27話 遺跡へ行こう
ギソウ地域攻略作戦第12攻略部隊指揮所。
その端にはアラシア共和国の国旗が描かれた仮設テントが立っている。
その中で、書類と文庫本が散らかっているテーブルを前にパイプ椅子に座って昼寝をしている男がいた。
トール・ミュラーである。
9月2日、彼の率いる第438独立部隊は後方支援部隊へ編入されていた。これはトールが以前に補給部隊に所属していた為である。
名目上は補給部隊の護衛という位置づけであったが、それは一時的なものであり、本格的な侵攻が始まれば前線部隊への転属になる予定であった。
そんな訳で、ここ数日は彼らに任務が与えられることも無く、指揮所の端で演習や訓練をする日々を送っていたのである。
しかし、その日は彼の前に1人の来客があった。
それは山田康介という男である。
今作線の後方支援部隊に所属する少佐であり、トールの上官にあたった。
年齢は30。3年程前に結婚しており、面長の落ち着いた風体は軍人という荒々しいイメージと真逆であり、面倒見の良い父親といった方がピッタリであった。
「よう、暇そうだな」
山田は笑いながら声をかけた。
声をかけられたトールは視線だけを向ける。
「昼寝と読書をするのに忙しいですよ」
一度伸びをして答える。
「ようするに暇なんだろう」
山田は気さくに言う。
彼は軍人としては珍しく、上下関係に対してフランクな性格であった。
面倒見の良い性格の為に部下からは慕われている。しかし、同時に反骨精神も持ち合わせている為に上層部からは良く思われていない。
ある意味、トールやアレクと近いカテゴリの人物といえる。
「何をやらせようってんです?」
そんな彼が来たのは第438独立部隊に何かの任務を与える為なのは明らかだ。
「別に大した事じゃない。とある部隊へ補給物資を送るので、その護衛を頼みたいのさ」
山田はそう言うと命令書をテーブルへ置く。
「補給物資……?」
訝しく思いながらからトールは命令書に目を通す。
「お前さん、歴史に興味は?」
唐突な質問であった。
確かに歴史物の本は何冊も読んでいたが。
「人並みに」
歴史学者になろうと考える程の興味は無かった。
「実はこの物資の届け先は、ゼイ・ウェン大尉が率いる遺跡発掘部隊なんだ」
トールが顔を上げる。
「何です? その取ってつけたような名前の部隊は」
山田はうんと頷く。
「戦史研究課の部隊だよ。基本的には本土の中央司令部内勤の部署だが、崩壊戦争前の遺跡なんかが見付かると現場まで出張ってくるのさ」
「戦史研究課?」
アラシア共和国軍には存在しない部署である。名前から察すると、戦闘には関係の無い部署なのだろう。
トールはそういった部署がある事が羨ましく思えた。
「まぁ、物資の移送ルートや遺跡周辺はこちらの制圧区域内で敵部隊もいないだろう。……脱走兵くらいはいるかもしれんが、暇潰しとでも思ってくれて構わんよ」
「戦闘の可能性があるのに、暇潰しなんて気分の任務がありますかね。……了解しました。アーデルセン隊を出しますよ」
「あぁ、2個戦機分隊いれば充分だ」
トールは命令書にサインをして山田に渡す。
それにしても、崩壊戦争前の遺跡というのは確かに興味が惹かれる。
少なくとも前線に出て戦闘をするよりも魅力的な任務であった。
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新たな任務をアレクへ報せたのはサマンサであった。
アレク率いる第1、第2戦機分隊は補給部隊を例の遺跡まで護衛をするという内容である。
「崩壊戦争前の遺跡だって?」
攻勢作戦に関係の無さそうな単語に興味の無さそうな声でアレクは答える。
「正確には崩壊戦争前に作られた民間用の避難シェルターらしいけど……」
サマンサも妙な任務の内容に合点がいかないという表情であった。
「まぁ、このまま何もやる事が無いって訳にもいかないんだろうな」
自分達は謂わばヒノクニに雇われた部隊である。
それが何時までも演習と訓練だけをしていては、雇い主の心証も良くは無いだろう。
「内容からして大した任務では無さそうね」
「どちらかと言えばトールの奴がその遺跡を見物したいだけだな」
任務の指揮はトールが直接執る事を確認してアレクが言う。
「観光旅行じゃないのよ?」
残った部隊の指揮を命じられた為に、居残りとなったサマンサは不満そうであった。
「少なくとも土産物は無さそうだ」
アレクは笑いながら答える。
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それから数時間後にはアレクが率いる第1、第2戦機分隊は物資を持った補給部隊の護衛を務め上げ、目的地である遺跡に到着していた。
脱走兵どころか小動物すら現れない程、安全な道のりであった。
「珍しい物が見れると思ったが、関係者以外立ち入り禁止とはね」
トールは恨めしそうに言う。
その先には簡単なフェンスが立てられており、奥では重機が太い鋼鉄のアームを上下させていた。
「俺達は軍人だ」
残念そうなトールとは反対にアレクは興味が無いと言うような表情であった。
「崩壊戦争前のものだぞ? 滅多に見られるものじゃない」
「博物館で充分だろう」
アレクとしては暇が潰せれば何でも良く、例の遺跡なるものが見られようが見られまいがどっちでも良かったのだ。
「准尉」
肩を並べて突っ立っているアレクとトールの背後から声がかかる。
褐色の肌と黒髪の若い男が声の主だ。
「ジョニーか」
彼はアレクの部下であるジョニー・リック伍長であった。
彼の横には30代半ば程のヒノクニ人が立っている。
「誰だ?」
その男を見てアレクが尋ねた。
ヒノクニ軍特有のグリーンの軍服を着ていたが、恰幅の良さや人の良さそうな顔は、前線の兵士という印象から程遠い。
「ゼイ・ウェン大尉です」
ヒノクニの男が名乗る。やや緊張しているようであった。
「これは……、第438独立部隊隊長、トール・ミュラー准尉です」
「同じく、第438独立部隊内アーデルセン戦機分隊隊長のアレクサンデル・フォン・アーデルセン軍曹です」
2人は大尉に敬礼を返す。
「まさか、アラシア共和国からとは」
ゼイ・ウェン大尉はやや驚きを持っていたようであった。
「あぁ、そんな事はどうでも良いか……」
そんな事をブツブツ言う姿にトールとアレクは不思議なものを見る様な顔をする。
「実は君達に手伝って欲しい事があるんだ。どうしても戦機が必要なのだよ」
その言葉に2人は「おや」と目を大きくした。




