で真似て作ったものだろうさ」
トールはそう結論付けた。
《おい、弾薬の補給はいるか?》
弾薬を届けに来た部隊からの通信だ。
「頼みます。特にこの第1、第2分隊を中心にやって下さい」
トールがそれに答える。
「おいおい、まだ働かせようっていうのか?」
それは言外に例の新型兵器と戦えという事であった。
「当たり前だ。お前には早く少尉になって、この部隊を率いてもらわないとならんのだ」
そうすれば、自分はお役御免で堂々と退役出来るとトールが答える。
「OK、その時にはお前は中尉だ。俺の率いる部隊の面倒を見てもらうぜ?」
アレクも意地悪い笑いを交えながら返す。
「勘弁してくれ。そんな大役は俺の肩には重すぎる」
本気で嫌そうな声であった。
それを聞いていた隊員達の笑い声が漏れる。
15分。
弾薬の補給と簡単な修理にかかった時間である。
特に第1分隊と第2分隊を中心にそれは行われた。
「盾は溶接してでも付けておけ!」
左腕に装備された盾の接合ジョイントが壊れかかっていると告げた整備兵にアレクが投げた言葉である。
数分後、その盾は本当に溶接された。
「敵がどういった奴か分からん。気を付けろよ」
まさか本当に溶接するとは……、アレクはそんな事を考えながら部下達に通信を入れた。
「装備はタイプ55アサルトライフル。通常のタイプβと変わりませんね」
新型の写真を確認してジョニーが答える。
「だが、運動性能は良いようだ。格闘戦は避けるべきか……?」
ロッドである。
「あの骸骨みたいな見た目じゃ一発当てれば簡単に墜ちるだろうけどな。当てるのが難しいか」
そう呟くとアレクは自機を立ち上げる。
部下達もその後に続いた。
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「いい感じじゃあないか、この新型は」
タイプβに替わって配備された新しい機体の中で金髪碧眼の男が呟いた。
彼の名前はビーン・ハント。
ルーラシア帝国軍の中尉であり、防衛部隊の隊長ニック・ダンチェッカーの腹心であった。
敵はヒノクニの同盟国、アラシア共和国軍。
その主力戦機であるアジーレは鈍足であり、今回自分が搭乗する事になった機体の運動性を活かせば面白いように翻弄出来た。
新型機の名前は“閃光”。
見た目こそ出来損ないの様に見えるが、その機動性や運動性はそれまでに使っていた機体とは比べ物にならなかった。
「そら、また1機お出ましだ」
目の前にアジーレが姿を現す。
「先行します」
部下の閃光が走り出した。
それまで戦機といえば四脚が普通だったが、この部隊は全てが2本脚である。
新鮮な光景と新型機の性能にハントはやや興奮気味であった。
「後退する敵を発見……。待って下さい……」
部下の報告が通信を通して聞こえた。
「何か?」
「敵の中に見たことの無い機体がいます」
「新型か?」
それはクロスアイと呼ばれる次世代試作機なのだが、ハントはそれを見たことが無かった。
当然、その部下もである。
「気になるな……。追ってくれ。データを取りつつ、出来るなら撃破なり鹵獲なりしてくれ」
この時のハントは冷静さに欠けていたといえるだろう。
普段であれば、新型が混じっていたとしても、後退する敵を深追いするような事はせず、一呼吸入れる為に部隊の編成を整えているはずだ。
「しまった!」
しばらくして部下の通信。
同時にハントは敵の意図に気付くが既に遅い。
チャフが撒かれて部下との通信が途絶。その後、爆発音が響いた。
「罠だったか……!」
新型を追った味方部隊は先で展開していた敵に包囲されたようだ。
雑音混じりの通信から、その様な事が僅かに聞き取れた。
「しかし撤退する敵以外に機影は見当たりませんでしたよ?」
副長が慌てた様子で声を上げる。
「戦機の全長はおよそ5メートル程だ」
建物にもよるが、その中に隠してレーダーを誤魔化すのは難しいことでは無い。
ハントは副長を落ち着かせようとあえて静かに説明をする。
「左翼から敵、接近してきます!」
