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3話 戦場に立つ

 真歴1079年、12月20日。

 季節が過ぎて雪が降り積もる寒空の下、アレクとトールの2人は訓練課程を全て終え、正式なパイロットとなっていた。

 アレクは成績トップであり、トールは平均をやや下回るといった具合である。

 2人とも上等兵に昇進して正規パイロットの記章を軍服の左胸に付けていた。


「参ったな……。この成績なら前線に出されかねない」

 そう言ったのはトールである。

 元々、後方勤務希望だった彼は戦機に乗り、戦闘で功を立てようなどという気は全く無い。

 それ故に、平均を大幅に下回る成績を収めることで、パイロット不適正による配置転換を狙っていたのだ。


 それでもトールに余裕があったのは、彼とアレクが配属される部隊がカーペンター基地の守備隊だったからである。


 彼等が正式に配属されたのは年明け後の、真歴1080年1月3日のことである。

「結局、演習の相手が違うだけでやることは変わらないのか」

 アレクはやや不服そうに言った。

 トールと反対に彼は自分の実力を戦場で試してみたい思う様になっていたのである。


 同年1月20日。

 配属先の隊員達との交流も出来上がっていない時期、彼らは唐突に基地司令に呼び出されるや、下士官教育を受けるように言い渡されたのであった。


「何だっていきなり下士官教育なんだ?しかも2ヶ月間の即応教育って……」

 アレクは座学用の講義室に向かいながらトールに尋ねた。

 彼らが言い渡された教育期間は僅か2ヶ月のものであり、通常の下士官教育よりも明らかに期間の短いものであった。

 戦時特例といわれるものである。


「戦機部隊の最小単位は分隊。もし、分隊長になるなら軍曹以上の階級じゃないと駄目だからじゃないか?」

 トールが答える。

 しかし、その一方で前線に出す為ではないだろうかと不安を感じていた。


「あ、お二人さんも下士官教育?」

 陽気な声が2人に投げかけられた。

 声の方を見れば、そこにはメイ・マイヤーとサマンサ・ノックスが立っている。


「あぁ、マイヤーとノックスか」

 アレクは親しげな声で応じた。パイロット教育の半年間でそれなりに親しくなっていたのである。


「どうも、同期のほとんどがいるらしいね。茂助の奴もいるよ」

 トールが指した先には確かに源茂助がいた。

 特徴的な黒い髪と小奇麗な顔をしている彼を見間違う者はいないだろう。

 因みに、彼もまた機動歩兵であった。

 源茂助もアレク達に気付くと完璧な動作で敬礼をして見せる。


 それから2ヶ月の教育期間のほとんどが座学であった。

 戦略と戦術の理論や地図の読み方、部隊指揮の細かい決まり事である。

 それらが全て終わった時、彼ら全員は伍長への昇進を果たしていた。




/*/




 真歴1080年4月13日。

 アレクサンデル・フォン・アーデルセン伍長、サマンサ・ノックス伍長、源茂助伍長、トール・ミュラー上級伍長の4人は兵員輸送トラック中で揺られていた。

 目的池はアラシア共和国の南西にある前線、ギソウ山岳地域である。


 このギソウという地域は東側にアラシア共和国、西側にルーラシア帝国、更に南側はヒノクニとそれぞれの国3方向から挟まれる位置に存在していた。

 現在のところ、アラシア共和国とヒノクニは同盟関係にあるので、この戦域ではルーラシア帝国に対してアラシア共和国とヒノクニは共同戦線を張っている。


「ここは山岳地帯で人が居住している地域は限られている。けど、豊富な鉱物資源が採れることもあって戦略的価値は非常に高いわ」

「だから、俺達はここを是非とも抑えておきたいし。ルーラシアの連中も渡したく無い訳だ」


 揺れるトラックの中でサマンサとアレクは自分達が向かう地域について、予め調べていた事を確認しあっていた。


「戦況も良くないみたいですね。1週間前に指揮所が5ブロック後方に下がっています」

 茂助がこれまでの戦闘記録を何処から手に入れて、それを読みながら言った。

「本当に最前線じゃないか」

 自分の実力を試せるかもしれないという思いと、初の実戦でそんなところに向かう不安感が合わさったものがアレクの中に湧き上がる。


「そんなところに向かうってのにウチの隊長は大丈夫なんですか?」 

 眉をひそめて茂助は隊長の姿を見る。


 その隊長は、先程までこの地域にまつわる歴史小説を読んでいたのだが、やがて飽きてしまったのか本を抱えながら昼寝をしていた。

 それこそがトール・ミュラー上級伍長。パイロット候補生の中ではアレクと逆の意味で有名だった男である。

 どういった経緯か、彼がアレク、サマンサ、茂助の4人が所属する分隊の隊長になってしまったのだ。


「ある意味頼もしいわね。これから死ぬかもしれないところに行くというのに」

 サマンサも呆れ顔で言う。

 初陣に行く途中で昼寝をする新兵など聞いたことが無かった。


「いや、こいつはこれでも緊張しやすい性格だ。それを紛らわせようと昼寝をしているのさ」

 2人に対してトールをよく知っているアレクが説明する。


「そろそろ着くぞ」

 運転席にいる兵士が声をかけた。

「了解」

