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31話 トール・ミュラーは顔が広い?

 真歴1082年10月25日。

 季節は秋に入り、いよいよ肌寒い季節になりつつある中である。


 ソーズ地域の東南側に位置する市街地の一画。

 そこにはルーラシア帝国軍のソウリャン駐屯地が存在した。

 今回の制圧目標である。

 トール率いる第438独立部隊もヒノクニからアラシア共和国軍の指揮下へ戻り、この制圧作戦に参加していた。

 彼らは現在、目標地域より約10キロ程離れた平地に拠点を作り、敵の動向を伺っている。


「で? 肝心のトールは何処に行ったんだ?」

 作戦準備に追われる部下を眺めながらアレクが尋ねた。

「作戦会議よ。ランドルフに連れられてね」

 サマンサが答える。それを聞いたアレクが苦々しい顔になる。

「うへぇ、あの大尉に連れてかれたのか? 災難な話だな」

 ランドルフの嫌味な言い回しを思い出しながら言う。自分がランドルフと会話をすれば3分で殴り飛ばすだろう。


「それが、ランドルフ大尉は妙にトール准尉を気に入ったみたいなのよ」

「嘘だろ? あの2人じゃ何もかもが正反対じゃないか」

「正確にはトールの顔の広さを気に入ったみたいね」


 その言葉にアレクは一瞬考え込む。トールの奴がそんなに顔が広いなどという話は聞いた事が無いからだ。


「ほら。ウチの隊長……、ヒノクニの山田少佐だったかしら? あの補給部隊の指揮官に気に入られてるじゃない?」

「そうなのか?」

「ウチに来る補給物資の一部はヒノクニに便宜を図って届いてるのもあるわよ」


 はて、そうだったかとアレクは疑問符を思い浮かべる。


「それにジョッシュ要塞の守備隊を率いるアベル大尉ね。……今もそうかは分からないけど」

「あの大尉は何やら訳ありな感じだったな」


 ヒノクニの亜麻色の髪を持つ大尉である。名前からしてヒノクニ出身では無いだろう。

 しかし、姓はヒノクニのそれであることから、彼の出自の複雑さが伺える。


「後は向こうの憲兵隊にも貸しがあるわ」

「あぁ……」


 以前トールはヒノクニの憲兵隊にスパイ容疑で拘束された事がある。

 しかし、実際は拘束した憲兵の中にスパイが存在し、その者がトールの部下の中にいたスパイに指示を出していたのだ。


「ヒノクニはそういった事に律儀な国だから」

「多少の便宜が効く訳か」

「怪我の功名みたいなものだけどね」


 ランドルフはトールのそこを気に入ったという訳なのだが、本人としてはありがた迷惑な話であろう。


「今回の作戦だって第4、第5中隊が動けるのもランドルフがトールを使ったおかげだって……」

「流石にそれは無い」


 サマンサはトールを何処まで持ち上げるのだ。アレクはバッサリと切り捨てるように言った。


「そうよね」

 ククっとサマンサは小さく笑う。


「幕僚長が変わったんですよ」

 背後から声がかけられる。

 そこには茂助の整った少年の様な顔立ちがあった。


「茂助か」

 同じく整った顔立ちアレクが言う。

 2人共整った顔立ちだが小奇麗な茂助に対してアレクは野生味が含まれており、トールとランドルフが正反対の様に彼らの持つ雰囲気も正反対のものであった。


「ヒノクニ軍の統合幕僚長が少し前に変わったんですよ。それも思い切りタカ派の人にね」

 茂助はやや不満そうな顔である。

「それで軍事予算が割増されて、私達もそれにあやかって動ける訳ね」

 納得したような顔でサマンサが答えた。


「おかげで物価が上がって、市民の生活はかなり苦しいみたいですけどね」

 それが茂助の不満そうな顔の原因の様だ。

「何処も同じさ。ヒノクニは徴兵制が無いんだろ? その点はアラシアよりかはマシに思えるけどな」

 アレクである。


 彼とトールは徴兵されるのが嫌で軍に志願したのだ。

 徴兵されれば兵科は軍が強制的に決めるのだが、志願して軍に入れば兵科の選択が可能である事に目を付け、後方勤務を選択して退役が可能になるまで過ごそうと考えたのだ。

 結果的にそれは甘い考えであり、気付けば2人とも前線に立つ事になったのだが。


「おーい、集まってくれー」

 あまりやる気の感じられないトールの声が聞こえた。

 作戦会議から戻ってきたのだ。


「後で中隊長から全員へ説明があるけど、俺からも先に説明しておく」

 隊員達が作業を止めて、トールの元に集まってくる。

 トールはそれを確認すると地面に航空地図を広げた。


「まず、今回の戦力比は10対7で俺達のが上回っている。……しかし地の利は敵にあると言って良い。そして……、これはヒノクニの航空部隊と第4中隊の偵察部隊が集めたデータを元に作られたものだ」