別の部下の声が聞こえた。
「数は?」
「チャフの影響で詳細は分かりませんが10機はいると思われます」
「そりゃあそうだろう。ここにいる戦機だって16機いるんだ」
少なくとも数の上で有利と見なければ向かってはこないだろう。
ハントは当たり前の事を思ってから舌打ちをした。
「まぁ、良いさ。ここまでやればニックの奴も何も言うまい」
それだけ呟いてすぐに指示を出す。
「全部隊後退だ。閃光は全て殿に回れ」
これ以上、ここで戦闘を行ってもいたずらに戦力を消費するだけと思い部隊を後退させた。
元々、彼もその上官であるニック・ダンチェッカーも今回の戦闘に関しては積極的では無い。
申し訳が立つ程度の事をしていれば良いというのが両者の認識であった。
「そもそも、本気でここを防衛したいのであれば、第1師団でも第2師団でも引っ張ってくれば良いのに、こんな間に合わせ部隊じゃあどうしようも無いさ」
現在、このソーズ地域の防衛にあたっているのは、先の戦闘でギソウ山岳地域から敗走してきた部隊を再編成したものがほとんどであり、装備もロクに整っておらず、士気も低かった。
「防衛予算の削減……、戦況を見て決定するべきだろう?」
そんな事を思いながらハントは部隊を後方へ送りながら自機と、同型の閃光を前に出す。
敵の追撃を少しでも遅らせなければならない。
「敵、来ます!」
目の前には敵のアジーレ。
「良いか。時間稼ぎが目的だ。無理に敵を倒そうとしてやられるんじゃあないぞ」
ハントは通信機越しに言うと自機を先行させる。
横に並んだ敵のアジーレが手に持ったアサルトライフルを撃つ。
ハントの乗った閃光は跳ねる様に動き、アジーレの射撃を避けながら白いコンクリート製のピルに身を隠す。
直後、丸いネオン看板がピルの上から転がり落ちて、アスファルトの道路に破片を散乱させた。
ハント機は2機の閃光を僚機として連れ、ピルの裏にある狭い通路を通り抜けると敵の後方に回る。
「今だ!」
3機の人型が四脚のずんぐりむっくりを翻弄する。
閃光の機動性は、アラシアのアジーレなど鈍亀のようなものであった。
そのはずであった。
次の瞬間、僚機の2機が撃墜される。
「何……!」
そこにいたのは十字型のカメラアイを持つアジーレの様な機体であった。
「例の新型か?」
否。
それはアレクの乗るフェイカーであった。
フェイカーは誘い込む様に後ろに下がりながら射撃を行う。
周りのアジーレもそれに続いた。
気付けば、味方機と敵機が入り混じる乱戦となっている。
「ええい!」
ハントは舌打ちをして敵機であるアジーレに射撃を行う。
「中尉! 敵が後退していきます!」
部下からの通信。確かに敵は後退していく。
どういうつもりだとハントは疑問に思った。
後退を始めた敵の隙間を縫うように味方の閃光が現れる。
そんな中で後退する敵のアジーレの中にはドサクサに紛れてレーザーカッターを振るう輩もいた。
危うくハントもそれに斬られそうになるが、すんでのところで機体を下がらせてこれを回避。
直後、振動と共に右腕破損の表示が目の前の3面モニターに映し出される。
先程の十字頭がアサルトライフルを撃ちながら接近。この機体が犯人のようだ。
「冗談じゃあない!」
ハントは左腕に固定されている丸型の盾でコックピットを防御させて後退する。
「敵、更に数が増えます!」
部下の悲痛な叫びが通信機から聞こえた。
「味方の増援が来たのでこれ以上の戦闘は不要と考えたか……。いや補給が完了した部隊が戻ったのだろう」
ハントは先程までの敵が後退した後退した理由をそう結論付ける。
「後退! これ以上は流石に無理だ」
ハントは自機に射撃を行わせながら言う。
弾薬も底をつき、味方機の数も少ない。敵の新型も出てくる。
酷い状況だとため息をついた。
「ダンチェッカーの奴が無理言って新型を回したっていうのに、これじゃあ申し訳が立たないな」
やれやれと、頭を振りながら呟く。
しかし、戦闘はまだ続きそうな事を思い、ハントは疲労感を覚えた。