 サマンサが返事をする。


「おい、起きろ」

 アレクがトールの肩を叩いて起こす。

 どちらが隊長なのか分からない光景であった。


「もう着いたのか……」

 怠そうな表情でトールはそれに応答する。

 それと同時にトラックが止まり、彼らは外に出た。


 灰色の地域というのが4人の印象であった。

 そこは規模の小さい町か村だったのだろう。

 焼きレンガや灰色の石垣を中心とした建築物があり、足元には石畳の道。

 端々には黒茶けた土と低い背丈の雑草が生えていた。


 ただ、そのあちこちに軍用トラックやコンテナ、積み上げられた土嚢、民家の2階のベランダには機関銃が備え付けらており、この地域一帯が徴収されたものであることを匂わせる。


「到着したか……」

 トール達の姿を見て呟く者がいた。

 短く切りそろえられた金髪にアイスブルーの冷たい目を持った男である。

 制服の階級章は少尉であり、肩章から自分達の上官であることが分かる。


「君達が今日配属された第4分隊かな?」

 上官の男はアレクに近付いて尋ねる。どうやらアレクを分隊長と判断したようだ。


「自分はアレクサンデル・フォン・アーデルセン伍長です。我々の分隊長はこちらのトール・ミュラー上級伍長であります」

 アレクはトールの背中を押して答えた。

 トールは顔を強張らせながら敬礼をする。


「あぁ、そうだったか。失礼した。」

 男は鼻にかかったような声で答える。


「私はジーン・ランドルフ少尉だ。この第5小隊の小隊長をしている」

「トール・ミュラー上級伍長。第5小隊第4戦機分隊、分隊長です」


 ランドルフは部隊員に視線を走らせると、やがてサマンサの前で動きを止める。


「これは、サマンサじゃないか。軍に志願したとは聞いたがここに来るとはね」

 それは親しみとは真逆の悪意が込められた口調の言葉であった。

「ホントに、誰の差金でしょうね?」

 対するサマンサもランドルフに対して嫌悪感を隠すこと無く答える。


「まぁ良いさ。昔の誼だが、特別扱いをするつもりは無いからそのつもりでいるように」

「それは結構。功を立てるのに親の名前を使われたなんて言われたら末代までの恥ですものね」


 ランドルフとサマンサはお互いに嫌悪感を込めた笑みを浮かべていた。

 トールは何のことか分からずにそれらを不思議そうに眺めている。


 その時であった。

 砲音が3回、続いて同じ回数の爆発音とわずかな振動がトール達の元に伝わった。


「ふむ……。トール上級伍長?」

 ランドルフが急に呼びかけたのでトールは思わず「はい?」と上ずった声を出す


「来て早々だが、ここから真っ直ぐ1ブロック先のエリアに向かって、そこに展開している分隊の援護に向かってくれ。機体はその先にある中の好きな物を使うと良い」


 来て早々に出撃かとトールは面食らいながら敬礼をする。

 文句の1つも言いたかったが、このランドルフという上官に逆らうのは賢いとはいえないだろうと思った。


「ま、優秀な部下が付いているのだから心配することはあるまい。生きて帰れば軍曹に昇進して正式な分隊長になれる。精々頑張ってくれたまえ」

 ランドルフはサマンサを一瞥しながらトールの肩を叩く。口は笑っていたが、目はそうでは無かった。


「微力を尽くします」

 それだけ答えて戦機が並んでいる場所に向かう。


 その途中である。サマンサは不機嫌な顔のまま口を開く。

「どうしてミュラーが隊長に選ばれたのかようやく分かったわ」

 トールの成績は候補生の時から良くなかった。それは下士官教育を受けていた時も同じであり、あえて成績の良い項目を挙げるなら戦略及び戦術シミュレーションである。

 それすらも、この4人の中では1番低かったが。


「おそらくはランドルフ少尉の差金ね」

 吐き捨てるようにサマンサは言う。


「あのルドルフ……?」

「ランドルフ少尉だ」


 トールの名前間違いをアレクが指摘する。


「そう、そのランドルフ少尉とかいうのと知り合いなのか?」

 誰もが思った疑問であった。


「婚約者よ」

 サマンサは忌々し気に言う。

 一同の動きが止まった。


「親同士の話し合いよ。私の父は軍人で、ランドルフ少尉の父親も軍人だったのよ」

「政略結婚ですか」


 茂助である。彼のいたヒノクニでも似たようなことは多々あったので、他人事とは思えなかったのだ。


「似た様なものね。多分、私がこの部隊に配属されたのもミュラーが隊長になったのも、ランドルフの口利きでしょうね」

 嘆息交じりにサマンサが言う。


「何でそんな……」

 その人事に誰が得をするのかと茂助は思う。

 サマンサが前線に出るのは分かるが、よりにもよってトールが隊長になるというのは全く理解出来なかった。


「ああいう陰湿な性格だからね。私に振られた腹いせでしょ?」

 つまりは前線に出て無能な指揮官の元で戦死させるという復讐である。

 それならばトールは適任であろう。


「個人的な復讐で俺はこんな目にあっているのか?勘弁してくれないか……」

 当のトールからすれば前線に隊長として出撃するなどというのはたまったものでは無い。彼は戦功を立てて自分の名を知らしめようとか、自分の実力を試してみようなどという気持ちは全く無いのである。