 地図には多くの建築物が配置され、その隙間を大小様々な道路が走っている。

 その各ポイント毎に丸で囲まれた場所や汚い文字で走り書きされた文字があった。


「作戦内容だが、第4中隊は歩兵を中心にした部隊だから通路の狭い南側、第5中隊には主力戦車が5台あるので西側の大通りから……、少し遅れて侵入する」

 トールはそこでやや躊躇いながら口を開く。


「俺達、第3中隊はこの中で一番機動力があるので東側から一番槍を務めることになった」

 辺りがざわめく。

 第3中隊は戦機を中心とした部隊であり、この中では一番機動力があるのだから当然なのだが、それでも一番初めに攻撃をするとあれば兵士達に緊張も走る。


「まぁ、戦機は砲撃の後に敵陣を正面から突っ切って、いち早く目標を制圧するのが本来の使い方だからな」

 アレクが気軽そうに言う。

「いつものことですね」

 部下であるジョニーが苦笑した。


「と言っても、今回は俺達に出番があるかは分からないけどね」

「そうなのか?」


 驚く、というよりは少しがっかりしたような声でアレクが言う。


「この東側攻撃部隊の先頭は第1小隊だ。俺達よりも長い間戦機を乗り回しているベテラン部隊だね。あとは第4小隊だが、これは西部戦線から引っ張ってきた部隊で、同じように実戦経験豊富な連中だ。その他の部隊も練度は中々と見た」

「俺達みたいな寄せ集め部隊じゃない訳だ」


 軽い笑い声があがる。

 それに釣られてトールも苦笑して口を開いた。


「そう言う訳だ。俺達は第8、第9小隊と一緒に作戦司令部、つまりはここの防衛に当たるはずだ」

「留守番か」


 話だけ聞けば、今回は楽に終われると隊員達はホッと胸を撫で下ろす。

 張り詰めた空気が緩んだようであった。


「で……、この侵入ルートなんだが……。敵司令部に一番の近道である正面の道路は大量の機関銃で守られて、その左右に88ミリ砲が配置されている。馬鹿正直に進めば十字砲火と銃弾の中に飛び込む訳だ」

 何処からかヒュウと口笛が聞こえた。


「そこで、俺達の中隊はこの正面の道を無視して厄介な砲台を潰す事にした。まず第1から第6小隊を右側の砲台へ向かわせる。そしてチャチャッと砲台を制圧して、横這いに機関銃エリアから左側の砲台を制圧する訳だ」

 トールは地図の丸で囲まれた箇所を指でトントン叩きながら言う。


「それなら部隊を2つに分けて同時に砲台を潰した方が良いのでは?」

 その発言はザザというアレクの部下であった。正確にはアレクの部下である、ジョニーの指揮する分隊の隊員である。


「サマンサ曹長、君が敵の指揮官ならこの状況をどう進める?」

 トールはザザの質問に答えず、サマンサに尋ねた。


「自分達の戦力のが少ないとしてね」

 サマンサが答えてトールが頷く。


「……そうね。私なら左右どちらかの一方に戦力を集中させて、分散して数の少なくなった敵部隊を各個撃破するわ」

 トールが頷く。

「そうなると、分散させたこちらの部隊は5、敵戦力は7だ。5対7の戦力比による戦闘になる」

 隊員達は納得した様な顔を浮かべる。

 その戦力比ではこちらが明らかに不利だからだ。


「敵からすれば、有利な戦力比の戦闘を2回する事になる。不利な戦闘をするよりも楽な話だ」

「ましてやここは敵の占領下とあればね」


 トールの言葉にサマンサが付け加える様に言う。


「不利な戦闘なら結構やってきたけどな」

 そう呟いたのはアレクである。

「お前は特殊な例だ。一般人に当て嵌めるな」

 第1、第2分隊から笑いが起きる。


「何にせよウチの中隊長は、敵が先程のサマンサが言っていた手を用いると思っている訳だ」

「化かし合いですな」


 ロッドという金髪碧眼ブロンド髪と日に焼けて浅黒くなった肌を持つアレクの部下が肩を竦めながら言う。


「ま、そういうことだ。後で各分隊長には地図データの入ったディスクを渡すから各機はそれを落とすのを忘れ無いようにしてくれ」


 トールが言い終えたと同時に全員集合の声が響いた。

 中隊長であるジーン・ランドルフ大尉が作戦前の説明と士気高揚の演説を行うらしい。


「中隊長といってもランドルフ大尉でしょ? アイツの話を聞いているくらいなら寝ていた方が身体を休める分、有意義じゃないかしら?」

 サマンサが冷たい声で言う。

「全くだな」

 それに答えたのはアレクであった。彼は明らかに嫌悪感を示した顔をしている。

 しかし、この様な男は戦死してしまえとは思わなかった。

 何故なら、このランドルフ大尉という人物は自分が見てきた指揮官の中ではかなり有能であったからだ。


 少なくとも感情論で部隊の編成や物質の配分を行ったりはしていない。また、作戦も理に適ったものであり、無能な上官に有りがちな感情論で何とかしろという様なものでは無かった。

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