「こそこそとしたやり方は気に入らないな」

「正面から戦うべきでしょう」


 武闘派のアレクと茂助はトールの嘆きを無視して言う。


「それなら私も彼を合法的に殴り飛ばせるのにね」

 サマンサはクスリと笑って答えた。釣られて他の面々も笑笑う。


「あ、ここだ」

 トールは立ち止まると間の抜けた声を出す。

 その前には10機近くの戦機が並んでいた。


「何だお前達は?」

 トール達の姿を見てツナギを着た男が乱暴な声を投げかける。どうやら整備士らしい。それも階級の高い整備士である。


「第5小隊第4戦機分隊です」

 トールは敬礼して簡略した部隊名を告げた。


「新兵か?」

 整備士は怪訝そうな顔をして尋ねる。

 この整備士は日に焼けた赤銅色の肌に、丸太のような太い腕を持った、いかにもベテランといった男であった。


「ええ、まぁ……」

 やや緊張しながらトールが答える。

「この先の部隊の援護を頼まれています」

 横から口を挟んだのはサマンサである。その声は何時のもの彼女らしく淡々としており、緊張は一切見られなかった。


「分かった。そこの端の4機だ。持っていけ」

 整備士が指を指して言う。

「だいぶ使い込まれていますね」

 整備士が指した機体を見ながらトールはは不服そうな声で答える。


 整備士が指した4機は、どの機体も泥や塗装剥げで汚れており、端々には弾痕や擦ったような傷もあった。


「安心しろ。外面はあれだが中身は新品同様だ」

「それはどうも」

「後はパイロット次第だ。上手くやれよ」

「死なない程度に」


 トールは整備士とそんな会話をしながら機体に乗り込む。

 まずは機体チェックに隊内通信の周波数設定。機体内のコンピューターに記録されているマップデータの確認。

 やる事は多い。


「この機体。爆弾とか仕掛けられてないですよね?」

 通信機から茂助が疑問を投げかけた。

「私を殺す為に?それは無いわね」

 サマンサがそれに答える。


「あの整備士のオッサンはそういう事に協力するタイプには見えなかった。多分大丈夫だろう」

 トールは先のベテラン整備士を思い出して言う。

 彼はまだ機体チェックに手間取っていた。


「それにランドルフ少尉は私の惨めな姿を見たいはずだから、それをやるのは最後でしょうね」

 準備を終えたサマンサが言う。

「機体オールグリーン。……あのランドルフ少尉はそういう男か」

 続いて機体チェックを終えたアレクが言った。


「そういう事なら、ここで戦果を挙げれば少尉の鼻をあかせてやれますね」

 茂助が声を弾ませる。

「いい考えだ」

 アレクもそれに同意した。


「馬鹿言わないでくれ。俺達はまだ戦場に出た事が無いんだ。変な欲を起こして戦死なんてシャレにならない。まずは命令に従って味方の援護に専念しつつ全員生き延びること。初めから戦果を挙げようなんて考えるな」


 そのトールの言葉に全員が無言になる。

 いつもとぼけている彼が隊長らしいことを言った事に全員が驚いたのだ。


「まさか、トール・ミュラーからそんな言葉が出るとは思わなかったわ」

 臆面もなくサマンサが言う。

 アレクと茂助も小声で「確かに……」と続けた。


「でも隊長の言う通りですね。無理をして周りの足を引っ張る訳にはいきませんし」

 茂助は戦闘前の高揚感を抑えながら言う。

「ま、訓練とは違うからな。どういう立ち回りをするべきか考える必要もある」

 アレクも茂助に同意した。


 それらの言葉を聞いてトールは安堵する。

 これなら変に戦功を立てようと行動することは無いだろう。

 無論、初陣で戦死するというのは珍しい事では無いが分隊長としてもトール個人としてもそれは避けたかった。


「あの3人は才能がある。戦争なんてつまらない理由でそれを死なせる訳にはいかない。死ぬのにも順番があって、彼らより先に死ぬべき人間はいくらでもいる。当然、その中には自分も含まれているよ。俺には彼らみたいな才能は無いからね。例え彼らよりも生きたとして、彼ら以上に社会貢献が出来るとも思わない」


 この時の事を後にトールはそう回想する。

 奇妙な話ではあるが、彼は自分が戦死することよりも自分の部下である3人が戦死することを恐れていた。

 自分が戦死することで3人が助かるのならそれも良いとさえ思っていたのである。

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